7 反乱の狼煙(6)
「マグディス殿、カルナック様はお下がりください!」
「そう言う訳にはいかない!今ここでケイトを治療する!」
「何をするにしても下がってからです!」
「今は隊長がアイツらを気絶させたから大丈夫だ!!すぐに済ます!」
「直ぐに治療ですと…!!?」
「良いから黙ってろ!!ケイト、起きろよ!!!」
「一体何をする気ですか!!??」
「マグディス、私も!」
「「【アルティンハイル(高位治癒)】!!」」
ルーベン軍指揮官は、自分の目を疑った。
一瞬で黒焦げになるほどの火属性魔法を受けたら、普通その時点で生存を諦めるものだ。だが2人は生き返らせられることを信じているように見えた。
ルーベン商業連合では魔術師、特に上級魔術師などほとんどいない。その数少ない上級魔術師は、マギア族との戦争時にのみ駆り出すことを条件に、普段は悠々自適の生活を送っている。アルディス王国のように研究を命令しようものなら、より条件の良い国を探してどこかに行ってしまうだろう。
そんなルーベン商業連合の軍では、魔法など有って無いようなものだ。しかしそれでも指揮官となれば、魔法には属性があり、人は1つの属性を持ち、そして回復魔法は無属性魔法にあたるため誰でも使用できることは知っている。そして、命を落とす多くの兵士たちを見てきたため、回復魔法では大した効果が見込めないことも、よく知っている。
しかし、現実はそんなルーベン軍指揮官の常識を裏切っている。だんだんと黒く焦げていた皮膚が元の色に戻り、そして悪夢にうなされて眠っているかのような、苦悶の表情が分かるようになってきた。
「ゲホッ!!」
「まだよ、マグディス!ケイト、早く目を覚ましなさい!!」
2人の治療は続いている。傍目にはもう山は超えたように見えるが、どうやらそうではないらしいということは指揮官にも分かった。
マグディスが倒れる。そこにモーリーという名の上級魔術師が代わりに入った。しばらくしてケイトの咳き込む声が聞こえ、そしてその後もしばらく回復魔法による治療が進められた。
「…何が起きているか分かるか?」
カルナック・ルーベンが指揮官に尋ねる。
「全く分かりません。回復魔法でこれほどの奇跡を起こせるものとは…私は現実を見ているのでしょうか?」
「私も同感だが、現実は見て欲しいところだな。あの剣、それとメリア様の、おそらく指輪だな。マグディス殿の魔法具なんだろう。」
「なるほど。確かにそれなら、同時に2人しか治療魔法をかけていないのも納得できます。しかし…、この治療魔法、魔法具として発動されているのですよね?でしたら、魔法宣言は不要なはずですが…。」
「それは確かにそうだな。聞いても答えてくれるか分からんが…、おそらく、あの魔法具は2つ以上の魔法が発動できるのでは無いか?」
「そんなことができる魔法具があり得るのでしょうか?」
「そうとしか思えん。そうでなければ、今この光景に説明がつかないからな。」
カルナックが言っているのは、村の門が崩壊している事実と、目の前で非常に強力な治療魔法が、それこそマグディス抜きで行われているという事実だった。
メリアは優秀な上級魔術師と同等の魔力量があるが、しかし無属性魔法が得意などとは聞いたことがない。つまり、この現状を引き起こしているのは、今は倒れているマグディスに他ならない。
そのマグディスが作ったと思われる2つの魔法具、剣と指輪は、今両方が治療魔法に使われている。マグディスがこれら無しで、5人以下という少人数で村の制圧と門の破壊を成し遂げるには、上級魔法の使用は不可欠だ。それも相当な上級魔法である必要がある。それを数時間もかかるような詠唱無しで発動したのだから、魔法具に何らかの絡繰があるのは自然なことに思える。
「その技術が取り込めれば、我々も窮地を脱せるでしょうか?」
「いや、そこまでの情報提供は無理だ。リスクが高すぎる。それに…。」
「…どうかなさいましたか?」
「いや、交渉は有利でも不利でも無いと思ってな。有利だったら多少の情報は引き出せたと思うが、今は無理だろうな。」
「そうですか。惜しいですね。」
「本当にな。」
会話していると、ある程度山を越えたからか、メリアがカルナックに近づいてきた。
「マグディスとケイトの搬送と、それとアイツらを早くどうするか決めてもらって良いかしら?正直、顔も見ていたくないくらいなのだけど。」
「はい、対応いたします。少なくとも魔法を使用した方は早急に処刑します。」
