第14話 加速する才能。
俺の気づきをイーラに伝える。
「わかったわ! なんか飛んでんだよ! 人型のちっけぇおんな! あいつから銀色の魔力がイレギュラーに送られてるみてーだ! 多分精霊ってやつだろ! 鈴の音がうるせぇし!」
「……なるほどね。伝承対伝承ってとこかしら。弾かれるのも納得っちゃ納得ね。自分の未熟を晒すようでイヤだけど」
銀色の魔力の奔流は徐々に大きさを増している。それに比例するようにイレギュラーの蒼白い魔力に銀色が混じり始める。
飛んでくる小指サイズの氷柱が、気づけば人の頭くらいの大きさの氷柱に置き換わっていた。弾幕の密度は据え置き。
時間経過で強くなるってか? 手加減してもいいんですよ精霊さん。
「早めにやらねーと不味い! あの鹿強化されてきてるわ!」
「わかってるわよ! あたしが後ろに回り込む! イレギュラーの注意はあたしが引いてるはずよ! だからあんたは前! 意識があたしに向いた瞬間殺しなさい!」
「わかった! 下ろす合図する!」
蒼白い魔力に銀色が混じるのは目で見てわかる。だが、元は第4レクサス3階層程度のモンスターなはず。魔法の絶え間ない連射は相応に負荷が掛かってるはずだ。
いつか来る。氷柱を作る予定の魔力の型が遅れる瞬間が必ず来るはずだ。
丸太サイズの氷柱が飛んでくる。当然避けるが、白藍の木が禿げそうなくらいに何本もへし折られている。
今気付いたが氷柱の接触した木や草が完全に凍り付いている。さっきまではそんな効果なかっただろうが! ふざけんな! 弾くのはもうアウトだな。
まだだ。
まだ来ない。
イレギュラーの瞳を見つめる。蒼白い琥珀のような瞳だ。ちょっときもい。
俺の思考が伝わったのか一際でかいトラックのような大きさの氷柱が吹っ飛んでくる。
……氷柱の生成はまだペースを保っているが、魔力の動きが鈍り始めた。このタイミングだ。
「イーラ! あと5秒後に下ろす! いいな!」
「えぇ!」
避ける。避け続ける。
「さん! にー! いち……!」
「龍紋励起ッ……!」
「「ここォッ!」」
氷柱の弾幕が薄くなった瞬間、合図と共に下ろしたイーラは赤い魔力と共に全身に紋様が走り、先程よりも更に早い爆発的な跳躍を見せた。
風を切り、赤い髪がたなびく。
秒速何十メートルだよ、こわ。身体強化のギフト持っててもあの4分の1も出ないぞ。
瞬く間に移動した赤い魔力を持ったイーラに意識を見事に持っていかれ、後ろに振り向くイレギュラー。
やはり畜生! 知能は低いなぁ!
イーラには氷柱の生成される位置もタイミングもわからない。だから、この一撃で殺す!
イレギュラーが振り向く途中に俺は気配を森と同化させる。させてるつもり。
そこからイーラの紋様を思い出し、即座に真似る! 魔力を動かし、あの赤い紋様と同じ形を身体に貼り付ける。
身体にパワーが沸いてきた。強化率はイーラの半分程度か? でも十分ッ!
この一瞬で、意識外から葬ってやる。害獣が。
より効率よく、より速く、より強く。才能の赴くままに俺は身体を動かし、瞬時にイレギュラーの首元まで完璧な体勢でぶっ飛んだ。
殺った。俺はそう確信し______
残酷に、鈴の音色が鳴り響く。
______しかさん、うしろ_____
______てつだってあげる_____
紅い龍の短剣が、イレギュラーの目に届く刹那、俺の頭上に出現する銀色の氷柱。
野郎ッ! 最悪のタイミングで介入してきやがった! どうする!? 否、どうにもできない!
避けられるか? 否。
防げるか? 否。
そもそも動けるのか? 否。
スローモーションの世界。ゆっくり、極ゆっくりと俺の握る紅い剣先はイレギュラーの瞳に向かう。あと1秒もあれば突き刺さる。
だが止まっていると錯覚するほどゆっくり進む世界ですら、その氷柱ははっきりとわかるほどの速度で落下する。俺が短剣をぶち込む1秒よりも先に、俺を殺すだろう。
詰み、か?
