第13話 イレギュラーエンカウント。
「……!」
前方、白藍の森を最低限の動きで進むイーラから手招きされたので、ゆっくりと近付き横からイーラの視線の先を覗く。
その先には、体長2mほどの鹿が木の根元に生えたキノコを食っている様子があった。
全体的に雪のような色合いだ。薄らと背中に氷柱が生えており、その氷柱の根元の毛皮は蒼色に染まっている。強靭そうな太い足、重量感が見るだけで伝わってくる巨体、おまけに頭部に生えた氷の枝分かれした角が神秘的な印象を強める。
え、これを殺すんですか……? てか思いっきり哺乳類だし……卵とかあるのか? 異世界モノでは明らかに哺乳類も卵を残すのはよくあるが……。てかこれ本当にカルーネって鹿なのか? めちゃ強そうなんですけど。
疑問は溢れかえるばかりだ。チラリと隣を見てみる。
「……? ……」
イーラの真剣で、それでいて怪訝そうな顔を見て謎が増えた。明らかに想定していない事態が発生しているように思える。
今日の朝、食事を摂りながら星月亭で受けたカルーネの説明を思い出す。
茶色、たまに白色を帯びた毛皮に大きめの人ひとり分くらいの高さで、あまり好戦的ではない性質の鹿……だったか。
であればこれはたまに居るとされる白色のカルーネ……? その割には背中に蒼い毛皮に氷柱なんて大層なものが付いているが……まぁ大体の特徴は一致している。カルーネ希少種的なやつだろうか。
思案していると、隣で動きを変えた気配がした。腰元から紅いダガーを取り出し、クラウチングスタートのような体勢だ。ニヤリと歪んだ顔つきは真っ直ぐ仮称カルーネ希少種に向けられている。
「……イレギュラーね。原因は不明だけどこういうことはレクサスではしょっちゅうある。そして、そんなイレギュラーは特別な発掘品を出しやすい! 殺すわよ。ここで!」
イーラの声に気付いたようにこちらに顔を向けるイレギュラー。しかしもう遅い。魔力を込めた俺の視界にはイーラの太ももに赤い魔力で出来た紋様が浮かび上がっていた。
爆発的加速。
もはや跳躍の勢いで数十メートルはあったはずの距離を一息に縮めるイーラ。
そしてその勢いのままイーラは手に持った紅いダガーを振りかぶり______
イレギュラーの首元の白い毛皮にダガーが食い込んだと思った瞬間、噴出する白い煙に吹っ飛ばされた。
太ももに浮かび上がった赤い紋様。これはおそらく身体強化系の魔法だろう。仔細は違うかもしれないが効能は同じはず。
首元から吹き出た……いや、少し違うか。より具体的には紅いダガーから煙が吹き出していたように見えた。
あれは……
「お、おい! 大丈夫かよ!」
「ッ、えぇ! ぶっ飛ばされただけで怪我もない! ちょっと手首は痛むけどね!」
吹っ飛ばされ、宙を舞ったイーラは流石というべきか。空中で猫のように身体をくねらせ上手く受身をとっていた。
魔力視。紅いダガーに宿る赤い魔力と、イレギュラーの身体から吹き出る蒼白い魔力を見比べる。
白蒼の瑞葉に含まれていた僅かな魔力と同じ色だ。月と氷の魔力、だったか?
ならあのイレギュラーの魔力も月、もしくは氷の2択。
俺の予想が正しければ、おそらく氷の魔力。明らかに氷柱なんてもんが生えてる時点でほぼ確定。
怒り狂ったように頭の氷の角をイーラに向け、氷の魔力が空中に展開される。ゆっくりと魔力で先の尖った巨大な氷柱の型が作られていく。
何かする気だな。大方射出して攻撃する魔法だろう。かっこいい。俺も真似したい。
まぁ俺と同じように魔力を瞳に込められるイーラならイレギュラーが攻撃しようとしてることはわかるだろう。
そう考え捨ておこうとするが、何故かダガーを構えたままイーラは動かない。
なんでだ? もうすぐ透明の氷柱の型に魔力が注ぎ終わる。そうなれば氷柱の魔法は現出し飛んでくるはずだ。多分。直感はそう言っている。
何か考えがあるのか? いや、考えがあったとしても流石にやべぇ気がする。
「何か考えがあるのか? イーラ!」
「……わかってるわよ!」
俺の呼びかけに反応し、最初に発揮した魔法よりも薄い赤い紋様がイーラの足に浮び上がる。そのままイーラは投げナイフをイレギュラーに投げつけ、直進した。
馬鹿じゃねーの!? 投げナイフ共々直撃して終わりだろ!?
