閑話 ■才、壊■た■■で■■れる。



 正豊高校3年A組、出席番号6番、大空大樹。これと言って特筆すべき能力はないが、かと言って何もないというわけでもない。


 人並みに勉強はできるし、人並みに運動もできる。コミュニケーションも過不足なくでき、そのお節介な善人基質からそこそこ親しまれてもいる。


 だが、それだけ。特別な才能はないし、運の良さもない。平均か、それより少しだけ上程度の、この世界のどこにでも居るただの凡才。


 俺の客観的自己分析はきっとこんなもんだろうな。


「おにーちゃーん! ねーこれみてよ! すっごくない!?」

「ねー! これ本当かなぁ! 見に行こうよ!」


 日曜の朝から自宅のソファで寝転がり、目に刺さる鬱陶しい光に目を細めていると、2階から2個下の妹たちがドタバタと降りてきた。


 俺とは違う、特別を生まれ持った双子の妹たち。艶やかな黒髪、豊満なプロポーション、そして嫌に目を引くその美貌。


 小さい方が夏鈴。大きい方が光希だ。


 もちろん家族ではあるが、あまりにも酷い顔面格差にワンチャン俺って赤子の頃に拾われてきたんじゃね? と少し両親を疑っているのは内緒である。もしそうだったとしても、家族であることには変わりないしな。


 妹たちが手に持ったスマホを、寝転がる俺の目の前に突き出してくる。なになに……?


『緊急速報です! 現在、世界各地にて、謎の新生物が突如として虚空から出現しているとの情報が入りました! 今、私が居る東京都世田谷区にもその新生物が現れており、それがこちらとなります!』


 スマホの中に映る女性が示す方向には、人の群れの中からぽっかりと誰も居ない空間が広がっていた。


 誰もが立ち止まってスマホを手に取り、を撮影している。


 なんだ……これ。


 見えたのは黄色の甲殻。3メートル程の体長を誇るカブトムシのような昆虫が、人間を警戒するようにぐるりと回転している。


 新種のカブトムシか? いや、それにしてデカすぎる。


 いやーな予感がする。アニメか、漫画か、小説か。どっかで見たような展開。いや、きっとフィクションだ。現実であるわけがない。


「本当だったらマジやばくない?」

「それなー!? 最近アニメでやってたアポカリプスモノが現実にな__え?」


 光希と夏鈴が会話しているが、その言葉も途中で途切れる。なんだ? 俺はこの新生物を見るのに忙し____


 パリィィィンッ!!!


 甲高い轟音が、俺の真後ろから鳴り響く。後ろから弾け飛んだガラスの破片が四方八方に飛び散り、家の中を傷だらけにしていく。


 俺は即座に妹たちの安全を確認するが……俺に動画を見せるためにしゃがんでいたため、ソファの影に上手いこと隠れていたようだ。


 怯えた様子ではあるが、目立った外傷はない。よかった。


 安心したい気持ちも山々だが、そんなことをしている暇は多分ない。厨二病の妹たちに話を合わせ、日頃妄想を重ねていた俺は作戦を指示する。


「おいてめぇらッ! 何が起こったのかわかんねーけどプランCだ馬鹿ども! さっさと逃げるぞ__ッ!?」


 叫ぶと同時に妹たちを立たせ、玄関へと移動させる。そのうちに俺は後ろで何が起こったのか確認し、クレーターのように凹んだ庭に佇むそのヒトガタに絶句した。


 暗黒の瞳。煙のように溶けた下半身。うねうねとしている右腕の先には鋭利な白い金属が光っており、左腕には3本の手が手首の先から生えている。


 何なんだよこの気持ちわりぃキメラはッ!?


