第8話 猿でもわかるエルフ式魔法。


 正直目の前のエルフ2人組のバックボーンが気になって仕方がないが、今日のところはさっさと退散して宿を探さねば不味い。宿無し野宿とか死ぬど。


 30秒ほど彼女らが落ち着くのを待ってから、俺が伏せ森商店に来た本来の目的を告げる。


「あー……一応革袋を買いに来たんですけど……大丈夫ですか?」

「はい! 勿論です! 見たところこの街に来たばかりのド新参ですよね! そういった貧乏銭無しの方々にも、うってつけの革袋をご用意してますよー!」


 新緑の髪をポニーテールに結んだネイルと名乗ったエルフは、輝かしい笑顔で返事をする。陽気オーラで蜃気楼が出そうだ。


 しかしところどころ言葉に棘を感じる……。棘というか、さてはこいつ純粋に口悪いタイプだな? さもありなん。


「僕が買ってあげてもいいんだよ〜? えへへ〜」

「もー、どうしちゃったんですかほんとにー……後でお話聞きますから、今は2階に引っ込んどいてくださいね! 夢幻、うつつ、異界の仔猫。空抜き」


 にへらと笑うヘリエル。何と言うか……ダメ男を甘やかす限界OLみたいだ。

 ネイルは買い物籠を緑溢れるカウンターに置きつつ、片手をヘリエルに向け謎の詠唱を唱えた。何か不思議な力を感じる。


 夢幻、現、異界の仔猫、空抜き。覚えたぞ。魔法の詠唱だろう! なぁ! お前魔法だろう!?


 不思議な力を仮称魔力とする。感じ取ろうと意識すれば自分の身体の中にも同じように湧き出る魔力が認識できた。なんだ、思ったよりだいぶ簡単に感じられるもんだな。


 俺の視線の先ではゆっくりと店内の床に沈み込んでいるヘリエルが見える。よく見るとベリエルの下に黒い渦が出現しているようだ。


「う、うわ〜ひどいよ〜! 運命の人なのに〜! この人を見て何も思わないなんて、もう少しだけ頑張って魂視の修行もさせるんだったかなぁ〜……あと無詠唱でも空抜きくらいはできるようにしないといざと言う時さ〜」

「魂視なんて悟りを開いた長老連中レベルの人しか出来ませんよ! さっさと落ちてください!」


 むむむと片手だけでなく両手をヘリエルへ向け、目を瞑り集中しているネイル。おそらく魔力の操作や魔法の操作をしているのだろう。


 目に見えてヘリエルの沈み込む速度が上昇する。


 魔力、魔力か。全身に魔力を廻すことで身体能力の強化や、身体の外に魔力の鎧を纏う魔纏なんかを異世界ファンタジーではよく聞くが……待ってる間暇だし試しにやってみるか!


 俺も目を瞑り、魔力の操作を試みる。


 身体の下腹部らへん……丹田というやつか? から生成される魔力を動かす。あー、うーん……お、出来る、出来るわこれ。

 

 そして動かせる魔力を全て両目に集中させる。視神経、眼球、毛細血管、瞳孔、虹彩、脳。視覚に関わる全てを意識し、その全てに魔力を通す。


 1回動かしたら魔力はどんどん動きやすくなってくる。楽しいな。集まった魔力を更に凝集し、圧縮する。


 そしてゆっくり目を開けると、そこには眩いまでに輝く翡翠と金色の光り輝く気体のようなものが目に入った。何故かその光を直視しても目が痛くない。綺麗な気体の出処はやはりヘリエルだった。


 この気体はおそらく空気中に漏れ出たヘリエルの魔力だな。と考えると……


 隣に目を向けると、深緑色に微かに輝く魔力を両手の先に集め、空中に浮かぶ無数の文字に流し込んでいるネイルが見えた。 


 深緑の魔力が常に文字列を満たしているようだ。


 すげぇぇぇえ! なんだこれ! こんなの見えんのかよおもしろ! かっこよ! めっちゃ綺麗だし! 異世界最高! えーと、そうだ。さっきの詠唱が……


「夢幻、現、異界の仔猫。空抜き……だったかな……お?」


 先程の単語を唱えた瞬間、無数の文字が俺の身体の周りに発生し、魔力をがむしゃらに奪おうとする。一つ一つの文字に魔力が引っ張られているようだ。


 あー、そういう感じね。詠唱は上手いこと魔力を思い通りに動かすための補助みたいなもんか。となると発生した文字は魔力をどう活用するかの仕様を決めるためのもの? やはり文字の形をとるだけあって読めれば意味が通ったものになるんだろうか。


