3 新たなる魔法剣(1)
マグディスもメリアも、その日は早く寝ることにした。
だが、あまり快眠とはいかなかった。
メリアに関して言えば、前からこういう話はあっただろうが、流石に両国家元首から言われるとは思っていない。
マグディスに至っては、実感が湧かず考えることも難しかった。
なんとなく、頭が考えを拒否していた。
「…メリア、おはよう。」
「…マグディス、おはよう。」
それでも、今日もマグディスが起きてくると、いつも通りメリアが食卓にいるのは何故だろうか。変に律儀なのかとマグディスは考える。
「マグディスはこの話どう思ってるの?」
「全然分からないけど、断れない話ということだけは…。」
「そうよねえ…。」
メリアは逡巡し、マグディスと目を合わせ、少々覚悟を決めた声で聞いた。
「私のことはどう思ってるの?」
聞かれて少々考える。そもそも、マグディスはワルド共和国で育ったため、出会ったヒュム族が少なすぎる。
「どうって…、そもそも結婚とかそういう話はあり得ないと思っていたから、どうとも思っていなかったというか…。」
なのでずらして答えた。メリアは身だしなみにはかなり気を使っており(※一部、自身で水魔法を使用しているようだ)、少なくともアルディス王国では上位者だった。なのでマグディス自身綺麗だとは思うものの、ここは口説くような気分でもない。
「まあそうよね。私もそこはそうだったし。」
ちょっと安心したらしく、ほっとした笑顔を見せる。
「一緒に行動する時間をとれとは言われてるけど、今のところそれだけだし、しっかり考えるのはもう少し後でも良いんじゃないか?」
「お気楽ね。私の方はそうもいかなくて。まあ、マグディスよりは時間があるから、その間に考えるわ。」
それで2人とも会話を終え、食事を始める。
2人だけというのが、意識してしまうがために、なんとも気まずい雰囲気だった。
2人が食べ終えたタイミングを見計らって、執事コラムが声をかける。
「レンディス様とヘムト様両名より、来月オルダンドルフ大公爵邸で行われる騎士爵授与式に、お2人で出席するように、とのことです。」
「私も?」
「大公爵様のご指示だそうです。ヘムト様は『大公爵家所属の魔術師と交流して欲しいのではないか』と仰っておりました。」
「早速、実利を取るということね。まあ、それくらいなら問題ないわ。」
「メリア様の方は護衛の方も馬車での移動となるかと。マグディス様には私がついて参ります。」
「俺の方は護衛というより、世話係って感じか?」
「そうなります。なにしろ、マグディス様は魔国の軍団長を1人で退ける英雄ですからね。それと、ミスリル塊が少量入手できましたので、ヘムト様よりいただいて来ました。こちらです。」
そう言って、コラムは布に包まれたものを大事そうに抱えてきた。布を剥ぐと、銀と緑が入り混じったような色合いの、片手ほどの大きさの石が出てきた。
「これは…、なるほど、鉄より軽いな。今まで聞いた話だと鉄より柔らかいから、混ぜ込むという話だけど…、親方に聞くか。」
「それがよろしいかと。」
親方というのは、マグディスがヘムト家の養子になる前に通っていた、いや遊びに行っていたヘムト家専属鍛冶屋のギルバート親方である。ヘムト侯爵家当主ロバートの兄であり、鍛治を極めるために跡取りを辞した生粋の職人である。
魔法金属と呼ばれている中でもまだ見つかりやすいミスリルであれば、おそらく使ったことはあるだろう。オリハルコンやアダマンタイトは分からないが。
「そしてマグディス様、訓練に出発するお時間でございます。」
「そうだな、そろそろ行かないと。」
時計が無いため、多少の時間の前後は常に発生するが、それでも訓練に遅れるというのはよくはない。
椅子から立ち上がり、玄関に向かう。
「今日は私は行かないから。行ってらっしゃい。」
「そもそもいつも付いてくるなよ…。」
「…これまでは私の我儘だったけど、これからはそうは行かないと思うわよ?」
「そうだな…そうなっちゃったな。」
「「はあ…。」」
お互い、同時にため息をつくあたり、物理的にも息はあっている。問題は、お互いこの関係を進める気も戻す気も無いので、話がずっと浮いていることだった。話は浮いているが、浮ついた気持ちにはならない。
気持ちを切り替えつつ、2人はそれぞれの用事に向かった。
マグディスは訓練を済ませ、午後にはヘムト工房を訪れた。ヘムト工房は、ヘムト家の屋敷のすぐ近くにある。それだけで、この工房がどのような扱いをされているか分かってくるというものだ。
ここでは鋳造は行なっておらず、全て鍛造、つまり手作りである。また、作っているものも武器だけではない。貴族向けの品の良い鞄なども取り扱っている。
マグディスは裏道の勝手口から工房に入る。マグディス自身ヒュム族で悪目立ちするので、いつもこうしている。
