第39話 不死の炉心の使い方。



 迫る豪腕。


 銀月の魔力を身に纏い、残忍な赤き眼光が迫り来る。元の姿である強面の大男の面影はもはや残っていない。


 まともな人間であれば、食らえば即死。かすった部位すらその纏う魔力により凍結する地獄のようなクソモンスターだ。かすることすら許されないクソゲーを敵対者へと押し付け__


「んなもん俺に通じるかよォ! バカ猿がァッ!」

「GHAHA!?」


 本家本元、正しき魔力の使用者にその魔力が通用するわけもない。握りつぶそうと伸ばされた両腕をすり抜け、顔面にスクリューパンチをねじこんだ。


「GHAAAAAA!?」


 銀月刻印状態の俺のスピード一歩手前くらいか? 仰け反った銀猿に追撃を仕掛けようとするが、背後から魔法の気配。


 廊下を凍結させ、魔力操作で銀氷を操作。揺れ動く氷の上を移動し、一度の踏み込みだけで背後に回り、放たれるであろう魔法に上手く銀猿が当たるようぶん殴る。


 一応捕虜的な感じで生かしとかなきゃいけないのが面倒だ。さっき殺しちゃったからなぁ……。斬り込もうにも加減が難しい。


「撃っていいぞー」

「ウェ__よくわかりますね!? 撃ちますッ!」


 放たれた紅蓮の奔流が銀猿を飲み込み、莫大な蒸気を撒き散らす。前も見えないほど廊下に煙が蔓延する。銀月の魔力と炎の魔力がぶつかり合った結果だろう。イーラとあの白銀カルーネの戦闘を思い出すな。


 そこそこの火力だ。巻き添えを食らわぬよう少し下がったが、ちろりと火の粉がこちらにまで飛んできた。しかし、銀月の魔力により一定以下の熱量の魔法はほぼ無効化に近い。


 俺には効かない。ということは……


「GHAAAAA!!!!」


 白く遮られた視界から、飛び出してくる銀猿。振りかぶられた巨大な右腕の矛先は俺に向いている。


「てめぇにも効かないわな! 猿ゥッ!!」


 どうせなら力比べといこう。


 遅くなった世界。今できる全力の補正を掛け、迫る剛腕と真っ向から打ち合ってみる。


「イッッッテェッ!!!???」

「GHAHAHAHA!!!!」


 思いっきり弾かれた。というか弾かれるを通り越して押し返されたぞ。馬鹿みたいに腕力があるな、こいつ。


 ピリピリと振動が残る腕を振りながら、弾かれた俺の腕を見てせせら嗤う猿を眺める。ニタニタと笑う猿の顔には、嗜虐心がありありとお感じられるいやらしい表情が浮かんでいた。


 この猿マジできめぇ。よし決めた。もう決めちゃいました。ご自慢の握力だか腕力だか知らねぇけど真正面からボコボコのけちょんけちょんにしてやる。人間様にモンキー風情が調子乗りやがってよォ! てめぇは試金石にしてやらぁ!


「す、すみません! 大丈夫ですか!?」

「大丈夫! とりあえず捕獲できないか試してみるわ! この猿腹立つしボコる!」

「なんと悠長な男かッ! そも打ち合えている時点でおかしいぞ! お前の前に居るのは御伽の怪物なのだがな!! くふぅ! アルヴェルも中々だが、お前も中々にだな! 実に悪くない!」


 飛んできた謝罪を軽く流し、突進してくる銀猿を躱しながらギフトの調子を確かめる。動き自体は読みやすいし、正直俺がこの猿の3分の1の身体能力でも一方的にボコれる自信がある。


 軽きは重きを制し、遅きは速きを制す。


 脳裏に浮かんだ名言(?)。


 まったく素晴らしい言葉だが、あの調子に乗った猿に格の違いを理解わからせるには真っ向からぶっ潰す必要がある。


 [身体強化Lv4]、[疾駆Lv5]、[格闘術Lv4]、[音消しLv2]、[足捌きLv2]、[体術Lv4]、[拳撃Lv3]、[弱点特攻Lv2]、[調息Lv1]、[火事場の馬鹿力Lv2]、[精霊憑依Lv1]を用意。