 それらの特徴を退けて、俺が1番気を引かれたのは、その顔だ。


 笑っている。ニタニタと、裂けた口で。


 そいつは光を映さぬ瞳でこちらを見つめ、嘲笑していた。


 背筋を走る膨大な怖気。これは、きっとダメなやつだ。人を殺すことを目的とした、原始的な悪意。


 脳裏に過ぎった死の予感。


 はやく、妹たちを逃がさなくては……才あるものを、価値あるものを先に。



 あ、でも。これ妹逃がしたら俺って、死ぬんじゃ___


「おにいちゃん!? はやくいっしょににげ」

「行けええええッ!!! さっさと行け馬鹿どもッ! 俺は何だかんだ生き残るッ! 決まってんだよこれはよォ! 海んときも川んときも俺ァ生きてたッ! だから行けェッ!!!」


 。俺の命の使い道。それが今まで生きててようやく掴めた気がする。


 ニタニタとそいつが笑っているうちに、散らばったガラスの欠片を拾い集める。なぜだ。なぜ何もしてこない。


 俺の叫びを理解してくれたのか、妹たちが玄関から逃げていく足音が聞こえた。


 あいつらは俺の何百倍も才能に愛されてんだ。アホかって思うほど頭もいいし運動もできる。俺よりも最適な判断ができるはず。おそらく向かったのは近所の自衛隊基地か交番。


 ガラスを粉々に粉砕するパワーを踏まえると、銃火器のある自衛隊の方だな。思考をフル回転させ、俺はこの化け物からどう生き延び、時間を稼ぐのか考える。


 化け物は変わらなかった。必死にガラスを集め、投擲の準備をする俺をニタニタと嗤っている。


 見に覚えがある。その顔、その目つき、その行動。


 俺は普段何となく人助けをしている。腰の弱いおばあちゃんとか、捨てられた犬とか、色々。


 そういうことをしてると、たまーにうじのように湧いてくる奴らがいる。



__なにしてんのw? うけるwww それ何のいみもないじゃん! ばばあに金使うならあたしによこせよ低身長__


__うわ、イケメン気取りかよぶす! きもちわりぃ! 勘違いすんなよカス? 話の通じねえ会話不全が!__


__あ、人生おつかれさまwww君ね、あんま調子乗ってっから、ボコしてほしいんだと。ま、諦めてサンドバッグなってよ__


 心底を人を舐め腐った、悪意に満ちた笑顔。


 そうだ。そうだった。人を貶すやつってぇのは、いつも笑顔でやってきた。


 ニタニタ、ニタニタ。ゆっくりと、歩みを進め、その度俺の顔を覗き込むように首を傾げる化け物。


 ああ、おまえ。俺を本当に嗤ってんだな。ほんとしょうもない。


「は、はは! はははははは! おま、マジかよ! そんだけ大層なツラァしてんのに、やる事が刃物チラつかせてイキリ倒すとかwwww」


 全力で過去、腹の立つ口調を再現する。人間のチンピラの話にはなるが、やつらはメンツをどこまでも気にする。


 馬鹿にされたら馬鹿にし返す。殴られたら殴り返す。何とも愉快でハッピーな思考回路だ。


 俺の言葉に反応したのか、ピタリとその歩みを止める。ニヤけた笑みが凍りついた。


「そこらのチンピラでも同じことしてんぞw? もう少し頭使ったらいいんじゃねぇのwww? はー、笑いすぎて腹痛い。もう帰っていいよ、小物が」


 爆発する殺意。案の定、びっくりするほどストレートに釣れた。


 俺の隣を、風を切る轟音を立てながらやつの両腕が通過する。後ろの壁から音がした。


 化け物は人のクラウチングスタートのように、地面に上半身を近付ける。両腕を家の壁につけ___


 てめぇ、それは人の事ナメすぎだろ。


「……当ててみろよ。雑魚が」


 言葉を放つと同時に地面に全力で伏せると同時に、とんでもない風圧を身体の上から感じた。ビンゴ。爆弾でも起動しているかのような音が次々と聞こえてくる。


 ゴムパッチンなんざ見りゃわかんだわ。こちとら日曜、毎日ワ○ピース欠かさず見てるからなァッ!


 通り過ぎた跡を見ると、隣の家の壁すらぶち抜き、3軒隣のコンビニにまで奴はぶっ飛んでいた。


 暗黒の瞳に赫い光が混じる。激おこプンプン丸ってか? もうそろそろ、俺の死も近そうだ。


 目の前に現れたのは黒い粉__ほぼ俺は脳死でローリングする。


 ザンッ!!!