また俺は成りたい自分になる前に死ぬのか。
走馬灯が脳裏を突っ切る。
屋台のおばちゃん。受付嬢。イーラ。褐色のナイスガイ。先輩冒険者。グンさん。ディズとかいう男。
そして、俺が初めて魔法を目にした2人のエルフ。
なんだ、あんじゃん。起死回生の一手。
長々と4句も言っている時間はない。0.1秒で魔法を完成させろ。マジックスペルの補助なんて待ってる余裕はない。魔力を動かせ、遅い世界で尚速く在れ。でなければ、死ぬ。
ただ、一単語だけでいい。
「空抜き」
刹那。俺の頭上に黒い渦が現れ、銀色の氷柱が呑み込まれていく。行先は、イレギュラーの腹辺りに変更しといてやる。
そのまま俺はイレギュラーの目に紅い龍の短剣をぶち込み、魔力を流し込んだ。
すると紅い短剣は更に紅く光り輝き、突如イレギュラーの頭が爆散した。更に空抜きによって銀色の氷柱がイレギュラーの腹に突き刺さった。
ついでに俺も吹っ飛んだ。
・[グローリアス・ヴィア]を発動します。
・敗者の成長率を勝者へ加算します。
・敗者のギフト[森眼]、スキル[適正:氷魔法][森鹿の嗅覚][森歩き][疾駆]を獲得します。
・[グローリアス・ヴィア]を終了します。
ちりん、ちりん。
鈴の音が鳴る。
______あーあ、まけちゃったー______
______うつくしいひと、スゴイ______
______英雄には、然るべき報いを______
吹っ飛びつつ、イーラのように上手いこと着地した俺の耳元に、鈴の音が響き渡る。
銀色の精霊が、気付けば俺の肩に立っていた。近くで見ると、恐ろしいほどに顔が整っている。瞳は銀色に輝いており、結晶のような形をした何かを瞳の中に散りばめている。
反応できない。動きが速いとかそういう次元じゃねぇ。突如、俺の横に出現した。
雪の瞳、氷の瞳。凍ったお月に宿るモノ。全てを閉ざし、いつか全ては銀月と為る。ならば常世に意味はなく、我が身を雪の社に捧げ________は? なんだ、今の。
動けない俺の頬に、そのまま銀色の精霊はそっと口付けをする。
ちゅっ
______私とかりけいやく。ふふふ______
______その先までいきたいなら、いつでも私をよんで。うつくしいひと______
薄く微笑み、銀色の精霊は世界に溶けるように消え去った。
……俺、初めての頬にキス、ちっちゃい幼女にされちゃったー……。
呆然と、イレギュラーの死体を眺める。
その後方からはイーラが駆け寄ってくるのが見えた。その表情は思ったより心配そうに曇っている。
「ちょ、ちょっと! 派手に吹っ飛んだけど大丈夫かしら!」
「あー、とりあえず……やったなぁ!」
イレギュラー討伐の喜びを分かち合うために、右手を上げハイタッチ待ちにするが、イーラはきょとんとした表情だ。
「……ふふ、あは、あはははは! ええ! そうね! あたしたちがやったわよ! まぁほぼあんたの手柄だけど! 撤回してあげる。あんた、空気読めるわね!」
楽しそうに、無邪気に笑ったあとイーラはそう言って俺の手をぶっ叩き、ハイタッチした。
ハイタッチの勢い強すぎだろこの女イテェ!
「身体の方は大丈夫だ。受身のお手本見せてもらったしな」
「あたしをお手本にしてたなら、問題なさそうね。さーて、本来居ないはずの氷の魔力を持ったカルーネを伝承の精霊がバックアップしてたんだもの。相当良い発掘品がドロップするわよ!」
……ドロップ? そんな感じなんだ発掘品。
イーラは呟きながら俺の手を引き、立たせると、そのままイレギュラーの死体に近付いていく。
死体をよく見ると、身体の端から白い光となり消えているようだ。
「いやー、にしても強かったわね。ランク5と6の中間くらいの冒険者でもないと勝てないんじゃないかしら。白藍の森に来る冒険者なんて精々高くてもランク3以下。ランク4のあたしとド素人のあんたじゃ、本来なら手も足も出ないわよ? こいつ」
死体を足でつつくイーラ。なんか虫を足で触る小学生みたい。
一定のところまで死体が白い光になると、その後急速に白い光と変わり、俺とイーラを取り巻いて地面に溶けていった。地面に魔力が吸収されているようだ。
力が湧いてくるのを感じる。これが迷宮内での身体能力の向上ってやつか。グレートソードくらいなら振り回せそうな気分だ。
死体のあった位置には氷で出来た宝箱が鎮座していた。……まじか。そういう感じなんだ……。
「……開けるわよ?」
「ああ……!」
すごいドキドキする。これが冒険者か……! 採取とか地味なんだなーって思ってた……あ、そうだ採取全然終わってねぇな。まぁ今はいいか!
