第38話 制限解放、"ゴルドフの獣"
「__ではッ!」
全力の謝罪を敢行し、とりあえずの許しは得たはずなのでアルヴェルのところへ助けに入る。
俺が風穴を開けてしまった壁に乗り込み、そこから黒衣の男のぶっ飛んだ痕跡を辿る。数々の調度品が破壊された跡に胃が痛んだ。
走りながら考える。
アルヴェルの加勢……いる? これ。昨日は距離を詰めれば倒せると思ったけど、なーんか対策されてそうだったし。近距離潰しの手段を持ってそうな感じがする。アルヴェルに対するイメージは底が知れない深き沼だ。
アルヴェルの謎の魔法は正直、銀紋状態の俺でさえ直撃すれば死ぬレベルのアホみたいな威力。ぶっちゃけ加勢なんて要らんと思うが__どうだ?
僅か10秒ほどで、アルヴェルと2つの気配がある部屋まで辿り着いた。戦闘の気配はない。
「アルアル、大丈夫そうか?」
ぶち抜かれた扉から、中を覗き込むと、そこには空に浮かび、首元の何も無い空間を必死に掴んでいる怖そうな顔をした大男が居た。
「ぐ、ぐぁッ、やめ、やめろォ……! クッ、クァ……ァ……」
あっ、どうも……。
「早めに吐いた方があなたに取っても良い結果になると思いますよ? あなたはダンジョンの守護を皇帝より任された帝国貴族を殺そうとしました。あまり使いたいとは思いませんが……些か、いや結構……かなり趣味の悪い魔法もありますし」
「……あ、アルヴェル、? すこし怖いぞお主……? しかし、うぅむ。我が臣下のものたちを殺した罪には罰を与えねばならぬな」
ボコボコにしてて草。何にも問題はなさそうだな。
不可視の力により浮かぶ大男の後ろに、手を掲げているアルヴェルの姿と、生意気なガキンチョの姿があった。
初めから俺に気付いたようで、こちらに視線を向けるアルヴェル。
「ウェイズさん、こちらは襲撃してきた人です。この黒い服の死体はウェイズさんが……?」
「ああ。ヴェルターニャ様の殺害を目論んだ大罪人だ。きっちりボコったが……なんか邪魔した感じだった? すまん」
一応謝っておくと、アルヴェルは微かに口元を歪めて、
「いえ、むしろ助かりました。使う魔法は制限しているので……私もまだまだと言ったところですね」
と言ってくれた。
戦闘中にいきなり吹っ飛んできた死体に邪魔されて、負けかけたとかだったら申し訳なさ過ぎて死んでるところだった。ふぅ……危ない危ない。
そうこう話している間にもどんどん顔が茹で蛸のように変わっていく大男。藻掻く身体が痛ましいが……近場に落ちている苦痛の表情に歪んだ門番の人達の首を見て、思い直す。
こいつはきっとクズだな。
「……カッ、ハ__。」
あっ……死んだ?
白目を剥き、大男の身体が力を失い、だらりと垂れ下がる。
多分気絶なんだろうが、傍から見ると死んでるみたいな感じだな。
チラリとアルヴェルに視線を向けると、コクリと頷きゆっくり大男の身体を床に落としていく。
別にそういう意図はないんだが……まぁ、適当に縛っとくか。ヴェルターニャさま……いや、カトレアさんに言えば用意してくれるだろう。というかあの人が直接縛るか。
「……さて。賊の後片付けといきましょうか」
「俺そういうのわからないんだけど……ん?」
直感が疼く。
もしかしてまだ動くのかこいつ。最近バカ耐久とか食いしばり系のスキルが多くてやんなっちゃうね。
ピクリ。
「アル、まだ動くぞ」
「またですか……昨日といい今日といい、ここの人たちは人間の生理的限界をよく越えたがりますね……しかし、先程の石もないはずですが」
アルヴェルが再び手を掲げ、謎の魔法の準備をする。
地面に投げ出された四肢に、微かに力が篭もり始める。
「__GHAHA」
僅かに動き始めた肉体に、銀月の魔力をぶち込む。するとぶち込まれた凍結の性質に大男の身体が銀色に染まり始め、
「GHAHAHA……!」
銀色に染まったままその身体を起こしきった。ピキピキのカチカチに凍ってるはずなんだがな。大男の身体からフサフサとした黒い毛が生え始める。
……銀月の魔力に対抗して熱くなるのはわかるんだが……凍ったまま動くのはなんで???
