第42話 運命失格。
透き通る太陽の光が、地上を生きるものに賦活の祝福を授けている。小鳥が歌い、澄んだ風が駆け抜ける。雲ひとつない晴天は前日の雨に萎えていた人々の活気を完全に取り戻していた。
定期的に大勢の足取りに粉塵が巻き起こり、そして巻き上がった土埃を風魔法使いが散らして己のパフォーマンスを披露する。
ほぼ全ての大通りの真上に、水魔法と氷魔法を混合させて作られた輝く氷板による宣伝が行われている。どれもこれも市場に席巻する大手商会のものばかりだ。
どこかでむさ苦しい男たちの歓声が上がり、倒れ伏し気絶した大男を後目に、決闘屋が挑戦者の金をふんだくる。
意気揚々と吟遊詩人が太陽のサーガを唄い、曲に合わせて踊り子が舞う。太陽の神ミオスを信仰する信者たちが講演会を開き、人々に説法する。
太陽祭の宵祭りは既に始まっていた。
「おい……あれって」
「ん? おっ、ぇぇぇえ……? イーラか? イーラだよな……あんな格好できんのかよ……声掛けてこようかな俺」
「イーラの隣見ろって、お前じゃ色々足りなすぎる」
「あぁ? てめ、……あー……うん。ありがとな」
「いやー! 何とも見物しがいがあるというものでござるなー! おっ、これは……いくらでござるか?」
「そういや、今朝騎士団がやけに忙しなく動き回ってたよな。なんか知ってるか?」
「あぁ、俺も詳しいことは知らねぇが、何やら帝国のお偉いさんが見に来るらしいぜ。今頃スラム街のゴロツキどもでものしてんだろ。ったく引き篭ってりゃいいのによ」
「皇女様来ねぇかな……一目見てからよ、俺ぁあのお方の味方するって決めてんだよ」
「言いたいこたぁわからなくもねぇな。ったく立派な皇女様に比べて俺らの息子と来たら……なぁ?」
「っはは! 違ぇねぇや」
「お母さん見てー! すっごい綺麗な人たち!」
「こら、もし怖い人たちだったらどうするの。やめなさい。でも……確かに綺麗ね」
「なぁ! 隣の通りにマブいねーちゃん居るんだよ! お前も来いよ!」
「そこまで言われちゃ、行くしかないな」
「……今日はアレだ」
「ヒヒッ、りょーかい」
「にゃは! これで8個目〜っ! 運が向いてきたかもしれにゃいにゃ〜!」
「くそぉッ! これだから猫人は嫌いなんだ! 取るもん取ってさっさと帰れ! あぁ、くそ……せっかくの天命石が……奥さんになんて言えばいいんだ」
「何あのイケメン……もしかして楼艶館の隠し球とか!? お相手するなら幾らかかるかな……」
「男娼通いに頭でもやられた? もしそうなら護衛なしで外出ないわよ」
「確かに……てことは一般人!? ワンチャンあるってことだね!?」
「やられてるわねこれは……これでも食っときなさい」
古今東西老若男女、獣人樹人虫人亜人、エルフにドワーフ、ドライアドにあろうことかお忍びで来た聖国の聖霊など、あらゆる種が談笑し、迷宮都市エレアを練り歩いている。
太陽の恵みは日輪の下に生きる全ての存在に平等に与えられるが故に、太陽の神を奉るこの祭りには種の垣根がない。これも帝国という汰種族で成り立った国の性質あってのものだろう。
帝国はおろか周辺諸国の信仰をぶっちぎりで獲得するナンバーワン宗教、ミオス教の人気は凄まじい。
「んぅ〜っ! 甘くて美味しい! こっちも頂いちゃおうかしら!」
「おう! っへへ、美味いか。こいつらも美女に食われて喜んでらぁ。そっちの綺麗な兄ちゃんはどうする?」
「じゃあその青いやつと、連れが食ってるやつで」
「まいど! あんたらのお陰で売上が上がりそうだ。少しまけとくさ! ははは! 楽しんでけよ! 若人!」
「お代はこれで宜しく」
そしてここにも、太陽祭の宵祭りに心を踊らせる若者たちが居る。柔らかく靡く白銀の髪と、艶やかに太陽を反射する真紅の髪。その髪質に見合うだけの容姿を持った2人組に、宵祭りを楽しんでいる民衆も注意を惹かれてしまったようだ。
げろあちぃ〜……!
