第12話 精霊とのかくれんぼ。
第4レクサス3階層、白藍の大森林。白に薄い水色を載せたような色合いの木々が競い合うように生えている森だ。その葉っぱは煎じて薬にすれば魔力の通りを良くしたり、染料にもなるらしい。色は透明感のあるライトグリーンだ。
太陽の光が白藍の葉っぱに透けて緑の光に置き換わる。青白い木々に、緑の光に満ちた空間。おまけに綺麗な鈴の音のような何かの鳴き声。どこか笑い声のようにも思える。
俺は妖精の住む森にでも迷い込んだのかもしれない。
「さっさと行くわよ。見蕩れる気持ちはわかるけどね」
「あ、あぁ。にしても凄いな……! 話に聞いていた通りの美しさだ。本当にここにはモンスターは鹿しか居ないのか? なんか、こう……妖精とか居てもおかしくない雰囲気なんだが」
「妖精なんか居たらこの階層に入って10秒であたしたちは消し炭よ。確か第6レクサスの26層に居るんだったかしら……妖精の悪戯。妖精を目で見れば目を失い、手で触れば手を失い、声を掛ければ喉を持っていかれる。ま、今後3年くらいは縁のない話ね」
異世界の妖精こわすぎ問題。メルヘンな童話にありがちな能力だ……。
俺は顔を引き攣らせつつ、草や虫など全体的に青白い森の中を歩いていった。時折綺麗な青白い鱗粉のようなものが舞っている。なんか毒ありそう……そういえばレクサス1層にも似たような赤い鱗粉があった気がするな。
先導するイーラの足取りは迷いない。何度も来ているからだろうか。
「今回の探索の依頼は主に3つ。覚えてるかしら」
「白蒼の瑞葉の採取と、カルーネの卵の採取と、最後にカルーネの狩猟……だったよな」
えぇ、物覚えはばかじゃないようね。と後ろ姿の先導者から聞こえてくる。ショートパンツスタイルは継続のようで、鬱蒼とした森の中も軽々と移動している。
眼福ではあるんだが、痛くないのか? そう思わずには居られない。
「白蒼の瑞葉の詳細は?」
「このバカみたいに生えまくってる白藍の木のどっかの葉っぱだろ? 月と氷の魔力が微かに篭ってるから蒼の強い白色になるって言ってたよな」
「ふーん……覚えてるわね。いい? 依頼を達成するにはまず情報が必要となってくる。どんな形か、どんな匂いか、どんな生態をしていて、どのような環境にあるのか。その依頼は何のために出されているのか。依頼が達成不可能だった場合に、依頼者が何のためにその依頼を出したのか知っていれば、代替案だってギルドを通して出せる」
「おぉー! 代替案まで冒険者は出すんだな」
枝葉をダガーのような黒い剣で切り払い、進んでいるイーラの背中に冒険者としてのプロ根性が見えた気がする。そこまでやるのか冒険者。流石にきちんとした職業なだけはある。
「ま、そこまでやる冒険者なんて0.1%も居ないけどね。そういうこともできるって覚えときなさい」
「うっす!」
俺はそこら中の依頼の対象になりうる植物や虫、果物を教えてもらいながら、イーラの後ろを付いて行った。
数キロは移動した頃、イーラの足取りは止まった。ちなみに移動してる最中に白蒼の瑞葉は見つけて、俺のなけなしの金で買ったなんだかブルの革袋の中に保管している。直感で見つけた。
「止まりなさい。あそこ、見えるかしら」
立ち止まったイーラの指の先には、周りの雑草と比べて微妙にへこんだ草が見える。わかったぞ? 足跡ってやつだな? 獲物を追跡するハンターとかがやるやつだ。
「ああ、見える。もしかしてカルーネの足跡ってやつか?」
「見えるのね……? 五感が強化されて初めてわかる違いなのに……。まぁ寒村なら自分で猟もしてたか、まぁいいわ。その通りよ」
「足跡の割には……なんか、草が元気……じゃないか? お空に向けて真っ直ぐだが」
「レクサスに限らず、迷宮と認定される場所は生命力に満ち溢れててね。30分もあれば、踏み潰された草くらいなら何事もなかったかのように元に戻る。迷宮がハンター殺しと呼ばれる所以ね」
迷宮はハンター殺しって言われてるんだ。なんかかっこいい。地面に残った痕跡は流石に消えづらいだろうが……ここは森の中だ。土が表出してる箇所はほぼない。こりゃカルーネって鹿が高単価に認定されるに相応しい理由だな。
待てよ? ということは……
「そうか。この近く、少なくとも30分以内に移動できる距離にカルーネは居る。そういうことだな?」
「ええ、そういうこと。目も良く頭の回転も悪くない。物覚えもそこそこ……致命的な空気の読めなさがなければいい冒険者になるわよ。あんた」
「あえて空気を読まないだけだ!」
チラリとこちらを向き、冗談交じりに肩を竦めるイーラ。素直に褒めてくれればいいものを。そいや鈴みてーな鳴き声した動物については何も教えてくれてないな。聞いとこ。
「なぁ、さっき綺麗な鈴みたいな音が聞こえたんだけど。あれは何の鳴き声なんだ?」
「……あんた、本気で言ってるの?」
目の色が紫色になり、本気か否かを問うてくる。
「そんな常識的なことだったのか? すまん」
唖然とした表情のイーラ。そんな不味いことだったのかよ! 異世界2日目にわかるわけないだろ!
