6 邂逅(6)
「あ痛てててて…。」
目を覚まして、周囲を見渡す。特に何もない、マグディスに割り当てられた部屋だ。
「そうか、酔って寝たのか。」
覚醒してきて1人つぶやく。二日酔いを覚ますため、ミスリル魔法剣を握って魔法を唱え、解毒を行う。
それだけで、頭痛は綺麗さっぱり消え去った。
「苦いな…。」
初めて感じる訳ではないが、ジュミィとの会話は明確な敗北だった。もちろん、もっと強く言っても良かっただろう。だが、立場が二の足を踏ませた。
「おはようございます、マグディス様。」
「コラムか、おはよう。」
「マグディス様にお手紙が届いております。」
「手紙?…まさか、ジュミィか?」
「いえ、そうではないようです。」
執事のコラムが手紙を持ってきた。
続けてノックの音が鳴る。
「マグディス、入るわよ。」
「メリアか、ちょっと待て。」
マグディスは水筒の蓋を開け、ミスリル剣の柄を握る。
一言唱えると、水筒の水がマグディスの体を包み、ゴミ箱の上で蒸発すると、水筒に水となって戻った。
メリアオリジナルの、着衣で使える人体洗浄魔法である。
なお、本人曰く保湿効果も備えているという。
「よし、良いぞ。」
「おはようマグディス…ああ、体を洗っていたのね。」
「ああ。そういえばこういう魔法の使い方ってかなり珍しいんだっけ?」
「そうね。私の知る限り、私達以外にはいないわね。まあ、元々私は急に魔法を必要としない立場だし。アナタはソレがあるものね。」
「そうだな。外では控えよう。」
ふと、メリアは机の上にあるものに目を留めた。
「あら、それはお手紙?」
「ああ。ジュミィからではないらしいが…そういえばちゃんと読めていなかったな。」
差出人の名は、折り畳まれた手紙の表面には書かれていない。
マグディスは封蝋を剥ごうとした。
「でも、クレード家からではあるのね。」
「ん?ああ、家紋があるな。…嫌な予感がしてきたな。」
「諦めて読むしかないわね。」
「そうだな。読まずに捨てるわけにもいかないか。」
本当に読まずに捨てることは無いものの、対応に疲れてきたマグディスは、ゆっくりと手紙を開いた。
【マグディス・ヘムト騎士へ
お疲れのところ失礼する。昨晩は娘に付き合っていただいて感謝する。娘には君の秘密については知らせていないので、君のことを『マギア族の軍団長を1対1で退けた英雄』、『強力な魔法武器を生み出す鍛治士』ということくらいしか知らないはずだが、随分と気に入ったようだ。娘はしばらく前のメリア嬢と同じく嫁ぎ先が決まっていなかったが、君であれば側室であっても歓迎する。娘のことをよろしく頼む。
オルパ・クレード】
「…行動が早いな…。」
「もう逃げ道を断ちにきたのね…。」
とりあえず手紙をたたみ、鞄に仕舞い込む。
「そろそろお時間でございますよ。」
「ああ、分かった。行こう。」
中々に苦いものを残しながら、マグディス達は王都を後にした。
今日からは、ルーベン商業連合に向かう。お忍びの旅なので、レンディス公爵家やキャロット、クワルドは王都に残った。
「マグディス様!パーティーはいかがでしたか?」
邪気の無い顔でモーリーが聞いてくる。モーリーは騎士爵も無いため上級魔術師の1人に過ぎず、よってパーティーには出席できなかった。
「ああ、そうだな、モーリーもいたら良かったのに。」
「いても助けにはならなかったわよ?周囲の娘たちから冷たい目で見られておしまいよ。行かなくて良かったわね。」
「え、そんなに危なかったんですか?」
「危ないというか…まあ、最初から説明するか。」
一つずつ昨日の話をするマグディス。思い出すと気持ちが落ち込む。
「そんなことがあったんですね!名誉なことじゃないですか!」
「いやモーリーお前なあ、自分でなってみろよ。落ち込むぞ?」
「マグディス。モーリーにそんな未来は来ないから一生分からないわよ。」
「メリア様、辛辣ですね。まあでも、マグディス様のような活躍は戦場に出たとしても出来ませんから、確かに無理ですね。」
「諦めないでもうちょっと俺の気持ちになって欲しい…。」
「残念だけど、これについてはマグディスの方が諦めるしかないわね。」
そういう言い合いを続けてふと、マグディスは気になった。
「モーリーは、今回の件どう思うんだ?」
「どう、と言いますと?」
「いや、クレード伯爵家みたいな大きな家から、俺みたいな一介の騎士程度に側室として嫁ぐというのはどうなんだろうと思って。向こうからしたら嫌だと思わないか?」
「うーん、貴族と言っても、正妻との間に子ができないことも珍しくありませんし、子ができたとしても爵位を継ぐには不適格と判断されることもあるみたいです。そういう時は側室の子が継いだり、あるいは分家の中でなるべく近いところから、能力的に十分な子を養子として引き取ることもありますね。そういう意味では、マグディス様の側室の子で能力が十分にあれば、養子として爵位を継ぐに十分と判断されれば良い、と思っているのかもしれません。」
「なるほど、養子か。」
「それに、領地を持たない貴族は、その専門分野における国有数の実力者である必要があります。所謂地方領主よりもハードルが高いみたいですので、家の存続そのものが難しいようですよ。そういう意味では今のサバル伯爵やクレード伯爵は上手くいった方の例だと思います。どちらも国1番と呼ばれていますから。」
「…そうじゃない時もあったのか?」
