第10話 このKY、舐めてると痛い目見るぜ。



 イーラさんを含む若い男女がテーブルを囲み、和気藹々と話し合っている様子が目に入る。


 いきなり話しかけるよりは、先に聞き耳を立て情報収集をしておいた方がいいだろう。


 そろりそろり。


「いやぁ、しっかしよくやってくれたもんだよイーラ! 噂には聞いていたが、まさか本当にギフトやスキルに依らない異能を使えるなんてよぉ!」

「おう、俺たちも結構なもんだと思ってたが、お前と比べりゃ一歩劣る。なぁ、ひとつ提案なんだがよ……お前のサポーターとしての力と、俺たちの戦力が合わさればランク6も夢じゃねぇと思わねぇか?」

「……悪いけど、あまりそうは思えないわね」

「……ちなみに聞くが、どうしてだ?」

「冒険者の手の内をペラペラと喋るバカに、魔物と正面切ってぶつかるしかしない脳筋。考えて行動するまでが遅すぎる魔法使い。エクトゥスですら私が全てお膳立てしてあげないと見つけさえ出来なかったのに、ランク6なんて夢のまた夢よ」

「……てめぇ。黙って聞いてりゃ、言いたいことはそれだけか? あぁ?」

「追加しとくわ。すぐキレる癖と、欲に塗れた下衆な視線。どうにかした方がいいんじゃないかしら。あなた、丸わかりよ?」


 なんか……バチバチなんですけど……!


 凍てつくような視線で好青年たちを眺めるイーラさんと、席を立ちいきり立った男。あの中では一番の年長に見えるが……顔が結構怖い。怒りすぎて顔が真っ赤だ。酒も少し入っているようだな。


 えぇ……俺、ほんとにあそこ行くのぉ……? ……でも、イーラさん困ってるよな、多分。


 わざと足音を立てて、イーラさんの元に歩いていく。


「サポートしかできねぇ能無し女のくせに調子乗りやがって! 精々ここに来て半年のガキが! あんま舐めてるとわかってんだろうな……あぁ!?」


 今にも掴みかかりそうな体勢だ。対してイーラさんに動揺は見られない。しかし俺の目はテーブルの下で太ももにある短剣に手を伸ばしているのを捉えていた。


 赤い魔力がイーラさんの身体から微妙に揺らぎ出るのも見える。何をする気はわからないが……


 どっちも殺る気マンマンじゃねぇか!


「あのー、すいません。少しイーラって人に用事があるんすけど……お取り込み中でしたか?」


 あははーと愛想笑いをしながら、俺は間に入る。


 ピシィッと男の額に血管が浮かぶ。しまった、何も知らない一般人を装ったがまさかの裏目に出てしまったか。


「なぁ、お前さぁ……! 空気読めや! 俺とイーラで話してんだろ? それとも何か? 煽ってんのか? ぼろ雑巾みてぇな格好した雑魚がとぼけやがって」

「……」

「何も言えねぇならお家に帰ってママのおっぱいでもしゃぶってろよ雑魚。てめぇみてぇな顔だけの軟弱野郎が俺は一番嫌いなんだよ!」


 何なんだ、こいつ。確かにうざかったかもしれないけどさぁ……俺だって人間なんだぞ。そこまで言われる?


 いきり立ち、何故か標的を俺に変えた男の仲間はおろおろしているか、もしくはやれやれとため息を付き、酒を飲んでいるようだ。何か行動を起こす様子はない。何にも役に立たねぇじゃねぇか!


 騒動の気配に周りのテーブルから視線が集まっている。


「で、あんたは何しに来たのかしら? 死にたがりのルーキーくん?」

「……レクサスで気をつけるべきこととか、少し前までルーキーの俺と似たような立場だったあんたなら、より今の俺に必要なことがわかると思って、聞きに来た」


 視線を俺に移し、質問を投げかけてきたイーラに正直に答える。宝石のような蒼い瞳には挑戦的な色が浮かんでいる。


 その答えを聞いたイーラは目をパチパチさせ、頭痛を抑えるように片手を額に寄せた。


 いや、ホントすいません……。


 イーラさんもイライラしてるのかちょっと態度が刺々しい。


 というかグンさん!? 恨みますよ!?


 カウンターを一瞬だけ見ると、グンさんがニヤニヤした笑みでこちらを見ていることがわかった。あの人楽しんでるぅぅ!


「アンタねぇ……! バカ正直というか、なんと言うか……普通、こんな場面でそんなこと聞きに来ないでしょうが! バカなの!? いいえバカね!」

「あと! その下手な敬語辞めた方がいいわよ。目の前の脳筋バカみたいなのに舐められたくなかったらね!」


 上手い感じの敬語だと思ってたのに。ダメだったのか……。もう敬語なんて必要な時以外使ってやらん!


