第20話 強烈な光のイメージ。



 第4レクサス2階層、雹岩の深峰。常に深い霧がかかった渓谷地帯であり、何の準備もなく足を踏み入れた冒険者はよく遭難する。特筆すべき最大の特徴は薄く冷気を纏った岩が宙を浮いている点にある。浮遊する岩同士が勢い良くぶつかるとたまに降ってくるので気をつけなさいとはイーラの助言である。ちなみに未だに完全にこの階層は把握できていないらしく、未到達領域や未知の資源を報告したときはお金が貰えるらしい。


「この前もちょろっと通りはしたが……ここの光景も素晴らしいな。あと何か寒い気がする。この剣のお陰で快適に保たれてるけど」

「文句言うんじゃないわよ。地形的にはかなり危ない階層だけど、敵対的な生物は居ないし。第1階層と並んでちゃんと準備してればルーキー御用達の穴場なんだから」


 20メートルくらいしか先が見えない霧の中、ゆっくりとイーラと共に移動する。腰に括り付けた氷の魔剣に薄らと水滴が付着しているのを目にし、ひしひしと装備の重要性を噛みしめる。これなかったらジメジメするし寒いしで最悪だったな。発掘品の魔剣による寒冷適応がくっそ素晴らしい。北海道とかこれ持ってたら無敵になれんじゃね?


 先導するイーラの足取りもどこか浮き足立っているように見える。これもやはり紅い髪に白い雪のコートが似合っているせいか。振り返ったイーラのマントの内側に二振りの短剣がキラリと光を放つ。見えづらいがコートの内ポケットに魔導書も入れているそうだ。


 完全フル装備のイーラだが、実際こんな重装備するほどの危険性がある依頼じゃないんだよなぁ。雹岩の中身には多種多様な金属が埋まっており、一攫千金の可能性もある。この中身の金属を何でもいいから雹岩を20個ほど壊して持ってきて欲しいとのことである。依頼主はレクサス内専門の鉱石の学者さんらしい。


「正直、この階層での依頼はパーティを組むのが定石なんだけど……ウェイズ。あんたの働きに今日の稼ぎがかかってるわよ」

「適材適所とかよくわかるけど! 身体強化のギフトも持ってるけどさぁ……! これはなくね?」


 イーラの曇りなき眼に俺の全貌が写し出される。そこには未だにぼろい服に革袋と水筒、そして腰の氷の魔剣に……デカピッケルとくそでか麻袋を背負っているイケメンが居た。


 普通たくさんの人間が分担して鉱石を運ぶもんじゃないんですか? 答えてくださいよ! イーラさぁん! 俺だけカ○ジの地下労働者みたくなってるじゃぁないですか。


 無言の俺の訴え。沈黙は金なり、ということか目を逸らし若干声を小さくして反論してくる。


「……パーティ単位で依頼を受けると実入りが良くないのよ。どうせ行くなら稼ぎたいじゃない?」

「まぁそれはそうだけどさぁ! しゃあないかぁ。ご鞭撻お願いしますよイーラ先生」

「任せておきなさい。ここなら私の龍紋も周りから見えないし、本気のランク4冒険者の護衛付きなんて10万コルは下らないわよ」










 まず段階として雹岩の採取を行い、雹岩を砕くという工程をしなければならない。ここまでは誰でもわかるが、問題は一番最初が最難関ということだ。雹岩の採取はこの深い霧の中で、宙に浮きながら移動し続ける雹岩を見つけ、そして捕まえなければならない。何の異能も持たぬ冒険者はここでNGを食らう。魔法や理術(?)、戦型(?)を扱える冒険者なら遠距離の魔法を使うなり、自力でぶっ飛んで取ることができるらしい。


 我がパーティはどうするのか。答えは今にわかる。


「んー……多分こっちかなぁ。あ、何か危ない気がする。やっぱこっちで」

「気の抜けたあんたを見てると少し不安になってくるわね」

「我が直感に一片の曇りなし……お、あれじゃね?」


 直感の赴くままに移動し、宙に浮かぶ雹岩を見つけることができた。見た目はマジでただの岩なんだな。でもなんかしっとりぬれているようだ。


 俺の空抜きや氷の魔法はあるが、正直氷は暴発する可能性もなきにしもあらず。というわけで、イーラさん。お願いします。


「こんなに探すの楽になるんだ……大分良い買い物を私はしたようね。ふぅ……龍紋励起ッ!」


 イーラの足に紅い魔力の紋様が刻み込まれ、そして跳躍。どおん、と人間の足から出てはいけない音が隣で発生する。宙に浮かぶ岩に影が降り注ぎ、上から雹岩が蹴り落とされた。


 前見たときよりも更に身体強化のレベルが上昇してるように思える。成長しすぎじゃね? やっぱこないだの戦闘で元の身体が強くなったからか。


「ウェイズ! 頼んだわよ!」


 おっと、ぼーっとしてる暇はない。雹岩を蹴り落とし、更に上に飛び上がったイーラが落下を開始する直前を狙う。


「わかってるよ! 空抜き遠距離バージョン」


 ボゴンと硬質な質量が地面に落ち落とされ轟音と土煙を出すがそんなことは無視。魔力を手繰り、マジックスペルを手動で象り、宙に浮かぶイーラの下に黒い渦を発生させる。


 空抜きという魔法は白銀カルーネ戦で、転移した物質の持つ運動エネルギーはそのまま持続されることがわかっている。空間をそのまま接続してる感じ。だからこそ落下が始まる前に空抜きを展開しなければ、転移対象は地面に叩き付けられてしまうということだ。


 転移先は俺の隣で……下向きでいいか。黒い渦を隣で展開すると中からイーラが飛び出し、ふわっと地に着地する。待てよ? これ転移先の方向も設定できるということは……ゲート・オブ・俺ができるじゃん。悪いこと覚えちゃったよぉ?


