第18話 この世一番のバカ。



「んむぅ……どうしてこうなるんですかぁ……? ここがこうで、これがここと繋がってて……で? えーと……あー、多分この術式が全体を包んでて……ん? いや成り立たないですよねこれ。もう意味わかんないですぅぅ! はぁ……また新しく魔導言語を覚えなきゃなんですかぁ……? やっぱパッションでなんか読めませんよししょ〜……」


 買うものも買ったし、俺はそろそろ他の店巡りでもしようと考え、アルヴェルに声をかけようとしたが……なんか凄い熱中してる。


 魔道具を見つめるアルヴェルの薄い空色の瞳に魔力が集まっている。たしかイーラは魔力操作の応用編と言っていたが、案外できるやつも居るようだ。


 にしても他人の魔力の動きは少し面白いな。隣に移動して魔力の動き方を観察する。


 あ、そういえばアルヴェルの魔力には色がついていないな。


 強キャラエルフのヘリエルやネイルは緑っぽい色の魔力、炎龍の血だか何だかを宿しているイーラは赤い魔力、氷関係の魔力は青白い魔力。 と考えると……ヘリエルの翡翠の魔力と混ざり合っている金色の魔力とミーム汚染系精霊の銀色の魔力は一体何だ? 上位属性的なやつか?


「あの〜……」


 多分色で魔力の属性的な何かを表しているはずだが……俺やアルヴェルの魔力の色は無色だ。


「えっと……?」


 普通の人間だと魔力に属性がついていないのか? 魔法を使うには魔力を使用するはずだがどう関係してくるんだろう。やはり効率の良さとかだろうか。……そうか。あの白銀カルーネの魔法を見てイーラは源流魔法と言っていたが、あれは恐らく色付きの魔力をそのまま出力したものだろう。となると


「あの!」

「あ、ごめん。なに?」


 気付けば俺も思考に没頭していたようで、ちょっと顔を赤くしたアルヴェルに声を掛けられた。


「凄い私の事見てましたけど、どうかしました……?(もしかして私に見蕩れてたり……!?)」

「あー、なんも考えてなかった。ごめん」

「しょっ……そうですか! あんまり見つめられると少し恥ずかしいです!」


 少しだけぷりぷりとした様子だ。だがそんなことはどうでもいいッ! 俺が今使える魔法とか1度確認したくなってきたぞ。ギルドカードとかに書いてないかな。


「俺はそろそろ出るけど、アルヴェル……言いづらいからアルでいい?」

「いいですけど……」

「アルはどうする?」


 そう問いかけるとうぅん……と思い悩んだあと、蚊の鳴くような声でノコリマス……と返答が帰ってきた。


 あらやだ残念。こんな美少女と仲良くなれる機会、前世の俺なら間違いなくがっついてたが、あいにく俺には数ヶ月は行動を共にする赤髪蒼目サッパリ系美少女が居るんでな。


 ハッ……もしやこれがモテる男の余裕というやつなのでは。また1歩前進してしまったようだ。


「そっか、ならここらで。また今度会う時は魔法でも見させてもらうわ〜」

「はいぃ……! その時はぜひ!」


 軽く手を振って店を出た。まだ時間はかなりある。昼の2時くらいだ。


 さて、ここで何をする?


 選択肢① イーラから言われた通り店を巡る。

 選択肢② 自分の能力を再確認する。特に魔法とか魔法とか魔法とか。

 選択肢③ 昼飯を食う。


 うぅーん……③と②で悩ましいところだが……ここは選択肢②と行こう。


 俺は自分磨きに掛けてはかなり頑張ってきた自信がある。そんな俺はイケメン共は1日16時間の絶食を行っていることを学んでいる。

 胃や腸や肝臓を休ませ、不足したエネルギーを体内の老廃物を用いて作り出す。スーパー環境に優しい体内での自己浄化作用、すなわち自食作用オートファジーを用いていることをなぁ! くっそ健康にいいらしいが、成長期の子供には大人しく飯を食わせた方がいいと個人的には思ってる。


 ……あ、俺今14歳か……大人しくご飯食べないとダメじゃん。









「へいお待ち! 本場クェーバ仕込みのスパインだ! かなり辛いが……こいつを食えなきゃ冒険者じゃあ、ねぇよな?」


 目の前に出されたのは200gはありそうな真っ赤に染まった鶏肉(?)の丸焼きだ。

 香る、香ってくる。圧倒的刺激臭、鼻に突き刺さるような爆発的香辛料の香りがよォ!


 俺の後方からニヤつきながら煌めくハゲの視線を感じる……ッ!


「……ほんとに1500コルっすよね?」

「あぁ、もちろん。太陽祭の時期ってもんで今は安くすんでんのさ。さぁ食え! 今すぐに食えぇ!」


 野太いおっさんボイスが俺を急かしてくる。

 これを、こんな辛そうなものを俺が食うのか……?