暑い通り越して熱さすら感じる日差しにうんがりしながら、かき氷屋さん(?)で冷たいお菓子を貪る。
俺とイーラがかき氷を食べている間も間断なく大通りに行列が続いている。
というか人間居すぎだろ! ピーク寸前の渋谷じゃねぇんだぞ! 俺は異世界ってもうちょっと人口密度低いもんだと思ってたけどね! これは銀月の魔力で涼むという雰囲気ぶち壊しの禁じ手を考慮に入れざるを得ないか……?
しゃくしゃくと小さな口で一生懸命かき氷をかき込んでいるイーラ。俺は銀月の魔力で冷えることになれたせいか頭がキーンとならないが、貴様はどうかな?
「そんな急いで食うと頭痛くなるぞ〜」
「っふ、あんまりあたしを舐めないことね。あんただって食べてるじゃない。そんなの__! ぅぅ、」
「言わんこっちゃない」
ドラゴンベビーガールめ。愛らしい面を見せてくれるじゃないか。俺の心にクリティカル100万ダメージ。俺は萌え死んだ。
微笑みが止まらねぇぜ。
「イーラってこういうの食うのって初めてなんじゃないか?」
「ぅぅ……、そうね。故郷じゃ人間サイズのこういうのないし、そもそもそういう文化がないもの。心做しか舌まで変な感じ……危険な食べ物かもしれないわね……!」
少し深刻そうな顔をして何やら懸案している。かき氷が危険な食べ物て、可愛すぎる。冒険者に必要な知識や実践的なものは学んいるようだが、生活に根ざしたものにはまだ詳しくないらしい。
「かき氷に危険を覚える冒険者が居るらしい。可愛いと思わないか」
「……うるさいわねっ、ほら! 次行くわよ」
自らの世間知らずっぷりを恥ずかしく思ったのか、顔が少し赤くなる。そしてズンズンと人混みを進んでいき、今度はフランクフルト……? いや、デカイソーセージか? の店に辿り着く。
それはあまりにもデカく、
「……なぁ、デカくないか? 食えんのこれ」
「へいらっしゃい! 1本1000コルだが、恋人セットで2本1600コルにしとくよ! べっぴんさんたち!」
「……2本、1500コルで貰えるかしら!」
「っはは! いいねぇ! へい2本お買い上げ! へっへっ、兄ちゃんいい女連れてるじゃねぇの! 愛想尽かされねぇようにな!」
「あ、あぁ……勿論だ。これで頼む」
「あたしの方が稼いでるし、あたしが出すわよ。さっきも言ったけど! ってちょっと?」
イーラの声も素通りし、真っ白な思考で機械的に店主に金を渡す。菩薩のような笑みを浮かべた俺の脳内は風速100kmの嵐の領域と化していた。
エェェェ!? これ食うの!? 絶対後悔するってェ! というか恋人セットォ!? まだ出会って9日目なんですけど! 少し性急が過ぎるって! 俺的にはこう、もう少しゆっくりじっくりお互いの時間を重ねて、十分に知り合ってからそういう関係性を築いていきたいというか、そもそも俺みたいな何の努力もできてないゴミがイーラの恋人っていうのも土台おかしな
もごっ。
「っふふ、綺麗に入った! どう? 美味しい?」
「……旨い」
狙い済ましたように口の中に黒光りする太い肉棒を突っ込まれ、思考を強制ストップされる。黒いタレの味はかなり濃いが、この濃さが癖になる。口の中で食いちぎると、中から肉汁が溢れ出し男の脂っこいものが食べたい欲が満たされていく。
本当に旨いじゃんこれ。
「それなら良かったじゃない。安く済んだし、節制は冒険者の基本よ」
イーラは悪戯が成功したような顔で肉棒を齧っている。暴走した非モテの思考をたった一撃で止めるとは、やるじゃないか。イーラめ。
顔が日光のせいか熱い。
「見世物、見に行こうぜ」
「ええ。あたしも初見だから、直感持ちのあんたに頼んだわ」
場の空気を変えるべく俺は次の一手に出ることにした。二人で歩きながら、何か面白いものがないか練り歩く。
くそ、これしきのことで動揺していてはモテる男の基本である余裕さが演出できないぞ、俺。冷静に、クールに己を俯瞰しろ。
バカでかい肉を食いながら歩いていると、いかにも占いをしていそうな雰囲気のある老婆が水晶玉に手をかざして唸っていた。イーラに目配せして、試しに行ってみる。
「すいません、ここは何の」
「占いじゃよ。運命を覗き、辿るべくして辿ることになる未来を星々の力を借りて垣間見る秘術さ」
なぜか蒸し暑いこの環境にも関わらず、その老婆の放つ迫力に俺は冷ややかな冷感を覚えていた。心なしか音も間延びし、まるで世界から断絶されているようだ。
