第25話 龍神淵について。




 現在、星華亭。俺の部屋。


「ということがあったわけなんだが……もちろん、色々説明してくれるよなイーラくん」

「……はぁぁぁぁ…………仕方ないわね。あんたのその頭もほぼあたしのせいみたいなもんだし……」


 渋柿でも食ったかのような顔を作り、諦めたようにイーラはため息を吐いた。視界にチラチラと映る俺の髪色は白銀色になっている。目を手元に移すと、手に持ったきのこのスープの水面に浮かぶ銀色の瞳と目が合った。どうでもいいけどこのきのこのスープマジでうまくてリピートしてる。


 そうですよほんと。白銀ヘアーのイケメンとか誰得……俺得ですね本当にありがとうございました。


「誰にも言うんじゃないわよ……? ほんとに、マジで」

「言いませんとも。ええ、こう見えてわたくしは義理堅く口も硬いことで有名でして……」

「どうしようもなく胡散臭いわね」


 星華亭の良質なベッドの上に寝そべりつつ、イーラはジト目で椅子に座る俺を睨んできた。薄く微笑んで詐欺師感をアップさせる。なんか病室で薄く微笑んでいる薄命系美少年みたいな顔してますけど、結構俺、筋肉あります。


「……はぁ……前も言ったと思うけど、あたしの血は炎龍の魔力を帯びてる。これはあたしの父方の血でね」

「馬鹿耐久ドラゴンが言ってたドアホウとはイーラのお父さんのことだったのか」


 そ。と一言呟き、イーラはうつ伏せに体制を変える。どうでもいいですけどそこの

ベッドで今日俺が寝るんで、あんまり匂いとか残さないで欲しい。寝れなくなるだろう!?


 変な顔をしている俺を他所に、話は続く。


「……でも、あたしに龍の特質は現れなかった。代わりに唯一与えられたのは微かに宿る炎龍の魔力に、残りは薄い皮膚にか細い身体だけ。筋も魔力も感覚もセンスも、どれを取っても龍には劣る。龍はこの世界でも相当の上澄みなワケ」


 ま、人間にしちゃ上出来なんじゃない? とイーラは薄く、透明に笑った気がした。


「気にしてんのはイーラだけなんじゃないのか? あのドラゴンはお前のことを同族として認めていたような気がするけど」

「……うっさいわね……そこがわからないのよ。龍の本質はそこじゃないって故郷では言われたけど、やっぱ孤高の精神とかそういうのなのかしら……? それにしちゃ故郷のバカ共は馴れ合い上等だったけど……」


 確かに不思議な話だ。あのアホ耐久ドラゴンの身体能力はばかげたものだった。少しの身震いだけで銀氷を粉々に破壊する筋力に、音速の数倍で飛来する数十トンはある銀氷、それに直撃しても無傷を誇る圧倒的強度の鱗。身のうちに宿る魔力のみで辺り一面を飲み込む膨大な魔力量。


 そこまでの能力がありながら、龍の本質はスペックじゃないのか。冗談きついぞ。スペックでのゴリ押しだけで大抵の生き物は死ぬのに、更に隠し球があんのかドラゴン。


 きっとその隠し球を使ってこなかった理由は何らかの縛りによるものだ。


 神のまじないがどうだこうだのという言動から察するに、天を衝く巨塔レクサスはこの地の神々により建造されたはず。その中に居る龍……いいね、わくわくしてきた。やはり異世界では神様が実在するんだな?


「あー、話がズレたわね。あたしが冒険者やり始めた理由は故郷と我らの祖を救うためなの」

「言ってたな。龍神淵だったか」

「……あたしも詳しくは知らないけど……いつか、我らがやってきた"穴"。それを囲む険しい渓谷が龍神淵。今は、そこに龍祖アドラ様が眠っている」


 龍祖アドラ。


 その言葉を耳にした瞬間、とてつもなく大きな存在に観察されているような気がした。直感が疼く。


 脳裏に湧いたのは、極彩色の半透明なヘドロに包まれた、真っ白い龍の姿。宝石のように光り輝く紫色の瞳がこちらに向けられている。


 冷や汗が止まらない。うそだろ? 名前聞いただけで感知されるとかスタンドじゃねぇんだぞ。


 突然ピシリと固まった俺に全く反応せず、イーラは続ける。


「でもいつの間にか、その"穴"からは見えない毒が流れ出ていたの。龍の体をすら蝕む、異界の穢れ。"穴"の最も近くに居るアドラ様が初めに蝕まれ、そこから次々に龍神淵に棲う名のある龍たちがその力を大きく落としていった」


