第11話 異世界1日目、終了。



 芳醇なキノコの香りが鼻を擽る。赤く、とろみがあるスープに放り込まれた各種のキノコたち。それに加え、僅かだが茶色のカットされた根菜や肉も入っているのが見て取れる。

 ほかほかの湯気を出し、木の器に入ったそれは俺の胃袋を刺激して余りあるものだった。


 今の俺からはぐうの音も出ず、涎しか出ないだろう。


 俺はゆっくりと手に持った木彫りのスプーンでそのキノコスープを掬い……


「……さっさと食いなさいよ。あたしに、あんたの食事にわざわざ付き合ってやる義理もないんだからね。それと名前は?」

「あ、ごめん。そこらへんの寒村から来たウェイズだ」


 宿屋のベッドで膝を組み、ジト目でこちらを睨んでいる蒼の瞳に止められた。前屈みで頬杖を付いているイーラさんは何だかんだ俺が食べ終わるまで待ってくれるようだ。体勢が、なんと言うか……その、不味いですよ!


「……あんた、さっき何したのよ」

「あー、ディズ? って人にしたやつのことだよな」

「それ以外ないでしょ? あいつは腐ってもランク3パーティのリーダー。戦力だけなら、あと少しでランク4にも通じるレベルだし……まぁ? あたしなら何とかできたけど。少なくとも、あんたみたいなド素人にどうにか出来る相手じゃない」


 じっとりとした視線だ。口にスプーンを突っ込み、コリコリとしたキノコを咀嚼する。ちょっと酸っぱみがありつつも、旨みが豊かなスープだ。


 食いながら考えてみる。


 イーラさんは何が目的なんだ? 俺の目的はイーラさんに冒険者のイロハとまでは行かずとも、有益な情報を得ることだが……正直イーラさんにわざわざ個室で俺に冒険者の授業をするほどのメリットがあるとは思えない。何を俺に求めている?


 というかサポーターって言われてたけどひとりでどうにか出来たんだ。俺がわざわざ入らなくても良かったのかよ。さては滲み出た赤い魔力が関係しているのか?


「うーん、避けて殴っただけだ」

「……!」


 考えてもわからないので、バカ正直に答えてみたが……イーラさんの返答はない。だがよく見ると見開かれた目が微かに紫色に変わっているのがわかる。なんかしてるな? こいつ。


 魔力を目に通す。すると先程、イーラさんから漏れ出ていた赤い魔力が目に集まっているのがわかった。俺と同じようなことをしているのだろうか。


「うそ、ではないみたいね……そうだ。あんたのギフトを教えなさい。その代わりに、このあたしが直々にレクチャーしてあげるわ。半年で冒険者ランク4に到達した天才の講義をね」

「おー! よろしく頼む。イーラ先生」


 ふふん、と得意げになるイーラさん。かわいい。彼女の瞳も赤い魔力が霧散すると同時に紫色から蒼色に戻っていた。

 彼女は満足そうに足を組み替える。ショートパンツに太ももに革のホルダーが付いている服装が視界に入って煩わしい。集中出来ないでしょうが!


 直感は反応していないので多分煩悩に塗れていることはバレていない。


「俺のギフトは直感? らしい。あんまり具体的に効果が出るわけじゃないが、そこそこ有用だって聞いたぞ」

「……不思議な言い方するのね、あんた。まぁいいわ。いいギフトじゃない。あらゆる場面で所有者にとって良い方向に転ぶような行動がしやすくなる、だったかしら。だからあんたはあんなに動けたのね……?」

「多分そういうことだ。どう身体を動かせば良いかわかるしな」


 何となく違う気もするが、まぁ話を合わせておくとする。いくら美少女と言えどここは異世界。昨日の敵は今日の友となり、今日の友は明日の敵となるかもしれないしな。それにこの感覚に確証がある訳でもないし。


「……へぇ。思ったより直感って凄いのね」


 ニヤリと笑みを浮かべるイーラ。何か企んでそうな気配をひしひしと感じる。


「さて。今あんたに必要なこと、だったかしら。もうあのバカの相手するのも懲り懲りだったし、丁度いいわね……明日、実地で教えてあげるわ。喜んでくれて良いわよ?」

「イーラみたいに可愛い人に教えて貰えるなんて、俺は人生の運の大半を使い尽くしてしまったかもな。嬉しいよ」


 薄く微笑んでリップサービスする。アメリカンな口説き文句をしてみるが、異世界ではどんな風に受け取られるんだろうか。


「へぇ〜……あんた。中々口は達者なようね。その顔と口でいくら女をたらしこんだことやら。あーこわいこわい」


 そよ風ほども動じていません、と言いそうなほど余裕な顔をしている。しかし俺の動体視力は頬杖を付いた小指がピクリと動いたのを見逃さなかった。もしかして効いてる?


 イケメンのフリするのって素の自分でない分楽なんだな。あ、そういえば。


「あー、そうだ。あと1週間程度でギルドから講師? みたいなのをお願いできるらしいんだが……」

「あら、あんたもそうなの。あたしの時もそうだったけど……流石に素人相手に1日で案内できるレクサスなんてたかが知れてるか。その依頼、あたしが受けてあげる」

「そこまで本格的に教えてくれるのか。正直俺のギフトの情報ってだけじゃ釣り合ってないと思うんだが……いいのか?」


 あまり自分では社交的なタイプじゃないと思っている分、知ってる顔が手取り足取り冒険者に必要なことを教えてくれるのは嬉しいが……目的が読めない分、少し怖い。


 赤い髪。蒼い宝石の瞳。端正な顔立ち。スタイルも良く胸も結構ある。これまでに耳に入った僅かな情報は、世話焼きのイーラや、ギフトやスキルに依らない異能など。


 明らかに何かある。人格面では周りの冒険者に好まれているようだが……。だが俺は知っている。大体異世界モノで美人やイケメンは大体何が悩みや問題を抱えているんだぜ!


「……はぁ。ばかじゃないの、あんた。普通自分のギフトなんて仲間内のパーティくらいでしか教えないから。生命線、正真正銘最後の切り札になることもあるのよ? 依頼の時だって軽く自分に出来ることを言って終わりってパターンも多いし……」


 俺の言葉に呆れたようにベッドに倒れ込み、適当に返事するイーラ。割と重要な常識を教えてくれたな。


「あと! 手の内を知ってて、なおかつ新人の頃から知ってる信用出来る冒険者なんて片手で数えられるくらいしか居ないの。あんたはあたしに青田買いされたのよ! 勘違いはぜぇったい! しないこと! いいわね!」


 あと! の声と同時に起き上がり、俺を指差しながら、何やかんやと色々理由をつけてきたイーラ。


「はい!」


 あっ、この人良い人だ。(確信)


 疑ってごめんよ……! 世話焼きのイーラなんて呼ばれてるくらいだもんな! 思わずニコニコしてしまう表情筋を抑えられない。


「そこ! 冒険者はすぐ顔に出さない! あんたすっごい腹立つ顔してるわね! ニマニマすんな!」

「はい!!!」


 俺の異世界生活は順調な滑り出しを見せそうだ。

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