第21話 ミスターシャイニング。



 大量に鉱石を詰め込んだ麻袋をギルドに納品し、2人で半分に分けて7万コル近い稼ぎになった。圧倒的効率っ……! 俺の中の何かがざわざわしている。これが、欲望……?


 あんだけ活動しててもまだ午後5時になるかならないか、その瀬戸際くらいの時間帯だ。


 今はせっかく稼いだので2人でご飯でも食べようとしている最中である。


「やっぱりあたしのオススメとしてはニーナナのウーチン食堂かしらね」

「ウーチン食堂?」


 第2番街4区を縦に割る大通りはやはり多くの人間に溢れている。真っ黒ガチムチマッチョが豪快に露店の肉を喰っている様子を見るとこっちまで腹が減ってきた。


 隣を歩くイーラが滔々と自らのオススメ店を披露してくる。ウーチン食堂ってなんか名前ダサくね? 子供向けテレビ番組みたいなネーミングセンスだな。


「まぁあんたが馬鹿にするのも無理ない名前だけど、あそこの魚料理はひと味違うの」


 ほー、魚料理なのか。思えば異世界来て肉ときのこくらいしか食ってない気がする。魚、魚か……とても良いぞ。食欲が湧いてくる。


「なんでも第8レクサスから採れる海の魚をお抱えの鳥人とかに運ばせてるらしいわ。あんた、マジで、本っ当に美味しいから今のうちに覚悟しておいた方がいいわよ」

「俄然楽しみになってきた」


 というか第8レクサスって海の魚が採れるんだ。塔の中に海があるってことだよな? それぞれ対応した空間が広がってんだろうけど、それにしても規模がデカイ。さすが異世界、まだまだ底が知れねぇ。


 土煙が舞う雑踏の中、何かモゴモゴと何かに抑えられるような声が聞こえた気がした。右か、左か。直感、多分右。人攫いか?


「おい、イーラ__ん?」


 隣に目をやると既にイーラの姿がない。まさかイーラがさらわれた……? どちらにせよ声の方向に行くしかない。


 道を行く人の波を潜り抜け、店と店の間にある路地に辿り着く。そこにはぶっ倒れた小汚い男と、その小汚い男の頭に足を載せているイーラ。そしてクリーム色の髪をした可愛らしい幼女が居た。


