第32話 命名、アイ。
内心死を覚悟しながらイーラの部屋に入ると、案外何とも思っていなそうな様子で寛いでいるイーラの姿があった。
ノックを3回して毎回入るようにしています。私、プロですから。
ようやく来たようね。とベッドの上で寝転がっている状態から体を起こし、こちらに視線を合わせてきた。
「じゃ、今後の探索について話を進めるわよ。いいわね?」
「うっす」
「まず、第5レクサスを攻略するに当たって大まかに知っておかないといけないのが2つある」
二本指が立てられる。
「まず1つ目が、第5レクサスに出現するモンスターは大体が龍を模した、もしくはそれに準ずるものであるということ」
「トカゲとかその辺りも出るってことか」
「そーいうことよ。弱点もほぼ変わらないことが多いし、戦えば戦うほど楽になってくんじゃないかしら。で、2つ目が極端な気温の変化ね。環境に即適応しなきゃそのまま死、そうでなくとも後遺症が残るくらいの熱中症や凍傷は余裕で起こり得る。強いからと言って、レクサスを舐めてると環境に殺されるから注意しなさい」
レクサスこえー。生き物に殺されるよりも遥かに怖い。割と生き物は殺せば死ぬけど、環境なんてどうしようもないよ……な?
脳裏に過ぎるぶっ壊れ精霊の力。
もしかして極寒だろうが灼熱だろうがワンチャン銀月の魔力で周囲の環境ごと塗りつぶせるのでは? ……最終手段として温めておこう。
「15層からはアホみたいなモンスターが増え始めるんだけど……例えば、常に身体が燃え盛っていて、近接だとまともに攻撃すらできないサラマンダーとかね。こいつ地面を溶岩にして進んできたりするから長引けば長引くほど不利になる」
そう言い切ってから、ジト目に変わり、
「……まぁ、正直あんたと精霊のコンビなら火トカゲくらい楽勝ね」
「おう、任しとき。俺とちびっ子コンビは最強なんだ」
パワーバランス1:100000くらいありそうだけと。っと、そうだ。
「そいや、さっきのあれは何だったんだ?」
「あれ? あぁ、先輩とのやり取りの話かしら」
とぼけたような顔で返事を返してくる。
そうだよ。その通りだよ。てっきり結構機嫌悪いのかと思っていたが、案外そんな様子もないし。
「パフォーマンスよ、パフォーマンス。あんたはなまじ顔が良いし、下手に唾でも付けられたらこっちが困るもの」
そう言い放ち、ベッドからこっちまで近付いてくる。えっ、あの?
何故かぐいっと顎クイされる。蒼い瞳と視線が交差し、近すぎる距離感に少しドキドキする。
「あたし、欲しいものは絶対に逃がしたくないタイプなの。……色恋沙汰で潰れるパーティーなんて、この半年で腐るほど見てきた。あの人が悪い、あの子が誘惑してきた、あいつがエロいから悪いんだ。でもそれってすっごい無駄でしょう?」
「あ、あぁ。それはそうなんだが、なんか近くない……?」
狭まる距離。もはや吐息がお互いに掛かり合うような距離で、深く蒼い瞳孔にじっとりと睨め付けられる。ねばっこい視線だ。
瞳孔開いてるよこの人怖いよおおお! 肉食獣のようなオーラが伝わってくる。追われる恐怖とはこれのことだったのか……!?
「なら最初から、あたし以外に目移りしないようにした方が効率的だと、あなたもそう思わない?」
完全に開かれた瞳孔。爛々と妖しく輝く瞳孔が、ゆっくりと縦に伸びていく。イーラから漏れ出る紅い魔力は妙にとろりとしていて、身体にへばりついてくる。
耳元で囁かれた言葉に湿り気を感じるのは気のせいだろうか。
「……急にどうした?」
何か変だ。
「……ふふっ、冗談よ」
密接していた距離が離れ、いつもの雰囲気に戻るイーラ。
なんだ、じょうだんかあ……? ほんとに?
よほど俺が怪訝な顔をしていたのか、またしても軽く笑いながら言葉を続ける。
「心配しなくても手なんて出さないわよ。忘れたの? あたしは紛いなりにも龍の一族なの。そもそも恋愛対象に人間なんて入ってないわ」
「そう、か」
そりゃそうだが……ライオンが人間に恋するみたいなもんだろ? いや、規模的にはゾウとありんこみたいなパワーバランスか。
そう考えると有り得ない。
でもなぁ……にこりと笑うイーラの背景を考える。こいつの父親って炎龍なわけだろ? そして母親が多分人間だよな。
高尚で傲慢で最強なドラゴンが、寝物語に精霊の話をできるとは思えないし、人の世界の常識を教えたのはおそらく母親と見て間違いない。
流れちゃってんだよなぁ……人に恋する龍の血ってやつが。
縦になった瞳孔も気付けば普通の人間のそれと同じ丸い形になっていた。魔力も収まっている。
龍の本質。それがどこにあるのかは知らないけど、今のイーラにはそれを掠めている気がした。
「話は終わりよ。……あー、慣れないことするもんじゃないわね〜」
パタパタと胸元を扇ぎ、ぎこちない顔をしている。
「それな。まじでびっくりしたわお前! 無駄にエロかっこいいし。俺が女だったら惚れてたね」
「ふっ、そう? そうでしょ。自慢じゃないけど女の子に告白されたこともあるのよ」
「えぇ!? きもォ! 俺なんて1度もないのに!」
「これが童貞臭い男と、可愛い女の違いってやつよ。ざぁーこ」
「いいのか、それは戦争だぞ?」
完全に雰囲気が戻った。良かったぁ……!
