第35話 昇格、臨時魔法講師。


 興味なさげにこちらを見遣り、目を薄く細めすぐさま視線を外すその子供。小学生くらいだろうか。少年のような風貌に幼げな発言から推測するにヴェルターニャ様の弟か何かだろう。


 俺には一瞥すらせず、横に座るアルヴェルの裾をつかみ、ズリズリと教会の外へ駆け出していく。


「きょ、興味深いお話でした! また次の機会があれば詳しく教えて欲しいです~!」

「ほら、早うしろ! あの妙な魔法で移動するのも面白いぞ!」

「ああ、構わないよ。知識の素晴らしさが理解できない弟に知恵を授けてやって欲しい」


 ついに行ってしまった。俺もついて行った方がいいのかな? でもあの生意気なクソガキの視線的にあまり歓迎されていないような気もする。


 去って行った彼らを見送ったヴェルターニャ様がこちらに視線を戻す。


「……アルヴェルは魔法の講義で忙しいだろうけど、君は……おっと、私としたことが名前を聞くの忘れていたよ。教えてもらってもいいかな?」

「はい。私の名はウェイズと申します」

「ウェイズ、ウェイズか。異界の言葉では数多の可能性を意味するらしいね。とても良い名前だ」

「お褒めに預かり、光栄です。私に名前を与えたものもさぞ喜んでいることでしょう」


 微笑みを湛えての会話。一歩間違えれば社会的に不味いかもしれないという緊張感が、俺の精神的疲労を加速させる。今のところヴェルターニャ様が妙に満足気で居る様子なのが唯一の救いか。


「そう大した身分でもないさ。……見たところ、幼い私の弟は僅かながらにアルヴェルに対する独占欲が存在しているようだ」

「何かしてしまったのでしょうか……私に非があるのならば、それは謝罪しなくてはなりません」

「そう深く考えなくてもいいさ。子供のいじらしい心がわからぬほど、ウェイズ君も子供ではないだろう?」


 肉体年齢14歳なんですよねぇ……まぁあのガキは10歳かそれ以下だが。なら相対的に見れば子供ではないよな。嘘はあまりつきたくない。


「ええ、矮小な身ではありますが、一応の思慮分別は付くと自負しております。おっしゃる通りかと」

「……さ、さて……今ウェイズくんは魔法の先生の助手であるのにも関わらず、教え子となる子供にあまり良い感情を抱かれていないわけだ、が……ぇと…………」


 どもりながらも、痛いとこを突いてくるヴェルターニャ様。語り口調が妙に早口だ。まさにおっしゃる通りでございます。貴族のガキの機嫌をファーストコンタクトで損ねるとか終わってるわマジで。ちょっと不機嫌なくらいなのが不幸中の幸いか。


「私の不徳の致すところです……なんとお詫びをしたら良いか」

「い、やそうではなくてだねっ!、私の意図としては君を貶めることは含まれていなくてっ、……すまない、私の意図としてはつまりだな、?」

「はい」


 不動の心持ちで返事を待つ。スーパー美人さんに何言われるんだろう。こわい。


「アルヴェルの代わりに私の魔法の指導をして欲しいということになる。私も幼少の頃、貴族の嗜み程度には魔法を学んだことがあるが、せいぜいが第一、第二位階程度の魔法しか使えなくてね。私が信仰に目覚めた時期も相まって祈祷は扱えるが魔法がからっきしになっているわけだ。そして今アルヴェルという優秀な魔法使いが屋敷に偶然訪れたこともあって私の魔法の指導も頼もうとしたのだけど、あの子が私と一緒に学ぶのが嫌と言って仕方なくてね。そこで君という魔法使いの優秀な助手に是非魔法の指導をお願いしたいと思ったんだ。どうかな、?(どうか2人きりで親交を深めたいだけなことに気づかないでくれぇ……絶好の機会なんだ。いや少し喋りすぎたか? く、私としたことが、これではアルサンクトの天才の名が廃れてしまう)」


 微笑みの顔から怒濤の長文が吐き出される。


 なんだそんなことかよォ! ビビって損したわ!


「何だ、そんなことですか。浅学非才の身でありますが、私でよろしければ是非とも講義させていただきます」


 ふっ、と柔らかに笑って笑顔でヴェルターニャ様の頼みを快諾する。ただ問題が一つ……第一位階だの第二位階だの、基礎的な魔法の用語について俺は何も知らないということだァ! おわったぁぁぁ! 勢いで返事してから刹那で気づいてしまったァ!


「……ああ、よろしく頼む。魔力の扱いは不得手でね……教えてくれると嬉しい(不味い。私の気持ち悪い部分が漏れてしまった……)」

「大丈夫ですよ。魔力の動かし方は心得ています。優しくいきますね」


 緊張しているのか、挙動が固くなったヴェルターニャ様。その緊張をほぐすため、朗らかに微笑む。明日、俺は微笑みすぎて顔の筋肉痛に襲われるかもしれない。


 さて、即興で指導する内容を考えろ俺。ここで万が一やらかしてしまえば、俺も、俺のことを優秀な助手と言ったアルヴェルにも悪い影響があるかもしれない。


 今までの情報を整理すると、そこまで高度な内容を学んでいるようではない。魔力操作がおぼつかないらしいので、そこを重点的に教えることができれば俺の評価もアルヴェルの評価も下がらなくて済むだろう。


 しかし魔力操作をどうやって教えれば良いんだ。……そうだ、初めて魔力を扱ったときのことを思い出せ。確か、伏せ森で試しに魔法を使ってみたくて、身体の中を意識したら……すぐ使えるようになってたわ意味ないじゃねぇか! 天才スペックがここに来て仇となるとは。


