第33話 臨時魔法講師(の助手)、出勤。


 翌朝。


 チュンチュン、ピャォーン__鳥の鳴き声が聞こえる。日差しが窓から薄く差し込んでいるのか、瞼を閉じていても微かに眩しい。


 もう朝かぁ……快眠って感じかな。


 目を擦り、意識を覚醒させる。寝る前と変わらない景色……いや、何か足りない。


「あれ、そいやあいが居ない?」


 ちりん。耳元で小さく鈴が鳴る。


 __ふふふ、おねぼうさん__


 __うーくん、おはよう__


「ああ、おはよう。あい」


 ちりん、ちりん。


 風に揺られた風鈴のように、聞くだけで涼しい音がする。身体が爽やかになって__あれ、物理的にちょっと冷たくなってね?


 確かめてみるとやはり音が響いたところが冷たくなっている。ただ、これくらいの冷たさならむしろ居心地が良い。夏場に最適すぎる、この精霊。


 さて、顔でも洗ってくるかあ……。


 寝起き眼でズルズルと寝室から出ると、隣には同じくぬぼっとした表情のアルヴェルが出てきた。


「あ」

「あっ」


 静寂。


 何を言うべきかお互いわからない時間が、5秒ほど続く。


「……隣だったんだな。おはよ、アルアル」

「はい〜、おはよーございます。うぇーずさん。あとわたしはアルヴェルです」


 ぼさぼさの頭に、野暮ったい顔。完全に寝起きです感が半端ない。舌っ足らずでまるで子供だ。枝毛がとてつもなく可愛い。


 眠たそうにふせられた目線からは、空色の瞳が顔を覗かせる。異世界は綺麗な瞳のやつが多いな。ずっと眺めてたいくらいだ。


「……なんですかあ? そんなにわたしの目をみつめて……も、もしかしてすきになっちゃいましたぁ? だめですよぅ〜ふへへ」


 勝手に頬を染めたと思えば気持ち悪くなり始めた……魔道具屋でも思ったが、アルヴェルは脳内トリップ癖があるようだ。


 俺がやったらキモイだけだが、美少女がやるとなんか、いいですね! 朝っぱらから元気出てきた。


「はいはい、おばあちゃん。顔洗う場所はこっちですからね〜」

「もぅー、だれがおばあちゃんですかだれが。これでもわたしは16さいなんですよ? いっぱしのまほうつかい……ではないですけど」

「はーい、足元ご注意なー」


 酔っ払いを相手にするようにアルヴェルを水場へと連れていく。顔を洗うには星華亭の2階から1階へと降りなければならないので、慎重に移動させる。


「おはよ、キーちゃん。今日の朝飯は?」

「おはよーうーくん。お肉と魚を煮て葉っぱで包んだやつだよー」

「最高すぎる」


 掃除をしているキキョウに軽く挨拶し、そのまま裏手の水場に直行。


 何やら口をにゃむにゃむさせているので、試しに魔法をぶっかけてみる。


「おばあちゃん顔洗いますからねー、マグ水よ

「あらってくれるんですかぁ__へぶっ」


 空中に、グルグルと円を描きながらこぶし大の水滴が発生していく。アルヴェルの顔に近づけると、ぺしゃりと顔にへばりついた。跳ねた水滴がちょっと冷たい。


 マジックスペルを用いない異なる体系の魔法だ。喉に魔力を持っていき、何かの紋様のような形を象る。結構簡単な形。


 使ってみてわかったが、直接的な魔力による魔法ではないようだ。発動条件は魔力が込められた喉から、特定の言葉を言うことっぽい。あくまで発動するのは発声と、なるほど。


 眠気覚ましにお水を掛けられ、完全に目が覚めた様子のアルヴェル。


「……一応、ありがとうございます。お陰で目が覚めましたよっ、ウェイズさん! でも! もうちょっと、こう、心の準備とかが必要です! 心臓麻痺しちゃいますよ! こんなことお姉ちゃんにやられて以来です! ま、まぁほぼ毎日こんな感じではありましたけど……」

