第23話 龍と月。
連日、依頼祭り。次の依頼は昨日の激ウマ海産物シリーズに俺たちが感化されたこともあり、装備を整えて第8レクサス1階層に出向くことになった。
依頼内容はクウの生け捕り(15匹)らしい。クウってなんぞ……? と思いつつも、俺は大人しくイーラの指示する装備を買い漁っていた。ちなみにここは伏せ森がある通りの釣具店である。
「えーっと、釣竿に適当なエサに……あとは何か必要だったかしら。あたしも2、3ヶ月前に少し受けたくらいだから少し曖昧なのよね」
大丈夫かこいつ。薄く口角を上げながら手に持った赤い釣竿をぶらぶらさせるイーラを見ていると少し不安になってきた。
絶対魚釣りだろ。道中に説明するとか言ってたけど親父と一緒に釣りを嗜んでいた俺は多少ならわかるんだぜ。
「行くのは砂浜か?」
「お、よくわかってるじゃない。多少は下調べしているようね」
「なら砂浜に突き刺して釣竿を固定するピック、あと釣った魚を入れておくバケツ、桶も必要になるんじゃないか。麻袋で運ベば間違いなく生け捕り失敗だぞ。ぜってー中の魚が死ぬ」
俺の返答を聞き、イーラは思ったよりこいつ知ってるな……と聞こえてきそうなほど意外な表情をした。
「流石寒村育ちね。こと釣りに限っては教えてもらうことも多いかしら。でも冒険者としてはあと一歩ってところね」
「ほう」
なんか足りなかったか。撒き餌、包丁、待つときの椅子……とかかな。あ、地球釣りしたときの糸切りバサミと替えの糸も必要か?
「あたしの付けてるこのバッグは空間拡張と温度補正の魔法が付与されてる貸し出し品なワケ。そこそこの防護魔法も掛かってて依頼受理から1日経てば勝手に持ち主の元までテレポートする盗難機能まで付いてる優れモノなのよ」
いつもは身に付けていない黒い革のバッグを指でパンッと弾くイーラ。なるほどな? 昨日の雹岩の採取と同じく貸し出し品ってわけね。
というか時間経ったらテレポートする機能とか現代日本より優れてるじゃねぇか。えぐ。
「さて、大体の準備は終わったし……そろそろ行くわよ、塩深の海辺!」
お、おおー!
▽
「……ッ! ようやくよ! ようやっく……ふんゥッ! キターッ!!!」
「俺はお前の魚運の無さにビックリしてるよ」
キラキラと光輝く砂の波模様を尻目に、俺は普段の冷静沈着とは程遠いイーラの姿を眺めていた。
どこから流れ着いたのかも知れぬ流木にもたれ掛かり、頬杖をつく。
第8レクサス1階層、塩深の海辺。日の出と共に砂浜に塩が湧き出で、夕陽と共に塩が海へと還っていく特徴があるらしい。
照りつける灼熱の太陽、肌をくすぐる海風の涼しさ、気が付けば聞こえる見知らぬ鳥の鳴き声。心做しか風鈴の音まで聞こえてくる。
ちりん、ちりん。夏の風物詩だ。
海だ。紛うことなきビックオーシャン。ここも未到達領域があるらしいが、あまり気にされていないらしい。迷宮内の海を渡るなんてマーメイドくらいしかできないとはイーラの言である。
赤い釣竿を両手で持ち、しなやかなその筋肉を震わせ汗を流す。獰猛な笑みで糸の先を睨みつけ、イーラは全力で魚(?)と戦っていた。
現在。俺たちは3時間ほど釣りを続けており、わたくしめの成果は謎の魚クウが17匹、グァンバというクソブサイクなゴツイ魚を4匹、クウの進化系みたいな赤いクウを3匹を釣り上げた。
イーラ? やつは2時間経っても一匹も釣れなくて、ようやく釣れたと思ったら触手をくねらせた青黒いヒトデを釣り上げてたぜ。
ちなみにそのヒトデは源流魔法の毒魔法と水魔法の混合技を使うらしい。実際に見てはいないよ。ブチギレたイーラに即座に消し炭にされてたからね。
「こんっのぉ……! 身体ごと引っ張られるわね……! ならこうッ! 龍紋励起!」
うわー。この人イライラしすぎて身体強化まで使ってるよ。
あ、またなんか来たかも。
俺の持っている安っちい釣竿から微細な振動が伝わってきた。この食いつき方は……今までとはちょっと違うか?
「ふんぬぅっ! はぁ、はぁ……あんたとの勝負もそろそろ終わりにしてあげるッ!」
不敵な笑みを浮かべ、全身の筋肉をくねらせて遂に勝負を急ぐことにしたようだ。にしてもちゃんと筋肉使ってるな……?
待てよ? 龍紋励起までしてアホみたいに高くなったイーラの身体能力を全力で使っても釣り上げきれない魚だと?
「それ本当に魚なのk」
「出力最大ッ!! だらっしゃぁぁ!!!」
ボゴォォォオンッ!!