 ふぅ、と息を吐いて仰向けになるイーラ。


 俺は最近上位者にばかり遭って、そしてビビらされて何だか腹が立ってきたので口だけ笑いながら無理やりスープを食べている。


 特に何も感じてないすよ、ええ。び、びびってねぇし。あースープうまー。この肉まじ美味……あ、これシイタケもどきだった。動揺がバレる。


「そこでようやくアドラ龍たちは不可視の毒に気付いた。龍って結構時間感覚バカでね。のんきしてたらめちゃくちゃ弱体化してたのよ。この毒を解毒するにも、龍って基本状態異常に掛からないから解毒とか考えたこともないワケ」

「言っちゃなんだが慢心しすぎだろドラゴン」


 でもあのスペックなら慢心しちゃったのも頷ける。


「ええ、本当にそう。あたしのパ__お父さんなんて『俺が血清?とやらになってやる! 救ってみせるぞ我らが祖よォ!』って言って龍神淵に突っ込んで死にかけてるし。いや、これに関してはあたしのお父さんが頭おかしいだけだったか……」


「さすがに面白いぞそれは」


「話を戻すわ。その穢れを龍じゃどうにもできなかった。だからあたしが選抜されたの。半人半龍で見た目もほぼ人間。だったら人間のとこ行って解毒方法探してこいよ〜って感じでね」


 なるほどな……? でもあの龍祖アドラとかいう真っ白ドラゴン思いっきりこっち見てたで今。普通に起きてるのに寝たフリこいてるよ龍祖。


 どういうことなの???


 ……待てよ? 迷宮都市エレアができて600年だったよな確か。ということはあのドラゴンは600年以上はレクサスに居たってことになる。


 それで龍神淵の変化について知ってるってことは……600年前には龍神淵の毒について知ってたってことになる。そうなると最低でも600年、龍祖は毒に浸され続けて、何故か生きてて眠ってもいないってことになるよな。


 ……?????


「龍祖アドラ様って強い?」

「強い。圧倒的に。龍の中でも更に飛び抜けて強い"冠龍"4柱がかりでボコボコにされたらしいわ、昔ね」


 全てを理解した。自前の治癒能力であの気持ち悪いゲーミングヘドロ毒を片っ端からレジストしてんのか。バケモンだろ普通に。


「割と時間に余裕ないんじゃないかと思ったけど、案外猶予はありそうだな」

「まぁね……あたしは牙も翼も持たぬたかが人間風情。身の丈にあった生活してると思うわ。寿命が尽きる前に、何かひとつでも手がかりが見つかればいいなと思ってたけど……これでお役御免かしら? ふふ」


 自嘲気味に薄く笑うイーラ。


 あー。


 さっきから妙な既視感があると思ったら、そういうことか。こいつは昔の俺なんだ。


 才も、力も、頭の良さも、センスも、感性も、身長も、顔の良さも、きっと俺は全てが平均かそれ以下だった。


 だからわかる。自分を憐れみたくなるのも、自分をもっと蔑みたくなるのもわかる。俺の周りには才能があるやつしか居なかった。だから基準がバグっていく。妹は簡単に解けたんだから俺も解けるはず、そう思って何度挫折したことか。


 前世、俺は普通の学校に通っていた。普通に勉強して、普通に点数を取っていた。努力すれば周りにも点数で勝てた。でもそれで満足できなかった。


 なぜなら身近にそいつらを遥かに凌駕する存在が居るから。何をやっても、何に勝っても徒労感が拭えないはず。


 スケールは違うけど、きっとイーラも同じような思いをしてきたはずだ。だからこうしてイーラには心の奥底で卑屈さが眠っている。


「っ……」


 何かを言おうとして、何も言えないことに気付いた。


 結局俺は何もできていないし、何も成し遂げていない。偶然異世界転生しただけで、この才覚も天才性も、全て何の努力もなしに与えられたものだった。


 そんな俺に何が言えるんだ。


「……ま、前のあたしならそういうこと考えてたんでしょうけど……!」

「……?」


 ピシッと指を指される。


「あんたよ。あたしの人生を変えるジョーカーはきっとあんた。あんたと遭ってから精霊とイレギュラーに遭遇して、人攫いをのして、そして地上から姿を消し始めた龍と出会った。まだ1週間も経ってないうちにね」


 仄かに蒼い瞳に光が宿った気がする。イーラの瞳に活力が生まれる。


「これは転機。たまに居るのよ。何か導かれるように出来事と遭遇する、運命に愛された英雄の卵ってやつが」

「いや、さすがに偶然だろ」

「関係ないわ、事実は事実。あたし一人じゃ辿り着けない領域まで、あんたが居ればきっと行ける気がするの。あたしに、出来損ないの龍の勘も捨てたもんじゃないって思わせてもらうわ」


 なんというポジティブ思考。俺にはなかった視点だ。俺の励ましなんてイーラに必要なかった。イーラはきっかけさえあれば、すぐにでも前を向ける心の強さを持っていたみたいだ。


 俺と同じなんて思って悪かったな。俺よりも何十倍もすごいよ、お前は。


 

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