思わず辺りに目をやるが、特に変わっている様子はない。人が歩き、太陽が燦燦と輝く。イーラが俺の反応を見て首をかしげている。
なんもねぇってことはただの迫力かよ。すげぇなこの婆さん。
「ほほ、そう警戒するでないわ。悲しいじゃろ? 色男」
「そうよ。なんか涼しいと思ったら、お婆ちゃん冷気の魔道具使ってるのね。豪勢なことだわ」
水晶玉を載せているテーブルクロスの下に目を向け、そうイーラがつぶやく。
「バレちゃったかの? ほほほ、まぁそこに座っとれ。ここに来たということはそういう運命があったということじゃ。遅かれ早かれまた来ることになるでな」
大人しく俺とイーラは老婆の正面の椅子に座り、出された飲み物を啜る。美味しいな。冷たいお茶だ。玄米茶に近い風味。
「どれ、一息ついたところで……先にどっちの運命を見たいんじゃ?」
老婆の問いかけに即座にイーラが反応する。
「それじゃあ、あたしから占ってもらおうかしら! 結構特殊な生まれでね。見通せなくても大丈夫よ」
心なしか目がキラキラしている。声音も抑揚が強く、めちゃくちゃ楽しみにしているようだ。わかる~! こういうのわくわくするよな!
「ほほ、そうかいそうかい。どれだけ強かろうと、どれだけ大きかろうと、生き物という時点で星の視座からはそう違いはないものじゃ。安心せい。さぁ、手を伸ばしなさい」
言う通りに手を伸ばすイーラ。そのキラキラとした目線は水晶玉に向けられている。数秒経ったが、特に水晶玉に変化はない。
「__ほぉ、これはこれは……あ、この水晶に意味はないからの? いわゆる雰囲気づくりっちゅうやつじゃ。ま、どうせなら映らせてみるかの」
お茶目に笑う老婆。イーラの雰囲気がちょっと沈む。子供か己は……子供だったな。
水晶に映し出されるのは夕日のような色をした炎。何かの流れに巻き取られるように、その炎は揺れ動き、龍の似姿を象った。
「映るのは輝く炎。大きな運命の中心に導かれ、お前さんは己の本懐を知ることになるじゃろう。膨れ上がる暁色の炎はいずれ龍の形を象り、そしてその首を落とされ__んん? まぁよい、か……?」
老婆の言葉に呆然としているイーラ。湧き上がる感情に身体が少し震えている。将来お前首墜とされるぜ! って言われて気分を害すのも仕方ない。
慰め的な言葉を掛けようとするが、俺の口から放たれる前にその言葉の意味は失われた。
「す__すっごいじゃない! 占いって眉唾物のペテンじゃないの!? 聞いた!? ねぇ聞いたかしら! 龍の形を象るって言ったわよね!」
「あ、あぁ。確かに言ったな!」
肩を掴まれて揺さぶられ、俺はとりあえず同意した。こいつまったく自分の死に方に頓着してねぇ! えぇ!? 首墜とされるって結構ショックなんじゃないのぉ!?
「そうよね! ふふ、良いことを聞いてしまったわ。ありがとう、お婆ちゃん!」
「ほほ、途中見えづらいこともあったが、気に入ったようで何よりじゃわい」
微笑む老婆。今日のイーラは年齢相応だ。普段の冒険者としての姿は跡形もなく、16歳の女の子に相応しい様子を曝け出している。
「さて、次は色男の番じゃな」
「よろしく頼む。マジで」
いや本当に頼む。惨たらしく死ぬ未来とか占われたら俺もう醜聞かなぐり捨てて老婆に泣きつくからね。
深呼吸し、手を伸ばす。
数秒ほどしたが特に自分の体に変化はない。しかし老婆には何かが見えているようだ。
水晶玉に映り出すのは小さな無色透明な輪郭だけの光。それは時がたつにつれ、闇に消えかけた瞬間突如白く変色する。周りの巨大な光に揺れ動かされ見るからに不安定だ。巨大な光はたくさんあった。紫に灰色に金色に、銀色、赤に青に黄色に、桜色のものもある。時たまに黒い雷が響いている。
なにこれ? LEDライトの広告みたいだ。
「んん……? 気合を入れねばいかねばじゃな」
そして数多の光と接近し、その色を分けて貰ったり、逆に消し飛ばしたり。
「映るのは光。微かで朧気で、今にも消えてしまいそうなその光は、しかし決して消えることはない。これは……川のせせらぎ、星の河。なにか強固な思い出があるようじゃな」
何のことだ? 川、星の河……あれ、なんだったか。何か俺は大切なことを忘れて、
「周りに恵まれるが、巨大な闇に飲み込まれ己を除いていくつかの光が消えている」
闇に飲み込まれ、赤色青色黄色、その他にも多くの光が消え去る。
不安すぎる。何が何を暗示しているんだこれ。イーラのときみたくわかりやすくしてくれよォ!