「……GHAHAッ!」
白目を剥いていた大男の目が赤く光る。その身に宿る文字化けギフト、その源が目覚め始めた。
北方の辺境に伝わるとある御伽噺。山の神に逆らった残虐な性質を持つ猿の一族が居た。山の神の裁きを喰らい、その猿の生息地はいつしか極寒の氷が降りそそぐ絶死の領域へと変貌する。
それでも生きていた猿の一族はあるとき、人里を襲い、当時の通りすがりの勇者により根絶やしにされたが__その頭領の魂は、巡り巡って神々の祝福に封印されていた。
銀月の魔力を取り込み、その黒い体毛がどんどん白く染まっていく。周囲に寒々しい、冷気を纏った殺気を撒き散らしながら、大男の姿が変貌し__
「悪いけどそれ全部なしで」
[身体強化Lv4]、[疾駆Lv5]、[格闘術Lv3]、[音消しLv2]、[足捌きLv2]、[体術Lv4]、[拳撃Lv2]、[弱点特攻Lv1]、[火事場の馬鹿力Lv2]を多重起動。
神々の祝福がそのエンジンを鳴らし、俺の身体に力を与える。
銀紋はずっと付けっぱだ。最近、異世界版あったカイロが手に入ったもんでよォ! 銀紋の使用可能時間が劇的に伸びてんだわ!
地面に穴を開けないよう銀氷で補強してから、深く踏み込み、腰の入ったストレートパンチをお見舞いする。
その速度はアルヴェルやトラオムからは短距離の瞬間移動にしか見えなかった。
ボキュンッッッッッ!!!
衝撃がその体毛によって吸収される音。
しかし、その衝撃吸収にも限度があるのか、変貌した猿の獣がたわみ、講義室の外までぶっ飛んでいく。
弾け飛んだ講義室の扉の破片がパラパラと舞う。
悪ィが現実で変身シーンを待ってくれるなんて思うなよタコがよォ! あっ、壊しちゃった。
「……なッ__!? うちのパラベルのような打撃だ……いや、そうではない! やつのギフトには心当たりがあるのだ!」
後ろでトラオム様と呼ばれていた少年が声を上げている。
銀月の魔力を当然のように吸収するアホみたいなギフトがそうポンポンあると思いたくないが……。
「教えてくれますか? トラオム様」
「ああ! 北方から現れた英雄が持っていたとされるギフト、"ゴルドフの獣"ッ! 特徴がそっくりだ! 正直不謹慎だが我はワクワクしている! やつに氷属性は通じないぞ! 神の氷にすら適応したからな! ふぉぉぉお!!!」
このガキ……知り合い死んでるのによくこんなテンション上がるな。異世界の死生観こわ。
「獣……"獣"ですか。……追撃を仕掛けます! "紙片"、開帳。実行、1ページ9行目__"獣狩りの銃砲"ッ!」
空中に、巨大な銀色の猟銃が出現し、同時に発砲される。
パァァァンッ!
銃口から放たれた弾丸に、奴の身体が一部弾け飛ぶのが見える。アルヴェルの魔法は何回も見てるが、"紙片"を扱う魔法に関してはマジで何も読み取れない。
にしても、今度の敵は耐性メタを張ってきたわけね。fu○k世界。
猛烈に中指を立てたい気分を抑えながら、火に関連する魔法を脳内に陳列する。いや、アレがあったな。試してみよう。
ボコボコにされた"ゴルドフの獣"が、遂に変態を終える。
赤き眼光が揺らりと輝き、己の命を脅かす存在に、その山の神でさえ手に負えなかった暴力性が向けられる。
あっ、なんか不味いかも……?
今更ながら、直感が強く、冷たく反応し始めた。
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