 頭の上を、鋭利な刃が通過する。家の壁とテレビが両断され、変な音がした。


 テレポートまでできんのか、こいつ。


 虚空より現れたそいつを睨みつける。赫く輝く暗黒の瞳が、俺を射抜く。交錯。


「ガッ!? グッ……カハッ、てめ、それ反則だろ……」


 何故か首元に感触を感じたと思えば、やつの左腕の先が黒いモヤに包まれていた。空中に浮かびながら、下に目線を向けるとそこには1本の手が俺の首を掴んでいる。


 部分テレポート!? そんなんありかよォ! 首根っこを掴まれ、もはや抵抗することは叶わない。


 ああ、これ終わったやつね。


 俺は完全に己の命の生存を諦めた……まぁ、よくできた方だろ。天才なら、ここからどうにかできたのかもしれねぇけど、悪いが俺は凡才だった。


 状況予測と山勘。それだけでここまで生き延びられただけ御の字。


 精々数分も稼いでいないが、うちの妹たちは運動神経も抜群なんだ。自衛隊に今頃着いているはず。


 俺は迫り来る命の終わりに目を瞑り……あ、そうだ。


「カヒュッ、ヒュー……キュッ……カハッ……」


 口が裂けるほど嗤い、ニタニタと俺の顔に口を近づけるそいつ。強く握ったり、弱く握ったり。やつは俺の命で遊ぼうとしている。


 きもちわりぃ。ガチ恋距離はVくらいにしか許されてねぇんだわ。


 最期の抵抗。俺はゆっくりと口を大きく開き、頭から丸かじりしようとするそいつを眺め__ズボンに隠し持っていたガラスの破片をやつの目の奥にぶち込んだ。


「GYAッ! GYAAAAAAAAAッ!!!!!????」

「グビュッ……ヒッ……ヒヒッ……」


 思いもよらぬ獲物の反撃。窮鼠猫を噛む、極まれりだな。思い知ったか、化け物風情が。


 気付けば笑いがこぼれ出ていた。ひ、ひひ。そうだ。俺は本当はこうしてやりたかった。


 人のことを心底舐め腐る馬鹿どもを、ボコボコにしてやりたかったんだ。


 目の奥にガラスをぶち込まれ、俺の首を握りしめながら暴れ回るそいつ。愉快だ、この上なく。酸欠で苦しい思考の中、くつくつと喉の奥を鳴らす。


 怒り狂ったそいつは左腕の残った2本の腕で俺の両腕の肘を掴み


 あ、いや、まて、待て。まってくれ、まっ


「ぎゃぁぁぁぁぁっ!!!!???」


 痛い。痛い痛い痛いいたいいたいたいいいいあああああああしぬしぬしぬしぬッ___!、!!!!あ


 潰された両腕。莫大な痛みと熱が俺の思考を占領する。ぼとりと落ちた両腕の音すら、今の俺には聞こえなかった。


 眼球を刻まれた化け物。両腕を潰された俺。どちらの悲鳴か、どっちもか。絶叫する声が、気付けば赫く染まった空に響き渡る。


 正しく世界の終わり。壊れ始めた世界の現実。


 ころしてくれ。はやく! 俺の気が、狂う前に!



 ああ、でも。やつの悲鳴は、心底胸がすく思いで____脳裏に過ぎったのは家族の姿。



 無造作に溢れ出る記憶、その中のひとつ。


 己の命を顧みる。



__おにーちゃんは将来何になりたいの?__


__ばか、おにーちゃんはずっとにーとでしょ!__


__はっは、愚かな娘たちよ。そんなことお父さん許しません!__


__私はそれでもいいけどね……大樹。天国のおばあちゃんにも、教えてあげて?__



 とある川辺の景色。おばあちゃんの住んでいるところは、深い山奥にあった。清涼な川のせせらぎ、森のこだま、虹がかかる森。子供の頃の俺は散歩が好きだった。


 おばあちゃんが息を引き取ったあとは、生前愛していたあの川で、みんなでおばあちゃんを送るバーベキューをしたんだったっけ。



__わかんないよ、そーゆーの。おれってみんなみたいにあたまよくないしさー? うんどーもあんまだし。おれにできることなんてねーよ__



 再び浮かんだ光景は床の間。バーベキューの前日。おばあちゃんが亡くなる直前の日、俺はたしか、将来の夢を、なりたい自分を聞かれて__そして何も答えられなかったはずだ。



