7 反乱の狼煙(7)

マグディス一行はルーベン邸で1夜を過ごした後、翌日早朝にはアルディス王都へ向けて出発した。


「今回の話、マグディスは納得しているのか?命を狙われたのはお前なのだぞ?」

「うーん、といっても、ケイトが守ってくれましたし。そういう隊長は納得してなさそうですね。」


そう隊長に答えつつ、昨日のことを考える。

結局、ルーベン邸で話し合いをしてみたが、今回の件でどこに落とし所を持ってくるべきかは悩ましく、決まりきらなかった。メリアは最終的に『お父様に判断を仰ぎます。』と言って会話が終わった通り、どちらにどれだけ非があるかは先延ばしにされた。

マグディスとしては、お互いに非があるが、村の修繕費をアルディス王国が出して終わり、くらいでは無いかと思っていた。村をしばらくの間占拠され、門が壊れたという被害があるルーベン側が不利になるためだ。アルディス王国としては、結果的には特に被害は無かったのも理由である。

ルーベン側が扇動されるような隙を作るのが悪い、という観点も無いわけではないが、原因がアルディス王国にあるのなら、悪いのはアルディス側であるというのがマグディスの視点だった。マグディスが狙われケイトが重傷を負ったのは、ルーベン側に落ち度はあるが、そもそもあの場は戦場の一つである。死傷者が出たとしても致し方ない部分が大きい。

ルーベン側の方が小国で立場が低いので、多少の損はやむなし、という判断になるのではと思っていた。


「お前さんはそれで良いかもしれんがな、ヘムト侯爵様やオルダンドルフ大公爵様がどう判断されるかは分からんぞ?」

「そうでしたね…。」


マグディスはすっかり忘れていたが、現在のメンバーでワルド共和国所属なのはこの2人である。この2人だけで考えれば、協力の要請を受け解決し、そして避けられる危険に晒されたというところである。

個人として許せても、組織として許せないと考えられる。


「そういう隊長は何か案があるんですか?」

「まあ、現状アルディス側に過剰に良くしてもらっているところがあるとは思うからな。それで相殺するくらいかもしれん。」

「あるいは…、回復魔法具の販売価格をちょっと上げさせて貰うとか?」

「抜け目があるんだかないんだか…。お前さん個人の利益では良くないと思うぞ。」

「ですよね。言ってみただけです。」


それから数日。マグディス一行はアルディス王都へ戻ってきた。王城に通され、割り当てられた一室でキャロット・クワルドの2人に会うことができた。

キャロットは『思ったよりずっと早かったわね。さすがマグ君だわ!』と喜びつつ、情報を交換する。


「キャロット姉さん、実はその件でレンディス様を探しているんだよ。」


それを聞いて『ああ。』と納得した様子のキャロット。


「レンディス様は先に公爵領に戻ったわよ?それに、報告相手という意味では、今はアルディス王様にもお会いできないわね。」

「アルディス王様が?」

「何でも、毎年この時期は1週間ほど、王族専用の区画に籠るらしいわ。欠かしたことはなくて、代官に言伝するのが限界みたい。どんなに急ぎでも、それが終わってからになるそうよ。」

「そうなんですね。」


その後もキャロットは『前王の時は無かったらしいのに、何かしらね?親戚も先に遠出させておくみたいだし。』等と呟いている。


「うーん、でもとりあえず会えないなら、レンディス様に報告するために一旦レンディス領に行くよ。」

「あら、そうなの?アルディス王都にもう少し居たかったわ。」

「ハニー、もう十分見ただろうし、そろそろ帰らないとヘムト様や父上に怒られてしまうよ。」

「むう。仕方ないですわね。ではお話をしながらレンディス寮に向かいましょうか。」


そしてマグディス一行は連れを増やしてまた馬車に乗り、レンディス領に入った。しかしレンディス公爵はまたワルド共和国、ヘムト侯爵家に向かったようで、入れ違いになってしまった。


「急いで追うしかないわね。」

「そうだな。」


こうして、長い馬車の旅をようやく終えて、マグディスはヘムト領に帰ってきた。帰りはほぼずっと馬車の上だったので、全員疲れた顔を隠せないまま、ヘムト侯爵とレンディス公爵の2人に会うことになった。


