第15話 異世界甘酸っぱ物語り。



「……見つかりづらいから高単価なんだがな? 白蒼の瑞葉38枚、カルーネの森角、それに卵……随分品質が良い。流石は新進気鋭のルーキー共って言ったところか? イーラ」

「品質に関してはあたしが見てやったけど、このバカみたいな量の瑞葉はウェイズが見付けたわ。スラムの乞食にも負けないくらいに貪欲な眼を持ってるわよ、こいつ。あとあたしはもうルーキーじゃないし」

「褒められてるのか、貶されてるのか……どっちかにしてくれ」












 白藍の大森林から採取した3種を冒険者ギルドに置いてきて、報酬を受け取ったのでさっさと星月亭に帰ってきた所存である。


 異世界2日目でとんでもない経験してるな、俺。そう思わずには居られないが、そのとんでもない経験があるからこそ、今隣で赤髪蒼目の美少女が飯を食っているんだろう。


 死ぬ思いすれば性格の良い美少女とも一緒に飯を食える異世界、か。感慨深い。


「くぁ〜っ! ビールが旨いわね! やっぱひと仕事終えたあとはこれに限るわ!」


 晴れ晴れとした表情でビールを片手に飯を貪っている隣のお方。別に好きに飲んでくれと思うのだが、そんな年齢が行っているようには見えない。


「なぁ、イーラっていくつなんだ?」


 多分17とか18……大穴で20とかだと思うのだが。160センチくらいで結構身長あるし、言葉遣いというか頭も良いし。……胸も結構あるしな。学生くらいの年齢だと大きくならないんじゃなかったか? うろ覚えだが。


「……ふっ、あんたもまだまだね。大体の見た目と動き、そして言葉を考えれば年齢なんて丸わかりよ。冒険者ならね」

「18とか?」

「はいざんねーん! ま、冒険者2日目のあんたにはわかんないかー! あはは! 経験積みなさいよ経験〜! そんなんじゃこのイーラ様の影すら踏めないわよ! ふふふふふ」


 ゲロだるいぞこいつ。だるすぎてびっくりした。さてはちょっと酒入ってんな? お酒入るとこうなるんだ……飲まないようにしよ。


 にやついて笑いこけてるバカを放っておいて、俺はグンさんの娘さんが作ったらしいキノコスープを啜る。昨日と違って大味で、具材の切りもざっくばらんだ。だがそれが食感の豊かさを産んでいる。


 いま冒険者してるわ〜! うめぇ〜!


「はー、笑った笑った。あー、あたしの年齢だっけ? 一応周りに聞かれないようにしとくわ。耳貸しなさい」

「わかった」


 頭を右に寄せると、右耳にイーラの手が添えられる。冷えた耳に手の暖かい温度が伝わり……き、きゃ〜! なんかゾクゾクするわぁ!(オカマ)


 ゆっくりと近付き、イーラは


「じゅうご」


 とだけ優しく囁いた。耳に心做しか熱を帯びた吐息が当たり、もう俺の腰はぐねんぐねんに捻りたいと叫んでいる。心臓はもう暴走機関車のようだ。


 だがなぁ! それは俺の沽券に差し障るぅ!

 今世にて天才を舐めるなよ! この程度の刺激を御するなどォ! 赤子の手をひねるよりも楽な作業よォ!


 内なる自分を瞬殺し、涼しい顔をしてやり過ごした俺は衝撃の光景を目撃する。


 イーラは恥ずかしそうに顔をもごもごさせ、テーブルに頭をべちょっと突っ伏しているのだ。なんだこの可愛い生き物。


 テーブルの上のビールのジョッキは気付けば3杯目の4分の1まで減っていた。15歳でビール飲みすぎだろ! 死ぬぞ!? いや異世界人なら大丈夫なのかもしんねーけどさぁ!


 そのまま沈黙したイーラを眺めながら俺は郷愁の思いを胸に秘めていた。


 わかる、わかるぜ。イーラ。お前は今、俺に好意を持ってそういう……ち、ちょっとえっちぃことをしたわけじゃないってことはさ。


 俺にも経験があるからわかる……深夜テンションで大して顔も声も良くないのに、ボイスを録音してセリフを言ってみたりして死んでる時の俺にそっくりだよ。今のお前は。今のお前を表現するなら……自分に酔っているってとこだろう? ふっ……勘違いナルシの先輩として鼻が高いよ。


 あれもしかして俺の方がキモくね????


 思い当たってしまったきもすぎの真実に俺は独りでにダメージを受け、イーラと同じようにテーブルにべとりとへばりつく。


 初めての自爆です。脳裏に降って湧いたこのフレーズが俺を惨めにさせる。


「……ふぅ……そうだ、あんたの年齢を聞いてなかったわね。当ててあげる」

「お、おおー……」


 未だに前世きもすぎ問題に頭を抱えている俺と違って、イーラはすっぱりと復活したようだ。赤みの残った顔でビールをグビっと飲んでいる。酒の力で誤魔化そうとしてませんか?