「そして__ん、? これは……?」
白い光は徐々に膨張していき、突如ノイズのような音と共に映像がズレ、高速で何かが流れたあと全てが掻き消えた。そして白銀の月が現れ__水晶は何も映さなくなった。
___みられた。ふふふ、すごい、すごい___
「__重複する運命、世界の中心、白銀の月、生まれる世界、尖兵、桜の花びら、死臭、星の光、”光”、再演、龍、荒廃した地、太陽、山道、創造主、滅ぼされる無数の……、枝分かれする数多の道」
鬼気迫った表情でぶつぶつとよくわからない単語を呟く老婆。気付けば固唾を飲んでいるイーラと俺。
「そして__扉」
くらくらと身体を揺らしたあと、頭を押さえて飲み物を飲む老婆。
結局なんなんだ? え? いらんからそういうホラー展開。何も読み取れないですけど……? 何か言ってよマジでさぁ!
「こ、これは一体何人の__そうか。隣のお嬢ちゃんの未来が上手く見えなかったのはお前さんが原因か! お前さんは一体何者なんじゃ……!? ま、ずい。見過ぎて力が」
何か恐ろしいものを見たかのように俺を見る老婆。そんなん俺が聞きてぇよォ! 老婆の姿がブレる。微かに見えたのは人間のものとは思えないほど整った容姿の金髪の女。身体からは金色の魔力が漏れ出ている。あの求婚女のヘリエルにも見えた魔力だ。
「え、あの、えーっと……? お婆さん? いやお姉さん? 大丈夫そうですか?」
俺の言葉にも全く反応しない女。
「なぜ見通せなかった? いや、違う。私が呼んだのではない。は、はは……まさか流れに私を引き摺り下ろし、巻き込んだのか、? たかが人間ひとりの運命で? 冗談ではないぞ! 貴様と関わったのは間違いだったッ! 《
老婆が叫び、そして__まるで先ほどのことが嘘だったかのように、占い屋の店舗ごと掻き消えた。
■? え■ 何が起■った? ■体、な■が
「? どうしたの? 急に立ち止まって」
先を歩いていたイーラが振り返る。立ち止まった俺を不思議に思っている表情だ。
あれ? 俺今何してたんだっけ。
__ああ、そうだ。歩きで食うにはこの肉棒は大きすぎるから、どこかで落ち着いて食える場所を探してたんだった。
「ちょっと立ち眩みしただけだ」
「そ。少し疲れてきたし、さっさと座って食べたいところね。直感で座る場所とかわからないのかしら」
「無茶言うなって。そこまで万能じゃ……試してみるか?」
___ふふ、ふふふ。すこしなまいき___
直感を試そうとすると、耳元で鈴の音が響きあいの声が聞こえる。
どした? なんか少しご立腹な様子だが……俺なんかしちゃったかな。
___たしか~、こう? さぁ、思い出して___
銀月の魔力が溢れ、そして俺は先ほどの奇妙な体験を思い出した。
……さっきの女、なんだったの? こわすぎだろ。異世界でホラー味わうのこれで二回目なんだけど。
「なぁ。俺たちって、占い屋……行ったよな」
きょとんとして、イーラはこう答えた。
「行ってないわよ? でもいいわね、占い屋! 探してみましょ! なんというかロマンがあるわ!」
「あ、あぁ、そう……」
異世界は人の認知すら誤魔化せる化け物が居るらしい。助かった、あい。
___どういたしまして___
……とりあえず、肉食うか。一切反応しなかった直感に疑いの目を向けつつ、冷や汗で湿った身体を日光で暖める。
「なんとなくわかった。多分こっちだ」
「うそ、本当にできるもんなの? すごいわね~……ほら、行きましょ」
宵祭りはまだまだ続く。
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