第24話 銀月の(仮)契約者 VS 潮海の真龍(弱体化)


『……よかろう。前々から鬱陶しく思っていたところだ。我ら龍にも比肩すると謳われる銀色の怪物、"銀月"。貴様を殺せば少しはここの足しになるだろうよ』


 龍は銀氷の彫像と化した自らの魔力を身動ぎにて粉々に粉砕し、人間の肩に乗る幼児ほどの大きさの"銀月"を睨みつける。



___ふふ、ふふふ、ふふふふふ___



 帝国騎士か、冒険者8等級クラスでもなければ生き延びることすら難しい龍の怒りを前にして、"銀月"は静かに笑う。


 本来の姿からすれば塵芥にも等しい有象無象相手にその力を振るうほどに、"銀月"という存在はテンションが上がっていた。


 薄く力を込めて、"銀月"の足を掴む仮契約者の手の体温を感じ取る。


 やっぱりよわくて、ちいさくて、もろくて、かわいい。


 初めは気まぐれだった。


 忌々しき余所者の仕業。ゆっくりと宙に微睡んでいた"銀月"は突如この世界に打ち落とされ、そして巻き添えを喰らいレクサスに封印された。


 それから数百年。来る日も来る日も白藍の森に訪れる冒険者を眺め続ける退屈な日々。たまに"銀月"の感性に触れる冒険者も居たには居たが、気付けば鼻につく香りを漂わせている始末。


 "銀月"は基本的に上位者の中でもとびきりのんびり屋なのだ。


 そんな"銀月"ですら、思わずちょっかいを掛けるほどに、その人間の魂は眩しく光り輝いていた。


 矮小で下等で短命な生き物のくせに、どうしてここまでアナタはきれいなのかしら。


やっこさんブチギレてるけど、任せていいんだよな」


 身体の下から、仮契約者の声が聞こえる。


 私が全部、守ってあげてもいいけれど……どこか、やっぱりさびしい。かまってほしいな。


___……やっぱりやーめた___


 どこまでも"銀月"は気分屋だった。


「え、ええ……俺も一緒に頑張るから、お前も一緒に戦ってくれよ」


 急にそっぽを向き、頭の上に顔を伏せた"銀月"の耳がピクリと動く。


___いっしょ?___


「おう。いっしょだ。ちっさい子供にまかせて自分はふんぞり返るとか恥ずかしくて死にたくなるわ。あとなんかお前でかくなってね?」


___ふふ、うふふ、あははははは!___


 力の差を把握することすらできない仮契約者の言葉に"銀月"は笑う。


 肩を並べて戦う? 何もしなくても気付けばその命を終えるか弱い人間が?


