第43話 帝国騎士とレクサスの封印。




 SCPじみた短時間の事象改変を目の当たりにしてから、早くも数時間が経過していた。太陽は未だに照り続け、今は丁度正午を過ぎたあたりだ。


 お祭り初心者のイーラは屋台の食い歩きという概念に慣れておらず、直ぐにお腹がいっぱいになったようである。ちなみにベテランお祭りマスターの俺も釣られて満腹。


 気付かれないように、そっと隣を歩くイーラに目をやる。汗ひとつかいていないそのため息が出るような美貌が気になったわけではなく、その服装に俺は激しく心を打たれていた。


 以前渡した白い雪のコートの下に、身体のラインが大人しめに強調されるいわゆる可愛い系の服。デザイン性に豊富ながらもいかつさがある雪のコートとのギャップが強く俺の脳みそを揺らす。


 俺は可愛い相方に心を踊らせつつも、少し後悔していた。イーラは柄にもなくお洒落してきてくれたのに、俺は新調した普通の服なのである。着られればいいや〜、と有りもしない幻聴が聞こえてきそうなほど、俺の格好はこの場においては酷かった。


 何か、何か逆転の一手を出さねば。


「……あっ、あの、やめて! やめてください!」

「んん? 聞こえんなあ、ひくっ、誰に何を言ってんだぁ? へへ」


 おそらく酔っ払った冒険者であろう強面の男がそこそこ可愛い女の子に絡んでいる。こいつのランクはどれくらいなんだろうか。少なくとも俺と同等かそれ以上は確実だが(冒険者ランク1)。


 隣のイーラに目配せすると、呆れたような表情で顎をくいっとする。かっこいい。近寄り、女の子の肩を掴んでいる男の腕を掴む。


「ちょっと。この子困ってるみたいなんで」

「あぁ? すっこんでろよぉ、ひくっ」


 赤らめた顔で酒臭い息をこちらに吐き出すそいつ。くっせぇ……真昼間から飲むなよまったく。怯えた表情でこちらを見て、口を半開きにする女の子。大丈夫だろうか。


「邪魔ぁすんのかよ? ならお前もぶちのめしてやんよぉ! おらぁ!」


 戦闘に慣れたせいか、どうやら遅くなった世界も必要なさそうだ。酔っぱらった状態から放たれる大振りのパンチ。軌道も威力も速度も俺の感覚にまったくそぐわない。


 軽く半歩引いて避ける。女の子に被害が向いても良くないな。ここはひとつヘイトを買おう。へらへらとうざい顔をして、全力で馬鹿にしにかかる。


「……おいおい、そんなへなちょこパンチで誰をぶちのめすんだ? 精々当たってもナメクジくらいだろ。ナメクジと今から喧嘩でもするのか? 5:5で負けそうだな」


 視界の隅で、イーラが懲りずに買ったアイスを噴き出しそうになり口を押えている。涙目になってこちらを睨んできた。これ俺悪くないだろ!


 俺の煽りを理解したのか、男は一瞬呆然としてからぶちぎれる。怒号と共に全力で俺に攻撃を放とうとするが……何か強い気配が凄まじい速度で接近してきた。


 攻撃が開始されてから俺に到達する僅かな時間で人込みを抜け、放たれた拳を掴む白色の鎧。刹那に吹いた疾風に、ノリノリの観衆も何が起こったのかわかっていない様子だ。


「__見たところ、君たちは決闘屋でもないだろう? 乱闘騒ぎは止してくれ」


 白き鎧から男の声が響く。一瞬遅れて観衆から歓声が上がった。


「あれって帝国騎士だろ!? 俺初めて見たよ!」

「ああ、俺も。だがなんでここに居るんだ?」

「__うそ、もしかしてこの声」


「ぐ、て、てめ……!? 帝国騎士!? なんでここに」

「君たちのような考えなしに祭りを台無しにする人を取り締まるためさ。これ以上暴れるなら、私も実力を行使しなければいけなくなる」


 翠と黄色のラインが入った白色の鎧から、凄まじい暴力の気配が放たれる。流石に怖気づいたのか、ぶつくさと文句を言いながら冒険者の男は人込みの中に消えていった。


 そして帝国騎士と呼ばれたそいつは俺の方に向き直り、凄んでくる。


「さて、君もこれ以上……おや、君は」

「あ、ありがとうございます! かっこいいお兄さん! 助けてくれたお礼をさせてください~!」


 女の子がキラキラと目を輝かせ、帝国騎士そっちのけで駆け寄ってくる。まったく怯えた様子がない。たくましすぎるだろ異世界市民。


「……へぇ。そういうことか。これは私も感謝しなくてはならないね」


 白いかっこいい兜を外すと、そこには身の毛もよだつような金髪碧眼のイケメンが存在していた。涼し気で怜悧な表情はこの場の女性の心を纏めて射抜いたことだろう。


 女の子も俺と騎士を見つめて頬をゆるめている。そうだ、俺今イケメンなんだった。


「失礼、私は帝国騎士トラールという。ここに居る市民のみんなには広めてほしい! 此度の太陽祭には我ら帝国騎士が付いていると! 悪漢が居るならすぐさま教えてくれ! トラブルが起きればすぐに対応しよう!」


 イケメンの演説に観衆が沸き立つ。


「騎士様が居れば安心ねぇ。うちの娘も外に出していいかしら」

「へっ、すけこましの顔しやがって。だが、頼もしいことは確かだな」

「やっぱり! 風聖トラール! ほんとに何でエレアに!? 貴族の護衛でしょう普通!」

「なんか聞いたことあるぞ」


 かくいう俺もスタンディングオベーションしたいところだ。ああいう演説ってかっこいいよね。


「……じゃ、俺はこれで。君もこれからは気を付けてね~」

「はいぃ!」

「待ってほしい。君はウェイズ君だね?」

「あ、はい」


 さっさと去って、イーラとまた歩こうとすると呼び止められた。何で俺の名前を知ってるんだ? まさか、アルサンクトの屋敷を破壊したことでブラックリストに……!?