ゆっくりと開けられた宝箱の中には、2つの指輪と1本の短剣に1本の長剣、ペンダントにマント、そして本が3冊入っていた。
何となくこれらの効能がわかる。これは直感の仕様というよりも、そういうものって感じがする。同じようにイーラも驚いているようだ。
「……はぁ、これをあたしが独り占めできたらどれだけいいことか。……あたしの取り分は良いとこ2つ、くらいかしらね」
「はー残念だわー。ま、あんたが居なくちゃそのまま死んでた可能性高いし……仕方ないわ」
「……うーん。これと、これと、これとこれ……かな」
指輪と短剣、マントに本をひとつづつ取り出し、イーラに渡した。
「……は? あんた、これは……!」
2つある指輪の効果は氷の魔力を生成し、指輪のある方の手の武器に凍傷を与える効果を付与する。デザインは半分欠けた月だ。2つ合わせるとひとつの月になり、凍月の魔力? というのが使えるらしい。ただ問題は1人で2つ付けても意味ないところだな。
短剣は同じく氷の魔力を宿した剣だ。ただこの短剣は恐ろしく冷たく、切り裂いたものを凍らせるらしい。身体強化と寒冷適応の副次効果もあるようだ。
マントは白い雪の結晶のデザイン。効果もそこそこで滑りやすい地面で思い通りに動きやすくなり、身体が軽やかに動くようになる作用があるようだ。寒冷適応とそこそこ強度もある。
渡した本は所謂魔導書とか魔法書という物らしい。シュラーゼンという氷の領域を広め、範囲内を凍てつかせ、動きを鈍らせつつ知覚する魔法のようだ。
なんかエルフの魔法とも、イレギュラーが使った原始的な魔法とも、イーラの魔法とも毛色が違う。
ソフトで例えるなら違うプログラミング言語で書かれている、みたいな。そんな違和感だ。
もちろん全部貰えるなら貰っておきたいが、替えようがない機能は氷の魔力を操る指輪だけだ。長剣も長さが違うだけで短剣と同じ性能だし、正直あげても問題ない。ペンダントは絶対譲りませんけどね。
「他の発掘品でも同じ機能は持ってるし、それにイーラが居なければ俺はここに来ることも数週間はなかったはずだ」
「だから感謝の証ってのと……」
「だからって貰いすぎよ! 冒険者はがめつくありなさい! 常に懐の銭勘定しないと気付けばすっからかんなんだから!」
がやがやと説教をしているが、それを言うならイーラこそ2つで我慢せず、もっと強欲に取り分を設定すればいい。根本的に良いやつはこれだから困るね。ふっ。
「……で、続きは何なのよ」
「あー……できるなら今後も冒険者のことを教えて欲しいから、先払いみたいな感じだ」
「……あんた、バカでしょ。グチグチ言うのもあれだから黙ってたけど、あたしは今日! ド素人を3階層まで連れてってあと少しで殺すところだったのよ。冒険者としては3流以下もいい所なの!」
顔を見ると、少し後悔しているように見えた。俺は別に気にしてないんだけどなぁ。いや、本来なら気にするべきなんだろうが……凄く楽しかったし、怪我の功名?みたいなメリットもあった。危険に見合うリターンがあったのだ。
「そこだ。イーラのそういう責任感の強いところが俺は信用できると思ってる。それに……美人で手の内を知ってて、信用できる冒険者は少ないんだろ? イーラは今、俺に青田買いされたんだぜ。今後数ヶ月は俺と組んでもらう。……嫌か?」
「なっ、い……いやー、じゃないけどぉ! あー! もう! めんどくさいわねあんた!」
ふっ、悪いが俺は某動画配信サイトでモテる男の理論Part1から88まで学んでる男だぜ。断りづらい言い方も学んでるのさ。
口をわなわなさせ、白い肌が若干赤みがかった顔だ。流石に昨日の宿屋の意趣返しをしたのはイキリすぎたかもしれない。ちょっと怒ってるよ多分。調子乗ってすみません。
「なら決まりだ。今後も、宜しく頼む」
「……ふん、まぁ、宜しく」
手を差し出すと、そのまま握り返された。握手の概念もちゃんとあるんだな異世界。アメリカンコミュニケーションは役に立つようだ。
短剣を使うからちょっと固め……かと思えばふにふにの手の感触が伝わる。
い、今俺は女の子の手を触ってるんだ……異世界最高すぎる。さっきも抱き抱えてたけど、戦闘中だから流石にそんな余裕なかったしな。
「……あんた、そっちの口調の方がいいわよ。ナヨナヨした男がバディとか死にたくなるもの。戦闘中の口調も悪くないわね」
「あ、ああ。任せろ」
異世界に来て2日目。俺は美少女のバディを手に入れてしまったようだ。
この後めちゃくちゃ普通のカルーネと卵を採取した。
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