第28話 "光"の信徒、赤鎧のドゥーグ。


 よたよたと、全身擦り傷だらけの状態で大通りを歩いていく。流石に少し注目はされたりもするが、このくらいの負傷ならそこまで珍しいものでもない。路地裏で喧嘩してる荒くれとか片耳なくなって出てきたりするからな。


 沈みかけた太陽の光を背に、頭痛に耐えながら新たな力の使い道を考える。どうしようかなぁ、念動力。使うと頭いてぇんだよなぁ。


「……あの魔力は……銀髪? あっ! こんにち……わわっ! ど、どうしたんですかその怪我!? ウェイズさんですよね!?」


 後ろから声を掛けられる。おっと、くたくたに疲れ切っているとは言え、今の俺に気付かれずに背後に来るとは。なかなかにやりよる。


 このちょっと癖のある鈴のような声は……


「あー、アルアルか」

「アルアルって何ですか! 私の名前はアルヴェルですっ! というか頭も身体も大丈夫なんですか?」


 後ろへ振り向くと、心配そうな顔で駆け寄ってくるアルヴェルの姿が見えた。青黒い髪に輝くキューティクルが少し眩しい。


 その空色の瞳には微かに魔力が込められていた。何かを読み取っているのか、俺の肉眼では詳細までわからない魔術式が瞳の中を流れている。


 流石にこれを模倣するのは無理だな……まず全容すら把握できない。見た目でわかって、構造もわかりやすければいいんだが……エルフ式の魔法と違って、何かプログラムコードのような緻密な式が空色の瞳を這い回っている。


 正直ちょっと怖い。


「んーっと、そうですね……イメチェン以外は……あー。そこまで大事になりそうな負傷ではなさそうですけど……一応念のためですっ」


「"紙片"、開帳。実行、3ページ5行目」


 小声でブツブツと唱えているが、俺には問題なく聞こえている。ほうほう、"紙片"とな。


 唱え終わったアルヴェルに特に変化は見られない。魔力の動きもなく、また新たに魔術式が出現するということもなかった。


 そう思った直後、蒼色の光が現れた。俺の身体がじんわりと暖かくなり、残った負傷が冷やされたような気がする。見てみると、負傷は全て消え去っていた。


 嘘だろ。何の予兆も感じ取れなかった。


 同じだ。銀月の精霊や、強キャラエルフが現れたときと、同じ感じがする。


 原理や仕組み、過程を吹っ飛ばして結果だけを持ってきたような現象。間違いなく魔力は動いていないよな。ならどうやって……?


「お、おお! ありがとう! すげぇなアル! お陰で身体が随分と軽くなったよ!」

「えへへ〜、どういたしまして。あれから2日間! 私もそこそこ、この国や都市、そして魔法について調べたりもしたんです」


 自慢げな表情になり、ふふんと胸を張りながら俺の隣に並んで歩く。


「ま、まぁ……その調査の途中で質の悪い宿屋で魔導書を奪われかけることも1度や2度、いや3度ありましたが……そこはもう対策したので大丈夫です!」

「マジかよ。凄いじゃないか。どうやったんだ?」


 んーっと暫し考える仕草しながら、チラチラとこちらを見るアルヴェル。明らかに迷っている。


「……まぁ根本的な魔法体系そのものが違いますし、大丈夫かな。説明しましょう! この大魔道士アルヴェルの偉業を!」


 照れくさそうに言う。


「と言っても、私がしたことなんて故郷の空間魔法とこのせ__国の空間魔法を組み合わせて、常に魔導書を見えなくさせただけなんですけどね」

「……へぇ〜。だから回復魔法を発動したときも、何も見えなかったのか」


 なるほど? 普通の空間魔法と、別の異空間に存在する魔導書による故郷の空間魔法? の組み合わせによって異空間から回復魔法を発動させたということか? 


