4 騎士爵叙任式(7)

「うむ。ご苦労だった。襲撃された件は聞いているしすぐに調べさせている。結果がわかったら教えよう。」


一夜明け、ヘムト侯爵に面会したマグディス一同。

報告の後、ヘムト侯爵からの話を聞いていた。


「おそらくではあるが、イルライド大公爵配下のどこかの貴族の私兵だろう。最悪見つかったり尻尾を掴まれても、尻尾切りできる相手だろうな。大公爵からの依頼なのか、配下の貴族の暴走かは判断が難しい。マグディスを暗殺できれば、イルライド大公爵の立ち位置は相対的に回復する。そうすればイルライド大公爵配下の貴族としての立ち位置は良くなる。それを狙ってのことだろうな。」

「アルディス王国内でも同じようなことは起きるから。今回は急ぎだったから少数での移動だったけど、次からはもう少し護衛を増やすよ。」


レンディス公爵も同席しており、今後の説明をしている。

お互い外交のトップであり、仲が良いのはあるにしても、この2人、息ぴったりである。


「明日にはアルディス王国に向かうよ。それはアルディス王への謁見という名目だね。」


名目。つまり、真の目的は別にあるということ。


「私の領地で少しだけ過ごした後、アルディス王との謁見に向かって、その後は…ルーベン商業連合国に向かう予定だよ。」

「ルーベン商業連合…ですか?」

「ワルド共和国の人達には馴染みは少ないと思うけど、今はアルディス王国と結構親しい国なんだよ。属国になりたいと言ってきているのを拒否しているくらいの関係かな。」

「はあ…つまり、保護されたいと?」

「そういうこと。今も敵国の嫌がらせを受けていてね。敵国はルーベン国と本気で戦争になると、ルーベン国の同盟軍として我が国が出張ってくるから、まだ仕掛けられないんだよね。攻めるタイミングを見計らいつつ、今はルーベン国内を荒らしにかかっているという状況だよ。」

「それはまた…面倒くさいですね。」

「そうだろう?アルディス王国としては今はまだ力を蓄えたい時期でね。ルーベン国を完全に属国にしてしまうと我が軍をすぐに割かないといけない。それは嫌だから属国にはしてないけど、かといって弱って欲しい相手でもないから、陰からこっそり協力して戦争の時期を後回しにしたい、というのがアルディス王のお考えだね。」