俺の予想と違わずそのまま巨大な氷柱は現出し、イーラに襲いかかる。
投げナイフが氷柱に打ち払われ、イーラに直撃する瞬間。俺は横から突っ込みイーラを抱き抱えて回避した。
後頭部をかすった氷柱がそのまま飛んでいき、白藍の木をへし折ったのが音と共にわかった。
「ちょ、全然わかってないじゃねーか! 見りゃわかるだろ魔力が集まってるって!」
「……はぁ!? わかんないわよ! 普通! 魔力視なんて魔術学院か、優れた師匠が居ないと到底できない高等技術よ!? 魔力操作の応用編なの!」
「はぁ!? おま、宿屋とかさっきも目に魔力集めてただろ!」
イーラを抱き抱えたまま、展開される氷の魔力から次々と飛んでくる小指サイズの氷柱を避け続ける。弾道も、威力も、スピードも何となくわかるから避けるのには苦労しないが……。
身体強化のギフトがなければ少し息が上がっていただろうな。ディズとかいう男には感謝しかない。
というか弾数多くないか?
「そ、そうなの?」
「そうなのォ!? 自分でわかってないのかよ! 俺は大方目に魔力を込めて嘘かどうか判別する魔法か技術だと思ってたがなぁ!?」
抱き抱えられたままのイーラは案外大人しくしている。魔力視ができないとなると、あのイレギュラーの用意してる弾数や大きさもわからないはず。だから俺に抱えられてるのか。
氷柱の弾幕に時折大きな氷柱も混じり始める。いよいよ妙だ。まさか戦闘の最中に魔力が成長でもしてんのかぁ!? 成長チート良くないと思います!
まぁでかい分避けやすいがなぁ!
「え、ええ! その通りよ! よくわかったわね! あたしは嘘がわかるの! でもそれだけ! 魔力なんて見えないわ! 何となく感じ取ることはできるけど、でも何となくって感じかしら!」
「……なら俺はどうするべきだ? 魔力視ができて、俺は相手の魔法を避けられる直感持ちだ。この後どうすればいい! 教えろ!」
実は何となくあのイレギュラーが俺の脅威足りえないことはわかっている。
あの氷柱の型を作る技術は掴めていないが、氷柱射出の魔法は氷の魔力をそのまま整形して吹っ飛ばしてるだけ。
できるかどうかは知らない。だが魔力の質を変化させることができたら、俺はあいつと全く同じことができる自信がある。
ただ殺すイメージができない。俺の手持ちはこの五体と、借り物の投げナイフだけ。俺があのイレギュラーを殺す動きが想像できないなら、それが想像できるやつに聞けばいい。
「……あぁ! もう! さいあく! 誰にも言ったことないのに! 要点は省くけど! あたしの血は炎龍の魔力を帯びてる! であたしのディーズグレイ……紅い短剣も同じ魔力を持ってるわけ!」
「あぁ! 何となくわかってた! で!?」
「目ん玉に突き刺して焼く! それだけ!」
「あぁ! こりゃ親切に誰でもわかるイレギュラーの殺し方をありがとう! 普通の剣でもできそうだがな!」
「ばかね! 源流魔法を使えるほどの魔力を突破するには闘気か魔力か深力か理力か、色々あるけどそういう特別が必要なわけ! それにしたってあたしの家宝が弾かれるなんて頭おかしいレベルに高い純度の氷の魔力よ! 気をつけなさい!」
「……わかった!」
なるほど。確かに生き物は脳みそに剣をぶち込まれれば死ぬし、体内を燃やされても死ぬ。単純だが効果的だ。2メートルの巨大な鹿相手だとやはり浮き足だって考えられなくなるものだな。
そして氷の魔力を貫く炎の剣もこっちにあるわけだ。氷の魔力と炎の魔力の反発か、反応か。それによって水蒸気が発生してさっきは吹っ飛ばされたってわけね。
「しっかし変よ! 明らかに変! あんたが頑張って避け続けてるこの氷柱の魔法も、第3位階は確実にある威力よ!? それを何十秒撃ち続けてるのかしら! 魔力消費も馬鹿にならないはずなのに! 魔力見えるんでしょ! なんか心当たりないの!? あとこれ! 預けるわ!」
「そう簡単にわかったら苦労しねえって! くそ、もう1回、今度はちゃんと目に魔力を通してみるか……っ!」
片手で上手くディーズグレイ、炎龍の剣を受け取る。
動き回りつつ、エルフの店で初めてやった時のように、視神経を中心として丁寧に魔力を染み込ませ、圧縮する。
蒼白い魔力。その他にも森全体から薄く立ち上る白い魔力が見える。
氷柱を避け、たまに弾きながらイレギュラーを見つめ……あぁ?
薄らと、極わずかにだが見える。さっきの魔力視では見えなかった、銀色の魔力が管のようにイレギュラーに繋がっている。
銀色の魔力の元を辿っていくと、手乗りサイズの小さな銀髪の女の子が空を飛び、こちらににんまりと微笑みかけていた。
ちりん、ちりん。
鈴の音が鳴る。
______みつけた、みつかった______
______たのしい、たのしい、ふふふ______
______きれいなアナタ、たいへんそう_____
子供のような声が、脳内に響く。
______ごほーびすきでしょ? ふふ______
______すてきなアナタ、がんばって______
ちりん、ちりん。
木々がなぎ倒され、バキバキと破砕音がなっている戦場でもなお、鈴の音は清浄に響き渡る。
……精霊さんですね? クソバフ掛けやがって何をしてくれちゃってんですかねェ! くそ迷惑じゃねぇか!
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