魔法の使用は現状止めることが不可能だと言われている。そのため、敵対する魔術師や犯罪を犯した魔術師は、即処刑が通例だ。子飼いの魔術師であっても、逃げられて敵国の魔術師となれば痛手ということもある。
それに対して、今回の首謀者のもう1人は、魔術師かどうか不明だった。判断はルーベン側が行うが、もし魔術師であれば、今回のように兵や建物に被害が出るかもしれない。
「もう1人も生かしておくの?」
「正直、話を聞いてみたくはありますが、すぐに処刑しても問題はないと思っておりますよ。」
カルナックはメリアに探りを入れた。現状の認識がカルナックと異なっているならば、交渉が難航、あるいは楽になる可能性があった。
「あのね、カルナがマグディスの名前を呼んだから、この事態が起きたのよ。その引け目があることを分かっているかしら?」
しかし、メリアは公爵令嬢で質の高い教育を受けている。そう甘い相手でもない。にも関わらず、言葉こそカルナックを責めているものの、口調自体はカルナックに強気で発言しているようには聞こえなかった。そこで、カルナックは交渉カードを切ることにした。
「では、彼らの出自についてはどうお考えですか?」
「それよね…。はあ、こういうことはマグディスにも一緒に考えて欲しかったところだわ。」
メリアは大きくため息をついた。村の制圧とケイトの救出という大仕事を続けて行なっているため、かなり疲れている。仕方ないことだが、マグディスも気絶してしまっているのも疲労感に拍車をかけていた。
「まあ、マグディスの名前を聞いた直後だったから、それでマグディスを『英雄』だと確信したのでしょうね。『英雄』の存在は知られているけど、名前まで広まっているかというと怪しいわ。特に西側のこの地域では、ね。そうでしょう?カルナ。」
「その通りです。我々は元々、仮想敵国のどちらかあるいは両方が主犯と考えていましたが、こうなってくると…。」
「…狙いはともかくとして、アルディス王国内部の可能性が高いわね。」
「ええ。こうなっては、彼らから本当のことが聞けるとは思えませんし、ここは2人とも即時処刑としようかと。」
「…それで良いわ。」
そう、問題は、『マグディスの名を聞いただけで、それが英雄と分かるのはどれだけいるか?』ということだった。吟遊詩人や商人の噂、口コミでしかそんな情報はなかなか伝達されない。貴族達なら知っているかもしれないが、今回の目的はルーベン商業連合の弱体化だった筈だ。つまり、英雄を殺すことなど元々眼中に無かったはず。よって、実働部隊は元々マグディスの名前を知っている、つまり噂がよく恨みなどの衝動的な理由で動いたのでなければ、今回の首謀者には『名前で英雄を判別でき』『英雄を殺すことにメリットがあり』『ルーベン商業連合の弱体化が急務』という人物像が浮かび上がる。
このうち、『名前で英雄を判別できる』実働部隊がありそうなのは、話題の中心であるマグディスが最近までいた、アルディス王国となる。ワルド共和国も該当しなくはないが、それなら実働部隊はドワーフ族なのですぐに分かる。
よって、アルディス王国内に『英雄を殺すことにメリットがあり』『ルーベン商業連合の弱体化が急務』だと感じている者がいることになる。
「全く、どこのどいつかしらね。頭が本当に痛くなってきたわ…私も休ませてちょうだい。あの2人は処刑すべきね。」
「はい、直ちに処刑しておきます。」
そう言って、メリアはルーベン軍の拠点がある、村の外の方へ、独り言を言いつつ歩き出した。
「内助の功なんて言葉もあるけど…これじゃ内助じゃなくて外助…???」
もう考えがまとまらない。それくらいには疲れてしまった。とりあえずマグディスとケイトが運び込まれた先まで辿り着いて、地面も気にせず横になる。そして、気づいた時には、馬車がルーベン邸に向かって出発していたのだった。
「…メリア?起きてるか?」
「うん?マグディス??」
メリアが体を起こすと、馬車の内装が目に入る。いつ馬車に乗ったかも分からないが、相当な時間が経った感覚がある。
「ありがとうございました、メリア様。」
「ケイト…、そうね、元気そうで良かったわ。」
「俺も人のことは言えないが、丸一日くらい寝ていたからな…魔力切れはきついな、やっぱり。」
「でも、お陰様でおそらくマグディス様の魔力量はぐんぐん伸びていると思いますよ。使い切るほど伸びていくんで。上限はありますけどね。」
「モーリー、今はメリアに声をかけろよ。」
