第37話 "怪握"の傭兵、ドリン。
「カハッ……ひっ、ひひ。んだぁこの威力は……帝国騎士じゃねんだぞ……?」
めり込んだ男の胸元で、何かがパキリと砕け散る。あの乳白色の輝きは__そうか。
だから死んでないわけね。なら、もう1回やるだけだ。
姿勢を低くし、クラウチングスタートのようなポーズを取る。
もう一度、[身体強化Lv4]、[疾駆Lv5]、[格闘術Lv3]、[音消しLv2]、[足捌きLv2]、[体術Lv4]、[拳撃Lv2]、[弱点特攻Lv1]、[火事場の馬鹿力Lv2]を多重起動し、
跳躍。
あまりにも強すぎるその踏み込みに、数多の魔法が仕掛けられた貴族の堅牢な床にヒビが入る。
人型の砲弾とも呼ぶべきその速度は容易く黒衣の男への接近を許し__
「てめぇ、ナメすぎ。《クガナランジャの魔眼》」
「それは俺には通用しない」
一撃で殺されたはずの男に、妙な余裕が生まれている。違和感……何か妙だ。
魔眼を発動されても特に変化はない。問題なく、殺せる。そう確信し、拳を振りかぶり__
直感。違う、これは俺に対しての魔眼ではない。これは……
「ひ、ひひ。ほんとにそうかぁ? ミンチになっちまえ」
空気に対しての魔眼だ。わかってしまえば怖くない。
遅延した世界。
俺は不可視の壁が迫っていることを知覚する。確かに、この速度で何の防御の姿勢も取れず壁にぶつかれば、尋常の生き物であれば愉快なオブジェになることは確実だろう。俺なら痛いで済みそうだが。
あの魔眼の能力はおそらく動きの静止を強制するもの。生物にしか効果ないと勝手に思ってたけど、死にかけることで効果範囲が増大したのかもしれない。
だがオタクの知識を舐めるなよ、んなもん0.1秒で見破れる。
「"月潜り"」
展開される銀の渦。行く先は不可視の壁の向こう側だ。転移し、突如やつの目の前に現れる俺。
ゆっくりと驚愕の表情に変わっていく黒衣の男に、全力で拳をぶち当てる。
せっかく用意したトラップカードがまるごとスルーされる気分はどうだァ!? 変態男がァッ!
世界は等速になった。
「はぇ__ッ!?」
ボゴォォォォォンッ!!!!
貴族のこれまた頑丈であるはずの壁を丸ごとぶち抜き、元いた教会の前を通り過ぎ更にその先の部屋にまでドアを吹っ飛ばし、男の身体は吹っ飛んでいく。もはやどこまでとんでいったのか、俺ですら見えなくなってしまった。
ヤッベェ!!!!??? やらかしたァ! テンション上がってなんも考えずに殴っちゃったァァァァ!
3トントラックが時速100kmで突っ込んでくるのと優に越える程度の威力。流石の黒衣の男も死んだようだ。
・[グローリアス・ヴィア]を発動します。
・敗者の成長率を勝者へ加算します。
・敗者の
・敗者のギフト[指笛]、スキル[投擲Lv3][隠密Lv2][呪術][拷問Lv2][恐喝Lv2][暗殺Lv3]を獲得します。
・[グローリアス・ヴィア]を終了します。
まーたなんか面白いもの手に入れちゃったけど今はそれどころじゃない。
殺されないよね? 器物損壊罪とかないよねぇ!
