第41話 逆侵攻の魔力。



 ざぁぁぁぁぁ!!!


 ひゅごぉぉぉぉぉお!!!!


「参ったわねぇ……」

「参ったなぁ……」


 降り頻る雨粒の音が、星華亭の椅子に座っている俺たちの耳に伝わってくる。かなりの雨量で、ひとたび外に出てしまえば間違いなくべちょべちょの濡れ透けイケメンコースだな。


 隣で座るイーラにちらりと視線を向ける。


「なー、明日の天気がわかる方法とかないのか?」

「ないこともないわね。基本的にはエルフとか獣人の天気屋に聞けば早いんだけど……まさか太陽祭が近づいてるっていうのに雨降りだなんてねー……どうしようかしら」

「ねー、どうしようねー」


 太陽の神様の力弱ってんじゃないのぉ? 思いっきり豪雨ですけど。


 前日からウキウキだった気分に冷や水を掛けられ、俺は結構萎えていた。


 憂う蒼い瞳に、もやもやした気持ちが溜まっていく。流石のイーラも天候にはどうしようもないのか途方に暮れている。


「結構、あたしも楽しみにしてたんだけど……ま、仕方ないことは仕方ないわ」

「俺はイーラのおめかしのためだけに今日早起きして精神統一してたんだぞ。くぅ」

「……なんかちょっときもいわね」


 いや、嬉しいのは嬉しいけど。と軽く笑いながらこちらに視線を向ける。


 俺はこのやり取りにそこそこ幸せを感じていた。あふれ出るこれでいいんだよ感は凄まじい。


 拝啓父さん母さん妹たちへ。俺とイーラの展望を閉ざす雨には全く如何ともしがたい気持ちではありますが、美少女との心あったまるやり取りで元気いっぱい胸いっぱいであります。


 うちの高校は可愛いやつも居るっちゃ居るけど、ほぼ先輩とか他のクラスに集中してたからなぁ……。


「うるせー。というか雨の日ってみんな何してんの?」

「そーねー……ぶっちゃけ冒険者連中はレクサスの中入れば天候関係ないし、関係なく潜ってることも多いわね。一般人は……さぁ?」

「さぁって……いや、確かにイーラならそうかー」


 そういえばこいつ半年前に冒険者になった人間生活できたてほやほやドラゴンガールなんだった。実は俺の方がリードしなくてはいけないのではなかろうか。ドラゴンの年齢が人間換算でどれくらいなのかはわからないが、さも当然のように数百年を生きているあのバカ耐久ドラゴンを考えるとイーラはもしかして、人間で言う赤ん坊レベルの可能性が……。


 俺が守護まもらねば。この強気で適当で心優しきドラゴンベビーガールを。


 そう決意を新たにしているときのこシープのいい香りが届いてきた。運ばれるお盆の上には追加で肉料理やパンも乗っかっている様子が見える。


「景気悪い顔してないで元気出してこ! ほら、たーんとお食べ~!」


 キキョウが鬱蒼とした雨の日にも負けない太陽のような明るい笑顔で朝ごはんを運んできてくれた。ありがたく頂戴いたす。


「ありがと。元気なキキョウを見てるとあたしも元気出てくるわ」

「いえいえ~! 冒険者にも休息は大事だしっ、今日はゆっくりしてね!」


 小柄茶髪美少女とスタイル抜群赤髪美少女のやり取りがここまで心の栄養剤に足りえるとは、さしもの俺も予想していなかった。百合に挟まる男を殺す文化はこの尊い光景を守るためだったのか。


 ほんわかしつつ、俺も感謝の言葉を告げきのこスープやら肉料理やらを頂く。


「ウェイズくん、ほんときのこスープ好きだよね~……もしかしなくても初めて泊まった日から飲み続けて8日連続だよ?」


 確かに。異世界初日から俺はきのこスープを飲んでいるし、ということは俺は異世界8日目ということか。気付けば一週間を越えていたとは、イーラ様様である。


「それだけここのスープが美味いってことよ。あ、この肉マジでうまい。ちょ食ってみ」

「どれどれ……んぅっ! 結構濃いし、刺激的な味付けだけどかなり美味しいわね!」


 俺たちの感想にニコニコと微笑み、


「それなら良かった~! 最近お父さんが頑張って発明した新作なんだけどね! 太陽祭に来る人にも馴染み深さを感じてもらえるようにしたんだって~! あ、私もう行くね! はいは~い!」


 騒がしくキキョウは別の客の元へ注文を聞きに行った。


 かわいい。ああいう元気な子には正直あまり粉掛けたくないな……グンさんのお願いが今更ながら重荷に感じる。俺みたいなのが近付いていい女の子じゃないよな~。


 木のフォークでキノコをむさぼり、肉を同時に食らう。


 うま。


 肉の旨みに震えていると、ふと昨日思いついたことがあることを思い出した。大気と魔力を同期させ、一体化させる技術。


 魔力を十全に扱えれば、きっとイーラは爆発的に強くなるはずだ。魔力操作にむらが見受けられるし、あの真紅の魔力は龍のもの。だとしたらあいのように魔力そのものに強力な性質があってもおかしくない。