「よく帰ってきたな、マグディスよ。」

「はい。」

「そして、メリア嬢、コール隊長、ケイト殿も良くやってくれた。コラムもつなぎを色々してくれたようだな。礼を言う。そして、そちらは…。」

「彼は私が紹介するよ。私の領地で魔術の研究をしている、モーリーだ。」

「ヘムト侯爵様、初めまして。モーリー・スタットと申します。レンディス魔法研究所にて研究をしております。」

「うむ、私がロバート・ヘムトである。よろしく頼む。」

「挨拶も終わったことだし…気になって仕方ないから私から聞いてしまうけど、ルーベン商業連合の内乱はおさまったのかな?」


レンディス公爵の質問は、メリアが受けることになった。


「内乱自体は完全に鎮圧できましたし、死者もいませんでした。さらに、首謀者2人の拿捕にも成功しました。」

「ふむ、しかし、困ったことがあると?」

「はい。首謀者2人のうち、少なくとも1人は低級魔術師のようでした。拿捕された状態でマグディスに魔法で攻撃をしてきましたので。」

「なるほど、そういうことか。」


納得するレンディス公爵に、躊躇いつつもヘムト侯爵が問いかける。


「カイラル、それはつまり…、アルディス王国内に首謀者がいるということか?」

「そうなるだろうね。この話、陛下には?」

「出来ておりません。面会謝絶の時期らしいと聞きました。」

「ああ、今はその時期か。」


レンディス公爵は少し考え込んでから、口を開いた。


「分かった。前の襲撃の件と合わせて、これもこちらで調査する。少しきな臭い感じがするだろうが、情報を待って耐えてほしい。ルーベン商業連合との交渉もこちらの領分だ。気にするなとは言わないが、あまり考えなくて良い。」

「…はい。分かりました。」

「そうだな。それに、2人には直ぐに取り掛かって貰わないといけない案件もある。」


口を開いたのはヘムト侯爵だった。


(解決できていない案件がいくつもあるのに、やることが増えるのか…。)


マグディスは平常を装いながら、内心でため息をついた。貴族のやることが多いのはよく分かっているつもりだったが、どうやら予想以上だったらしい。


「お前たちの名を使って、国境に街を作る。これは元々案としてあったものだが…。」

「これにオルダンドルフ大公爵とアルディス王が賛同してね。今は資材を運び込みつつ、君たちの屋敷…ヘムト家から貸与という形にはなるが、君たちの屋敷を建築しているところなんだ。」


驚愕の表情をしたメリアが聞く。


「マグディスが…領主扱いですか?」

「問題が無いとは言わんが、ワルド共和国内では騎士爵だから、領主扱い自体は可能だ。それに、アルディス王国では男爵位相当だ。アルディス王国にも舐められない国境の領主となれるだろう。」

「メリアが嫁ぐ先の格の面もあったしね。これで認める人が増えるだろうという狙いもあるよ。」


会話が切れたところで、ヘムト侯爵が続ける。


「話を戻すぞ。取り掛かって欲しい案件というのは、屋敷の設計図の確認と、紋章案の吟味だ。マグディスは我がヘムト家なのだから、通常ヘムト家の紋章を使うが、それとは別に領地のシンボルが必要という話になった。それも職人が考えるが、マグディスも案を出して丸投げはするなよ。」

「これについてはアルディス王家の意向だね。あまり『ワルド共和国との壁』というイメージを作らせたく無いんだろう。少なくともこれまではほぼ友好関係で用途も無い土地だったから、何も無かっただけだからね。」

「そうですか…分かりました。」


マグディスがようやく会話に入った。


「こちらからの通達はこれで済んだが、報告は以上か?詳しい内容は文面で残しておけ。こちらからも指示を送るが、どの案件も急務だ。今日1日休んだら、すぐに取り掛かれ。」

「了解致しました。」


長旅を終えたマグディス達ではあるが、案件が多いため長く休んでもいられない。ひとまず自室に帰り、寝てから考えることにした。


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背景紹介49「アルディス連合国 その2」

アルディス連合国のほとんどはアルディス王国であるが、残りの国はアルディス王国からすれば烏合の衆である。

ただし、アルディス王国が連合国内の他国にその軍事力を向ければ、マギア族に後ろから刺されかねない。

昔からこの関係性は続いており、よってアルディス王国はゆっくりと領土を拡大し、他国領も帰化させながら大きくなっていっている。そのうち、一気に全てがアルディス王国になるのではと噂されている。

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