「申し訳ありません! アルサンクト家の屋敷を破壊するつもりは一切なかったのですが……激闘のあまり被害を慮る余裕が私には(大嘘)……私の力量不足です。どうか、ご慈悲を」
実は割と余裕でボコせそうだったけどイライラして全力で殴ったのは内緒。たらりと冷や汗が顔を流れる。
「いっ、いやいや! 顔を上げてくれ、というか君強すぎるだろう!? 魔法講師じゃなかったのかい!?」
全力で片膝をつきそれっぽく謝罪するが、慌てたようにヴェルターニャ様が疑問を投げかけてくる。
「はい、私は__いえ、そう悠長に話をしている場合ではないようです」
遠くのアルヴェルの魔力がざわついている。それに嫌な予感がする。
「……どうしたのかな」
「アルヴェルと弟様が行った方向から、何か嫌な感じがします。おそらくここと同じように襲撃かと。アルヴェルに加勢してきても宜しいでしょうか」
「っ、ああ! 行ってくれ。これでもあの魔眼さえなければ私もそこそこやれるんだ。それにカトレアも居る」
▽
__アルヴェルの視点
優雅にウェイズたちが教会でお話をしていた頃。
「いい調子ですね! 魔力がちゃんと動いています! 目を瞑り、身体の中を意識すると何かが動いている感覚があるはずです。どうですか?」
「ぅ、ぅむ……するような、しないような……」
「大丈夫です。初めてはみんなそんな感じですよ。本来人に魔の力は備わっていませんから、じっくりと魔の知覚になれる必要が__……知らない魔力が近付いてきましたね……?」
トラオム様の指導の際、念の為展開していた複数の索敵魔法に反応がありましたね。"紙片"の再現魔法も一応掛けておきますか。これでも今はトラオム様の講師ですし、生徒の安全は確保しなくては。
「失礼しますね」
「あ、ああ」
「"紙片"、開帳。2ページ3行目__"独善の天秤"」
アルヴェルは青黒い髪を揺らし、空色の瞳から神秘的な光を放つ。
すると空中に、純白のどこか神聖さを感じる天秤が突如出現した。片方には天使、もう片方には悪魔が載っている。
「さて。対象指定、この魔力の主」
滑らかに言葉が踊る。察知した魔力を魔力編纂の術式に写し取り、己の魔力を魔法によって他者の魔力へと変換する。
この世界の通常の魔法使いはこの作業を見て度肝を抜かすことだろう。魔力とは己の魂と深い関係がある丹田から生み出される。自身の魔力を他者のものに変換するなど、それは他者の魂を写し取る神業に等しいのだから。
天秤が、ガコンと急速に悪魔の方に傾いていく。
『汝、罪有りき』
どこからともなく響いた声が、審判された魔力の持ち主の罪を看破する。
「ふぉ、ふぉぉぉぉお!!!! なんじゃその魔法は! 魔法学院の生徒でも講師でもそんなけったいな魔法は使わぬぞ! どちらかと言えば魔法と言うよりむしろ奇跡に類するものに見えるな。うむ、是非使いたい」
「あはは……この魔法は私の一族のものしか使えないので、使えるようにはなりませんからね?」
興奮するトラオム様を置いておいて、一般的とされる迎撃の魔法を準備する。あまりにも知られていない魔法を使いすぎれば、私の出身について探りを入れられかねないし……難しい塩梅ですね。
「トラオム様。何やら邪悪な魔力を持った存在が近づいてきているようです。もしかしたら戦闘になるかもしれません。ですから__」
「嫌じゃ! お主がまたあのときのように倒せばよかろう! それに我が屋敷には護衛も潜んでいるでな! 心配は無用じゃ! 存分に魔法を見せるが良い!」
思わずため息が漏れそうになるのをアルヴェルは必死に我慢していた。万が一があれば怒られるの私なんですよ……!
