第36話 "視姦"の暗殺者、ブベル。
「……! 美味しい……!」
芳醇な香り、柔らかな口に溶ける甘み。あまり紅茶には詳しくないが、それでもこの味は間違いなく高級品であることが感じ取れる。
白い陶器でできたティーカップを音を立てないように置き、自然と浮かんだ笑みをヴェルターニャ様に向ける。
「本当に美味しいですね。以前、紅茶を飲んだことが有りますが……それとは比べ物にならないほど質がいい」
「そう言ってくれると、私としても嬉しい評価だ。紅茶には拘っていてね。私専属の使用人は全員美味しい紅茶を入れることができるんだ」
「感服いたしました」
数々の調度品。よくわからない絵画に、音楽が再生される空に浮かぶ美しいガラス玉。よく見れば壁から青白い魔力が流れているので、おそらくクーラーの役割を果たしている。
この上なく快適だ。
なんなら前世の俺の家よりも快適。異世界すげぇ!
「そうだ。そういえば妙に思ったことがありまして……いいでしょうか」
「勿論だとも。私にわからないことであれば、隣に控えているカトレアに聞くといい」
「お任せ下さい。お客様」
柔らかな笑みだ。完全な清楚系は初めて見たのかもしれない。
「不躾な質問かもしれませんが……先ほど、教会に居たときのもう一人の方は使用人の中でもエリートなんでしょうか?」
「……驚いた。君はバルクの存在に気付いていたんだね。彼はとても優秀で__」
「お言葉ですが、バルクはそこまで優秀じゃありませんよ。ただのすけべにございますお嬢様。使用人の中で最下位を争うポンコツです」
無表情の黒髪メイドが毒を吐く。
「カトレア、お客様の前だよ」
「これは大変失礼いたしました。ですが正しい認識は必要かと。ところで何故そのように思われたのですか?」
「カトレアさんよりも一歩、いや二歩ほど気配が上手く隠れていたもので……使用人の中でもエリートに分類されるのかなと」
怪訝な顔を浮かべるカトレアさん。妙だ。昨日散々働きまくった直感が蠢く。
俺は動く直感に身を任せて__
「なんだ、バレてんじゃん」
「__!?」
ヴェルターニャ様とカトレアさんの腰に手を回し、距離を取った。元いた場所に黒いナイフが突き刺さる。
天井部分から突如姿を現した黒装束の男が、スタイリッシュに着地した。俺が思うにこれは完全なイレギュラー。普通に使用人だと思ってたよ騙しやがって。
「お嬢様! 申し訳ありません!」
「反省は後で良い。それより……君は何者かな? 私の命を狙ってもそこまで大したメリットはないと思うが」
「……あーあ、めんどくせえ。なーんでバレちゃったかなぁ。今日に限って変なやつ連れてくるんだからさあ」
グチグチと文句を言いながら、男はゆっくりとフードを取る。紫の髪に人相が悪い顔つき。人を100人は殺してそうな顔だ。よく見ると目に何か模様が付いている。
嫌な予感がする。どうするべきだ? 何が来る。とりあえずヴェルターニャ様とカトレアさんを立たせておく。
「ま、そういうときのために俺が来たんだけどな。《クガナランジャの魔眼》、開眼」
「不味っ__」
「魔眼だと!?」
妖しく光る眼光。それは聞いてないかもぉ! 俺に視界を遮る手段は……空抜きたくさん起動するくらいしか出来ねぇ、というか間に合わない。視認で発動とか初見殺しすぎるだろうがゴミめ。
「はいおつかれ〜。いやぁ、ことのほか、貴族。弱いね」
ゆっくりニタニタと笑いながらこちらに歩み寄ってくる男。
……? なんかした? 何も変化が起きてない気がする。
しかしヴェルターニャ様とカトレアさんはその動きを完全に硬直させているようだ。動きを停める魔眼か? 軽く指を動かしてみるがやはり動く。
……硬直している振りをする。
「もうそろ太陽祭だからなぁ。あの”光”狂いもカンカンでね。俺にお鉢が回ってきたってわけよぉ」
「……”光”、だと」