「よっと。ふぅ……少しヒヤヒヤしたけど案外できるものね。ちょっと

楽しいかも。さ、あんたはピッケル持って採掘の時間よ」


 地面に叩き付けられた雹岩はその中身をぶちまけ、薄く光を放つ不思議な色合いの原石を辺りに散乱させていた。


「……なぁ。これピッケル要る????」

「……細かいことは気にしないのが一流の冒険者……よ? 入れるの手伝ってあげるからさっさと済ませましょ」


 こいつぅ! このピッケル地味に重たいんだからな。マジで。普通に4キロくらいあるんだぞ。

 俺が半目でイーラを見つめるとイーラはおもむろに動きだし、散らばった鉱石を集め始めた。はぁ、全く。俺も集めるかぁ。


 隣に移動し、俺も鉱石たちを集める。


 紫色に薄く光る石に、汚いレモンサワーのような色の石。灰色で鈍い輝きを放つ鉱石や、なぜか少し暖かい赤色の石など、中身は様々だ。正直こういう収集作業は結構わくわくする。マ○クラのmodでこんなのありそう。


 概ね取り尽くしたら、次だ。










 大体20個ほど撃ち落とし、依頼のノルマは達成した。


「イーラ」

「なによ」

「なんかやべぇの居るかも」

「……ふぅん? 詳しく話して」

「正直あんまわかってないけど、ここから西の方向に向かうと何かに巻き込まれる気がする」


 直感。それもかなり嫌な予感がする。背筋に冷や汗がわく。きっとやべぇぞこれ。マジで帰った方が良い。


「白銀カルーネのときもちょっと嫌な予感はしたけど、この感覚は間違いなくそれ以上だ。ワンチャン死ぬ」


 脳内に沸いたのは強烈な光のイメージ。何もかもを飲み込み包む、浄化の光。

 俺の案を聞いたイーラは数秒ほど西を見つめると、


「そ。ならさっさと帰りましょ」


 即座に撤退を宣言した。こないだは結構好戦的だった気もするが……。少し意外に思っていると判断の理由を話してきた。


「第4レクサス第2階層、雹岩の深峰。数多くの冒険者が行方不明になり、死体が見つかることもたまにある階層。ギルドでは迷いやすい地形や食料の傷みが早い霧という環境が準備を怠った冒険者を殺すんだって言われてるけど……私に言わせてみればナンセンスね」

「というと?」

「未発見領域もある迷宮内で常識は通用しないってことよ。ここはね、地形把握系のスキルや魔法、ギフト。ほぼあらゆる異能が機能しないの」


 あんたの直感とかそういうのは一部の例外だから。と一言付け加えるイーラ。


「迷宮の第2階層にしては異常よ。きっと何かあると思ってた。だからあんたの直感を信用したわけ。まぁ、私の指導をした冒険者の受け売りもなくはないけどね」


 ……やっぱすげぇなイーラ。かなりの頭脳派のように見える。こいつと組んでて良かった。既に採取も終わってて、小遣い稼ぎに追加で採掘してた状態だし、高速で帰ろう。すぐ帰ろう。


 ……ん? 嫌な予感が消し飛んだような。気のせいか。










 第4レクサス2階層。高度1800mを飛来する漂流巨岩。その最深部。


「贄だ。贄が必要なのだ。愚かな神々を、醜悪な民衆を、我が物顔で世を歩く生命共を尊き”光”の贄としなければならぬ」

「ああ……我が”光”よ。この混じりものの世界をどうか浄化してください」

「すべてを無に。すべてを光に。あまねくを浄化し、この世を何者にも犯されぬ無謬の世界に、どうか……」


 祈りが終わる。虹色の宮殿。七色に光を反射し、輝く”光”を祀る祭壇にて、小汚い格好をした男が立ち上がる。

 その後ろには数百を越える信徒たち。男は司教だった。男は自ら光を放つ瞳を信徒たちに向け、宣誓する。


「楔だ。楔を破壊しなければならぬ。地上、迷宮都市エレアにある7つの楔。我らが”光”の輝きを曇らせ、至高の光輝を奪うための卑賤な封印を担う楔を、我らは此度、破壊する」


 一人の信徒が言葉を投げかける。


「では……! ついに行うのですね? 光輝聖祭を!」

「ああ。ようやくだ。ようやく我らは……ッ、なんだ? すさまじい魔力がこちらに急接近している。これは、まさか……まさかもう来たのか!? いやあまりにも早すぎるぞ!? やはり貴様なのかッ! 我らが”光”の解放のもっとも大きな障害は”黄金”、キサマ____!!!!!」


 気づけば男の視界を埋め尽くす黄金の光。三日月状に飛ばされた光の斬撃は顕光教団4番レクサス第2支部、”光輝の飛翔”を一撃で消し飛ばした。こうして迷宮都市エレアの安寧は保たれている。










「大体この辺りかなぁ~……ほいっと」

『私が言っちゃなんだけど、ディーも大分適当だと思うなぁ』

「お、当たった。ノルマはこのくらいにしようかな。そうだ。フォンも久しぶりにご飯を食べよう。おいしいかれえのお店ができたようだし、好きなんだろう?」

『! うんっ!』


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