 しかし、空抜きや月潜りの使用によって空間魔法に対する感覚が養われつつある俺からしても、全くわからなかった。


 おそらくそれがアルヴェルの故郷の魔法の特性。魔力が現象を象るんじゃなく、魔力を消費して現象を顕現させる__そういうイメージだな、きっと。


「そうそ__えっ、ウェイズさんもしかして魔力の動きが見えるんですか?」

「おう、ばっちし見えるよ」

「凄いですね! 魔力視ができる人間は少ないらしいのに」


 アルヴェルと楽しく会話しながら歩いていく。彼女の回復魔法のお陰でかなり体調も良くなった。頭痛も減ったし、神魔法すぎる。


「……ちょっとすまん」


 さりげなく隣を歩くアルヴェルに近寄り、彼女の懐に伸びた手を叩き落とす。ちぃっと舌打ちをして面長の小汚い男が走っていった。


「! ありがとうございます……!」

「気にすんな」


「俺が今向かってるのは星華亭っていう宿屋だな」

「へぇ〜! いいですね! スリや寝込みを襲う輩なんかは居ないんですか?」

「流石にそこまでグレードの低い宿屋じゃないはず……」


 そんなことはグンさんが許さないだろう。ギッタンギッタンのぼろ雑巾になるまで犯人をボコボコにする未来が見える。


「私もそっちの宿にしてみようかな……でもおかねが……うう」

「あんまり稼げてないみたいだな、その様子を見るに」

「そうなんですよ〜……調べてみるに、冒険者がいちばん手っ取り早くお金を稼げるとはわかったんですけどね……」

「星華亭はルーキー冒険者御用達の宿屋だぞ。たまにベテランもちょこちょこ居るし、丁度いいんじゃないか? 治安もいいぞ」

「……聞いていいのか迷っていたんですが、聞いちゃいます! その頭と目はどうしちゃったんですか?」

「まぁ……色々あってなぁ。契約してる精霊との代償的なやつだと思ってくれ」


 地味にグンさんの娘さんも腕っ節があるからな。宿屋に泊まる冒険者からちょくちょく武器の指南を受けており、得意とするのはハルバードだとか。娘さんがご飯を届けてくれるときに少し話すんだがそのとき教えてもらった。


「……あ、この路地裏……私とウェイズさんが出会った場所ですね」

「そうだったっけ。あー、確かにこの角を曲がろうとしたときに声が聞こえたんだったな」

「2日前とは言え、懐かしいものです。そういえば、先程はどうしてあそこまで負傷していたんですか?」

「そう! 聞いてくれよ__!?」



 静寂。満ちる活気が掻き消えた。



 脳裏に過ぎる強烈な既視感。


 おい、いい加減にしろよマジで。ええてもう。もうお腹いっぱいなんやて。このくだりもうやってるんやって。


 無人の世界。砂塵のみが吹き荒れ、物悲しく音を反響させ__


「ッ! ウェイズさん__は居ますね! 聞いてください。は何らかの異能による位相遷移によって引き起こされた空間の隔離現象です! アンチ位相遷移術式を組むにも時間が少しかかり__あっ、えっと、なんて言えば伝わるんでしょうか……」


 否。この空間には俺の他にも引き摺り込まれた者が居るようだ。


 真剣な表情で、間断なく警戒しながら俺に何かを伝えようとするアルヴェル。


 直感は……動く。魔力の方も問題ない。今回の空間の特性はギフトやスキルの無効化ではないようだな。


「あー、いや……うーん。大丈夫、伝わってるから。なんならこの手の輩をぶっ飛ばしてきたから俺はさっきまでボロボロだったから」


「そ、そうだったんですか!? ほぇ〜……物騒なんですねこの世の中……故郷だと無許可で位相に干渉するのは普通にご法度だったんですが……」


 安心させるようにアルヴェルに微笑み、血なまぐさい気配を感じる方向へと向き直る。前衛は俺、後衛はアルヴェルってとこか?


 出てこいよタコが。瞬殺してやる。俺はさっさと家に帰れると思ったらまた誘拐されてイライラしてるんだ。



「面白い話を聞いてしまったな。"贄"程度にまさか我ら戦光司祭が負けるとは到底思えんが……どれ、実際戦って確かめてみ」

「遅せぇんだわ、タコが」



 遅くなった世界。


 [身体強化Lv2]、[疾駆Lv5]、[格闘術Lv2]、[音消しLv2]、[体術Lv4]を同時に強く意識し、その力を引き出す。あのインチキ槍野郎からスキルの引き出し方を学んだ。明らかに動きに対して威力が大きかったからなあの投槍。多分こんな感じだろ。


 さらにプラスして念動力、出力最大。対象、俺。方向指定、あいつ。得体の知れない推進力が体を包む。


 ダメ押しに、魔力を手繰る。銀色の魔力を纏い、銀紋刻印。全ての身体機能が高まり、くっそ寒くなる。


 それら全てを統合することで、遅い世界でなお早い爆発的な加速は実現した。


 目標はあの偉そうな口調の全身鎧。ライダーキックで一撃でぶっ飛ばしてやる。


 しっかりと着弾。そして俺の世界は等速に戻った。


 爆発的に加速し、突っ込んできた俺の飛び蹴り。その勢いをモロに腹で喰らったやつの身体は、まるで砲弾のようにくの字型に吹っ飛んだ。


 ボゴォォォォンッ!!!!


 後ろにある家を丸ごと3つ分ぶち抜いてまだ煙を出しながら地面に擦られている。あっ、止まった。


「え、ええ、えええええええっ!!!?? ウェイズさんつっっよぉぉっ!?」



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