第17話 微妙に使えない魔道具屋。



「よよよ、よしてください! これは唯一私に遺された最期の魔導書なんですぅぅ! こ、これがなくなってしまったら、私はもうっ!」

「……そんなこと聞いちゃったら、もう逃がす訳にはいかないなぁ! ふひ、見た目からして第4はカタい……中身はゴミで外見だけだったとしても装飾は間違いなく1級品。今夜は、アハ! みんなでパーティーの時間かなァ!?」

「ひ、ひぇぇぇ! だ、誰か助けてくださ〜い!」


 路地裏から響く騒動の声。妙に緊張感が抜けるやり取りが面白いものはないかと路地裏を駆け回る俺に聞こえてきた。


 面白い展開あるじゃん。


 そろりと声の方向に近付き、何事が起きているのか確認する。


 目に映ったのはとんがり帽子の少女と、少女の持つ本を奪おうとしている軽薄そうな顔をした金髪の青年だった。


「アハハ! そろそろ疲れてきたんじゃないのォ!? 手放しちゃいなよ! 魔導書! 逃げちゃいなよ! 僕からさァ!」

「むむむむむりですぅぅぅ!」


 彼らは魔導書と呼ばれている本の掴んで引っ張り合いをしていた。見たところちょっとだけ青年の方が優勢な様だが……ちょっとだけだ。


 綱引きか貴様ら。体格的にも筋力的にもそんな引っ張り合いが成立するようには到底見えない。


 もしかしてあの小柄な少女がとんでもない筋力を持っているのか……?


「いっ、いいんですか? そんなに私に近づいて」


 引っ張り合いを制するため、少女は次の賭けに出るようだ。汗を浮かばせた顔は引き攣りながらも不敵な笑みを浮かべている。


「なんだい? この僕に脅しは通用しないよ」

「え、えええ!? やめときますぅ!」

「ハッハッハ! 全てを先読みする僕ッ! そんな僕にこそ、その魔導書は相応しい!」


 コントなのか……???


 女の子の方は必死そうな顔をしているので、一応助けに入る。


「こんなところで何してるんだ」

「あ! 助けてくださいぃ! この変な人が私の魔導書を盗もうとして……って、あれ?」

「金髪なら俺が近付いた瞬間、風のように逃げていったぞ」


 俺を視認した矢先、金髪は素早く周囲の状況を確認し、退路に駆け込んだ。恐ろしく早い撤退。俺でなきゃ見逃しちゃうね。


 あんなに速く走れるんだったらひったくればいいのに。なんで引っ張り合いなんかしてるんだ。多分馬鹿なんだろうな、きっと。


「そうみたいですね……ふぅ……良かったぁ。これで故郷のみんなに顔向けできる……! あの、ありがとうございました!」

「気にしなくていい。きっと君も俺と同じ迷宮都市の新参者だろう?」


 バカ正直に俺に感謝をし、周りに何も注意を払わない高級な魔導書を持つ少女。どっからどう見てもお上りさんだ。異世界一日目の俺のような、圧倒的な弛緩した雰囲気。


 俺が迷宮都市と告げた辺りで少女はきょとんとした表情になる。


「めいきゅうとし……ですか?」

「迷宮都市エレア。あそこにバカデカい塔が見えるだろう? レクサスって言うんだけど知らない?」

「え、えーと……すみません」


 マジかよ。そんなことある? 本当に異世界初日の俺じゃん。


「君、名前は? どこから来たの?」

「名前はアルヴェル、姓は……ありません。魔導国家クバルカンから来ました」


 ……魔導国家クバルカンねぇ。異世界3日目の俺には判断が付かないが、多分アホ遠い場所にある国なんだろう。


 迷宮都市の近場に住んでて世界を牛耳る力が手に入る塔、レクサスを知らないなんてあまりにも考えにくい。


「あの……あなたは?」

「あー、ウェイズって言うんだ。よろしく」

「っはい! よろしくお願いします!」


 輝かしい笑顔だ。改めて見直すとめちゃくちゃ可愛いことがわかる。


 青黒い髪に幼げな顔付き、艶やかな髪質、緩やかでありつつも起伏のある体型。異世界でこんな髪質を維持できるとは相当裕福な家庭で育ったんだろう。


 イーラにも負けず劣らずの良い髪だ。いかん、俺の中の怪物髪フェチが目を覚ます前に煩悩を振り払わねば。


「……あのー、もし良ければなんですけど……一緒に歩きませんか? ちょっと怖くて」

「もちろん大丈夫。俺も実はここに来て3日目だから、結構道に迷うかもしれないけど……よろしく頼む」

「! そうだったんですね! 改めてよろしくお願いしますっ!」


 無理でした。


 気づいたら返事してた。俺の中の怪物髪フェチが脳内を支配していた。迷宮都市の女の子は顔は可愛いけど髪の毛がちょっと傷んでる子が多いからなぁ。









「むむむ……見たことのない魔法体系ですね。祖国の魔法とはまるっきり異なる構成のようです。というか……ソクラ・テスラの紙片記述すら使ってない……? 通りで欠片も読めないわけです……! 他の紙片の記述式なのかな……」

