第31話 おんなってこわい。By陰キャ


 月明かりが照らす夜道。いつも思うが、やはり異世界の夜空は綺麗だ。まるで宝石箱のように様々な色の星々が光り輝いている。


 知らない星座。知らない星の名前。夜空を見上げるたび、違う世界に来たんだと常々実感する。


 ……こんな夜景なら、隣でやかましく説教する美少女も風情というものだろうか。


 いやぁ……もうちょっとロマンが欲しかったなぁ……! 説教はちょっと渋いよ。


「もうっ! 本当に危ないんですからね!? ちゃんと理解しましたか!?」

「さっき教えて貰ったからわかってるってー……空間に歪みが発生して、とんでもない災害や空間の崩壊が発生するかもしれないんだろ」

「そうですっ! というか出力で世界を隔てる位相を無理やり破るなんて基本できませんし! どんな空間魔法ですか!」


 ふーっと少し興奮した様子のアルヴェルを宥め、俺たちは改めて星華亭に向かっていた。どうやらあの"月潜り"の使い方はくっそ危険らしい。


 大丈夫だと思ったんだけどなぁ。


「結構暗くなってきたし、今日は星華亭で泊まってけよ。きのこスープ奢ってやるからさ」


 必殺、物で釣る作戦。


「話を逸らそうとしてもだめなんですからねっ! もー……と、ところできのこスープですか?」


 あれ? 思ったより効果ある?


「そう、大量の多種多様なきのこのスープが星華亭の目玉だと俺は思ってる。出汁が凄いんだよ! 出汁が! 身体の底からホッとする深いコクのある味わいがじんわりと感じ取れるんだ……!」

「……そう言われるとかなり興味が湧いてきますね……故郷でもチーズときのこだけでよくご飯を食べていたもので、きのこにはこだわりがあります!」


 果たしてこの私を満足させられますかねっ、と生意気な顔をしている。かわいい。


 とりあえず、今日はこのちんまい凄腕魔法使いに飯でも奢ってやるとしよう。







 カッ!!!


 開眼ッ! 味蕾に迸る圧倒的旨みッ!


 そのとき、アルヴェルの脳内に電流が走った!


「ゥマッ!」


 溢れ出る衝動に身を任せ、まるで肉を食らうライオンのような気迫でスプーン片手にスープを貪るッ!


 感謝。圧倒的、世界への感謝ァッ!