「あ、申し訳ございません。メリア様、おはようございます。今晩にはルーベン邸に到着予定だそうです。」
メリアはようやく現状を把握した。
「そんなに寝てたのね、私。」
「俺もついさっき起きたところだ。前の戦争の時ほどじゃないが、相当魔力を使ったらしい。」
「マグディス様は魔法を習い始めて1年経ってませんよね?でしたら多分、以前より魔力量は増えていて、だから少し回復が早いかと思いますよ。」
「なるほどな、そういうこともあるか。」
魔力切れについて話していたら、コール隊長が口を挟んだ。
「…しかし、正式な軍籍の者が、我々もそうだがルーベン軍も少なすぎるな。だから危うい目に遭った。2人とも、ケイト殿にはしかと感謝するのだぞ。」
「そうだな、本当に助かったよ。ケイト。」
「マグディスを咄嗟に庇えるなんて流石ね。私も鼻が高いわ。ありがとう、ケイト。」
コール隊長はメリアに対して気安くなったらしい。メリアも気にしていない様子だ。
2人からの感謝の言葉を受けたケイトは臣下の姿勢をとる。
「あの一瞬、庇うべきかどうか考えてしまい、結果防御が遅れました。申し訳ありません。」
「…なるほど。それは私でも悩むでしょうな。」
「どういうことかしら?」
「ケイト殿は言いにくいだろうから私が言いますが…、ケイト殿の本来の護衛対象はメリア嬢であり、死を確信させるほどの魔法に対し身を挺して守れるかということですな。もし死ねば、以降メリア嬢に危機が迫った時に守れなくなりますから、優先順位を悩むところです。」
「なるほど、その通りね。」
ケイトはその通りだからか、畏まったまま周りの話を静かに聞いていた。
「でも、結果的に俺を庇ってくれたのは何でだ?それだけ聞くと、守り切れないくらいなら守らない方が良いように思えるけど。」
「それは…、マグディスの魔法が原因だと思っとるぞ。」
「俺の魔法?」
「マグディスが致命傷になったら、回復魔法で治療できるのはメリア嬢とモーリー殿の2人だけだ。だが、ケイトが致命傷になった場合、ミスリル魔法具の数から言って同時に2人までではあるものの、回復魔法を使える者はマグディスを加えた3人になる。要するに、マグディスの回復魔法を当てにしたいうことだ。実際こうして数時間でまともに動けるくらいには回復しておる。」
「…そうか、護衛対象を守るかどうか悩んだ挙句、護衛対象から回復魔法をかけてもらえる打算を込みで庇ったから、か。でも、俺はそんなことどうでも良いけどな。」
ケイトはそれを聞いて目を見開いた。
「え?」
「だって、結果的には防御出来なくなるまで悩んだ上で庇ってくれたんだろう?そこまで時間が経てば諦めそうなものだと思うけどな。むしろそれらを一瞬で悩めるだけ優秀だと思うし。」
「それに、今回のことを引き起こした原因は、すぐに気を
抜いてしまったマグディスやルーベン軍にあると言えるだろうな。庇ったことを褒める者はおっても責める者はおらんだろう。庇えなかったとしてもやむなしというところだろうな。マグディスは英雄で偉いように見えるかもしれんが、戦争の英雄だ。ならばこのような場でも適切に対処せねばなるまい。」
コール隊長に言われて、大きく息を吐くマグディス。
「ホント、隊長の言う通りだよ。ひどい油断だったな。狙われることは頭じゃ分かってたけど、こうなるとな。」
「まあ、そういうことだからケイト殿が気に病むことはあるまい。」
そう言ってコール隊長は言葉を切ると、メリアの方を向いた。
「メリア嬢、私はアルディス王国の内情には疎いのだが、反乱分子でもいるのかね?それとも、我々は歓迎されていないことでもあるのだろうか?」
「そうね…。」
メリアは考える。今何が起きていて、これからどうするのか。悩みは尽きない。
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背景紹介48「水属性魔法 その2」
『水を操る魔法』という認識が一般的だが、一部の研究者には水以外の液体や、非効率だが固体も操作できることが知られている。
また、メリアは水筒に水を常備しているが、これは大気中の水分を集めようとすると非効率であり、魔力消費が膨大になる点と、『大気中の水分を水にする魔法』を使用する魔法に組み込むなどの手間が必要になるからである。
魔法は効率が良いことが大事な点であるため、水属性魔法はもっぱら『付近にある水』を利用して発動される。
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