「君のような……その、優しい人が来てくれて私はとても心が躍っている。しかし、君もいきなりのことで大変だろう、? ここは一つお茶でも飲みながら、お互いのことを知り合って指導内容を決めた方が効率的だと、私はそう思うのだが……」


 ヴェルターニャ様の声も今だけは耳を素通りする。


 ならどうする? 正直今の銀月の魔力すらも容易く操れるようになった俺では普通の魔力なんてほぼ呼吸するみたいに扱える。参考にはならないだろう。ライトオタク知識を思い出せ……そうだ。魔力の動く感覚を身体で覚えさせればいいんじゃないか? ちょくちょくラノベでやってるし、一番可能性がある。


「……ウェイズ君、?(私の邪な心がばれてしまったか……!? カトレアめ、今だけは変な知識を私に教えたことを恨むぞ…!)」


 だがどうやって他者の魔力を動かす。自身の操れる魔力とは別の自分以外の魔力は操れる気がしない。例えるなら自分の魔力が自分の腕で、他者の魔力が他人の腕。こう考えると他人の魔力を動かすことの難しさがわかるな。物理的に他者の魔力を変形させることはできるが、それは動かす感覚ではなく動かされる感覚になってしまう。魔力操作技術の向上には繋がらないだろう。できれば電気で勝手に筋肉が動くみたいな感じなら、少しは覚えやすいと思うんだが。


 待てよ? あの馬鹿耐久ドラゴンを思い出せ。あいつはさらっと海から滲み出る深い藍色の海の魔力を操っていたはずだ。あれは、確か……


 俺本来の魔力を動かし、大気中に存在する微量なごく薄い魔力に近づける。魔力同士をくっつけ、その振動、波動を模倣し、同調させる……!


 で、できた! 動くぞ!? 俺以外の魔力が! ちょっとコツは要るが、これで俺も自分以外の魔力を内部から動かすことができる!


 この間、僅か5秒と少し。


 気付くと少し汗をかいているヴェルターニャ様。少し考えすぎた、やばい。


「……あぁ、すみません。即興で指導の内容を考えていました。魔力操作はあらゆる魔法の基礎となる技術です。極論、魔力操作技術さえあれば、見知らぬ魔法でも魔力の動きを真似すれば、その魔法が使えてしまう。魔力操作は一番と言って良いほど重要な技術となります。今日はその魔力操作を教えたいと考えていますが……何か質問はありますか?」

「あぁ……実に効率的だと思う。うん、異論はないとも……(やられた、非の打ち所がない……。少しくらい私と仲良くしたいと思ってくれてもいいのに。これでも綺麗な方だと自負していたのだけどね)」


 笑顔で承諾してくれたので、早速新技術の試行ついでに指導を行いたいんだが……くっそ喉渇いた。心なしか俺の声もガサガサになっている気がする。


 2時間くらい歩いたからな……。そうだ。ここで繊細な魔力操作がどのような効果を引き起こせるのか、水魔法でオリエンテーションでもしたら説得力が生まれるんじゃないか?


「それにしても喉が渇きましたね。ここは一つ、魔力操作が生み出す魔法の規模と効果の調整を実際に見て体感してみま__」

「そうか! 確かに今日は青天だし、歩いてきて喉が渇いただろう! 客人に何の配慮もないのは1人の貴族として恥ずべきことだ。だから私とお茶、しよう」


 急に声量を出し、自信に満ちた貴族の表情になる。片言なのが少し気になるが、まいいか。


 うぇ、テーブルマナーわかんないよ俺。もし行儀悪すぎてに殺されたらどうしよう。


「……(おいたわしやお嬢様……ここまでアプローチしているのに、この男と来たら……このクソ真面目ニブチンやろうが! ぶっ殺すぞ! でもお嬢様のいじらしい一面を引き出したことは評価してやる。返事を間違えるなよ? おまえに許された回答は喜んでお茶するイエスかはいだけだニブチン男)」


 何かとんでもない圧力を感じる。返答を間違えれば、どうなることやら。一応媚びを売っておこう。


「お誘いいただき本当に嬉しいです。容姿もまるで宝石のように美しいですが、ヴェルターニャ様のその優しい心遣いがこの屋敷の人にも伝わっているのでしょうね。思わず私も心服してしまいました。人生で最高のお茶会になりそうです」

「急に褒めないでくれぇ……ごほん、貴族として皆に尊敬されるよう、日々努力しているつもりだ。さて、お茶会はわ、わたしのへやで……」


 蚊の鳴くような声でこぼれる言葉。なんて言った今。身体強化しとけば良かった。


 バタン。またしても先ほどのように扉が開かれる。


 飛び出したのは黒髪のメイドだ。何か鬼気迫るオーラを感じる。聞き耳立ててた人だな? もう1人の方に動きはない。


「さ、さすがにそれはいけませんふしだらですよお嬢様ァァ!!! お茶はすでに応接室に用意してあります! お客人もこちらへ!(てめぇ断ったら殺すッ!!!! 変な牽制しやがってェ! あと距離の詰め方が急すぎますよお嬢様ァ! コミュ障ですか!? そういうとこもかわいい!!!!)」

「か、カトレア?」

「なんと、まさかここまで見越して準備しておいてくださったのですか? ヴェルターニャ様」


 これぞ先読みの貴族か。海千山千、相手の動きの3手先を予測することが貴族には必要とラノベで学んだが、もしやこれが……。異世界すげー!


「あ、あぁ! もちろんだとも。さぁ、私のおすすめのお茶でも紹介するよ。いこうか」




 

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