 アルヴェルは、遠い遠方の異界の地にて、初めて食べ物に感動した。


「……ウーくんの連れてきたお客さん。すっごい美味しそうに食べてくれるねー? 美味しく食べてくれてうちも嬉しい」

「それな。にしても、マジで美味そうに食うな……俺もお代わりをもらお」

「またぁ? さっき食べたのに……しょーがないな〜」






 結局、アルヴェルは宿を星華亭に変えるらしい。プレゼンした甲斐があったというものである。


 宿にチェックインし、アルヴェルは魔法の仕組みが施された札を凝視しつつ自室へと戻って行った。すぐ後ろから小声でご馳走様です……と聞こえてきたが、そこに姿はない。


 無駄な魔法の使い方をしよってからに。ウィスパーの魔法か? 俺も欲しい。


 そいやイーラが居ないな。この時間によく飯食ってんだけどあいつ。まいっか。


 お代わりのきのこスープをすすりながら、個人用のイスにて思い耽る。


 脳内に浮かんだのは、


 真紅の赤髪、イーラ。

 青黒い長髪、アルヴェル。

 明るい茶髪、グンさんの娘のキキョウ。

 ぬばたまの黒髪、先輩冒険者さん。名前はまだ知らない。割とちょこちょこ話してる。


 の4人だ。


 美少女が4人も同じ宿になるたぁ、心が滾るってもんよ。いや、先輩は美少女にカウントしていいのか? 多分21は行ってるし、年齢的に少女ではない気が


「いてっ」

「ちょっとー、そこの新人冒険者くぅーん?」


 頭を軽く叩かれた衝撃と共に、酒精を帯びた吐息が耳後ろから吹きかけられる。ちょっとピクっとした。


 ケラケラと笑いながら、誰かがしなだれ掛かってくる。振り返るとそこには潤んだ黒曜の瞳がすぐ側にあった。


「きみー、失礼なこと考えてたでしょ〜? ふふっ、わかるんだからね〜そーゆーのー! あははははは!」

「ちょっ」


 俺の背中には飲兵衛の豊かな双峰のふにょりとした感触が伝わってきている。首に手を回され、耳に掛かる息がどうにも熱っぽくてゾクゾクした。


「やめてくださいよー先輩。えっち取り締まり騎士団がやってきますよ。そして逮捕されます」

「あはっ、何それぇ。私早く逃げないとかなー?」


 甘えたような声で耳元に口を寄せる先輩。押し付けられる胸焼けがするほど甘い感触に、酸いも甘いも知らぬこの身体が喜んでいるような錯覚が訪れる。


 これが、"光"信徒のゲェジどもを2枚抜きした報酬ということか……!? 流石にえっちっちすぎます! キャパシティオーバーです! 初めては手を繋いでデートしてからじゃないと!


 そう思いつつも緩む心は抑えきれず__


 『おにいちゃん? だめだよ』


 記憶の中にある妹の冷徹な声が聞こえた気がした。


 とんでもなく嫌な予感がしたので緩んだ心はピチピチのギリギリの鋼鉄にまで引き戻る。夏鈴めぇ! 異世界に来てもこの俺の邪魔立てをするとは! だが今回は褒めて遣わす。非モテにこれは耐えきれぬ。


「いや、捕まるのは俺です」

「ぷっ、あはははは! そうなの? 私じゃないんだー……なら大丈夫だね!……ねぇ。今夜一緒に泊まろ……♡」


 きっぱり(?)と断ったつもりだったがあまり効果はない。もはや口の中に耳が入っているような距離で、小さく囁かれる。湿った音が脳に染み付く。背徳的な甘い響きは止まらない。


「いいでしょ……? 前は来てくれなかったし……ちょっとだけ期待してたんだからね。……もしかして忘れてた? 8だからねはち! 覚えてねー? はーちぃ♡」

「そこまでにしてもらえるかしら。そこの鼻の下伸ばしまくりボンクラはあたしのパーティーメンバーなのよね」


 硬質な声が響く。


 ただの音の響きなのにも関わらず、それはどこか熱量を帯びているようにさえ感じられた。粘っこく、少し湿度があって……まとわりつくような声音。


「いつものカラッとした雰囲気はどうしたんだい? イーラ(震え声)」


 蒼く美しい南海の瞳には、危険な光が輝いている気がする。ギロリと睨まれた。


 ひ、ひぃ! これはあかんやつや……! 非モテだった俺ですらわかる。これは間違いなくあかんやつや!


「……ふーん。まー、あの子が先に目、付けてたもんねぇ? なら先輩のとこ来なくても仕方ないかぁ……? うらやましー」


 先輩は俺の首から手を離し、ゆっくりとイーラへと向き合った。


「……ごめんね〜イーラちゃん! 先輩酔っちゃってさ〜! それにこの子すっごいイケメンだし! じゃなさそうだからいけそうかなーって」

「ええ。別にそこは構わないけど、あたしたちは次の探索に向けて会議しなくちゃなんないわけ。失礼するわ」


 去り際に行くわよ。と無感情に伝えられ、先に自室に戻っていくイーラ。集合場所はおそらくイーラの部屋だろう。


 後ろ姿を眺めていると、妙にニヤついたグンさんが親指でイーラを指し示しているのが目に入る。


 俺、あの雰囲気のイーラの部屋に行かないといけないの??? 死ぬよ? なんなら今日戦ってきた敵ともう一度再戦する方がマシだよ?


「あちゃー、怒られちった。あははは! 困っちゃうねー? ねぇーウェイズくぅーん♡」

「俺もそろそろ殺されそうなんで、行きますよ」

「む、いけずなやつめ。先輩の誘いを断るとは! ぶれいものー! あははは! あ、そうだ。私の名前はミアっていうの。今後ともヨロシクね?」

「うっす! 行ってきます!」


 さっさとイーラの部屋まで行こうとして、きのこスープを忘れていたことに気付き改めて持っていく。


 そいや何でグンさんもあそこまでニヤついてたんだろ。スープをこぼさないように周りの軽く見回すと、笑顔でこちらを見つめているグンさんの娘さんを見付けた。


 にっこり。


 俺は今日死ぬのかもしれない。アルアルの野郎ッ! 一緒に食っとけばよかったァ!



 キキョウの作ってくれたスープは既に冷めていた。

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