第34話 旧き古文書、始まりの章。



「お、おぉぉ……」


 豪華な御屋敷。


 何とも質の良さそうな黒檀っぽい木材でできている。門には衛兵が立っており、その先にはまだ続く広大な庭が存在する。


「おぉぉぉ…」


 水の流れ出る噴水。


 湧き出る水の煌めきの何と美しいことか。風に七色に反射する光の粒が運ばれ、華やかな花壇に水を注ぎ込む。


「おおおおお!」


 色つきステンドガラスから差し込む色とりどりの日光。屋敷の内部は更に広大になっている。白亜の教会すら屋敷内にあるとは……魔力の痕跡を見るにおそらく空間拡張の何らかの魔法が掛けられているな。


「この先の部屋で、講義をすることになっています」

「すごー……金持ちって考えることが違ぇわやっぱ。何で屋敷の中に教会なんて立てるかね」

「そうですか? このくらいなら……あ、いえ何でも」


 不思議そうな顔をしたアルヴェルがぽろっと不穏な言葉を口にする。ジト目で視線を合わせようとするとポリポリと頬を掻きながら目をそらされた。


 こいつ絶対金持ちだ間違いない。俺の庶民の直感がそう言ってる。


「そ、そうですね! 家の中に教会だなんて落ち着かなくて夜も眠れなさそうです!」

「それは私の信仰への文句と捉えてもいいのかな? アルヴェル先生」


 現れたのは1人の女性。白いケープのような装いをして、ゆっくりと分厚い本を片手に教会内部から歩き出てくる。隣のアルヴェルは酷く慌てた様子だ。屋敷の主か何かか?


「ちちちちちがいますよ!? ヴェルターニャ様の深い信仰には我々一般人程度では想像すらつかぬ深みが」

「っふふ、冗談だ。私もこれができた当初は些か困惑したよ。これは父上が私の信仰を知って、3日で作られたものでね……父上の愛の深さは底が知れないが、入ってみると案外居心地は良いものさ」


 女性にしては高身長で、綺麗な顔立ちをしている。高貴さの中にどことなく妖艶さがある顔つきは、これぞ貴族という感じが凄い伝わる。


 初めて見たよお貴族様……やっぱ舐めた態度取ったりしたら怒られるんだろうか。


 不埒なことを考えていると、ヴェルターニャと呼ばれた女性の視線がこっちに向く。目と目があった瞬間、何故か硬直し息を飲んでいるようだ。とりあえず会釈しておくが……


 え、俺なんかした? もうやらかした???


「……それで、そちらの彼は?」

「私の助手みたいなものですね! 恐ろしいほどの魔法的センスがあり、魔力視もできる人材です」

「それはそれは……是非とも仲良くしておきたいところだ。失礼、自己紹介がまだだったね」


 優雅なカーテシーのような動作をされる。俺はどうしたらいいんだ。ちょっと挙動不審なのがわかるのか薄く笑われる。嫌味な感じが少しもしない、不思議だ。


「ふふ。君は平民だろう? 礼法は気にしなくていい。ここは私的な空間だからね。私はヴェルターニャ・ビネイラ・フォン・アルサンクト。ダンジョンの平定を任されたダンジョン伯の長女さ。君もエレアに住んでいる民なら名前くらいは知っているかもしれないね」


 ほら、こっちにおいで。と手招きされるので、アルヴェルと顔を合わせつつ教会内部へと付いていく。


「確か講義には時間があっただろう? あと1時間はある。私は今非常に退屈していてね。少しお喋りでもどうかな?」

「……卑賤の身には願ってもないことです。美しき人よ」


 薄く微笑みながら、良い印象を与えようと必死に顔面を操る。


 えっ、誰? みたいな驚愕の表情でこっちに振り向くアルヴェル。


 俺も正直自分で何言ってんのかわかんないよぉぉお! どういう言葉遣いなの?? ほいほいとアルアルに付いてくるんじゃなかった……ッ!


 目をパチパチさせ、少し赤らめた表情で微笑むヴェルターニャ様。口元が微妙にピクピクしている。


 金色に輝く、艶のある長髪。白磁の肌。紫紺の、まるでアメジストのような瞳。個人的に目に少しかかるくらいの前髪がとんでもなく好き。


 あ、あれ? なんか効いてる? 思ったよりだいぶ反応が良いぞ……?


