第16話 __ま、いっか。みのがしてあげる__


 

 迷宮都市エレア第1番街4区。レクサスに通う冒険者たちが必要とする日用品や雑貨を売る店、変わり種は靴磨き屋などがある区画らしい。


 道中、色んな種族の人が買い物をしている姿を目撃できた。トカゲみたいな人にトラっぽい獣人とか、鳥の羽が生えた女性、子供にしか見えない青年など、多くの人種がひしめき合っている。あの羽触らせてくれないかな。


 俺は目的地へと足を進めた。すると伏せ森の看板が見えてくる。絶体絶命の窮地を救ってくれた逆転の魔法を覚えた地である。



「るんるんるん、るるるんる〜ん! "ヘイル"風よ! "マグ"水よ! "ディム"火よ!」



 朝日が昇り、その光を燦々と降り注いでいる街道。外壁に絡み付いた植物が青々と茂り、その葉に載せた水滴がキラリと光を反射する。花たちも心做しか気分が良さそうだ。


 そのお洒落な店の前に、誰が見てもご機嫌なエルフがリズム良く歌を歌っていた。どこかの民族の歌のようにも思える歌詞は、しかし魔力を動かし操る魔法の詠唱だった。


 ヘイル。そう唱えられると、どこからともなく風が吹き、店の前を舞うほこりや草や小石などを一掃する。


 マグ。綺麗になった石畳の表面を流れる水が洗い流す。


 ディム。水に濡れ、灰色が強くなった石畳を極小の火が炙り、水を蒸発させる。


 この間僅か3秒にも満たず。恐ろしい早業だ。魔力の動きも見たし、象った形も覚えたから多分俺もできる。しかしマジックスペルが出ていない魔法か。エルフの魔法はてっきりマジックスペルを使うものだと思っていたが……。



「おはようございます!」

「おやぁ? 荒くれの冒険者御用達の街道にそんな礼儀正しい人が居るだなんて……私感激ですっ! おはようございまー!……あ……」


 とりあえず挨拶を飛ばすと、そのエルフはワンドをそのまま弄りながらこちらへ振り向いた。その動きは俺を視認した瞬間停止し、開けっ放しにされた口が何とも間抜けに見える。


「あ、ああああなたは! 師匠に求婚されたゲロイケメン! 待ってたんですよ! あ、いえ実はそこまでですけど……魔法の天才たる私のアイデンティティが崩壊しますし……なんなら二度と来なくてもいいかなー……みたいな?」


 突如ゲロイケメンとかいう褒めてるのか貶してるのかよくわからないセリフを吐いたあと、小声で俺に来て欲しくなかった旨を呟くネイル。えへへ、と愛想笑いを浮かべている。舐めてるだろこのエルフ。


「……もう帰った方がいいですか?」

「それがそういうわけにも行かず、にっちもさっちも行かずじまい……なんちゃって」


 クソおもんない冗句を飛ばしてくるエルフ。……もう帰ろうかな? 割と本気で帰る算段を考え、次に探索しに行く道を脳内で検索する。


「あはは……冗談ですよ? ほんとに帰ろうとしないでくださいね? フリでもなんでもないですから。さ、とりあえず中へどうぞ」

「あ、はい」


 大人しく誘導に従い伏せ森の中へ入室する。2日前に来た時と変わらない風景が広がる。ぼったくりポーションの値札も変わってな……いや変わってるわ。値段高くなってるわ。絶対この失礼エルフの仕業だろ。


「ここでお茶でも飲んで待っててください。確かお金ない人ですよね? もう人間が作るお茶の葉なんて不味すぎて飲めないレベルに美味しいお茶をいれてあげますねー!」


 ニコニコと微笑み、ネイルはつま先で床をトンッと叩く。すると俺の目の前の床から小さい樹木が生え始め、椅子の形を象った。


 当然のように完全無詠唱だ。というか今のは魔法なのか?


 とてとてと店の奥に走っていき、数秒も経たないうちに湯気を出しているコップをこちらに持ってきた。くそ早いなお茶入れるの。


 美味しいお茶って摘み方や入れ方、蒸し方とか色々条件あるんじゃなかったっけ。疑問を抱かずには居られないが、せっかく出してくれたお茶なので大人しく飲むことにする。


 ズルッ……!