「……ぼかぁ、昔から辛いものが大の苦手でね。夕食に中辛のジャワが顔を出した時でさえ、叫び回って逃げてたもんさ」


 我が恐るべき妹共に強制的に食わせられたが。


「この香り、この見た目。間違いなく1級品のスコヴィル値を、辛さを持っていると俺の本能が告げている」


 ゆっくりと、しかし正確にフォークを手に持つ。冷たい鉄の温度、良い感触だ。


「きっとこいつを食えば未来の俺は後悔するだろう。腹を下し、舌は地獄の苦しみを味わう。まさにハードラックとダンスっちまったってやつだ。なんなら明日の冒険にも支障が出るかもしれねぇ」


「……それで、どうするんだ? ここまで言われちゃ騙し討ちするのも気が引けた。そのチキンは数多の冒険者共をデラの地獄送りにした怪物モンスターだ。"黄金"くらいしか好んで食わねぇ劇物なんだぜ」


 ハゲ店主は良心が咎めたのか、目の前の真っ赤なチキンの悪魔的実績を教えてる。甘い、甘いぞハゲ。


 俺はフォークを振りかざし、


「……そうか、そうだと思ったよ……だがなァ! いまの俺ァ、昔とは違う天下無双の冒険者サマなんだぜぇぇぇえ!!!」


 一息に突き刺し真っ赤な肉を噛みちぎった。その途端、周囲から黄色い歓声が飛び回る。


「ほんとに食いやがったぞぉ! やるな!」

「はは! なるかぁ? なるかぁぁ?! すました顔がグズグズのシチューみてぇになるんじゃぁねぇのかぁぁぁ!?」

「すげぇ度胸だなあのガキ! こっから匂いだけでも目が痛くなるレベルだぞ!?」


 そこいらから野次馬が湧いてくる。隣の店から、向かいの露店から、道行く人の中から好奇心を丸出しにした野次馬共がやってくる。


 でもそんなこと、いまの俺の頭の中では些事に等しい。


 辛い。もう一口。


「あの顔を見ろ! 真っ赤になってやがるぜ! そろそろ限界かぁ?」


 辛い。もう一口。


「……水飲まねぇぞ、あのがき」

「マジかよ。舌がイカレてんじゃねぇの」


 辛い。もう一口。


「……食い切るんじゃねぇか?」

「ねーだろ。壁を越えた"黄金"くらいしか食えねぇって」


 辛い。もう一口。


「それにしちゃぁ、食いすぎじゃね?」

「た、たしかにそれはそうだがよ」


 辛い。もう一口。辛い。もう一口。辛い。もう一口。辛い。もう一口。辛い。もう一口。辛い。もう一口。


 俺は気付けば何も聞こえない無の境地に達していた。肉を口に運び、かみ切る。この繰り返し。全てを通り越した境地にて、食事を行う。


 そして、完食。


「く、食い切りやがった……! マジで!? 4番名物、地獄送りのスパインをすましたガキが食い切りやがったぞぉぉ!」


 野次馬の中でもとりわけ煩い男が悲鳴にも似た大声を上げる。すると先程よりもより大きな歓声の渦が巻き起こった。


「ふっ、"黄金"以外にこいつを食い切れるやつが居るとはな。認めるぜあんちゃん。今後うちの店なら全部タダにしてやる」

「」


「……おい、大丈夫かあんちゃん」

「びむ"。ぐびがあえでばええない」


 しぬ。










 同日。星華亭、夜風が熱を奪い去る時間帯。


「……で、そのみっともなく腫れた顔になったわけね」

「ばい"」


 赤髪蒼目、南国の海のように透き通ったクリアな視線が俺を貫く。具体的には口周りとかにめちゃくちゃ視線が集中している。


 呆れたように喋る口からは微妙に震えが見え隠れしている声音がこぼれ出た。てめぇ、この勇気の勲章を馬鹿にするのは許せねぇ。


 裁きだ。裁きをくれてやる。


「ぶわ"ぁ"」

「ふ、ふふっ、ちょ、やめなさいよ。喋んじゃないわよっ、ふぅ……っふ」


 変顔しながら声を出してみた。


 とにかく激痛。ボコボコに腫れ上がった唇と口内ではまともに喋ることもままならない。口の中だけずっと火炙りされてるみたいだ。意外に胃袋はゴロゴロと音が鳴る程度で済んでいる。


 死んだ魚のような目をして食事をするイーラを眺める。いいなぁご飯。でもこの口じゃ食べれないしなぁ。


「ばびだのよでい"は"ぼうす"う」

「ぶっ、あはははははははは!!! 黙りなさいって言ってるでしょぉ?! ご飯食べられないからほんとに!」


 イーラはきのこの具沢山スープを掬い、そしてプルプルと木のスプーンが震えている。スプーンの内側の水面が波打つ。まるで今の俺の心の中を写しているようだ。


 笑いが収まりかけては俺の顔を見てまた吹き出すという工程を3回は繰り返してようやくイーラの笑いが収まった。


「……なんと言うか、馬鹿ね。ええ、ほんとに」

「ぶぶばい"」

「ほんとにだまって。っふ、ふぅ……そうだ。熱が引かないんでしょ、その口。一昨日手に入れた長剣でも使ってみたらいんじゃない?」


 冷えて痛くなくなるかも知れないわよ? とどこか半笑いな口調で俺のお口のケア方法をオススメされるが……死闘を繰り広げて手に入れたお宝の初めての使い道が腫れた口を冷やす

とか色々と終わってるだろ。


「ぶぁがっ"だ」

「ええ。調子が良さそうなら明日、新しい武器の試運転も兼ねてまた適当な依頼受けるわよ」


 それじゃ、とイーラは食べ終えた食器をグンさんに返し颯爽と自室に戻って行った。


 えぇ……試しちゃうかぁ? 氷の魔剣の使い道クソだせぇんだけど。アイス枕やんただの。


 でも痛いから試そ。



 

 

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