「すまんて。さて、俺も顔を洗うか」

「ふ、ふふ。せっかくですし私も似たような魔法で顔を洗ってあげますよ是非遠慮しないでくださいねラウン流れるジル水はエリアス矢のドゥム如し!」

「ちょ__ぶぶぉあっ!?」


 動き出す魔力。一息にて放たれた魔力の籠った言葉から、突如流水が発生する。


 アルヴェルの眼前に現れた、鮮やかに光を反射するそれは、俺の顔に向かって放たれた。大人しく喰らいます。


「おま、べしょべしょじゃねぇか!」

「水浴びも済んで良かったじゃないです……か…………あ、えと、あんまりこっち向かないで貰えると助かります……(濡れ濡れで透け透けにしちゃいましたよ!? 白銀美少年の鎖骨とか腹筋とかチラ見えするの流石にえっっっ……落ち着け、落ち着くんだわたし……!)」


 思ったより勢いが強く、大きな水流だったので俺の服ごと濡れてしまう。


 得意げな顔が少し赤く染まり、急に顔を背けるアルヴェル。それラッキースケベした時の男の反応なんだわ! 愉快すぎるだろこの女。


 それはともかく、ずっと濡れた状態なのも寒いので、ここも魔法で何とかしてみる。


「ヘイ__いや、どうせならドライヤーでも再現できるか試してみるか。ヘイル風よディム火よ


 再び毒舌エルフから学んだ魔法を詠唱。魔法の調整具合は音の響きにどれだけ魔力が帯びているか、で決まることがさっきの魔法でわかっている。調整は完璧。


 俺向きに発生した温風がとてつもなく気持ち良い。これこれ、こういうのが欲しかったんだよ! 庶民的魔法の使い方その1と名付けよう。


「さて、飯でも食いに行くか。そのうち待ってたらできるだろ」

「そっ、そうですね。寝ぼけててしっかり覚えていませんが、確かお肉とお魚? でしたか」









「っと……ここでしたっけ……? あっ、こっちの道ですね!」

「不安になってくるんだが……?」

「きっと大丈夫です! 私を信じてください!」


 降りてきたイーラに挨拶したり、一緒に飯を食べていたアルヴェルを紹介したり、ミア先輩が気持ち悪そうな顔で水場に駆け込んでいたり、色々あったが今日も探索はお休みらしい。


 何でも第5レクサス用の特注キャンプ道具を昨日から制作を依頼したんだとか。あと数日は休みが続くようだ。正直昨日は馬鹿みたいに疲れたのでありがたい。


 まだ買い物は続くようで、ついて行こうと申し出たのだが、


 あんたはすぐ覚えるから、だめ。


 とよくわからない返事で断られてしまった。学ぶ自由を剥ぎ取られたので、今日も何をしようかと考えていたところ、アルヴェルとの会話の流れで、アルヴェルの今のお仕事について行くことになった。


 今は職場に向かってる最中である。


「にしても、貴族のがきんちょに魔法を教えるなんて大仕事に、よくこの街の名前すら知らなかったアルヴェルがつけたもんだなぁ〜」

「それは私でも思います。実際偶然なんですよ? お忍びで出掛けてるお貴族様の前でひったくりが出たので、ちょちょいのちょいで軽くのしたら、あれやこれやと行きまして……気付けば臨時の魔法講師に」


 とんがり帽を揺らしながら、歩くアルヴェルを眺める。多分、顔が良いからって理由もあるんだろうなー。マセガキ風情が調子乗りよって。アルヴェルにセクハラしたらぶっ飛ばしてやりたい。


「で、どこまで歩くんだ」

「ここから……あと1時間くらいですかね?」

「え?」


 にこっとした笑み。何も言わずに歩みを進め続ける。


 えぇ……あと1時間も歩くの? お貴族様の家ってそんな遠いのか……あー、なんか聞いたような聞かなかったような気がする。


 レクサスからモンスターが出てきたときのために、中心から離れてるんだったか? だるすぎだろ。


 どうやらまだまだ歩くらしい。


 日差しが強いし、少し暑くなってきたので軽く銀月の魔力を纏いながら歩こう。制御は完璧になっている。いや、前よりも更に操りやすくなってる……? あいが協力的なお陰か?


 何にせよ、俺たちは炎天下の中、涼しさを覚えながら歩き続けた。

 




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