4 騎士爵叙任式(3)

泥のように眠った翌日。

朝早くから、叙任式に向けてマグディスは衣装選びに追われた。

衣装選びというか、サイズが合わないのである。


「ある程度はこの話が上がってから用意してみましたが、合うのが中々無いですね…。」


とは、大公爵付きの衣装の専門家の言である。

しかもその中でマグディスに合いそうな色合いのものを選ぶので、周囲は必死だった。


「マグディス、まだ決まらないの?」

「メリアは持ち込んでるから良いよな…。」

「マグディスも持って帰れるらしいし良いじゃないの。」

「いや、もう疲れたんだけど。」


何着も着替えていて辟易していたマグディスに、メリアが声をかける。

メリアは元々ドレスを持ち込んでいるので、着替える程度で住んでいる。

ちなみに、実は昨日は動きやすい私服から特に着替えずに食事していた。大公爵が『絶対に私服で着替えずに来るように』というよく分からない命令が出されていた為だった。今ならなんとなく理由が分かる気もする。


「基本的に、ここで貰う以外に手に入れる方法は少ないんだから、 マグディスの礼服はこれ1着になるわよ?真剣に選んどいた方が良いわよ。どうせこれ、アルディス国とかでも使うことになるわよ。」

「なるほどなあ。」


そう聞くと、ちょっとは考えてみる気になった。

元々マグディスは目立つカラーリングは好きではない。地味で素材の味が出る方が機能美があって好みだ。

自分でも服を探してみる。


「んー、派手じゃない単色で、形としてはシンプルで良いんだけど、どうしようかな…。」

「それならこちらなど如何でしょうか?装飾品などの組み合わせ次第で派手にもシンプルにもなり得ますよ。」


メイドが持って来たのはグレーと言うよりシルバーの服だった。


「ちょっと派手じゃない…?」

「マグディス様は今回の主役ですから、これでも地味なくらいですよ。なのでどちらにせよ装飾品は多めにします。それに…。」


メイドは顔をマグディスに近づけ、小声で言った。


「これが結婚式の服になるかもしれませんよ。それならこの程度の派手さは必要です。」

「………。」


意表を突かれて固まるマグディス。だが考えてみれば確かにそれはあり得る。のせられている気がしなくもないが、メリアが離れている今しか無いかもしれない。


「じゃあ、これにしときます。」

「はい、では他のものはこれに合わせる形にしますね!」


とにかく決まってひと段落かと思いきや。


「靴はどうしましょうかね。見えないと思われます?結構大事なんですよ。」

「タイの形状とカラーリング、それにピンのカラーとデザインも決めましょう。」

「ヘアースタイルのタイプ、こんな感じで如何ですか?こういうのもありますが。」

「シャツのは今日は強めの白が一般的かとは思いますが、青も合いますね。赤は…良い感じですね!どれが良いですか?」


「ま、まだまだある……。」

「午後の会までに全部決めときなさいよー。」

「他人事だと思って…!」

「そりゃあ他人事よ。私は早めに昼食を摂ったらすぐ着替えちゃうから、後でね。」


項垂れ、されるがままのマグディスを放置したメリア。

メリア自身の身だしなみに関しては、いつも化粧品をオリジナルの水魔法で操作して済ませる。服装の洗浄も水魔法で乾燥まで可能だ。着替えで手の届かない部分や髪飾りの位置調整、チェックなどはケイトの手を借りているが、それ以外はほぼ自前。そういう意味では、手間が非常に少なく済むと言えた。

魔術師界隈では、魔法の無駄遣いや下人の仕事を奪っているということになるかもしれないが、本人は便利なので気にしていない。

特にこういう出先では有用だった。


こうして何とか衣装を決定した、と言うより正しくは決定させられたマグディスは、騎士爵叙任式に臨むのだった。


部屋の側面の段に、貴族やその親族が立っている。メリアもその一等地に立っている。

正面の階段の上にはオルダンドルフ大公爵が、厳格な表情で座っている。

マグディスは中心まで歩く。

空気の重さを受けているのか、足取りも重い。


「皆の者、楽にせよ。」


オルダンドルフ大公爵の一声で、観衆は席についた。マグディスはそのままだ。


「これより、マグディス・ヘムトの騎士爵叙任式を執り行う。開会にあたり、本決定に異を唱えるものはいるか?」


これは勿論、ただのパフォーマンスである。もし文句があるならば、もっと前に進言すれば良いのだ。

しかしパフォーマンスであるとは言え、最終確認は最終確認。マグディスに緊張が走った。


「良し。では催事長、よろしく頼む。」


そういう役職があるらしい。まあ全て大公爵本人がやるわけでは無いから、何らかの代役が居るのは当たり前ではある。


「これより、マグディス・ヘムトの騎士爵叙任式を開会します。まず初めに、本会の流れを説明します。最初に騎士爵叙任の理由について説明を行います。続いて、大公爵様よりマグディス・ヘムトに対し叙任前の確認を行い、問題がなければその後騎士爵叙任となります。最後に、大公爵様より一言いただき、終了次第叙任パーティーを行います。」