 無理、無茶、無謀。どう足掻いてもその結末は死以外に有り得ない。生き物の区別が付きにくい"銀月"ですらわかる。


 しかし、どうしてか。"銀月"は吊り上がる口角を抑えることはできなかった。



『忌々しいが、生半可な規模の攻撃では"銀月の魔力"により通じぬだろう』


 今やオーロラが踊る夜の海と化してしまったが、それでもそこには海水がある。


 つらつらと語る龍の周りに、冷たい海水が持ち上がる。


 渦を巻き、円を描き、どんどん海水が集まっていく。水平線が目減りし始めた。


 この世界に龍は数多く存在するが、その中でも概念に干渉できるレベルにまで成長した龍は、数多の龍を超越した称号として"冠龍"と呼ばれる。


 神々と契約し、第8レクサス1階層を住処にしているこの龍は覇海の大古龍の姪にあたる。あと数百年もすれば"冠龍"に至るかもしれない化け物だ。


 全力の龍の息吹はそこら一帯を丸ごと消し飛ばす。ましてや覇海の龍の血筋が司る海水を用いて放つ息吹など、群島程度の一つや二つは岩盤ごと吹き飛ぶ威力である。


 まぁ制約により大幅に弱体化しているが、そのデメリットを海の魔力を徴収し軽減。



『ならばその凍結の限界の、更に上から捻り殺してくれるわッ!!!』



 "銀月"はニコニコと表情を変え、子供のように足をブラブラとさせた。


 それでも"銀月"は気にしない。トカゲの水遊びよりももっと大切なことがあるから。


___じゃあ、いっしょ!___


___わたしのちから、わけてあげる___


___がんばって、きれいなあなた___


 目の前で口元に海水を圧縮し、夜の海を底ごと照らす蒼い光に変えている龍を蚊帳の外に、"銀月"は仮契約者の唇にキスをした。


 銀月の祝福。きっと、本来の意味はそのままである。


「えっ、ちょ」


 きょとんとしている愛しい仮契約者を置いて、"銀月"は再び世界に溶けた。








 いや、死にますよ???


 多分こいつが何とかしてくれるやろ。でも見た目子供に任せるのもなぁ……うーん。と調子に乗っていたら頼みの綱がキスして消えてった。うせやろ。


 目の前に龍の顎に映るのはまるで臨界寸前のレーザービーム。荒れ狂う魔力の渦だ。生物が扱える魔力の規模じゃないだろこれ。


 あの龍を中心に半径数百mに渡って魔力が溢れかえっているのだ。これが龍か、なるほど。


 とりあえず精霊さん帰ってきて???


 心の中でSOSを全力で叫んでも現状は変わらない。そして多分このビームは遅くなった世界ですら視認できないほどの弾速。放たれてしまえば即死。


 終わったか? いや、きっとまだだ。俺の薄い確信は強固な現実へと姿を変えている。


 氷の魔力を顕現させるが、現れたのは銀色の魔力。OK。相変わらず操作はクソムズイが、1回できればあとは動かせる。自転車みてーなもんだ。


 その異常に強い凍結の性質や、膨大な魔力によって"銀月の精霊"はクソ強い。しかしその魔力操作はガバガバである。


 きっと"銀月"に魔力を精密に操作する必要性はなかったんだろう。だからこそクソガバエイムを膨大な魔力量の放出で誤魔化している。


 だが今のこの俺は違うんだぜェ! 精霊さんを魔力タンクとした上で自由に使える膨大な銀色の魔力。そいつを使って、このビームをどうにかする。



「龍紋……いや。"銀紋、刻印"」


 慎重に銀月の魔力を動かす。


 俺の身体に刻まれるのはイーラの龍紋をパクった魔法。しかし使用する魔力は"銀月"仕様である。


「しゃ、さむぅッ!!!!???」


 その効果は色々な意味で絶大だった。身体の芯から熱が急速に奪われていくのを感じる。


 さむい、さむすぎる。毎日コールドシャワーを浴びてた俺でなきゃこんなん1秒も持たないぜ多分。


 しかし恩恵もまた絶大だ。


 視界が開ける。

 魔力の動きがより繊細に感じ取れる。

 龍の息遣いや波の音、砂のひと粒一粒が風に吹かれて飛ぶ音が聞き分けられる。


 世界の全てが明瞭になった。


 あ。俺の髪の毛……白銀色になってる。もしかして目の色も変わってたりするのかしら。クッッッッソ寒いけどその変化は厨二心に突き刺さる。いいぞもっとやれ。


 あ、そうだ。イーラ……が居ない? なんで? 強化された感覚ですら痕跡ひとつ捉えられない。龍の領域と言ったか、あれはマジで異空間に引きずり込む的な効果があんのか?


『地平線ごと、消えてなくなるがいいッ!!!』


 圧縮し、そしてついに放たれた蒼き龍の息吹。音の壁すら優にぶち壊すその速度は、現代日本においてマッハ5と称されるほどのスピードだった。


 銀紋刻印により爆発的に高まった全ての身体機能。その状態での停まった世界。しかしそれらを併用してもこのビームは避けられないだろう。


 だが、避ける必要もない。勘だがあのビームに空間魔法に対する有効な対策は施されていない。龍はまどろっこしい真似はしないだろう? 偏見だけど違ったら死ぬ。この歳で命を掛けたギャンブルをすることになるとはな。


