2 マグディスの日常(7)
「お父様!!どのようなおつもりですか!!」
ヘムト侯爵がマグディスとメリアを連れて食堂に入った際に、メリアが既に席に座っているヒュム族の男性に対し、放った最初の言葉はそれだった。
この男性はカイラル・レンディス公爵で、メリアの父だった。
「私をそのつもりでここに連れて来たのですか!!?」
メリアは言葉を濁しているが、レンディス公爵も分かっている様子だった。
「落ち着きなさい、メリア。僕がこの結果を予想できると思うのかい?それについて来たいと言い出したのはメリアの方だろう?僕はそれを聞くまでは連れていくつもりはなかったよ。」
「お父様の事ですから、頭の片隅にはあった筈です。…はあ、もういいです。条件が合ってしまったということですか。」
「そうだよ。それに僕からこの件で国王様にお認めになるようお願いしたりはしないよ。」
「頭が痛くなって来ました…。」
どうやら、メリアの方が折れたらしい。レンディス公爵はヘムト侯爵の方に向き直った。
「お見苦しいところを見せてしまったね、ロビー。」
「構わんさ、カイラル。ウチにも関係がある話であるしな。」
ロビーとは、ヘムト侯爵の愛称だ。この2人は、ワルド共和国とアルディス連合国の外交を一手に担っており、付き合いが長い。結構な頻度でお互いの領地へと行き来し、情報の共有や交渉をしている。
レンディス公爵はチラリとマグディスを見る。
「それで、君がマグディス君だね?」
「お初にお目にかかります、マグディスです。」
「この場は堅苦しくしなくて良いよ。メリアも世話になっているようだし。今後も【許嫁として】よろしく頼むね。」
「はい…?」
マグディスは考えこむ。何故そんなことになっているのかも分からないが、まずは今までの会話を思い返した。確かに、そういう話だったのかもという気がしてくる。
その隙に、レンディス公爵はヘムト侯爵に尋ねた。
「…ロビー、マグディス君には言ってなかったのかい?」
「どうせこの場で遅かれ早かれ知る話であるし、メリア殿の方が言って欲しくなさそうだったのでな。それなら、嫌な役目はお父上殿に引き取ってもらおうかと思ってな。」
「あのね、流石に知ってるものだと思っていたよ。マグディス君が知らないということを、僕が知らないから、言ってくれるんじゃないかというのはちょっとどうかと思うね。」
「はっはっは、悪い悪い。ささいないたずら心さ。」
「僕からすると、それに巻き込まれる僕とマグディス君のことをもうちょっと考えてほしいかな…。」
相変わらず声は笑っても顔は笑わないヘムト侯爵にレンディス公爵は不満そうな目を向けた。
「まあそういう訳でな、メリア殿とマグディスはこれから許嫁だ。2国のトップが認めた結婚だ。何が合っても断れんと思うからよろしく頼む。」
「あの…えーっと…本当なんですか?」
マグディスはつい、回答の決まった質問をしてしまった。
平民でしかも孤児だったマグディスにとって、貴族というもの自体が雲の上の相手であり、そしてメリアはその中でも指折りの上位に入るお姫様である。いくらマグディスが騎士爵を得たと言っても、それでも雲泥の差がある。
なんだかんだメリアがマグディスを構ううえに、砕けた口調であっても特に不満を言わないので腐れ縁かのようになっているが、まだ会って2ヶ月と経っていない。
そういったところがあり、結婚を嬉しいと思うかどうかとか、相手としてメリアが相応しいかどうかとか以前に、この話はまるで現実味がなかった。
「そうだね、僕の推測を話しておこうか。」
レンディス公爵が答えを引き継いだ。
「まず、我々が外交官をしているのは分かっていると思うけど、特にアルディス王国とオルダンドルフ大公爵家の結びつきを強めたいというのがあると思う。次に、ワルド共和国にとってはアルディス連合国の魔法技術が欲しくて、それがメリアから出てきて欲しいんだろう。アルディス連合国は、マグディス君に軍団魔術師としての活躍はもちろん、の魔法具の技術が欲しいんじゃないかな。」
3つのメリットがあるというレンディス公爵。
アルディス連合国内のアルディス王国と、ワルド共和国内のオルダンドルフ大公爵領は、それぞれの種族内で最大派閥であり、それを安定させるために関係性を強めるという。それと、2人の持つ魔法技術の情報交換がお互いにとってのメリットだという。
レンディス公爵は、さらに話を続ける。
「本来なら、ヘムト家とレンディス家の縁談というのは成立しない。何故かは分かるね?」
「他種族間では子供が産まれないからと聞いた事があります。」
「そうだね。だけどヒュム族であるマグディス君がヘムト家の養子となれば、血はつながっていなくとも家と家で関係が作れるということになる。きっと国王様はそこに目をつけたんだろう。今回の功績で騎士爵に上がれば、貴族家との結婚も可能になるのを見越して、騎士爵位を与えようと考えたんだろうね。」
そしてメリアの方を見る。
「対してメリアは、まあ…魔力量が多かったから、引く手数多ではあったんだけど、魔力量が多いとメリットが出るのは上級魔術師との結婚になるからね。彼らはプライドがとても高くて、合わなかったんだよね。」
微妙にぼかして言っているが、何があったのかはマグディスでも想像がつくところだろう。
おそらく、上から目線の相手に魔法をぶっ放すくらいはしたと思われる。1度や2度ではないかもしれない。
「有力なところでは歳が合わない人が多かったのと、ちょっと問題が起きそうなところがあってね。まあ条件が合わなくて、メリアは決まっていなかったんだ。そこを多分、王様が目をつけたんだろうね。魔法の話ができる貴族家の年頃の女性、かつ外交担当の娘というのがちょうど良かったんだろう。あとは…」
まだあるらしい。聞いているメリアはもちろん、マグディスも疲れてきた。
「マグディス君を早めに確保したかったんだろうね。他の貴族に取られる前に。だから破格の条件ながらもこうしたんじゃないかな。君は相当期待されていると思うよ。頑張ってね。」
「…分かりました。」
何も分かっていないが、とりあえずどうにもならないことは分かったマグディス。
「そんなわけで、メリアも心を決めておいてね。多分そんなに時間取れないから。」
「はあ…分かりました。お父様。」
メリアについては諦め気味だ。まあ、流石に2国のトップに言われれば断れない。断ったらどうなるかは不明だが、よくないことが起きるのは間違いないだろう。
「そろそろ良いかな?」
ヘムト侯爵が手を叩く。
「昼食を用意しているのでね。流石にそろそろお腹も減っただろう。今後のこともあるが、沢山食べてから考えれば良いだろう。」
その日の昼食は豪華で味も十二分に良いものが揃っていたが、主役2人の間には微妙な空気が流れていた。
なお、貴族2人は十分に楽しんだ模様。
昼食後、マグディスは家に帰り仕事を始め、メリアは借りている部屋で考え事をした。
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背景紹介14「メリア・レンディス」
レンディス公爵家の三女で、水魔法の第一人者。レンディス公爵家は魔力の特別多い家系では無かったが、メリアはとりわけ魔力量が高かったため、貴族としての教育の他に魔法の教育も受けている。性格として自由奔放で、下に見られる事が嫌い。頭もよく運動神経も悪くはないが、動きやすい格好でよく外に出ているため、貴族令嬢っぽさが薄い時が多い。なお、彼女には当然護衛はいるが、普段は隠れて遠くから見守っている。もちろん、彼らがメリアの意向に従った結果である。
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