徐々に近付いてくる魔力は、ついにこの部屋の前に到達した。
扉が開く。講義室の扉がバンッと押し開かれ、人間の首を2つ持った大男が凄惨な笑みを浮かべている。全身血塗れだ。
あれは……
今朝、ウェイズさんと歩いてきたときに軽く挨拶した中年の気の良さそうなおじさん門番たちだ。
大男はゆっくりと扉を閉め、アルヴェルとトラオムをじっくりねめつけた。
「ひっ、ひぃ……! ま、マルク! ノルマ! う、うちの門番じゃ……!」
悲痛な声が講義室に、無意味に響く。
「お、いたいた。おい、そこのとんがり帽子女。さっさとそのガキ渡せ。なら殺さねぇ」
「……ここに来るまでにはアルサンクト家の護衛が居たはずです。それを戦闘の痕跡も残さずにどうやってここまで」
ニヒルに大男が笑う。首元にぶら下がった絶叫する髑髏のペンダントをパチンと指で弾いた。
「んなもん、発掘品に決まってんだろ? 《届かぬ呼び声》。ダンジョンもおもしれぇもん落とすよなァ」
発掘品、《届かぬ呼び声》。
その効果は因果に干渉し、他者との戦闘に勝利したものの存在を隠匿する。《届かぬ呼び声》の持ち主が負ければ、そのまま戦闘に参加していない人間も気付くことができる。しかし、もし勝ってしまえばそれまでの因果が改変され、誰も気付かなかったという結果に収束する。概念型の発掘品だ。冒険者等級8以上が持つ切り札レベルの特級発掘品。
私の広域索敵魔法に引っかからなかったのは発掘品の力ですか。やれやれ、他の"紙片"による魔法とか、同郷によるものであれば良かったんですが……先日の位相をズラす発掘品と言い、この世界にはまだ慣れませんね。
本当はアルヴェルの魔法に引っかかっていたが、戦闘の決着が早すぎて、参戦する前に気付いていないことに改変されてしまったのである。そのことをアルヴェルは知らない。
「そうですか。まぁいいです。どうせあなたは__」
「あぁ?」
アルヴェルの背後、空中に浮かび上がる数十を越える魔法陣。幻想的に光る多種多様な魔法陣が、今か今かと煌めいている。
大男は時間を与えすぎてしまった。門番をいたぶって殺し、護衛の指を1本ずつ潰し、恐怖を与えるため、自らの趣味のために動きすぎてしまった。
男は走るべきだった。
恐るべきギフトを発動させ、アルヴェルの元に準備をさせないまま突っ込めばまだ可能性はあった。それがどれだけ小さな可能性だろうと、確かに勝てる道筋はあったはずなのだ。
七色の後光に照らされ、空色の瞳が爛々と輝く。
「ここで死ぬことになるんですから」
魔法陣が、光り爆ぜた。
この大男の敗因は、悠長に歩いてきてしまったことだろう。魔法使い__というより、アルヴェル相手に時間を与えることは即ち、自らの首を絞めることに等しいのだから。
火が、
氷が、
雷が、
風が、
水が、
重力が、
あらゆる自然現象が無知蒙昧な大男に襲い掛かる。
「ぎゃ、ぁぁぁぁぁあッ!!!?」
焼かれ、凍りつき、電流が駆け巡り、切り裂かれ、抉られ、地面に倒れ伏す。
魔法使い、アルヴェル。異世にて怪しまれないために急拵えで作り上げた
かなり雑に作られた仮初の戦闘方法はしかし、恐ろしいほどの効果を発揮していた。
倒れ伏した男の首元から、何か乳白色の粉が砕け散る。アルヴェルはそれを何か知らなかった。
ボコボコになった床を見つめ、思い詰めた表情をするアルヴェル。
「……あちゃー……あ、穴が……やってしまいました。……亡くなった方にご冥福をお祈りします。トラオム様、魔法の講義は終了です」
展開した魔法を解き、くるりと後ろを向き、トラオムに話しかける。今後のことを考えて魔力の節約を図る。さすがに死んだでしょうし、もういいでしょう。
「……こ、れが貴族の宿命、というやつかの。……マルク、ノルマ。うぬらの働きぶりを、わしは将来忘れはせん」
「ヴェルターニャ様のことも心配ですし、早く戻りましょうか」
「……あ、あ__アルヴェルッ!!! 後ろじゃ!!」
音もなく、立ち上がっていた大男。憤怒に身体を赤く染めあげ、力んだその手には膨大な力が込められている。
「なっ、まだ死んでなかったんで__」
アルヴェルが振り向こうとするがもう遅い。天命のペンダントは過不足なくその能力を発揮していた。
「よぉ」
アルヴェルの頭を握り潰そうとするその刹那__
「死ね__ぶっ、ごべぇぇぇぇッ!!??」
勢いよく扉をぶち破り、吹っ飛んできた何者かの死体が、大男の身体を吹き飛ばす。
「へ?」
「なにっ?」
黒衣の死体と絡まり、大男は講義室の黒板にぶつかった。
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