「驚いたよ。口だけでも動かせるなんて大したもんだ。俺のこいつは30分は効果が続く。ま、このあと暇だし俺ともお喋りしてもらおうかな」
動きは硬直しているが、ヴェルターニャ様は口元くらいは動かせるようだ。
「き、み。ばるくはどうしたんだい」
「ん? ああ、殺しちゃいない。そこらへんで優雅なお昼寝でもしてるさ」
「……なぜわたしをねらうのかな?」
「っふ、なんでだと思うかなあ?」
ニタニタ。優位に立ったものが見せる慢心の笑みだ。ゆっくりと歩み続けた男はついにヴェルターニャ様の目の前まで辿り着く。ただそこは俺の前でもあるんだよねぇ。
「”光”とやらが関係しているのかい」
「わお、だいせいかーい。てめぇらアルサンクト家が守ってきた守護の封印とか諸々ぜぇーんぶぶっ壊すんだとさ」
「……ば、かなことを。アレを崇める意味などないというのに」
「そこらへんは知らねぇけどなあ。なんか飽きてきたし、そろそろ死んで……お前良い身体してんじゃん」
下賎な笑みが更に深まる。気持ちの悪い性欲が混じったねっとりとした熱が視線に混じり、ヴェルターニャ様の胸を見つめる。
「な、にをする気だい」
「へ、へへ。アルサンクト家の才女をぶち犯してから殺す……こりゃ"光"狂いも大喜びなオプションだな。てめぇらアルサンクト家は憎まれてっからなぁ……」
男に隠れたキモイ欲望。それがヴェルターニャ様に向けられようとしている。このあと、この男はヴェルターニャ様の服を引きちぎり、胸を揉み、そのあと事に及ぶかもしれない。
ヴェルターニャ様の隣に立つカトレアさんから爆発的な殺意が溢れ出す。もはやその鬼気迫るオーラだけで人が殺せそうなくらいだ。しかし、その身体は全く動いているようには見えない。
「おーおー、こりゃ怖い。よく見りゃこっちのメイドも良い乳してんじゃねぇか……愛しのお嬢様がこれから汚されちゃうよぉ? 余裕があったらお前も気持ちよくしてやるから待っとけよ、メイド女」
カトレアさんのメイド服に隠れた胸を下からぽよんと持ち上げて弄んでいる。動くな、まだだ。まだ動くな。耐えろ、自分を律しろ。
「……っ(殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す)」
「……せめて、客人がいないところでしてほしいものだが」
諦めたような声音が混じる。少し震えているようだ。まだか? いやまだだ。耐えろ、待て、我慢しろ。
「そんじゃ、貴族の胸でも堪能させて、もらっちゃおうかなぁ! ぱいたーっち__ぶげぁぁぁぇぇぇぇぇえっ!!!????」
胸へと伸ばされた手が、触れるまであとわずか、男が最も油断するその瞬間__
パァンッ!!!!!
爆発、否__砲撃のような一撃が、下賎な男の顔面をぶち抜いた。空気の壁がたわむ音と共に、そのままの勢いで男はぶっ飛び、応接室の壁に小さなクレーターを作りめり込んだ。
[身体強化Lv4]、[疾駆Lv5]、[格闘術Lv3]、[音消しLv2]、[足捌きLv2]、[体術Lv4]、[拳撃Lv2]、[弱点特攻Lv1]、[火事場の馬鹿力Lv2]、多重起動。
それから銀紋刻印からの念動力補助。
過去最大の一撃だ。キモイ男は死んだ方がいい。俺の好みの女に手を出そうとしてんじゃねぇよタコが(嫉妬)。
「なっ__!? 声が出せるようになった? カトレア、大丈夫かい!?」
「はい。私に問題はありません。多少気持ちの悪いことをされましたが……お客様がぶん殴ってくれたので良しとします」
「大丈夫ですか? 皆さん。一応全力で殴りましたが……やつは生きているかもしれません」
ワンチャンドゥーグみたいに化け物じみた耐久性能と復活をする可能性もある。
めり込んだ男をじっと見つめる。動くか?
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