「年齢や事故などもありますから、そもそも常に国1番という訳ではないようです。そういう時は、次期伯爵やその時点での伯爵家旗下のナンバーワンが、日々の王の護衛を務めることが多いようです。公の場など必須の場面では伯爵本人が出ますが、他では交代しているということですね。」
「聞いてるだけで疲れてくるなあ。」
「王都の貴族はそういうものよ。訓練の時間を捻出するだけで一苦労でしょうね。」
「それで貴族としての仕事もあるのか?」
「それは少ないわ。領地が無いから、屋敷の管理と部下の育成くらいかしらね。でもそういった仕事も、基本的に代官がやるから承認だけよ。その分、訓練は怠れないでしょうけど。」
「中々忙しそうだな…。」
「その点はマグディスも同じよ。さ、魔法の勉強の続きやるわよ。」
「確かに、俺も似たようなものか。」
「そういう意味では、伯爵方からは共感されたのかもしれませんね。」
魔法書を取り出して読み始める。
各々、魔法の詠唱を読み進めて記憶しつつ、魔法をごく少量の魔力で試してみたりしながら、イメージや効果を実際に確かめる。
モーリーにも実際剣を貸したりしながら、火を除く3属性の魔法についての勉強を進めた。
夜には訓練をし、また朝を迎え、を繰り返して2日。
マグディス一行はようやくルーベン商業連合に入った。
「ああ…そろそろ鍛治したい…モノを作らせてくれ…。」
「マグディス様、気をしっかり!」
「マグディス、安心していいわよ。帰ったら思う存分魔法具が作れるわ。」
「俺が作りたいのは魔法具である必要はないんだけどなあ。はあ。」
「それよりマグディス、外の雰囲気が変わったと思わない?」
「外?あー、なんか今までよりも田舎っぽさが強いな。まあ、ワルド共和国もこんな感じだったけど。」
「ということは、アルディス王国ってやっぱり栄えてるんですね。」
「そうなるわね。」
ふとマグディスは気になったことを聞いた。
「そういえば、ルーベン商業連合ってどんな国なんだ?」
「どんなって言われると…そうね。アルディス王国の西側の国って、基本的に地形が悪いのよ。山がちだったり、崖があったり、坂が急だったりね。その中でまともな道になっている部分がルーベン商業連合よ。」
「貴族が管理するには向かないですが、商人がよく使うから商人たちが国を立ち上げたんですね。」
「はー、なるほどなあ。」
「この国はアルディス王国の属国というか、合併を望んでいるんだけど、アルディス王国側が断っているらしいわ。」
「そりゃまたどうして?」
「ルーベン商業連合と国境を接したのは、前王様の時だったわね。前王様は領土拡大に積極的で、隣国を併合したことで国土が広がったのよ。その時からルーベン商業連合は合併の話を持ちかけてきたらしいんだけど…、国内が安定するより前にマギア族の襲撃があって、前王様は防衛しきれなかったの。」
「それが約20年前にあった襲撃ですね。かなりの惨状だったようです。」
「その襲撃は、現国王様がワルド共和国と強固な同盟を結んで、同盟軍によって沈静化したわ。その後前国王様が処刑されて現国王様に代わり、国内の立て直しに注力して今に至る…ってところね。」
「ルーベン商業連合は、合併を持ちかけているが取り残されてるってことか?」
「そんなところね。今併合すると、他国により強く警戒されるわ。マギア族との前線は維持しないといけないのだけど、それを前王様は見誤った。だから二の轍を踏まないように、現王様は『内政に注力する』と宣言なさっているのよ。」
「マギア族への対応は国家ごとにバラバラですから、それをまとめるのは大変みたいです。前王様は、非協力的な国家を中心に併合していきましたが、それはそれで他の国家からすれば脅威に映ります。なのでマギア族に敗退後、国家が荒らされている時には、ルーベン商業連合とワルド共和国くらいしか支援してくれなかったと聞いています。」
「その時の恩があるから、こういうできる時に返しておかないといけないのよね。一つの国家だったらもっとやりやすいんでしょうけど、そうはできないのよ。」
「難しいんだな、国家運営ってのは。まあ、ワルド共和国でも似たような話がない訳じゃないから、やっぱりそうかくらいではあるけど。」
「そうなの?そっちの話も聞いてみたいわね。」
そうこう会話なり勉強なりを続けて翌日、ルーベン商業連合の首都ルーベンに辿り着いた。
マグディス一行の馬車はそのままルーベン邸へと入っていった。
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背景紹介41「メリア・レンディス その2」
普段から魔法を使う魔術師はほぼいない。なぜなら、その魔力で魔法具を作る仕事や、新たな魔法を生み出す仕事をしており、魔力を使い切るからである。あるいは、兵士として魔法の練習で魔力を使うものの、いざという時の為に魔力残しておくというケースなど、基本的に仕事のために使うことが大半である。
そんな中、貴族でありながらそこらの上級魔術師を凌ぐほどの多くの魔力を持って生まれたメリア。貴族としての勉強のついでに魔法を習得したが、その使用方法は自分のため、それも気に入らない相手に軽い怪我をさせる程度の魔法を多く習得した。
結婚のハードルが高い地方領主の公爵令嬢だったこともあり、『お転婆魔女』という二つ名で呼ばれ、最近は縁談も無かったが、マグディスとは良い関係を築けているということで、これ幸いと2国間で婚姻の許可がおりたのだった。
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