「ここでは何だ。少し場所を変えよう」

「連れが居るんだが」

「そうか。……すまないが、連れの方には少し席を外してもらおう」


 申し訳なさそうに怜悧な表情を変えるトラール。そこに近づく紅い人影。


「悪いけどお断りね」


 で毅然とした態度を示すイーラ。これは、もしや波乱の予感?












 帝国騎士。それはただの騎士ではなく、帝国が主導する帝国騎士団の厳正な基準をクリアしたものだけが成ることができるエリート騎士。帝国が保有する数多の強くなるための知識の恩恵を受けた彼らは最低でも冒険者等級が8レベルの実力を誇るらしい。特筆すべきは一人ひとりに与えられる固有の武装、征帝器と呼ばれる武器の力だとか。何それかっこいい。発掘品とは違うようだ。


 トラールがカフェ店主と交渉している間にイーラから聞いた。先ほど風聖と呼ばれていたし、トラールの征帝器は風を操るものなのかもしれない。


 近場の適当なカフェをトラールは帝国騎士の権威を振りかざし、一部の部屋を間借りする。無理やり感はなく、トラールの美貌にカフェの店主がノックアウトされただけのようにも見えるが、そこはまぁどうでもいいだろう。


 テーブルの向かいにトラール。俺の隣にイーラだ。


「《風の秘宝トラシエル》。音を塞げ」


 トラールは何かの能力を使ったのか、周囲の音が絶える。思わず警戒しそうになるが、イーラは落ち着いているようだ。微かに淡い翡翠の風が通った気がする。


「これで盗み聞きできなくなった。警戒させてすまないな。……さて、イーラ。君は本当に話を聞くつもりか? 聞いてしまえば今後危険が降りかかるかもしれない話だ」

「くどいわよ。さっきも言ったけど、こいつはあたしのパーティーメンバーなの。そもそも冒険者なんて常に危険が付き纏ってるわ」


 イーラは真剣な表情のトラールの気遣いをばっさりと切り捨てる。


「そもそも何の話なんですか? 先日の破壊行為はもう、ほんっとうに反省しているので、兵役だけで勘弁してほしいんですが……」


 いや、本当に。マジで勘弁してほしい。借金とかもう言葉の響きが嫌すぎる。


「いや、そのことではないさ。顕光教団についてはもう知っているな? 情報源は控えさせてもらうが、彼らは太陽祭のタイミングに合わせて地上で殺戮を行い、古くから伝わるのレクサスの封印を担う楔を破壊するつもりらしい」

「封印?」

「ああ。元々レクサスという超大規模ダンジョンは”光”を封印するために神々によって作られた封印の、いわば副産物に近いものなんだ」


 第8レクサス第1階層、塩深の海辺。日の出と共に砂浜に塩が湧き出で、夕陽と共に塩が海へと還っていく特徴があるあの場所で釣り上げられた細長いドラゴンの言葉を思い出す。


『"銀月"。貴様を殺せば少しはここの足しになるだろうよ』


 迷宮都市エレア第1番街4区、伏せ森商店。恐ろしくも美しい翡翠と金の輝きを放つ強エルフ、ヘリエルの言葉を思い出す。


『流石の銀色もか〜……なんと言うか、ご愁傷さま? だね〜』


 直感が勝手に脳内で断片化された情報を繋ぎ合わせていく。


 足しになる、か。レクサス内で生き物が死ねば、何かレクサスに良いことが起こるということだと思うが……。レクサスが”光”を封印するために作られたものだとするなら、レクサス内で生き物が死ねば、その力が封印に使われるということだろうか? 


 気付けば集中しすぎて世界は遅くなっていた。


 だとするなら、なぜレクサス内にモンスターが現れるんだ。明らかに無意味なエネルギーの消費だろう。封印に使うために必要な力を使ってまで、封印に役にも立たないモンスターを生み出すのは無駄すぎる。


 いや、違うのか? 封印に使うための力ではなく、”光”から奪った力だったとすればわからなくもない。”光”を封印しつつ、封印のために必要な力は”光”から吸い上げる。これなら大分効率がいいな。だとすると生み出されるモンスターは吸い上げられた力の化身ということか。わざわざモンスターとして形を成しているのは何故だ? うぅむ。想像は膨らみそうだが、これ以上は確実性がなくなりそうだな。


 3000年前くらいに”銀月”が宙から降ってきて、そこで巻き込まれたとヘリエルは言っていた。ということは3000年前から封印は行われていた? 初日を思い出せ。受付嬢によれば迷宮都市エレアができて600年。3000年前からレクサスがあったとすれば、2400年経ってようやく迷宮都市ができたというのは流石に遅すぎやしないか。豊富な果物、動物、魚、鉱物、木材。放っておく理由がない。3000年前に"光"は封印され、そして2400年経って不可視の封印が形をもってしまったとかか? うぅむ。


 正直Y〇utubeで考察動画を見まくっていた俺からすると楽しくて仕方がないぜ! 異世界サイコー!


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