「あんまり小難しいことはおっちゃんにはわかんねぇけどなぁ。何でも魔術学院の生徒さんが小遣い稼ぎに作った魔道具なんだと。思わずおっちゃん、買っちゃったよね」


 第4番街4区のとある魔道具店。棚にそこせましと並べられた多種多様なマジックアイテム達が不思議な色合いに輝いている。


 首飾りを付けた店主の居るカウンターにはイチオシと書かれた数種類の魔道具があり、アルヴェルが釘付けにされている。


 実はかなり俺も興味津々である。お、店主オススメの品? なんだこれ……えーと、《扉見のガラス玉》。


 効果は2cmほどの壁ならそのまま透けて見える……ほう。2cmくらいかぁ……もうちょい長ければなぁ。


 他には……どれどれ。


 《高揚の木簡》。これで人を叩くとテンションが上がる。ほんのちょっぴり。


 《歪みの木彫り》。ランダムに周囲の空間を捻じ曲げる。運は実力のうち。ならば強者とは運に愛されているはずだ。この木彫りは強者にこそ相応しい。(仮に購入者が死んでも責任は取りません)


 《気持ちいい鈴》。気持ちの良い音がする。もっと気持ちよくなりたい人は帝立魔術学院オッカム2年、人体研究部のヘクサ・バトロムまで連絡ヨ・ロ・シ・ク♡


 なんだこのラインナップ。正直くそ面白いけど、このドラゴンの木彫りが危なすぎる。寝枕の隣に置いてたら急に頭を捻じ切られる可能性があるわけだろ。こわ。


 ちなみにアルヴェルが見ているのは《面隠しの指輪》という商品である。指に付けて、魔力を流すと顔に黒い霧のようなものが発生するらしい。名前はスタイリッシュだが前は見えないそうだ。


 普通にゴミじゃねーか。精々が異世界版アイマスク。でもこういう面白いアイテム好きよ。


「なんか微妙に使えそうな、使えなさそうなのばっかですね」

「オイオイ、酷いこと言うなぁあんちゃん。まぁその通りなんだがよ? だがどうだい、おもしれぇだろ」

「マジでおもしれぇっす」


 したり顔の小太り店主に少しいらっとするが確かにこれは面白い。あとなんかえっちなのなかった? 気のせい?


 ……? 気のせいか? おっちゃんの首飾りが鈍く光った気がする。


「……ほう、こりゃ……あんちゃんは冒険者かい」

「冒険者歴3日目のクソザコルーキーっす」

「はは! お前……それ本気かよ! 実におもしれぇ。未来の英雄サマに餞別だ。ほら、特別にこいつを売ってやる」


 ゴソゴソとカウンターの下に潜り何かを探し始めるおっちゃん。未来の英雄サマってなんだ? 確かに転生チートは貰って天才になりはしたが……パッと見でわかるもんなのか。


「未来の英雄ってどういうことです?」

「あぁ? あー、まぁいいか……あれ、ここらへんに仕舞ったはずなんだが……お、あったあった。俺の首飾りはレクサスからの発掘品でな? 《色眼鏡で見る》っちゅうおもしれぇスキルを発動できんのさ」


 はいこれ。と古びた茶色の筒を渡される。これは水筒か? 値札には5万コルと書かれている。


「そんでお前を見てみたら、こりゃすげぇオーラが出てたワケよ。"黄金"、"千呪"、"隻腕"、"晩光"、"勇者"、"銀嶺"、色々やべぇ冒険者がここエレアには居るが、そいつらと似たようなおもしれぇオーラがよ」

「全員知らないっすね……」

「はは! 冒険者失格だな。きちんと情報は集めとけ」


 そんな厨二病まっしぐらの2つ名があんのかよ。異世界最高。


「そしてそいつの値段は5万コルだが……まーまけにまけて3万ってところだ。効果は本来の容量の3倍の水が入る。良かったなルーキー。この性能の水筒はまず10万はくだらねぇぜ」

「正直詐欺っぽさも若干ありますが……買います!」

「大盤振る舞いしてやったんだ。2つ名持ちになったらここの名前を宣伝しろよ?」

「確約はできないすけど、頑張ります」


 ここまで期待されちゃ、やる気を見せねば男が廃る。明日にでもさっそくイーラに色々教えてもらおう。


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