「……美味い……!」


 凄まじく香ばしいお茶の香りに、緩い苦み。しかし嫌な感じは全くせず、身体全体が喜んでいるような感覚に満たされる。旨み成分の塊のようなお茶だ。


 いや、感覚ってだけじゃない。ほんとに身体に良いぞこのお茶。魔力を生成する丹田が明らかに調子を良くしている。


 ししょ〜! と声を出し店の奥へと再び戻っていくネイル。新緑のポニーテールのサラサラと揺れる様子が俺のフェチを擽る。


 髪の毛綺麗な女の子っていいよね……。思わずうんうんとお茶を啜り、頷いてしまう。


「むふふ〜、そうだろうそうだろう? 僕も好きなんだ〜そのお茶。僕の故郷から持ってきたもので、すこーし手を加えてるけどほぼ原種なんだよ〜?」

「へぇ〜、そうなんですね……!?」


 気が付けば隣に座っている誰か。ほんのりと何かの花の匂いが漂ってくる。


 俺の隣に湧いて出たこいつはたしか、ヘリエルと言ったはずだが……精霊と言いこのエルフと言い、俺の知覚をすり抜けて突然出現するのホントやめて欲しい。


 隣を向くと、優しく微笑みこちらを見ているヘリエルが視界に映る。


 翡翠と黄金の虹彩、神秘の瞳。初めて見た時も思ったが、やはり恐ろしくも美しい。


 しかし更に、何も圧力などかけられていないはずなのに、どこか圧倒される感覚すら覚える。生き物じゃない、自然そのものを相手にしている気分だ。こんなに圧力あったかこの人。


 俺は同じようなモノと既に対峙している。


 昨日の銀色の精霊。あの瞳と同じだ。何者も脅威足りえないと薄く確信する、超越者の瞳。


 2度も通じてたまるか、変な賛美歌みたいの脳みそに浮かべやがって。絶対あのシルバープリティーガール精霊じゃないだろ。眼を見た瞬間、変なミームが脳内に飛んできたぞ。精霊で済んでいいレベルの存在じゃない。


「……君、もしかしてそれって〜……やっぱり森の民の瞳だ……! エルフや大樹に生きるものしか持ちえない瞳をどうして君が〜? い、いやそんな場合じゃない。こ、怖くはない? 大丈夫? その瞳を持っているとちょーっとだけを見つめちゃうから……」

「あ、いや全然大丈夫。昨日も似たようなのと遭遇したし」


 ヘリエルはその瞳を丸くし、顔をこちらに寄せて俺の瞳を覗き込む。そのまま急いで離れたと思ったら、突然怖がってないか聞かれた。


 前例もあるのでそこまでビビっちゃいないことを伝える。


「……へぇ……? ほんとかな〜……クンクン……はわ、ふへぇ!? この匂い……うそだ〜! 銀の月の匂い! 三千年前くらいに宙から堕ちてきた化け物がどうして〜……?」


 思ったよりスケールがデカイ……! 何なの? あの精霊もどき。というか三千年前か生きてるの? このエルフ。


 不味い、ツッコミ役のネイルが不在なんだよこの空間! どこまで聞いていいのかわかんねぇよ!


「ん〜、でも……なんか、薄いし弱いね〜……? 銀月とはどこで会ったの〜?」

「なんかよくわかんないすけど、第4レクサスの3階層で遭遇しました」


 緩んだ顔に少し緊張が入ったヘリエルの質問に速やかに答える。


「……なるほどね〜、流石の銀色もか〜……なんと言うか、ご愁傷さま? だね〜」


 あからさまにホッとした顔をしている。一体何があって何を確認したのか……。異世界3日目の俺が踏み入って良い領域ではなさそうだ。


 ちょうど店の奥にヘリエルが居ないことに気付いたのか、ネイルが戻ってくる。


「すみませ〜ん! どうやら師匠、お出かけしちゃったみたいで……って居るじゃないですか! 言ってくださいよ! もう!」

「ごめんよ〜? 待ちきれなくてさ〜! ほら! 見てこの子〜! また魂が綺麗になってるんだよ〜? こんなの見ちゃったら神様も首ったけだよ〜!」

「あはは、そうですね〜。すみません師匠が……。師匠は会って満足したみたいなのでもう帰って頂いて結構ですよ! あ、あとマジックスペルは注ぎ方を大きく失敗すると爆発するので、くれぐれも使わないようにしてくださいね!」


 師匠をなんだと思ってるんだこのエルフ。ちょっとは尊敬とか、気遣うもんじゃないの師匠と弟子の関係って。


 そんなことを考えていたら俺はそそくさと背を押され伏せ森の外へ追い出された。商売する気あるのかしらこのお店。色々不満はある。特に俺と仮契約と言っていた銀色の精霊もどきのこととか気になって仕方がないが……まぁ、追い出されてしまってはどうしようもない。


 大人しく観光してくるとしよう。イーラに紹介するために穴場スポットやら美味しいお店をたくさん見つけなくては。


 あ、森瞳とかいうギフトの詳細も聞けなかったな……まぁ今度聞けばいいか。


 クソ失礼なエルフに強キャラぽんこつエルフよ、さらば。



 俺は雑踏に紛れ、直感に反応する店を探すだけの機械となった。

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