どうやら、マグディスの武力でもってトラブルを抑え込む方針の様子。マグディスとメリアは気乗りしないのが表情に出ていた。


「お父様、それは私も同行が必要なのですか?」

「うん。メリアにはルーベン国の代表と会ってきてもらうよ。それを口実にルーベン国には入るからね。」

「…そういうことですか。」

「まあでも、今回はメリアが戦うことは無いよ。今回のことは相当なイレギュラーだ。あそこまで全力でマグディス君達を潰しに来るとまでは思っていなかったからね。」

「それなら、少しは安心しました。」

「道中もちゃんと護衛がもっと付くから。まあ、戦闘のサポートはすることがあるかもしれないけど。」

「そこは仕方ないですね。了解しました。」


そこで、ヘムト侯爵が口を開いた。


「今回の旅程には、追加の参加者もいる。2人とも、入ってきてくれ。」


その声で使用人が扉を開ける。


「皆ももう顔馴染みだろうが、キャロットとクワルドが同行する。今回は、私の名代はキャロットになる。」

「マグ君、メリアさん、他の皆様、よろしくお願いしますね!」

「皆さんよろしくお願いします。」


マグディスの義姉キャロット・ヘムトと、ディアス伯爵家の嫡男クワルド・ディアスが挨拶した。この2人は、もうすぐキャロットが嫁入りする形で結婚する予定である。

クワルドはディアス伯爵位を継ぐ予定だ。


「せっかくアルディス王国を訪れる機会があるのだから、見聞のためにということでな。結婚したら、もう自由には出歩けなくなるだろう。その前に行っておくということだ。」

「アルディス王国は皆初めてだろうけど、私たちが同行することは少ないからね。色々調整もしていたんだよ。」

「まあ、そういう訳なのよ。アルディス王国…楽しみね!」

「今日一日は明日以降に備えてしっかり休むと良い。襲撃の件についてはこちらに任せろ。今回の旅は大人数だから、恐らく大丈夫だろう。…今後も気を付けてな。」


貴族たちの会話を聞きつつ、今日はどうしようかなあと考えるマグディスだった。


その日の午後、マグディスは出かけることにした。

慣れた様子で勝手口から入る。


「ん?…おお、マグディスか。騎士爵おめでとう、お疲れさん。」


出迎えたのはギルバート・ヘムト。親方である。


「どうだったよ?」

「いや…帰りに襲撃を受けちゃってね、なんかそれで全部吹っ飛んじゃったよ。」


どうだったかと言われて思い出してみるマグディス。


「お前は凄いんだからもっと頑張れ、みたいなことを言われた気がする。」

「はっはっは。大公爵様らしいな。あの人根は熱いからなあ。」


一区切りおいて、マグディスは聞いてみる。


「大公爵様が言ってたんだけど、俺を拾ったのは親方なの?」


ちょっとだけ目を見開く親方。そして、諦めた顔をした。


「ああそうだ。そうか、そこから漏れちまったか…。先に言っとくけど、あんまり言いふらすなよ?お前を拾ってきたことが、狙ってやったように思われるからな。」


それを皮切りにして、親方は語り出した。


「お前も知っての通り、ワシはアルディス王国に武器や道具を卸している。あの日は、その帰りだった。重くて高いものを運ぶことが多いんでな、自前の船にワシも同乗して運んどるんだよ。」


マグディスは次の言葉を待つ。


「あれは帰り道だった。向こう岸の遠く、エルフの森と川の間に、お前が倒れていることを見つけた。普通なら放置しただろう。街中でも、今みたいな冬だと野垂れ死ぬ奴も珍しくないしな。だが、あの場所で倒れている奴は、おそらく魔国から逃げてきたんだろうと思った。あそこはヒュム族を奴隷にしていると推測されとるからな。そしてまだ5歳くらいの小さな子供だった。」


話は続く。親方の目はマグディスを見ているようで、どこか遠くを見ているようにも見えた。


「ワシにも子供が2人おる。お前さんを、おそらく凄まじく厳しい境遇で頑張って育てたのを思うと、無視ができんかった。ただ…。」

「何かあったのか?」

「…ワシは、爵位こそ継がなかったがワルド貴族の血筋だ。そんなワシがヒュム族を連れ帰って来たとなれば何を勘ぐられるか分からんし、お前を育てるだけでもロバートに迷惑をかけるだろうに、さらにロバートに迷惑をかける訳にはいかんかった。爵位を押し付けた相手にな。」


ギルバート親方の弟がロバート・ヘムト侯爵。親方にも色々思うところがあったようだった。


「お前を拾ったことはロバートとかなり話し合った。当時の船員には固く緘口令を敷いて、そして金を出し孤児院に入れ、関わりがないようにした。それなら、お前を縛り付けるものも無いと本気で思っていた。」

「…。」

「だが、お前はワシの前に再び現れた。大きくなり孤児院を抜け出せるようになって、遊び場を求めていたお前が、いつかワシの元に来るのは必然だった。それくらいヒュム族とドワーフ族の溝があるということを分かっとらんかった。肩身の狭い思いをしてきたのだと悟った。だから、ワシはお前を追い出せんかった。他の奴だったら、ウチみたいな貴族直轄の工房に関係者以外は入れられんよ。そこはロバートも以前話した時に言っていたことだ。」