 ウェイズは複数の転生特典により、元々美しさに関する全てのステータスが爆発的に成長を重ねていた。そこに更に銀月の精霊との仮契約が重なり、人外特有の超越的な魅力が追加されてしまっていたのである。控えめに言って、現状ですら世界有数レベルの見た目だ。


 柔らかな白銀の髪に、どこか圧倒される雰囲気を醸し出す流麗な銀の瞳。全てのパーツが黄金比。この世に生まれた天姿国色。


 その魅力は、貴族としての社交場にあまり出ていないヴェルターニャにはあまりにも強すぎた。


「すっ……」


 す……? ご、ゴクリ。どうか怒られませんように……。


「あ、ああ。何でもないとも。うん、何でもない……ふぅ……(落ち着けボク。流石にそれははしたないし急がすぎるというものだ)」

「あっ、あの? ヴェルターニャ様? 調子が悪いようでしたら、執事の方をお呼びしますが……」


 心配そうな顔のアルヴェル。これて体調悪かったら俺らのせいになるんかな。あれ、もしかして今やばい?


「いやっ……心配してくれて嬉しいが、大丈夫だよ。昨夜、夜通し古文書を解読していたものでね。……そうだ。せっかくだし君たちに説法でもしてあげるとしよう」 

「うぇっ、説法ですかぁ……? あまり良い思い出が……」


 随分と渋そうな声が上がるが、そんなことはヴェルターニャ様に何の躊躇も与えない。くすりと柔らかに笑って、教壇の前に立つ。


「さぁ、好きなところに腰を掛けてくれ。なに、そう難しい話はしないさ。私の知識の確認もおさらいも兼ねて、少しだけ耳を貸してほしい」


 言われた通りに椅子に腰掛け、古文書を片手に開く彼女を眺める。


「”まず始め、そこには闇だけがあった”」


 するりと言葉がまろびでる。滑らかな言葉の響きだ。何の雑味もないクリアな声が心地良い。荘厳な雰囲気の教会にとてもマッチしている。


「”全てを内包する闇に、あるとき音と光が巻き起こる”」


 ぽわり。


 気付けば徐々に教会内が暗くなっており、その薄暗い闇の中に不思議な音と共に光が現れる。


「”闇を泳ぐ光、闇に溶ける音。両者は長い幾億の時を経て、自らの歩む軌跡が形を成していることに気付いた”」


 細長い魚のように、現れた光は暗闇の中を泳ぐように漂い、教会には”ほわぁ〜ん”と特徴的な音が響いている。なんか映画見てるときみたいだ。


「”成された軌跡。光に映し出され、その浮かび上がるその輪郭を、音の響きが暴き出す”」


 光の泳いだ軌跡が徐々にその輝きを増していき、ついにひとつの円となった。現れた光の円が震え、その輪郭をハッキリとさせていく。


「”暗き世界に2人きり。寂しさを覚えた光と音は、次第に手を取り合い、この世の全てを形作った”」


 数多の動物や植物の光の像ができあがっていく。すげぇ〜……立体3D映像じゃん。


「これが、この世界の始まりだと言われている始原の響光だ。最も、それも眉唾物であるけどね……こほん。続けよう」


 広げられた両手の中に光が渦巻く。


「”しかし、作られた世界に命が宿ることはなかった。形を成し、音の響きにその像が震えたとしても、そこには魂がない”」


 ポロリと浮かび上がった光の像が、次々に落下していく。大理石のような床に光の粒子が散らばった。


「”光と音は悲しんだ。光の嘆く歌を、音が暗闇に響かせる。そして、闇に響いたその歌に現れた”何か”が、軌跡の像に命を吹き込んだ”」


 ”何か”……? こういう教えを説く本は名前がちゃんとあるもんだと思ってたが。対応する読み方がなかったのかな?


 バタン。急に教会内が明るくなり、扉が開け放たれた。


「”驚きつつ、光と音は感謝する。命を手繰るその御業は__やれやれ、ここからが面白くなってくるところなんだけどね……」

「おい! アルヴェル、アルヴェルゥ! なぜ早く来ているのに私を呼びに来ぬのだ! 私は早う魔法が使いたい! カビの生えた古臭い本の内容なぞ後でも良かろう!」


 金髪の子供がズカズカと乱入してくる。アルヴェルの教え子だろうか? それにしてもかなり面白かった。最新の映画でもあんな迫力や神秘的雰囲気は出せないだろう。


 普通に続きが知りたい。なんかワクワクするよね。


 

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