 俺はビームが放たれる直前に、溢れ出る銀月の魔力を前方に展開していた。


 FPSゲームでよー。飛び出しが速すぎて反応できない敵にどう対処するかわかるか、ドラゴンさん。


「"月潜り"、多重起動」


 迫り来る蒼い閃光。しかしそれは俺の元まで届かなかった。代わりにぶつかったのは、展開された8つの輝く銀色の渦。渦が蒼き極光を残らず平らげる。


 答えは簡単。決め打ちだ。


 空抜きを銀月の魔力によって発動させただけだが気分を上げるため名前をチェンジ。しかし実際効果は少し変化しているようだ。

 

 出口の設定は龍を全方位から極力囲むように8つ。ちなみに銀月の魔力の操作がムズすぎて8つしか展開できなかった。


 キラキラと輝く8つの銀色の渦から、視認すら難しい速度で銀氷の柱が射出される。バンッと空気の壁が破られる音が夜の海に反響した。


『ぐふゥッ!? ヌ、ヌォォァッ!!!??』


 龍の後方上部に設置した、8つのうち1つの月潜り。そこから飛び出た銀氷にぶち落とされ、龍は砂浜に縫い付けになった。残った銀氷は恐ろしい速度で砂浜や海を爆散させながら突き刺さり、全てを氷漬けにしていく。


 2、3本しかマトモに入らなかったな。これなら全部纏めて同じ方向から射出すれば推し潰せたか? しかも上手いこと砂がクッションになってちゃんと胴体に氷柱が突き刺さっていないし。


『ハァッ、ハァ……何故! 何故人間風情にエルフの秘文字が扱えるというのだッ! 貴様は一体、何者だッ!』


 馬鹿げたスピードで砂浜に打ち落とされたクレーターの中の龍を上から眺める。


「……イーラの弟子の、成長チート冒険者だ」


 暫しの睨み合い。


『……ッハ、弟子だと? ……フンッ。そうか、理解した。我は勘違いをしていたらしい。ドアホウの娘の割に、そこそこ宝を見つける才はあるようだな』


 集う蒼い魔力が徐々に霧散していく。


 お……? 戦闘フェーズ終了か? クソ寒いからさっさと銀紋を解きたいんだが。


『よかろう、人間。貴様は強者であり、誇り高き龍の血族に寄生する下郎ではないようだ。あの娘の為に励めよ』


「ああ。できるだけ頑張らせてもらう。イーラが心配なんだが、帰らせてもらっていいか?」


 何をどう励むのか知らないけどね! 今のところ俺がイーラの手伝いをするんじゃなくて、イーラが俺の育成をしてる感じだからなぁ。


 戦闘能力だけ向上していっている気がする。


『あの小娘は領域の外だ。幼き同族を殺すほど我も無慈悲ではない。全くどうして"銀月"の匂いは鼻につく。我も深海へ帰るとしよう。精々手綱は握ることだな、人間。其れは貴様が思うよりも桁が外れた存在だ』


「肝に銘じておく」


 突き刺さったはずの銀氷は飴色の鱗に阻まれていたようだ。ブルりと身体を震わせると粉々に銀氷が砕け散り、そのまま龍は海へと入っていった。


 耐久性能異常だろ龍。あの極太銀氷は音速越えてんだぞ。意識外から直撃して何で無傷なんだ。


___ふふ、たのしい、たのしい___


 鈴の音が鳴る。


「ああ、お前も助けてくれてありがとう。本当に助かった」


___とかげはころさなくていいの?___


「物騒なやつだな……別にいいんだ。人には人の、龍には龍なりのルールがある。俺はそれを乗り越えたはずだ」


___ふーん。ま、いっか___


___いまのあなた、とてもきれい___


___ずっと、そのままでいてね___



 鈴の気配が消える。


「……こわー」


 銀紋を解く。髪の毛の色は、白銀色のままのようだ。


 勝手にヘアカラーチェンジすんのやめてくんねぇかなぁ。ワンチャンカラコンまでされてる可能性あるのが怖い。


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