 念動力による補正を最大化し、拡散する力の流れを集中させる。


「__ふぅ、持ってくれよ、俺の身体ッ! 1不死の炉心オーバーヒート……銀紋、第二段階ッ!」


 赤鎧から奪い取ったギフト、"不死鳥"。恒久的な熱源として利用できるし、残機にもなるクソ便利な力。しかし、俺はこの力の本来の使い方とは掛け離れているであろう技を思いついてしまった。


 命の灯火を燃やし、体内に膨大な熱を発生させる。ぶっちゃけ辛いが、銀紋状態であれば体感サウナくらい。


 身体から溢れる白銀色の魔力に、緋色の魔力が混ざり始める。


 そしてここから、次の状態へと移行する。


 銀月の精霊、あい。その力の膨大さは収まるところを知らない。


 赤鎧との戦いで、アルヴェルは精霊の魔力をそのまま使うことなんて普通できないと言っていたが……それは違う。


 限りなく薄まったカルピスみてぇな魔力を使っててなのだ。名前を付けてから最近気が付いた。


 限りなく薄まり、希釈された銀月の魔力を、一段階原液に近しいそれへと戻す。身体に刻まれた銀紋が更に輝き、冷気の月光へと変貌していく。


「GHA……?」


 "ゴルドフの獣"が、怯えたような顔をして一歩後退した。寒さに凍える動物のように、白く毛深いその身体を震わす。


「ッヒ__ひ、ひひ。動く、動くぞォ! 動いちゃったなぁッ!!!」


 直感的に死なないとわかっていたが、実際やってみると怖い。だが、成ったッ! くっそ寒いけど耐えられる!


 気温の変化が巻き起こる。廊下を蔓延する蒸気がすぐさまそのまま凍りつき、霰が生まれる。


「……格の違いってやつを見せてやるよ、猿」

「GHA,GHAAAAAAッ!!!!!!」


 震える身体を無視し、銀猿はその身に有り余る本当の力を解放する。ギフト所有者の資質もあり、ある程度に引き出す力を制限すれば、そこそこ顕現できる時間も伸びる。


 しかし、活動時間を大幅に削ってでも本来の力を出さねば不味いと銀猿の本能は叫んでいた。


 白銀の体毛がさらに伸び、艶やかな黒い光沢が混じる。巨軀に太い筋力がさらに上乗せされ、その力は一撃でこの屋敷を陥没させるほどにまで引き上がった。


 銀猿が猛り狂い、叫んでいる様子を眺める。やつの踏み込みにより廊下は陥没し、大気を吹き飛ばしながら黒光りする白銀が跳躍した。


 絶死の腕撃がこちらを捉えている。


「第2ラウンドだ」


 山の神が放つ氷の柱をすら殴り壊した、"ゴルドフの獣"の暴威の力が顕現し、


「GHA__」


 放たれた暴威は、あろうことか人間の放つ拳に相殺__


 ギョムッ!!!!!


 否。


 それだけに留まらず銀猿の巨腕から胴体まで丸ごと消し飛ばし、そのまま宙を突き進んだ拳の衝撃は、屋敷を構成する魔法が掛けられた壁を丸ごと根こそぎ消し飛ばす。


 ボッゴォォォォォォンッ!!!!


 銀の衝撃がはしゃぎまわる。


 空いた大穴の先にはさらに放射状に衝撃が飛び、アルサンクト家の屋敷に小規模の地震のような衝撃が駆け回る。龍の放つ息吹に直撃したが如き甚大な破壊の痕跡が残された。


 パラパラと先程まで屋敷だった築材が空を舞う。


「__ア゜ァァァッ!!!!(高音) やらかしたぁぁぁぁッ!!! やっべ……どうしよ……マジでどうしよッ!!??」


 たらり。冷や汗が止まらねぇ! マジで予想外すぎる威力。体感的にちょっと強めかもなー(楽観)と思ってたけどそんなんじゃ収まりきらない威力だ。壁ぶち抜いたことなんてもはやどうでもいい! 不味いぞ。