「すみません、おやっさんいますか?」
「ん?ああ、マグディスか。久しぶりだな。親方はもうしばらくで戻ってくると思うが、どうかしたのか?」
応対してくれたのは親方直属の弟子の1人。貴金属の装飾品を扱っていた。マグディスは全て練習させられたので、一通りそれなりのものは作れる。
「それなら待ちます。あー…一応、指輪とネックレスの作り方、確認させて欲しいんですけど。」
「ああ、そうか。そうだな。試作の期間も要るもんな。」
マグディスはワルド共和国で今最も(悪く)目立つので、噂は既に広まっている。周りが2人を固めている状態になってしまっている。
「ええまあ。作るのは1人の時だけですけど。」
ただその気が薄くとも、マグディスなりに考えていることもある。もしメリアとの関係が進展するなら、高い装飾を作ってもらうこともあり得るが、マグディスから贈ることもあるだろう。よって練習は必要であり、その情報は今から得ておくべきものだった。
「そうしな。まずネックレスだが…、…、…。」
「お前ら、何やってんだ?」
しばらく話し込んでいると、親方ことギルバートが工房に戻ってきた。
「ただの世間話ですわ。マグディスは親方に会いに来たらしいですよ。そんじゃ、俺は戻りますんで。」
「お、おう。…なんだあいつ。」
親方は弟子に怪訝な目を向けながら、マグディスの方に向き直った。
「親方、お久しぶりです。」
「マグディスから親方って言われてもな。お前はもう独立したんだぞ?」
「だけど、俺はあくまで魔法具士として独立しただけなんで。まだまだここで学ぶことはありますよ。」
「まあそうなんだがな。一応、ウチとお前んとこは同格扱いだから、人前では親方って言うなよ。」
「分かりました。で、こんなものを入手したんですが、親方は確か以前作ってましたよね?」
そう言ってカバンからミスリル塊を取り出す。相変わらず怪しい色合いをしている。
「あー、なるほどな。褒賞でミスリルも貰ったのか。」
「そうなんですよ。量が多くないから、あんまりテストにも使いにくくて。コツとかってあります?」
「その前に、何作るんだ?金属類か革製品に取り付けるかでも変わってくるぞ?」
「あー、俺としては剣で考えてましたけど、そうですね、他のものでも使えますね。」
「まあ剣から説明するか。剣の場合は、芯と外側を別で作らなきゃならん。だから普通の剣よりも難易度が跳ね上がる。」
「芯を別に、ですか。」
「そうだ。コンセプトで言えば杖が近い。全体にミスリルを混ぜ込んでも作れるが、芯にのみミスリルを使い外側は使わない方が、魔力を込めた時に剣全体に魔力が広がって、魔法武器としての性能が高まるから、らしい。」
「それならむしろ、全体に混ぜた方が良いような…?」
「最初は全体に混ぜたやつを渡したんだがな。どっちかと言うと剣の持ち手側に魔力が偏りやすくなるらしい。普通の魔法武器でもそうなるらしいが、それを軽減できるらしいな。まあ、ワシは魔法のことはほとんど分からんが、昔それを買っていったヒュム族がそう言っていたからそうなんだろう。」
そう言うと、親方はちょっとだけため息をついた。
「そのミスリルの後にも、アダマンタイトやオリハルコンも使ったものを作ったことはあるが…はっきり言って難しいから、凄まじく疲れるぞ。出来上がった時は嬉しいがな。まあ作り方の基本は同じなんだが、オリハルコンは硬いし溶けにくいしで、ちょっとな。」
珍しく遠い目をしている親方。良くも悪くも強烈な記憶らしい。
「で、金属類や革製品は、使うところの強度次第だな。飾りとかだとあんまり気にしなくても使える。混ぜものを減らすほど魔法的には良いみたいだな。ミスリルは柔らかいから、基本はプラチナを混ぜ込むと良いだろう。指輪とかだと宝石の代わりにミスリルを嵌め込むという手もあるが、色合いがちょっと気に入らなければ銀とかと混ぜると良いかもな。まあ後はやってみろ。お前の腕なら作ってればそのうち良いものができる。それだけウチを見てきただろう?」
「ええまあ、そうですね。やってみます。」
話が聞けて、そして応援されていることが分かりちょっとやる気が強まったマグディスだった。
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背景紹介15「ロバート・ヘムト」
ヘムト侯爵その人であり、表情がほとんど変わらない。性格は厳格で真面目であり、知能も高い。その辺りを見込まれ、兄と父にいつの間にか侯爵にされていた。本人は拒否したが丸め込まれた模様。本来、優しく熱い心を持つ面もあるのだが、鉄面皮に遮られ様子を伺うことができない。なんだかんだ周囲の人間を気にかけている。
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