「……まじ、みたいね……森の中で鈴の音が聞こえるなら、急いで耳を隠しなさい。森の中で美しい光の粉を見つけたら、急いで目を隠しなさい。それはこの世在らざる精霊の声。異世に潜む精霊の招き……懐かしいわね。あたしも母親に寝物語に聞かされたもんだわ」
「……えぇ……?」
「軒並み精霊は美丈夫しか見えないし、聞こえもしないって物語だけど……あんた顔いいしね。良かったじゃない。面食い精霊のお墨付きよ?」
引き攣った顔で面白くないジョークを飛ばしてくるイーラ。恐らく俺も同じような表情をしているだろう。
精霊って生態ほぼ妖精とほぼ変わんねぇじゃねぇか。
「でも不思議ね。仮にあんたの話が本当だったとして、なんであんたは連れて行かれないのかしら……まぁ、所詮は寝物語か。そんな凶悪な能力は持ってなかったってことにしておきましょう。そもそも精霊がレクサスで確認されたことなんてないしね」
「……そうだな!」
「さて、ここからは音を出すのは絶対ダメ。……素人には難しいけど、一朝一夕でできるもんでもないし、まぁできなくても怒りはしないわ……付いてきなさい」
凄まじい切り替え力だ。これが冒険者。俺も見習わなくては。
体勢を低くし、呼吸音を消している。胸の動きがゆっくりだ。足の動きがゆっくりなのに移動する距離が長い……そして音がほんの僅かだ。凄いな。歴戦のレンジャーみたいだ。
真似してみる。上半身を傾け……太ももと重心で身体を動かし……呼吸を潜め……そして、移動する先の葉っぱや植物の向きや位置を把握する。
風に揺れる葉っぱのカサカサという音。鳥の鳴く声。しなる木の音。
それらに同調するように意識を沈める。木を隠すなら森の中。であれば俺はこの森に溶け込まなくては。
難しいが、やってやれないことはない。5分だ。5分でマスターしてやる。常人が何十年かけて学ぶ森の中での音消しの業。それを一瞬で学びきる。
凡人の大空大樹は死んだ。今居るのは、過去の俺では足元にも及ばない大天才のウェイズだけだ。
……体臭出ちゃうからやっぱ完全には森と同化できないか。
気配とは意識の動きだと漫画で見た。なら意識を森に同調させれば、俺の気配は森となる。
移動し続け、3分と少し経つ。
先導するイーラが無表情で後ろの俺に振り向くと、顔は変わらないが瞳孔が収縮しているのが見えた。驚いたんじゃないかな、多分。微妙に太ももに鳥肌が立っているのも見て取れる。
少なくともイーラには俺が付いてきているか確認しようとするほど気配が殺せているようだ。異世界の身体の天才性は俺の想定しているよりも高いのかもしれない。
______スゴイ、スゴイ_______
______すこし、みうしなっちゃった_____
______私とアナタで、かくれんぼ______
……耳元で鈴の音がなる。鈴の音のはずなのに、何故かその意味が分かる。
見つかったらドナドナされるっぽいな。
……俺は熟練のハンターすらも凌ぐほどの、精霊から隠れ切る技術が必要なようだ。
ふぁっきゅーフェアリーゴーストッ!
異世界に来て見つかってはいけないホラゲーをやらされるとは思ってなかったぜクソがァ! 今の俺ァ天才様だぁ! 余裕で隠れきってやるぜぇ!
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