第22話 ピンハネ疑惑。



 空の太陽が傾き、橙色の光がエレア全域を照らしている。歩みを進めるイーラと手を繋いだセータの影が後ろを歩く俺の足元まで伸びてきていた。


 赤髪美少女が子供と手を繋ぎながら歩いているクソエモシチュエーションを眺めつつ、俺は先程の男に感じた違和感を探る。


 違和感を探るっていうか、うーん。なんか足りない気がするんだよな。


 なんだっけ。俺が今までぶっ倒したのはゴブリン、ディズとかいう男、白銀カルーネくらいか……あ。


 俺は違和感の正体に気づいた。そっか、あいつボコボコにして再起不能にしてやったのに俺の強奪系チートが発動してなかったよな。だから俺は変な感覚を覚えたのか。


 というか今更だが転生特典ってギルドカードに表示されないんだな。恩恵に預かってる身として失礼かもしれないが、正直めんどくさい。


 さーて、なんであのシャイニング男に強奪系チートは発動しなかったんだぁー? シンキングタイムと行こう。


 俺が今まで能力を奪うことができた条件は主に2つ。


 1つ目は強奪対象の殺害。これによってゴブリンや白銀カルーネの能力を奪ったはず。成長率を加算とか聞こえたけど、あれは才能がプラスされてるって解釈で良いのかね。


 2つ目は強奪対象の無力化。これはディズとかいう男を気絶させても能力の発動条件を満たしたことから、無力化もしくは気絶させるという条件だと推測できる。


 あのシャイニング男はどっちかと言うと1つ目に分類されている気がするが……確実にトドメを刺さなければダメなのか? パーティ単位で活動する冒険者にはぬるいようでシビアな条件だが……。もしかしてピンハネされてんじゃね?


 そうこう考え事をしながら彼女たちの後ろをのっそりついて行っていると、気付けば目的地に着いていたらしい。


 ウーチン食堂。そう大きく書かれた青色の暖簾の後ろから、食欲が掻き立てられる魚介の香りが漂ってきた。


「ここでいいの?」

「うんっ! おとーさん! お客さん連れてきたっ! 悪い裸のおじさんから守ってくれたんだよ!」


 天使のように可愛らしい満面の笑みを浮かべて、セータは自らの父親らしき人物に帰宅を告げた。マジで? 目的地と偶然助けた人間が関係してるとか小説でしかないと思ってた。


 暖簾を潜り、俺も中に入るとかなり広めの食事スペースがあった。厨房からは筋肉質でとてつもないガタイをした男が顔を出していた。


 その顔がセータの言葉を聞くと真っ赤に染まる。


 途端、洪水のように溢れ出した爆発的怒気。鬼のような形相からは魔力ともつかぬ謎のオーラが可視化するほどの気迫を感じる。放たれたその気迫に食事スペースに座っている客たちは一部を除いて立ち上がっていた。


「……裸のおじさんだぁ? なぁ、そこのお前」

「はい」


 痴れ者への怒りによって地上に生まれた悪鬼が、俺に鋭く光る包丁を向けながらドスの効いた声で質問する。(主観)


 もちろん生存本能的に即答。


 くっそ怖ええええええ!? これ返答間違ったら殺されるだろ! 一応俺助けた側なんですけど!


「……きっちり、かっちり。そのどあほうには"けじめ"。付けさせたんだろうな?」

「もちろんっす! やつを全裸でゲロ撒き散らさせながら大通りまでぶっ飛ばしてやりましたッ!! 今頃は光(物理)になってると思いますッ!!!」


 俺の返事に満足したのか、鬼のようなオーラを収め、ようやく落ち着いた表情になった。


「そうか。よくやった。……みんな! 脅かして悪かったな! いやぁ、俺って生きもんは娘になんかあっとついカッとなっちまう性質タチなもんでよ……」


 しゅん……とセータパパは急に力が抜けたような顔で反省し始めた。思わず臨戦形態になっていたイーラも冷や汗をかきつつも矛を収めている。


「気にすんなってバーグさんよ! 俺たちだって散々厄介起こしてんだ! こんなこと気にするほどちっせぇ奴らじゃねぇさ!」

「おうおう! しっかし俺ぁビビっちまってスープ零しちまってよ……! こりゃあ、替えのお代わりで手を打つしかないなぁ! なぁバーグさん!」


 どうやらセータパパはバーグさんと言うらしい。客たちはヤレヤレとした素振りを見せ、再びご飯を食べ始めた。


「……元冒険者の店とは聞いてたけど、まさかこれほどとはね。少なくとも7等級は確実かしら」


 ウェイズ、絶ッ対怒らせる真似はしないように。とイーラに小声で注意される。俺的には貴女の方が危険だと思いますけどね。ええ。


「お前さんたちも脅かして悪かったな。娘を助けてくれてありがとう。心の底から感謝する」

「気にしなくて大丈夫です。襲われてる子供が居れば、誰だって助けに入るもんでしょう。人間なら」


 俺の返答に気を良くしたのか、バーグさんは破顔して白い料理服の裾を腕まくりする。


「……ふっ、そうだな。人間ならそりゃそうだ。ほら、そこの空いてる席に座りな。腕によりをかけてご馳走してやる」

「ふふっ、パパって怒るとすっごくこわいけど、でもすっっごくかっこいいの! ご飯も美味しいよ! 楽しみにしてて!」


 バーグとセータは厨房に入っていった。


「……ふぅ。凄まじいわね、バーグさん。前に来たときは普通にご飯食べただけだったけど……見た? あの闘気」

「とうき? あのオーラ的なやつか」

「そ。一般的には生命力の具現なんて言われてるけど、素養のない人間には基本見えないものなの。可視化するなんて相当よ」


 ほー。ハ〇ターハ〇ターでいう念的なやつね。


「闘気に目覚めている人間は2種類しか存在しない。生まれながらに命の本質を悟る才を持ち得た天才か、もしくは幾度も生死の境を行き来して、絶死の中で自分の命の感覚を掴んだ異常者か」


 おそらくあの人は後者ね。と一息つきながらイーラは出されたお水を飲んだ。どうでもいいけどここはお水無料で出してくれるんだな。


 闘気、闘気か。いいな、それ。闘気単体で身体能力の強化とかできるヤツだろ絶対。


「半年冒険者やってて何回か会ったことあるけど、生まれながらに闘気を扱える人間はどこか薄いのよね。後天的に闘気に目覚めた人間と比べるとどうしても」

「俺もできないかな、闘気」

「……あんたじゃ絶ッ対無理。死に対する恐怖も、生きることにしがみつく意思も希薄なあんたじゃ100回死にかけても無理……と言いたいところなんだけど」


 イーラは半目で薄くこちらを睨む。物凄くモヤモヤしてるけどどうしようもないときの俺みたいな顔してる。


「なーんか2、3回死にかければできそうな気がするのよね、あんた。あたしのりゅうも……もその場で習得したし。はぁ……才能あるやつってほんとうざーい」


 なんかもう面倒くさくなって投げやりになってないか? こいつ。でも実際、俺も何となくできそうな気がしてるが……何かが足りない気がする。


 何が足りないんだ? 1度目の死地は銀月の精霊と闘ったときだったけど、あれは魔力でどうにかしたからダメだったのか。


 思考に没頭していると、厨房から一層食欲をそそる香りが漂ってきた。もうそろご飯が来る頃か。


「へいお待ちぃ! ダイハチの魚は目が飛び出るほどうめぇぞ? めいっぱい楽しんでくれ! ウーチン目玉料理のフルコースだ!」


 色々考えるべきことは多いが、今はこの美味そうな飯を食べることにしよう。


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