「……子供に手を出すような心底気持ちの悪い男はさっさと死ねばいいとあたしは思ってるんだけど、あんたはどう思うかしら」


 後ろ姿から問いかけられる。なんか言ってから行けよ! 俺には直感もあるし付いてくるってわかってたんだろうけどさぁ! あと声が冷たくてちょっと怖い。


「全くもって同意見だ。そういう男に子供は愚か、奥さんすらできやしないと思うが、念の為タマでも潰しとくか」


 俺の意見を聞き、男は危機感が湧いてきたのか必死な形相で弁明してくる。


「ば、バカを言うなッ! 我らは児童性愛者などではない! 我らは誇り高き__っ」

「我ら、ねぇ。組織的犯行ってことかしら。ねぇ知ってる? 今の皇帝はお優しくてね。即位してすぐ公布したある帝国法があるんだけど、知りたい?」

「し、知ったことか! 世界はあるべき姿に戻すべきだ! 紛い物の皇帝の言葉など意味はな、ない!」

「『幼子は国境を越え、すべからく我が庇護の下にある。無知蒙昧の卑賤な輩は、直ちに殺せ』。そのまま言葉が法になったらしいわ」


 異世界の皇帝やべぇな。くそかっこいい、好き。民衆に人気があるタイプの皇帝さんだなきっと。


 言葉を吐き捨て、イーラはグリグリと底が分厚く、金属の板が入った靴で男の顔を押し潰す。


「や、やめろ! こんなことをしてただで済むと思うなよ!? くそ、ここで使うしかないのか……我が"光"の恩寵をここに__ぶふっ」

「言っておくけど妙な動きはしないことね。聞いたことない詠唱だけど、まともに喋れると思ったの? お縄について帝国の騎士に精々拷問されることね」


 すげーイーラ。何だかんだこいつも強いんだよな。魔力が見えないだけで。


 男が詠唱のようなものをしようとした瞬間、口を蹴り飛ばしキャンセルさせる。しかし何か胸騒ぎがする。なんだ? 何が起こる。


「イーラ、何か起こる__」

「ひ、ひひひひ、馬鹿が! 貴様らが何をしようともう遅い! 下賎な神々と違い、我らが"光"の恩寵に言の葉なぞ必要ないわ! 必要なのは揺るがぬ強靭な意思のみ!」


 瞬間。男の身体が発光し、身にまとっている服が光の粒子となって消えていく。


「わぶっ」


 すまんがきんちょ。俺は子供を抱き抱え後ろにバックステップした。イーラはそのままのダガーを構えており、その体からは紅い魔力が迸っている。


「ひ、ひひ。もう戻れん。我が肢体は数十秒後には"光"の下へ還っていく。だが__」


 男がジロリと俺たちを見つめる。口元だけは笑みを浮かべているようだ。


「行きがけの駄賃だ。貴様らを贄にしてや__ぶげぇッ!」

「言葉が長い。隙だらけすぎて逆に罠かと思ったわ」


 話している最中に全裸で発光する男は壁に叩き付けられた。


 両足に赤い魔力の紋様を薄く纏ったイーラが卍蹴りを放った体勢を元に戻す。


 俺は驚愕のあまり動けなかった。いや、それは違うな。俺は自らの本能が叫んでいるのを誤魔化すことができなかったんだ。


 目視する。全裸でピカピカ光りながら壁にへばりついた男を。


 フルチンシャイニング男__ッ!


「ぶ、ぶはははははははは!!! フルチンでピカピカすんのやめろよォ!? 笑って力入んないだろォ!?」

「〜〜ッ!!!! もはや許さん! この手で捻り殺してくれるわァ!」


 男の叫ぶ声と同時に姿が消滅し__否。壁にへばりついた体勢から軽く足を壁に叩きつけたと思えば、俺の目の前に男が現れた。


 まさか壁を蹴った反動でここまでぶっ飛んできたのか!? 挙動キモすぎだろ!


 流石のイーラも想定外の身体強化だったようで完全に抜かれている。


 だが狙う相手を間違えたな? その選択は完全に失敗してんだぜ。ミスターフルチンシャイニングMan。


 静止した世界。全てが極々ゆっくりと進む世界は、容易く男の動きの全てを把握することを許した。

 顔を見れば邪悪な笑みのままだ。爆発的に上昇した身体能力を制御し切れてないみたいだな。体勢は右腕を突き出した状態である。


 俺は落ち着いて魔力を操り、空抜きを発動させた。悪い魔法の使い方シリーズその1を試させてもらおう。


 飛んでくる男の右腕の前に黒い渦を設置。出口を男の顔面の前に設置。俺も身体を強化し、避けられる体勢に変える。


 そして時は動き出す。


「ぶごわァァァァッッッ!!!??」


 刹那飛び出してきた男はその勢いのまま、顔の目の前に現れた自身のパンチを喰らい、空中を縦に回転しながら大通りにぶっ飛んでいった。


 絵面くっそあほだな。


 大通りから悲鳴が上がる。全裸のピカピカ男が回転しながら空を飛んでくるというシチュエーションに耐えきれないものが居たようだ。


 俺も正直耐えきれないかも。別の意味で。


 うわ、よく見たら回転しすぎて気持ち悪くなったのかゲボまで吐いてるよあいつ。この世の終わりみたいな尊厳破壊だ。


「正直危なかったかも。あんたが居て助かったわ」

「流石に慢心しすぎだぞイーラ」

「……アレは多分祈祷系のかなり強い身体強化ね。祈祷にしては祝詞だの何だのが色々足りてなかったけど……それが"光"とやらの特性なのかしら。にしても油断したわ。結構弱そうだと思ったのだけど、これじゃ冒険者としては落第ね」


 ゲボを吐きながら身体中が光の粒子へと変わっていく男を可哀想なものを見るかのように眺める俺たち。


「あ、あの! きれいなおにーちゃんとおねえちゃん! ありがとう!」


 俺のすぐ側に居る幼女が感謝を伝えてきた。よく見ると8歳〜9歳くらいか? ふっくらとしている頬を見るあたりちゃんとした家庭で育っているようだ。


「ええ。また同じ目に遭うかもしれないし、そのときお姉ちゃんとお兄ちゃんたちは居ないかもしれないの。次からは大通りを歩くようにするのよ?」

「うんっ! わたしセータ! おねえちゃんとおにーちゃんは?」

「あたしはイーラ。こっちの性格悪そうなのがウェイズね」


 おいこら誰が性格悪そうじゃい。精々決死の思いで変身した敵を全力で笑ってやっただけだろ……かなりスポーツマンシップに則ってないかもしれない。


「よろしくなセータちゃん」

「うんっ! あっ! そうだ! きっと冒険者さんでしょ? パパのご飯はおいしーんだよ! ついてきて!」


 シャイニング男に誘拐されかけたのに何事もなかったかのように元気に走り始めたセータ。異世界の子供はメンタルもかなり強いな。


 既にフルチンシャイニング男の姿は光となって消えてしまっている。俺たちは顔を見合せ、少し苦笑してセータのあとをついて行った。


 あ、どうせなら空抜きで繋げる位置を股間にすれば良かったかも……いや、それだとそのまま勢いを殺せず突っ込んで来るか。やはり顔で正解だったか?

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