▽
星華亭、俺の自室。
窓から月明かりがゆったりと差し込んでいる。白く反射する床に舞う塵がちらちらと光っていた。
俺はキキョウから作ってもらったきのこスープをイーラの部屋で食い終わり、返却し終わってようやく今、自室へと帰還している。
呻き声とも付かぬ声を発しながら、服を脱ぎ散らかし布団へとダイブする。固くも柔らかくもないこの丁度いい硬さが癖になるぜ。
動きを止めた体からじんわりと熱を感じる。疲労の熱だ。
"光"の信徒の槍使いと赤鎧の2連戦のあとに待ち構える先輩による精神攻撃。その後にも訪れるイーラの謎の迫力。
精神的にも肉体的にも疲労困憊といったところだ。ごろりと仰向けになり、天井のシミを数えてみる。
そして心地良い疲労感と共にゆっくりと瞼を閉め__
ちりん、ちりん。
鈴の音が、耳元で聞こえてくる。
……あの、明日ってことでいいですか? ほんとにぼく疲れてて、まともに対応できないと思うんで、今日のところはお引きとりを……
__ふふふ、きょうはたいへんだったね__
俺の思考は虚しくも何も意味をなさないようだ。
ふわり。
枕元に小さくも重量感が確かにある何かが舞い降りた。いや、何かじゃないな。
目を開ける。
無邪気な微笑みを浮かべた銀色の少女が、俺の顔を覗き込んでいた。雪の結晶の瞳が、きらきらと燐光を放っている。
やはり超越的に美しい。美しさの分類的には強キャラエルフ枠だ。
__あなたをいやしてあげる__
脳内にそう響くと、徐にその少女は俺の身体に覆いかぶさり、抱きしめてきた。
……え? なんかジャンル違くね? そういうキャラだったっけ君……? 世界観が急にエロゲーになった気分だ。
もはや賢者のような面持ちで身を固くすることしかできない。
あーあ、なんでこうなっちまったんだ。
__こうされるの、すきなんでしょ?__
__みてたから、しってるよ__
俺のせいでした。先輩やイーラに鼻の下を伸ばしている場面を完全に学習している……ッ!
ずっしりと、確かに重量を感じる身体は少しだけ冷たさがある。ひんやりとしていて、結構気持ちがいい。
もう、なんかいいや。寝よ。
そう考え、改めて呼吸を整え目を瞑る。
……胸に伝わる感触。心臓の鼓動。妙に冷たい体温。
こうしていると、前世の2人の妹の片割れを思い出す。夏鈴は昔から体温が妙に低かった。水道の水もへっちゃらで、夏場にはよく家族みんなに抱き枕にされていたことがあったはすだ。
確か、こうして頭を、
なでなで。
__……? なあに?__
目を瞑っているからわからないが、おそらくきょとんとした顔をしているんだろうな。
なでなで。
にしても良い感触だ。1本1本が指の合間をするりと抜けていく。軽い質感なのにどこか冷感がある触り心地。抱き枕適正◎だな。
銀糸の髪が指の隙間を流れ、月光に反射する。瞼を閉じていても薄く光が見えた。
「なんでもないよ」
__……ふーん。それ、もっとやって?__
ご希望通り、ゆっくりと頭を撫でていく。特に反応はないが、どうやら楽しんでくれているらしい。
そうだ、聞きたいことがあったんだった。
「そういえば、お前の名前は?」
撫でながら聞いてみる。銀月って2つ名は知ってるが、実際の名前くらいは知っておきたい。
__なまえ……? しらない。ない__
適当に返事が返ってくる。気に入りすぎて頭をグリグリしてくる始末だ。正直一番可愛い。こいつは俺の知る中で1位2位を争う化け物だが、それでもこの無邪気さには勝てない。
子供ってズルいよなぁ。
てか名前無いのか……そっか。いつまでも、お前とか、こいつとか、銀月の精霊って呼ぶのも不便だしな。
「じゃあ、俺が名前を付けてやる」
__べつにいらないよ?__
「いや、あげる。お前の名前は何がいいかな……銀月だし……うーん」
やっぱり月の名前がいいなぁ。
__いらないっていってるのに__
「のぞみ、ルナ、アルテミス、チャンドラ、セレネ、アイ__アイか」
前世の厨二病を発症していた頃の記憶を必死に思い返していくと、ピンと来る名前があった。ルナとかセレネとか使い古されてるだろうしな。
どうせなら他にない名前をあげたい。
「アイ。お前の名前はアイだ」
確かトルコの言葉で、Ayは月明かりを意味したはずだ。愛だし
__あい?__
「ああ。しっかり覚えとけ」
俺の撫でる手に擦り付ける頭が止まる。少し心配になって目を薄く開けると、
__……うん! 私はあい!__
サンタさんからプレゼントを貰ったような顔をして、にんまりと喜んでいる子供の顔があった。
かわいい。
__英雄よ。あなたの、なまえは?__
知らないんかい。
「ウェイズだ。気軽にうーくんと呼んでくれてもいい」
今のところその呼び方してる奴一人しかいないけど。
__うーくん、うーくん。ふふふっ__
おもちゃを手に入れた子供のようにうーくんと連呼している。不味い、重要任務を終えたせいか急激に眠くなってきた。
寝るか、普通に。
丁度いい抱き枕も居るしな。
「おやすみ、あい」
__? ……! おやすみ! うーくん__
そして俺はゆっくり瞼を閉じると、意識を夢の世界に持ち去られた。
すやぁ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます