第44話 見えた希望。龍の動揺。
「話を戻すが、その封印のうち1つはアルサンクト家の地下にある。やつらの攻撃に合わせて、君達には迎撃してもらいたい」
「ふ〜ん……そう。残りは?」
「悪いけど言えないな。他の封印と比べ、今回最も手薄になるのが何故かアルサンクトなんだよ……全く、当主も当主だが、アルサンクトの家系はどこか普通の感性を捨ててしまっている」
思考を巡らせ終わると、話が進んでいる。イケメンと美少女の会話は絵になるな……俺みたいなパチモンより大分お似合いに見える。
「あぁ、そうだ。一応伝えておく。ウェイズ君の馬鹿げた空振りによって破壊された屋敷は跡形もなく元通りになってるから、今度は壊さないで欲しいそうだ」
「あっ、はい……肝に銘じます……」
「頼んだよ? さて、私はそろそろ見回りに戻らなくてはいけない。襲撃が起こったとき、あるいは起こると予想されたとき、連絡手段はそれが震えるはずだ。私としては屋敷で缶詰めが良いと思うんだが……それほどまでに君の力は強大らしいな。次は戦場で会おう」
そう言い残すと流し目で俺の首元にぶら下がる乳白色の結晶と、ピンクの貝殻を見て、するりと立ち上がる。
そしてカウンターまで行き、店主と話し始めた。
隙ができたのでよく視ると、爽やかなエメラルドグリーンの魔力が身体に巻き付いているのがわかる。魔力は鱗粉のようにも見えるが、微妙に粘性があるようだ。
似たようなのをどっかで見たような……?
「……なんだか、あんたの精霊みたいな魔力ね」
「確かに。でも少し違うような……?」
紫紺の美しい瞳をトラールに釘付けにし、イーラは小さな声でこちらに話しかけてくる。
より魔力視を強めると、飛び回る小人の影が見えた。エメラルドグリーンの少女だ。初めて見たときのあいみたいなサイズ感だな。
トラールの周りをふよふよと踊り舞う少女と目が合う。
『__あは、あはは! 見えるの? エルが? あはははは! すっごーい!』
涼風が室内を駆け抜け、俺の前まで少女がずいっと近付いてきた。
「……何者なんだ? 君は」
「? どうしたわけ?」
不思議な顔をするイーラ。どうやら魔力視の練度が低いせいでこの少女が見えないらしい。
「あー、いや……」
『おっとと、置いてかれそーになっちゃった! エルはエルだよ! 風の妖精! あのいけ好かないババアに封じられちゃったの! トラちゃんのこと、よろしくね!』
じゃ__!
既に店内を出ていたトラールを追いかけ、一陣の風が吹いていく。何ともやかましい妖精だ。
妖精は目には目を歯には歯を、みたいな感じで回避不能の攻撃をすると聞いたが……案外普通だったな。にしてもトラちゃんて……もしかしなくてもトラールのことだよな。違和感すぎる。
「今、妖精がいた」
「ほんとに? 全く見えなかったわねー……もっと練習しないとダメかしら」
「結構できてたと思うぞ。魔力視も一度も途切れてなかったし」
「ふふん。そうでしょ? 人間基準ならそこそこあたしだってセンスあるのよ」
紫の瞳が元の蒼色に戻る。どうやらトラールの話の真偽を話すらしい。傾聴する。
「早速だけど……大体は本当のこと言ってたわ。でも一つだけ嘘があった」
「ほう」
「レクサスの封印は5つのところね。それより多いのか少ないのか、そこはわからないけど……部外者にあまり知られたくないことは確かね」
「無闇に詮索すればワンチャン疑いを掛けられるかもしれないな」
「ええ。とりあえずあたしたちも出ましょ。次行くとこはサーカスなんてどうかしら」
「切り替えがすごすぎる」
▽
古着屋。腐るほどある服を1つずつ手に取り、俺に試着させ続けるイーラ。
「なぁ……もう良くないか?」
「ダメに決まってるでしょ。あと3着は買うわよ。あんたの服は普通なら悪くはないけど、あたしの隣を歩くんならむしろダサいわ。格の違いってやつね」
「ほら、これとかイケてるし、これで」
「なんでそんなに平民顔が着るような服ばかり選ぶのかしら……? あんたは顔に合った服を着るべきね」
金魚すくい。まさか異世界にも金魚が居るなんて。感激だ。
「うわ! 見ろイーラ! 金魚すくいだ!」
「はしゃぎすぎよ。この何考えてるかわからない魚のどこが良いのかしら」
「ばか、お前それはノリと勢いだろ! 俺たち宿住みだから買えないけど」
「結論は出たところで次行くわよ」
七色に空を舞う氷の粒。光の流れを操り、通路に色を付けている。
「綺麗だな」
「……ええ。かなり精密な氷魔法ね。精々が第一位階かそこらのしょぼい魔法でも、ここまで美しくできるなんて、驚きだわ」
「俺も混ざって来ようかな」
「あんたまともな氷魔法使えないでしょ。大人しく隣で見てなさい」
激闘。暑苦しい男の血と汗と涙で開催されている決闘屋。
「ウォォォォ!!!」
「効かぬわバカグァァ! シネェェェ!」
「凄い迫力だな」
「見てるだけで胸焼けしそうね。あんたはこうなっちゃダメよ?」
「ならんわ。女の子の男の好みは筋肉ある方がいいって話も聞いたことあるが……イーラはそんなことないみたいだな」
「ふん、人間の女と同じように見ないでくれるかしら」
「悪いな。イーラの好みってどんなんだろうって気になってさ」
「……そう、ね……うーん…………ん……わからない、わね」
「そうか。なら、好きな人がタイプなわけだ。俺と一緒だな」
「何それ。好きな人がタイプって、そのまんまじゃない。ふふ」
雑貨屋。綺麗なアクセサリーが沢山並べられている。
「買うわけ?」
「ん? ああ、ちょっとな」
「あんたにそんな色気があるとは、あたしも知らなかったわねっ」
「そんなムスッとすんなって。何がいいかな……」
「何でもいいじゃないそんなの」
「うるさいぞーそこ。イーラなら何を持って選ぶ? あ、異性にね」
「はーうざ。なんであたしがこんなこと……そうね。その人のイメージにあったものをあげるかしらね。髪色とか、瞳の色とか、信念とか」
「さすが、頼りになる」
「で、何買うのよ」
「イーラに見られんの嫌だから、あっちで手品でも見ててくれ」
「はぁぁぁ? ったく……先輩にだけは買わないことね! あの人すーぐ手ぇ出すんだから……」
何事もなく宵祭り1日目が終わりへと近づいて行く。それを肌で感じながら、沈みゆく太陽をベンチに座りながら眺める。祭りというのは、やはり想像よりも大分疲れるものだ。今の俺でこそそこまで疲労はないけど、前の俺なら疲労困憊だっただろう。
「いやぁー、食ったなぁ」
「満足してないで、食べなさいよこれ」
隣でモグモグとたこ焼きモドキを頬張るイーラ。食事を催促されるが、生憎俺の胃袋は立ち入り禁止の6文字を果敢に訴えてい「もがっ」
「こんな美少女にご飯を食べさせてもらえるなんて、前世でどんな徳を積んだのかしらね」
こいつぅ……! 涼しい顔で残り少なくなったたこ焼きモドキを食っている。何気なく関接キスまでさせやがって! 気にしちゃうだろ! なぁ!
口の中に広がる濃厚なソースと肉の脂を咀嚼し、飲み込む。美味いんだけど、こってりなんだよなぁこれ。
昼間より少しだけ人混みが減り、涼しい風が吹き始めている。
落ちる影。沈む夕日。鳥の鳴き声。茜色に伸びる雲。
どこか寂寥感がある。前世でもお祭りはあった。近所の名前も不確かな神社で、子供の頃不格好ながら神楽を踊ったり、獅子舞を踊ったり。楽しかったなぁ。ガムを膨らませたり、おっちゃんたちにお酒を貰ったり。
妹達にも、何か贈った気がする。髪飾りだったか? どうにも酷く懐かしい。
「__なぁ」
「なに?」
「__もし、帰りたい故郷に、二度と帰れないとしたら、イーラならどうする?」
こぼれ出た本音。テンションを上げて誤魔化し続けていた、大空大樹としての内なる感情。
「……そうねぇ……」
同じように夕日を見つめて、
「帰るわ」
元も子もないことを言い始めたぞ、こいつ。
「いや、あの、」
「帰るわよ。二度と帰れないなんてことは絶対にないわ」
「あのなぁ」
「よく考えてみなさい。あんたはどうやってここまで来たの? 故郷から来たんでしょう? なら間違いなく繋がってるわ。ここと、あんたの故郷はね」
いや、俺は異世界転生してここに来たから、その考えは通用しないはずだ。通用しない……よな?
あれ? 本当に通用しないのか?
「あたしの故郷はこの世界とは少しズレたところにある。手順を踏んでようやく帰れる」
蒼い宝石の瞳が俺を見つめる。
「もし、あんたの故郷が既に無かったとしても、それが諦める理由にはならないわ。……アルサンクトの半壊した屋敷を直した手段はきっと、物体の時を巻き戻す発掘品。信じられないような効果の能力や発掘品はこの世界の至るところにある」
「時間を遡ることだって、気が遠くなるほど昔の、ある冠龍の記録にも残ってる。今はどこで何してるのかわからないけど、それでも不可能じゃない」
「この世界は、時間も空間も次元も、全て行き来可能なのよ。……どう? 元気出たかしら」
椅子から立ち上がり、俺の前に立つイーラ。輝く夕日を背に、不敵な笑みだ。
そう、か。やりようによっては、俺は家族の元へ帰れるのか。
「……元気出た。マジで元気出たわ。お前最高の女すぎる」
「っふふ、それなら良かったわ。それとあたしが最高なんてわかりきったことね!」
思えば初日から助けられてばかりだ。俺の異世界生活はイーラによって支えられてきた。衣食住、ほぼ全てイーラが関わっている。
助けになってやらねぇとダメだ。龍神淵の穢れだかなんだか知らないけど、全部俺が何とかしてやる。
俺が帰るのは、全てが終わったあとから始めればいい。
「なんだかんだ忘れてた」
「なによ」
「今日のイーラ、マジで可愛いよ」
「__ぇぁ……そ、んなの当たり前のこと、言わなくても、別に」
「これ」
ずいっと隠し持っていたアクセサリーが入った箱をイーラに押し付ける。
「なによ、これ」
「まー開けてみろって」
何か言いたげな表情から、真剣な眼差しで箱を開けるイーラ。
「__綺麗、ね」
入っていたのは蒼く光り輝く宝石のようなものが散りばめられた髪留めだ。流麗な銀細工に少しの魔法が掛けられている。と言ってもそこまで値が張るものでもない。
「だろ? 俺の全財産の半分がなくなったぞ」
「はんぶっ、馬鹿じゃないの!?」
驚愕の表情でこちらを見るイーラ。
「日頃の感謝って言うか、そんな感じ」
「あんたねぇ、それにしたって……」
「これからも、よろしく頼むよ」
俺が微笑むと、わなわなと口を震わせ、そして口をへの字にする。俺の目の前までドシドシと歩き、屈んで、
「__付けなさいよ。あんたが付けるのが、筋ってもんでしょ……?」
上目遣いのイーラの赤らんだ顔がよく見える。
「……わかった」
蒼い宝石のブローチを受け取り、慎重に紅い髪に通していく。
「できた」
「見せて」
俺はあいの魔力を呼び起こし、小さな氷の鏡を作り上げた。
「……なによ、可愛いじゃない、あたし」
「めちゃくちゃ似合ってる。俺の目に狂いはなかったようだな! いや、まじで可愛いよお前! 良かったぁぁ!」
酷く満足そうな顔をするイーラ。こぼれた可憐な笑みが俺の心臓をノックアウトする。
これだけそれっぽい雰囲気出して似合ってなかったら精神的に死んでたぜ。良かったぁぁぁ!
「大切にするわ。ずっと、ずっとね」
「ああ。末永く身に付けてくれると、嬉しい」
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