 また場面が元に戻る。


 夏の夜。セミの声が煩わしい森の中。星空を反射するあの川。幼い妹たちが笑顔で話している。



__じゃー、あたしたちがきめてあげる!__


__うーん、おにーちゃん、朝のトクサツ見てるし__


__いつもわたしたちのこと助けてくれるから__


『『おにーちゃんの夢は、ヒーローで!』』



 泡沫の夢が弾け飛ぶ。


 おかげで目が覚めたよ。害獣が。


 今更足掻いたってどうしようもない。腕はなく、残った足で蹴ろうにもやつの下半身は霧状になっている。


 全身が痛い。腕が痛い。ないはずの手が、指が、感触を伝えてずっと痛む。


 でも、だからなんなんだ? 一歩先へ。更に向こうへ。


 気絶しそうになりながらも、涙が滲んだ目で未だに暴れるやつを睨む。


 俺を信じる妹たちが居るはずだ。俺の帰りを待ってるはずだ。


 そうだ。


 俺がなりたかったのは、

 だらだらと惰性のように人助けしてたのは、

 てめぇみてぇな悪役をぶっ飛ばして、人を助けるヒーローになるためだったッ!


 無理やり笑顔を作る。冷静に考えてこいつを殺す手段はない。なら、少しでも妹たちに繋げるッ!


 痛みが落ち着いてきたのか、慣れたのか。動きを止めたそいつの顔に、全力で齧り付く。


 歯が欠けたが、黒い皮膚のようなものを齧りとった。


 またしても予想外の反撃に、やつは俺を全力で投げ捨てる。膨大な速度で、俺は道端に吹き飛びゴロゴロと回転し続けた。


 朦朧とした視界。安定しない鼓動。


 きーん……と静かになった聴覚。


 ここらで、終わりか。マジで俺は死ぬらしい。あー、マジで妹生き残っててくれよ……? ここまでやってすぐ天国で再会したらブチギレるぞ俺。


 転がり続けて、何かにぶつかる。掛かったのは人の影。もはや、正確に視認することもできない。


「おっと……えっ! まだ生きてんのこれ!? すっごー……さてはここらへんの戦闘の痕跡はこの子かな……? お、そうだ。サイコメトリー、発動強度6。……ええええええええ!!!!!???? 逸材でしかないじゃーんッ!! あー決めた! もう決めちゃったもんねー!」


 甲高い声が、深海の底からくぐもって聞こえてくる。あ、いや。俺が底側か。


「……よく頑張ったね、少年。ナイスガッツ。でもそこで眠らせてちゃあ、ここで世界はお終いだ。まだまだ働いてもらうよーん! "深化code:001"、具現化。ちょっと痛いけど……ま! そんな様子じゃ誤差みたいなもんでしょ!」


 ぼやけた視界に、何かの影が覆いかぶさり、俺の胸に何かを差し込んだ。


「……天才だけじゃだめだった。私たちは、持たざる者の執念を本当の意味で理解していなかった……なら、色々試すしかないよねー! あいつは私が片付けておくから、日本は頼んだよ? 新たな希望ホープくん」


「いや、敢えて言うなら……そうだなぁー。キザなあいつじゃないけど、"凡才ヒーロー"ってとこ? じゃ、また会ったらそんときはシクヨロ!」


 天国行ったら、おばあちゃんに最期に、少しでも叶った俺の夢を、伝えなくちゃな。


 薄く考えが飛び回り、そして


 俺の世界は消え失せた。


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