 煽り散らかすイーラさんにもう限界が来たのか、遂にイーラさんの胸ぐらをつかもうとする男。


「もう俺を馬鹿にすんのも2度目だぜ……? イーラァ!」


 しかしその動きは椅子を立ったイーラさんにふわりと躱されてしまう。宙を切った手は空を掴む。


 俺はイーラさんと話したいだけなんだが……どうしたものか。


「てめぇもちんたら立ってんじゃねぇ! ぶっ殺すぞォ!?」


 怒り心頭の男は空ぶった手を震わせ、何故か俺にまで拳を振るってきた。


 瞬間、俺の目に見える世界は静止した。


 まただ。またあの感覚。ゴブリンを相手にした時のように、俺の世界はスローモーションになる。脳が勝手に算盤を弾き始める。


 大振りのストレートパンチだ。酔っているのか、そもそもの技術力が低いのか。足腰から力の伝導は全くなく、そのまま腕だけで殴ろうとしているのが見て取れる。冒険者らしく肉付きは良いが、肉の付き方が得物を振るう形をしている。パンチには向かないだろうな。


 前までの俺ならそのままぶん殴られて気絶して終わりだったが、今の俺なら……


「は_____? すり抜け_____!? かふっ……」


 男のパンチを当たる寸前で膝を抜いて避け、そのまま落ちる身体を前に倒す。倒れる勢いで、かすらせるように顎を殴った。


 パンチの軌道すら見なくてもわかる。


 するりと隣に立った俺の横で、男は眠るように崩れ落ちた。


 マジかよ……漫画でしか見たことない脳震盪パンチできちまった……。


「うそ……あんた、今何したの? 透身のギフト……? いや違う。あれは時間制限付きで瞬時に切り替えられるほど都合のいいものじゃない……まさか、瞬身……? すり抜けたようにしか見えなかった……」

「お、おい! 大丈夫かディズ! 何にもされてねェだろうが! 寝たフリしてんじゃねぇよな!?」

「と、とりあえずプリミヤの癒しを! 天に御座します慈悲の女神プリミヤよ。今我が言祝ぎに応え彼の者の宿痾を禊ぎ払うことを希います!」


 驚いた表情で、赤い魔力を霧散させるイーラさん。こちらを見詰め何か呟いている。その子細は聞き取れない。


 崩れ落ちた男に駆け寄る仲間の男たち。それに加え、茶髪の女の子が回復の魔法?を掛けている。


 驚愕。恐怖。興奮。好奇。関心。周りから様々な感情が込められた視線が集まっているのをヒシヒシと感じる。


・[グローリアス・ヴィア]を発動します。

・敗者の成長率を勝者へ加算します。

・敗者のギフト[身体強化]、スキル[斧術]を獲得します。

・[グローリアス・ヴィア]を終了します。


 なんか貰えちゃったし。


 とりあえず、どう収拾をつければいいんだこれは。


「ハッハッハ! やるじゃないかルーキー! どっちにしろあのバカは出禁だったが、まさか冒険者になって1日経ってないド素人にぶん殴られてそのまま気絶とはね! あたしゃか弱すぎる貧弱男が今まで冒険者張ってたことが不思議でならないよ! あんたたち! こりゃ英雄譚の始まりかもしれないねぇ! お捻りのひとつでも投げてやったらどうだい!」


 一部始終を眺めていたグンさんの鶴の一声で、周りのテーブルから歓声の声が上がった。


「冒険者初日ってマジかよルーキー! すげぇな! 俺たちも聞いてて腹立ってたし、ギリ見えたがマジで爽快だったぜおめーのパンチはよ! ほら、銀貨くらいならくれてやるぜ!」

「ディズは強いんだけど、強いだけで性格良くないからねぇ〜……私も少し良い気分かも! 何よりあなたイケメンだし! 今夜私の部屋に来ても良いのよ……? はい、お捻りの銀貨ね〜♡ あ、もしその気なら部屋の割り当ては8だからね!」

「我らがルーキー英雄に乾杯! ははは! あいつ口くせぇから俺も嫌いだ! ほらよ! いい見せもんだったぜ!」


 次々と投げかけられる銀貨たち。冒険者って儲かるんだなー……。俺は呆然と飛んでくる銀貨をキャッチしているだけの機械と化していた。


「ちょっと、あんた。あたしに聞きたいことがあるんでしょ。ここじゃ何だし、付いてきなさい」

「あ、ああ。……あ、その前にご飯だけ貰わせて……」

「……ほんっと、空気読めないのね。あんた」


 半目でこちらを睨むイーラさん。許してくれよぉ! ご飯なんも食べてないんだよぉ!!!


 空気読めないやつって真正面から言われるの、結構キツイんだな……。


「読めるし……」

「うっさい! 早くしなさい!」




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