 わくわくしてきたぞ。龍の源流魔法とかかなり強そう。


「そーだ。やりたいことがあるんだった。後で俺の部屋来てくれ。イーラの部屋でも大丈夫」

「いいけど、何するわけ?」

「ふっふっふ、そこはやってみてのお楽しみといこう」


 微妙な顔をして飯を食うイーラ。その瞳には小さな疑念と期待感が渦巻いているように見える。何だかんだ今後ヴェルターニャ様に魔力操作を教える機会もありそうだし、イーラでやっておくことに越したことはないだろう。


 そうと決まれば早く準備せねば。


 俺は料理を味わいつつも早めに食い切り、自室へと戻った。









 俺の部屋のベッドにて。


「で、結局何の用なわけ?」

「いいからいいから……さぁ、右手を差し出しなさい!」


 偉そうに声高々に宣言すると、付き合ってくれるのか呆れた様子で右手を差し出してきた。白い綺麗な肌が見える。


 龍の血の特性だろうか。まったく日焼けによる影響が見えない。


 ま、そんなことはどうでもいい。俺は伸ばされた手の先を両手で包み込み、じんわりと伝わる掌の熱に集中する。俺の魔力をイーラの中の魔力と交じり合わせ、浸潤し、境界線を失わせる。


「……? そんなに触りたかったの?」

「まぁまぁ……ふぅぅッん! ……マジで動かねえ」


 魔力を一体化させることは成功したが、俺の意志で動かすことができない。おそらくイーラが支配している真紅の魔力が主導権を握っているせいだろう。手の先部分から漏れ出る魔力程度の体積では操れないようだ。


 でもアプローチは間違っていない気がする。俺が支配する一体化した魔力を増やせばいいだけだ。そうするにはどうしたらよいか。


 答えは簡単だが簡単じゃない解決法だ。


 俺は一旦イーラの手を包むのをやめ、ベッドの端に改まる。


「あのー、イーラさん」

「なにかしら。やりたいことはできたの?」


 きょとんとした顔をしている。いちいち可愛いから緊張する。なんでこいつこんな可愛いんだよくそが。しかしこの行動は今後のメリットを考えると、やらない理由が俺の心情を除いてない。


「後ろから抱きしめていいか」

「ええ__ぇ?」


 さも当然のよう顔でオッケーが出たので、これ以上言葉を重ねずに黙って後ろから軽く抱きしめる。これ以上話したら俺の心が恥ずか死する。


 びくぅッ!


 腕の中で見た目より小さな身体からすごいびっくりしている様子が感じ取れる。おっけー出したくせにそんなに嫌がることなくないか? 泣くよ? ウェイズ君怒りの大号泣しちゃうからね???