 この世で最も才能ある者が、爆速でエルフの魔法の仕組みを解き明かす。


「いい加減観念してくださいよー……ってえぇ!? うそぉ!? 死ぬほど詠唱省略したのに猿真似でマジックスペルが発生しとるぅ!? あぁもう! それ制御できます!? 無理ですよね!? クソ危ないんですよそれ!」

「あ、いや、できます」

「そりゃそうで____えええええ!? 出来るんですかぁ!? ……それが本当なら大人しく観念しない師匠にさっさと空抜きを発動してください! 誘導しますから! 素人のマジックスペルとか怖いんですよもぉ!」


 言われた通りに宙に浮かぶ半透明な文字に魔力を注ぎこむ。対象はヘリエルだ。早く注ごうとすればその分文字の原型が保てなくなり、遅く注げば魔力の文字を式が完成するまで保ち続けることが難しくなる。


 面白いな。習字みたいだ。


 特に問題なく出現した文字に魔力を注ぎ込み終える。5秒ほどだ。するとヘリエルの下の黒い渦がより大きくなり、遂にその身体を全て飲み込んだ。


「うそ……ほんとに出来てる……先祖返りの大天才の私でも10年は掛かったのに……」


「ぐわ〜」


「……」


 ヘリエルが消えたのを確認して、文字に魔力を注ぐことをやめると、文字たちは透明となり解けるようにかき消えた。


 静寂。


 店の外から差し込む赤い光が完全に消え去る。日が落ち、店内にぶら下がる白い蕾が花開いた。花の白く輝く蜜が美しい。


 日が落ちると咲く光を放つ花か。店内の照明か? 異世界お洒落だなー……。


 気まずそうに立ち尽くす2人がそこには居た。


「……えっと、とりあえず……革袋、革袋かー……ネックスブルの雄の革袋なんてオススメですね! それと、この後お時間ありますか……?」

「あ、じゃあそれを2つほど頂けますか? ……ちょーっと今夜の宿探しに忙しいので……すみません」

「はい! かしこまりました! では金額は1つあたり3900コルとなりますので、7800コルとなります! あ、いえ……こちらこそ急なお願いすみません……」


 業務的内容だ。先程騒いでいたエルフとは到底思えないほどの切り替えっぷりである。正直こっちは色々聞きたいことはある。


 マジックスペルとか、空抜きと言う魔法はどんな魔法なのかとか、何故強キャラエルフが俺に求婚してきたのかとか、マジで色々聞きたいことはあるけど本当に野宿になっちゃうよもぉぉぉ!


「10000コル銀貨しかないんですけど良いですか?」

「勿論です! では頂戴して……こちらがお釣りの2200コルとなります! 大銅貨と小銅貨でお渡ししますね」

「あっ、ありがとうございます……失礼しまーす」


 ここらで失礼させてもらおう。初めての異世界の夜を野宿は本当に不味い。海外の治安よりも更に悪い異世界とか怖すぎる。俺は死にたいわけじゃないんだ。いざと言う時はしゃあないかなーって認識なだけで。


「ありがとうございましたー! ……申し訳ないんですけど、また後日いらしてくださると助かります……!」

「絶対行くんで、それじゃあ!」


 急いで伏せ森商店から飛び出す。手持ちの貨幣が袋に入っているのでとても走りやすい。


 う、うぉぉぉお! 初めての魔法にテンション上がって余計なことしなきゃ良かったァ!


 真夜中になる前にゴーサンの星華亭とやらに行かなくては。ここはイチニーだから……くそ遠いじゃねぇか! もっと時間ある時に来ればよかった! でも魔力も知れたし幸せならオッケーです!


 走りながら全身に魔力を廻す。魔力は基本無作為に体内に充満しているようだ。それを血流に載せて規則正しく循環させる。体内に漏れ出そうになる魔力を全て押し留めてみるが……


 やべぇ何も起こらねぇ! いや、たしかに感覚は冴えてる感じするけど身体能力が向上してる感じは全くない。また素の身体能力で5キロ以上のマラソンパルクールになるのかよぉ! しかも暗いし!


 今夜、俺は闇夜に瞬く風となる。

 

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