この流れは、前もって使用人から聞いていた通りである。


「騎士爵叙任の理由は、以下の理由です。マグディス・ヘムトは自身でしか作り出せない魔法具作成技術を持っており、その技術がとても希少であること。魔力量が上級魔術師クラスであり、軍団魔術師の資格があること。そして軍団魔術師として先の魔国軍との戦争で大いに活躍し、魔国軍の軍団長を2度にわたり撃破し、その功績もってアルディス連合国から大きな賞賛と褒賞を得たこと。以上となります。尚、本会では、騎士爵叙任に加え、アルディス王国レンディス伯爵家三女、メリア殿との婚姻を認めることとなります。」


会場には催事長の言葉だけが響く。


「続きまして、オルダンドルフ大公爵様より叙任前の確認をしていただきます。大公爵様、お願いいたします。」


この言葉を受けて、マグディスは跪く。


「マグディス・ヘムトよ。お前はヒュム族でありながらこのワルド共和国の騎士爵をこれから受け取ることになる。それに先立ち、確認しておくべきことがある。お前は何故、アルディス王国ではなく我が国の騎士爵となるか分かるか?」


予想外の質問だった。例えば『その力を我が国の為に使うことを誓うか?』という質問を予想していた。

回答に悩む。


「…私がヘムト家の配下だからでしょうか?」

「左様。お前を育てたのもヘムト領であり、ヘムト家であった。よってお前はヘムト家にその恩義を返さねばならん。此度の活躍はそれまでの投資に見合うものではあったが、ならば尚のこと、それ以上に恩義を返すのが出来た配下というものよ。」


一呼吸置く大公爵。厳格な表情を崩さない。


「しかし、お前はアルディス王国で騎士爵を得る可能性もあった。お前を我が国に残す為にも、お前の希望は聞いておかねばならん。メリア嬢との婚姻許可の他に、我が国で騎士として行動するにあたり、欲しいものが有れば言ってみよ。」


(ここで聞かれるのか。)


「私は鍛治が、モノづくりがしたいだけの人間です。そして既にヘムト様より私用の工房をいただいております。よってそこから動くつもりもありません。欲を言わせていただければ、今後希少金属…特に魔法金属を融通していただければ、見合ったものを作ってみせます。」

「はっはっは。流石ギルバートが拾って来ただけの事はある。相分かった。これからもその活躍に期待し、その活躍に応じて魔法金属を用意させよう。」


マグディスは目を見開く。跪いているので誰にも見えないが。


(親方が…拾ってきた?)


「…はっ。ありがとうございます。」

「良し。では次に移ろう。」


その言葉を確認した貴族の1人が、マグディスの前に台座を持って来た。

マグディスは立ち上がり、腰に刺していたミスリル製魔法剣を抜き、台座に突き立てる。手は柄を握ったままだ。


「マグディスよ、覚悟を述べよ。」

「は。私、マグディス・ヘムトは、これよりワルド共和国の剣となり、ワルド共和国の為に命を賭すことを誓います。」

「よろしい。マグディス・ヘムトに騎士爵を授ける。その剣と同じように、力を以て国を支えよ。」

「拝命いたしました。」


台座から剣を抜き放ち、正面に掲げ、そして鞘に戻した。

大きな拍手が巻き起こる。


「皆の者!これよりマグディスが我々の力となる限り、我々もマグディスを守らねばならん。そのこと、ゆめゆめ忘れるでないぞ!」


その言葉で、叙任式は幕を閉じた。


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背景紹介24「オルダンドルフ大公爵」

厳格な御仁として知られており、実際厳格な性格をしている。また、将来展望を強く持ちそれに向かう心を持っている。しかし本性としては、そういった思いを抱え込んで上手く出す場があまりとれず、酒の席では暴走気味のようだ。

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