「いやっ、ちょ__!?」

「これからイーラの魔力を動かす。今、この場で魔力視ができるようになるまでお前を進化させる」


 ピタリ。


 弱くもぞもぞと動いていたが、俺の言葉を聞いて静止する。


 この1日で、イーラの魔力操作を上達させる。蚊とんぼを獅子に変えるほどの進化は無理かもしれないが、できる限りやってやる。


「……そういうこと。いいわ、やってちょうだい」

「ああ。早めに掴めよ」


 魔力を丹田から溢れ出させ、イーラの全身を包み込む。無色の魔力を真紅の魔力に同期させ、魔力の操作を俺に上書きしたいんだが……


 思ったより上手くいかない。


 魔力量的にはちょこっと俺の方が上程度か? 主導権を握りづらいのも納得が行く。それでも魔力の同期は進んでいき、遂に俺の魔力の割合が真紅の魔力を上回った。


 ふつ。


「……どうしてかしら。お父さんを思い出すわね、変な感覚」

「そういうもんなんだな。さて、今から動かすから集中してくれ」

「わかったわ」


 命令を誤認した真紅の魔力が高速でイーラの身体に戻り、滑らかに龍紋を象る。


 赤熱化し、紅く輝く龍紋が生き物のように脈動する。そして発生する熱気。急に部屋の温度が急上昇したようにすら感じられた。


 え、龍紋ってそういう感じなの? ま、まぁいいや。続けよう。


「んっ……かなり違和感あるけど、なんか面白いわね。勝手に魔力が動くのって」

「参考になる。どんどん行くぞー」


 ふつふつ。


 続いてイーラの全身に魔力を隅々まで通す。文字通り全てに通すことで魔力操作のムラの原因になる突っかかりを消していく。


 ふっ、ふっと息を漏らしているのが前から聞こえてくる。えっちーコングですよこれは。


 ふざけた思考が浮かぶが正直余裕がない。他人魔力ってこんな操作するの神経使うのかよ。両手別々で箸の豆掴みでもやってる気分だ。


「大丈夫か?」

「だいっ、じょうぶ。はやくしなさいよ」

「りょーかい」


 真紅の魔力を目に集中させる。毛細血管とか瞳孔とか視神経とか、ここの通し方は慣れたものである。渦を巻くように、刷り込むように魔力を染み込ませる。


「__あ、みえる」

「マジで? よしっ! その感覚覚えてくれ」


 ふつふつ__ぷつり。


 気付けばかなり全身が蒸し暑くなっている。真紅の魔力にあてられたせいか? 何せよここからイーラ自身が魔力を操作して魔力視を維持しなければならない。


「操作を少しづつ手放す。自分で制御してみて」

「え、ええ……」


 ぷつぷつ。


 今、イーラはどんな顔をしているんだろうか。楽しみで仕方がない。


 少しづつ手放した魔力が独りでに目の周りを回り始める。いいぞ、掴んできてるな。そして数分も経てば、イーラは俺の補助無しで魔力視を維持できるようになっていた。


 どこかぎこちなく、ゆっくりとこちらに振りかえるイーラ。


 その瞳は爛々と紫紺の艶やかな光を放っていた。嘘を判別するときの目だな? しかし前よりもずっと色が深い。なんだかんだイーラも天才であることに変わりはない。


 紫か……そういや龍祖アドラも紫色の瞳だった気がする。やはり血の系列ということなのか。


 目を見開いたままイーラの動きが止まる。


 ぷつぷ__


「あんた……それ……!?」

「ん?」


 そんな声を荒らげるようなことが俺に起きてるんか。でも直感には特に反応ないんだけ……ど…………?


 イーラの視線の先には俺の腕がある。


 そこに紅く浮かび上がりかけている鱗のようなものが存在した。硬く、剛く、そして柔らかい矛盾したイカれた龍の鱗が脳裏を過ぎる。


 え


 ぷつり。


「ぇぇぇぇええええ!!? 何だこれ!? きんもっ!!!???」

「きもとか言うんじゃないわよ! それ多分龍の鱗なんだから!」


 ビビり散らかして手を振ってみるがこの浮かび上がった鱗が取れる様子はない。


 りゅ、龍の鱗!? なんで俺にそんなもんが生えてくんのぉ!?


「とりあえず元のあんたの魔力に戻しなさい!」

「了解!」


 と言っても腕に徐々に生え揃いつつある鱗に魔力が乱されて、まともに操作できなくなってきた。魔力操作の反乱ですぞ! 我が魔力の謀反ですぞぉぉぉ!


 俺の元々の無色の魔力まで逆に真紅に染まっていく。やばい、何かやばいッ!


 一旦落ち着いて制御しようとするがやっぱ無理。魔力操作の根本的な出力が違う。真紅の魔力に強引にねじ伏せられる。


 こうなれば__


「あい! 魔力宜しく!」


 銀の魔力を呼び起こし、真紅の魔力に対抗する。


 凍り付いてろ持ち主に歯向かうバカ魔力がッ!


___よんだ? ……わ、あつそーだね___


___ふふ、そっか。そーいうのもあるんだ___


___おもしろい、おもしろい___



 クスクスと鈴の音と共に銀月の魔力が真紅の魔力を一瞬で氷漬けにする。


 ふぅぅぅ……マジで焦った。何なんなんだ一体。


「ありがと、あい」


___ふふ、どういたしまして___


 しゃらんという音ともにあいの気配が消える。いつも思うが何処にあいは居るんだろうか。まぁ今はいい。


「なんとか、なったみたいだ」

「……あんた、その魔力操作あんまり人にしない方が良いわね」

「ああ。マジでそう思う」


 イーラは呆然とこちらを見ながらも、紫の光を維持している。


「……あー、そういうこと。むしろその程度で済んで良かったわね」


 謎の納得を得ている。


「うぅーん。なんでこんなんなったのかわかるのか?」

「あんたのその技術、自分の魔力を他人のそれに完全に合わせるんでしょ。そこでりゅ……まぁいいわ。とにかく次からは気をつけるように」

「まぁ危ないしな。それにもう目的は達成できてるみたいだし」


 イーラの紫の輝きは衰えない。魔力操作が上手く行ってる証拠だ。俺の言葉にハッと気付いて、口角を引き上げるイーラ。


 とりあえず良かったってことにしておこう。


 視線を手元に戻すと浮かび上がった鱗もなくなっていた。


 俺の腕も元に戻ったしな。休みの日にこんなひやひやさせないで欲しい。全く。


 


 

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