最低限の施しをした上で、自由を与えたつもりが、実際には不自由を与えてしまった。その負い目があると語るギルバート親方。


「お前さんが魔国から生き延びて逃げ出せたのは、おそらく魔力によるもの…生死のかかった土壇場で魔法が発動するのはドワーフ族でも稀にあると聞く。それが魔力の多いお前さんなら、あの時起きてもおかしく無い。その魔力量で、無意識に魔法を発動したことで逃げおおせたのだ。そういう想像は拾った当時からあった。流石に魔国領から川まで遠すぎるし、簡単に逃がすとも思えん。追手が居たはずだが、撒いたのだ。そしてその想像が当たっていたかのように、お前は魔法具を作り出してしまった。しかも、ちょうど来ていたキャロットの目の前でな。」


キャロット・ヘムトはロバートの娘。なのでギルバートの姪にあたる。マグディスの魔法具の才能を見抜き、ロバートの養子にするよう進言したのは彼女である。この点は、マグディスもよく知っている。


「キャロットはこの件は今でも何も知らん。だから単純に領地のためにお前を養子にするようロバートに言ったはずだ。ロバートもどうすべきか悩んだ結果…ドワーフ族達に疎まれて生活するよりは、貴族の庇護下に入った方が良いとそう判断したのだろう。それで結局、巡り巡ってお前さんはワシ達のところに戻ってきた。ワシは運命というものを感じたよ。」

「…そんなことがあったのか。」

「実感が湧かないのは無理もないかもしれん。神は全てを見通すというが、ワシも神は今でも生きているという説をちょっと信じちまったくらいだ。」


神はかつて全てを見通すことが出来たという。運命に呑まれたマグディスが、ヘムト侯爵家の元で大成するのは、見通されていたのだろうか。


「マグディス…『魔法を自由にする』、か。キャロットも上手い名付けをするもんだな。」


養子になるまで『ヒュミッド』と呼ばれていたマグディスは、キャロットに『マグディス』と名付けられた。『魔法を自由にする』という意味のそれは、今では実現可能な目標に思える。


「まあ、そういうことがあったのさ。悪かったな、黙ってて。」


話してスッキリしたのか、あっけらかんとした様子の親方。内心では、おそらくマグディスを巻き込んでしまった負い目がある。

対してマグディスは、自身の気持ちの整理をつけられなかった。早く教えて欲しかったという気持ちもあるし、教えてくれてありがとうという気持ちもあるし。


そして何より、何年もずっと、時々見続ける悪夢の理由が分かった気がした。


「…今はまだ、どう受け取れば良いか分からない。とにかく話は分かった。」

「それでいい。巻き込んだのはこっちなんでな。」


あのまま放置されていれば、命は無かっただろう。

アルディス王国に連れて行かれれば、今の生活も無かっただろう。

最初から貴族の庇護下だったら、鍛治を頑張ろうと思えただろうか?

いくつもの可能性が頭に浮かんでは消えていく。

モヤっとした気分をより深くして、マグディスは帰宅した。気分転換のため、工房の片付けを行う。と言っても、マグディスは割とちゃんと片付けているし、ストレやコラムが掃除することもある。大してやることは無かった。


「ん…?」


そんな中、視界が霞みがかった気がした。


(一瞬、人の形に見えた気がするが…気のせいか。疲れているしな。)


それを機に、明日からに備えて早めに寝ることにした。

まだまだマグディス自身、波乱の未来に不安を抱いていた。


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背景紹介28「ヘンゼル大河」

ワルド共和国からアルディス王国に流れている大河。北の方はケズィン神聖帝国の森に隣接している。

船による輸送ルートになっており、ワルド共和国から高級な家具や装飾品に武器や、鉄に木材といった商品が運ばれる。逆にアルディス王国から魔法具や食料の他、魔法で製造される紙などの商品が運ばれている。

運搬物はレンディス公爵家とヘムト侯爵家の間で綿密に管理と確認がされている。

神の名を冠するほど、2国間で重視されている大河である。

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