 銀猿、"ゴルドフの獣"は上半身を消し飛ばされ、死亡。


 ダンジョン伯、アルサンクト家の陣地であり本拠は本来、レクサスから来たる"光"の信者やモンスターによる攻撃にも耐えられるよう、何重にも硬質化や防御、衝撃吸収、ダメージ分散など多くの魔法が掛けられている。空間魔法による損傷の隔離など、純粋な破壊ではどうにもできないはずの破壊対策。


「……なんだ、これは。冒険者等級10以上のイカれた英雄ですらこんな……」

「うっそー……昨日の今日でどうしてここまで強く……? 流石にの私では太刀打ちできませんね……」


 それらを全てぶち抜く銀の破壊。天体の精霊の力、そのほんの一部を掬い取った一撃は、あらゆる神秘と殴り合った。


「はぁ、はぁ__だ、大丈夫かい!? トラオムッ! ウェイズくん、アルヴェル!」

「お嬢様ァァァッ!!! お待ちくださいお嬢様ァッ! 流石にこの威力の攻撃を放つ敵なんてうちの騎士団総出で対処しないと相対することすらできないですってぇぇぇ!!!」

「わかっているともッ! そして今彼らがここに居ないこともッ! どうせ太刀打ちできないなら、せめて弟だけでも助けなければ__」


 蒸気と白い霰を掻き分け、ヴェルターニャ様とカトレアさんがこちらにやってくる。


 上半身が消し飛び、カチコチに固まっている死体と、その前に佇む冷や汗を垂らしまくった銀の月光を放つ俺。


 それらを目撃したヴェルターニャ様たちは目を見開き、驚きの声を上げる。


「__あ、ああ……? 襲撃者は居ないのか!? ウェイズくん!」

「……はいッ! 恐るべき反撃は有りましたが、何とか私が勝利致しました」


 切り抜けなければッ! 壁を1枚ぶち壊すだけでもアホみたいにお金かかりそうなのに、屋敷半壊はもう異世界生活一貫の終わりだ。


 問いかけに上手いこと勘違いしてくれそうな具合に返事する。すると安心したような表情に変わり__


「すッ、凄いぞ姉者よッ! この男は我が堅牢な屋敷を根こそぎ消し飛ばす一撃を放ちよったッ!!! ふぉぉぉ!!!! 是非うちに来て欲しいのじゃッ!! 伝承の悪しき獣を屠った正に英雄の一撃よ!」


 クッソガキャァァァァァッ!!!! 余計な言いやがってェ!!! 不味い、どうする? どうすればいい? その場のテンションで動くんじゃなかったマジでッ!


 戦闘よりもこの場を如何に切り抜けるかが問題だ。


「__先程の轟音と衝撃は、ウェイズくん。君が……?」


 嘘ついてもトラオムやアルヴェルが見ているし、もう足掻くこともできない。大人しく観念する。


「……はい。ちょっと、張り切りすぎました……」


 目を見開き、硬直するヴェルターニャ様。暫し顎に親指を当て、黙考している。


 こわいよぉぉぉ!



・[グローリアス・ヴィア]を発動します。

・敗者の成長率を勝者へ加算します。

・敗者のギフト[ゴルドフの獣Lv2]、スキル[豪腕Lv3][握撃Lv2][尻上がりLv2][恵体Lv1][腕力強化Lv1][握り潰すLv4][拷問Lv2][恐喝Lv4][暗殺Lv1]を獲得します。

・[グローリアス・ヴィア]を終了します。



 ドクン。


 身体にまた、新たな力が宿り__


 __ぴぃぃぃ__


 どこからともかく鳥の鳴き声が聴こえる。宿った新たな力の一部がついばまれたような気がした。熱っぽい力が増大する。


「……とりあえず、後処理と行こうか。流石にあの轟音には騎士団も気付いたはずだし、ものの数分で来るだろう。それまでに、色々と話でも聞かせてもらおうかな? 君たち」


 お手柔らかに、お願いします……。


 悪いイーラ。俺、もうダンジョン潜れないかも。


 吹き飛んだ大穴からは、蒼く澄んだ空から、うっとおしいまでに太陽の視線が降り注いでいた。




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