「ずばり。19くらいでしょ。誤差は……あっても2くらいかしらね」

「あー……」

「ふふ、あたしより頭ひとつ分くらい大きいその背丈。中性的なのにどこかかっ……こいいイケメン顔! 常識が欠けてるだけで頭も割とまともだし……ふん、なんか腹立つわね」


 話してる最中、俺をかっこいいと評するときに言葉がつっかえる様子がイーラらしい。普段から人を褒めることないんだろうなきっと。


 話だけ聞いてると俺も腹立つわ。ただなぁ……違うんだなぁ……!


「……なぁ、なんでイーラは年齢隠してんだ?」


 声を潜めて聞いてみる。これでどう答えるかによって俺の次の行動が変わるぜイーラ。


「舐められるのよ。歳が低いと特にね。歳下のくせにーとか、お前よりも経験を積んでいる俺の判断がーとかね」


 はーまじだりぃわーと伝わってきそうなほどうんざりした顔でイーラは語る。ほうほう、ということは俺も教えない方がいいのか。


「なるほどなー……ちなみにさっきの答えは違うぞ」

「えーっ!? あんた、ほんきで……まぁこんなことに使うほどでもないか……じゃあ幾つなのよ」


 予想を外され、むすっとした顔で聞いてくる。酒が入ると年相応だな。


「耳貸せ」

「はぁ? まぁいいけど」


 寄せられた耳に手を当てる。酔ってる分熱が身体を回りやすいのか、結構耳が暖かい。

 俺はそのまま耳に口を近づけ、


「14だ」


 と囁いた。途端、イーラの身体がピクッと動く。すごい勢いで深呼吸を始めた。


 火照った顔が更に少し赤くなった気がする。5回ほど深呼吸をした後、こちらに勢いよく振り向き、キッと蒼い瞳を歪ませた。


 めっちゃ睨まれてる。すまんて。


「……高級男娼かと思った……それダメだから! 禁止! というか14ってマジで言ってるの?」

「マジだ。ギルドカードにもそう書いてある」


 なんか、女の子で遊ぶイケメンクズ男の気持ちがわかった気がする。すげぇ楽しいわこれ! 流石にドキドキしたでしょ! シチュエーション間違えればイケメンだったとしても即キモイやつENDだろうけどな!


「ふ、ふーん……歳下なんだ……そっか、なるほどねー……? そゆこともあるかー……あたしより下、かぁ……!」


 露骨に挙動不審になるイーラ。小鳥が囀っていると思うくらい小さい声でもごもごと喋っている。だが俺の聴覚は聞き逃さない。


「……あたし自分より歳下で後輩殺しかけたのかぁ……はぁ…………」


 ニヨニヨとしたかと思えばその途端へにょりと力を失い、またしてもテーブルにへばりつく。なんか勝手に鬱入り始めたぞ。


 見てて面白いなこういうタイプ。昨日までの印象は根は善人のクールビューティって感じだったが……こうして共に冒険して、飯を食ってみると案外可愛げがある人だとわかった。人間って面白い。


「あっ、そーだ……明日は休みにするから、すきにしなさい……」

「……街の案内はしてくれないのか?」


 正直何もわからん。銭湯とかないの? 冒険者用の服とかもどこにあるか知らないし、武器はぶっちゃけ宝箱から出たのあるから要らないけど……。雑貨屋も服飾屋も、そうだ本屋とかも知りたいな。


「……ふん、冒険者の醍醐味は知らない街の探検よ。あたしもそうしてお気に入りの店とか、穴場の魔法店とか見付けたんだし。そういう自分に必要なものを嗅ぎ分ける嗅覚を養いなさい」

「そうか、わかった。誘って悪いな」

「別にあんたと街歩きするのが嫌ってわけじゃないわ。今度、あんたが見つけた店に連れてきなさいよ。評価してあげるから」


 そうか、確かにそうだな。知らないところを歩くのはワクワクする。全部知ってから行くのも悪くないが、そんなのは前世で腐るほどやってきた。異世界と言えば未知! 知らない世界を開拓してやるぜ。


「金はあるでしょ? 今日の報酬で10万コルは稼いだし、昨日の見世物でも稼いでたしね」

「ああ! 今から楽しみになってきた」


 日本人としてはかなり湯船に浸かりたい。2日目にしてちょっと汗っぽい感じがするしな。……2日間も身体を水を含んだ布で拭くだけの生活なのに、ちょっと汗っぽいで済んでるのがおかしいが。


 異世界ボディーは汗も出づらいらしい。


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