イーラの紅い魔力が更に編み込まれ、過去最大級の身体強化が施される。強化された身体能力で持って、イーラは赤い釣竿を背負い投げのように砂浜へと振り下ろした。
突如響く轟音。海面が爆発したように吹き飛び、中心部から巨大な長い魚影のようなものが飛び出した。
飴色に煌めく鱗、溢れ出るオーラ、地を睥睨する爬虫類の飴色の瞳、そして何より頭部から伸びる角。
え、ドラゴンじゃね? 細長い系の。
「……え、ええええええ!!!! 嘘でしょッ!? いやでも、あたしが間違えるわけ……まさか曽祖父の血統……!? 何でぇ!?」
釣り上げた本人が一番びっくりしてた。
『ク、クク、クカカカカカカッ!!!』
釣り上げられた龍はそのまま空中をとぐろを巻くように泳ぎ、口を大きく開いて笑い始めた。口元には鋭利な牙が生えているのが見て取れる。
『よもや、よもやよ! 懐かしき匂いを感じて来てみれば、まさかその血が人間如きに宿っているとはッ! あのドアホウも遂に焼きが回ったと言える。実に愉快だ』
ひとしきり笑ったあと、その龍はイーラを眺め、しげしげと観察し始めた。イーラは多分今まで行動してきた中で一番動揺しており、とりあえず臨戦形態で待ち構えている。
『おい、そこの血を引く娘よ。お前の名はなんだ』
「あ、たしの名前は、イーラ。龍神淵より流れ出る穢れを禊ぐため、旅をしているの」
めちゃくちゃ蚊帳の外なんですけど。神淵、穢れ? 炎龍の血は引いてるけど普通に冒険者してるだけだと思ってた。目的あるんだな。
『ほほう? 龍神淵か。懐かしい言葉を聞いたものだ。未だに我らの長は目覚めぬままらしい』
「……少しでいいの。何か力を貸してくれないかしら。我らが祖を、救える方法はないの?」
暫しの沈黙。真剣な表情で釣竿を持ったまま宙を舞う龍を見つめるイーラ。
『……小娘。
「!」
『塔を登れ。五番目を登り詰めろ。神々の思い通りにさせるのも少し気に食わんが……利害は一致している。人間風情になぜそこまで期待を掛けるのか、甚だ疑問ではあるがな』
龍がその身を動かし、喉を鳴らすと不思議な音が海に響き渡った。不穏な雰囲気がただよいはじめた気がする。
龍はギロりと初めてこちらを見つめる。
『しかし……龍は独りで強くなるものだ。どれ、腑抜けたドアホウの代わりにこの我が躾てやろう。礼は要らんぞ、小娘』
「ま、待って。こいつは人間だけど、でも役に立つのよ! 魔法もあたしより使えるし」
イーラの擁護も虚しく、龍の周りに膨大な蒼い魔力が渦を巻いて集い始めた。太く、強く、硬く、練り上げられた魔力はまるで指向性を持った洪水のようだ。
あ、これもしかしてヤバいやつ? てかこんなデカイドラゴンを赤い釣竿1本でよく釣り上げたな……そんなことを頭の片隅に考えながら、俺はぼーっと目の前の光景を眺めていた。
『ところで、いつまで許可も得ずこの我を見ているのだ? 人間。身の程を弁えよ』
その言葉を皮切りに、荒れ狂う蒼い魔力が爆発。解き放たれた魔力はそのまま空気を切り裂き俺を串刺しにしようと飛んでくる。
ここまで来ても何故か俺に危機感はなかった。ゴブリンとか、荒くれディズのときと同じだ。
俺は、心のどこかでこいつは障害足りえないと薄く確信しているのだ。
遅くなった世界。眼前まで飛んできた蒼い魔力の槍は、触れただけでぶっ飛びそうなほどの過剰な密度の魔力が込められている。
あと少し、あと10cm。あと、
『我が居る、それだけでここは既に龍の領域。人間風情が踏み入る場所ではない』
人間の命なぞ軽々と消し飛ばせる龍の魔力の奔流が俺を包み込み____
『ゆえに、死ね』
ちりん、ちりん。
そして、左手の指輪が銀色に鈍く輝き、海のざわめきと共に鈴の音が響き始めた。
『な、に……? まさか、これは……!』
___ふふふ、ふふふ___
「あー、そういうことか」
龍の前にて不敬を働いた人間を殺すため、飛来した蒼い魔力の奔流は、あろうことか刹那の瞬間、銀色の彫像へと置き変わっていた。
指輪からドライアイスのように銀色の魔力が吹きこぼれていく。
___おおきな、おおきな、とかげさん___
気付けば肩に真っ白な女の子の足が乗っていた。頭に手が添えられ、ゆっくりと足を下ろしていく。
「悪いな、ドラゴンさん。うちにはこわーい精霊さんが居るみたいだ」
肩の前に伸ばされた足を掴み、肩車の姿勢を取ってあげる。
___あなたのおみずはきれいだけれど___
『おのれ人間、キサマァ……ッ! なんてモノを我が領域に連れ込んだのだ!!!』
龍が叫び、鈴の音が鳴り、いつしか太陽は月へと置き換わった。
___こおったほうが、もっときれい___
つめたいつめたい夜の海。晴れ渡った透き通る海の世界に流氷が浮かび、オーロラが宙を駆け、満天の星空にぽっかり浮かぶ銀色の月。
『ッ! 塗り潰される……! 馬鹿な! "銀月"とは言え、力の縛りは同じはず__ッ! そうか、すり抜けたなッ!? 忌々しい精霊モドキめッ!』
銀色が溢れる。
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