第27話 念動力の目覚め。


 空気を裂き、飛来する槍。その先端は尖り、曲がり、小さな返しが付いている。突き刺さった時に更に食い込ませるための工夫か。釣り針みたいだな。刺さったら痛そうだ。


 俺は遅くなった世界で考える。


 ゆっくりと飛んでくる槍に、にやついた笑顔。黒い服に白い装飾が施されている。放射状に描かれた模様は"光"とやらをイメージしてるのか?


 砂塵と無人の世界。俺とあいつしか居ない決戦場。引き摺り込んだ者のスキルやギフトを無効化するという説明から推察するに、やつはこの結界のホスト的役割のはず。となるとやつに無効化は機能していない可能性が高い。


 が、しかし……危機感が湧かない。


 身体強化のギフトが無効化された現状、俺の身体能力は割と弱体化されている。


 よって多めに魔力を動かし龍紋モドキを身体に刻み込む。補填完了。普段の身体能力。


 目の前に迫る回転する鋭利な先端を眺めながら、槍の持ち手を掴む。


 お返しといこう。手首をスナップし、ダーツのように槍を投げ返す。


 世界は等速になった。











 顕光教団、戦光司祭126位。


 投槍Lv2、無動作Lv3、投擲Lv4、足取りLv2、剛力Lv1、肩力Lv1、捻りLv2のスキルを同時に起動し、貫通力向上、速度加速、回転補正の魔術が込められた槍をぶん投げたはずだった。


 雨槍のカリオスは元気満々に動き回るそいつを見て、心底困惑する。


「……キミィ、何者?」


 神々の恩恵、それがギフト。それがスキルなはずだ。神々は世界に法を敷いた。


 あまり上から詳しくは教えられていないが、それでもカリオスもこの世に生きる生物だ。神々による恩恵も過不足なく受けているからこそわかる。


 


 あって当然の、空気にも等しい無差別な補正。それが根こそぎ取られてしまえば、普通の人間は身体の動かし方すらぎこちなくなる。


 戦うものであれば尚更その繊細な動きにブレが生まれる。顕光教団の数ある発掘品のひとつ、"ヴァンクラッチの異教"。この本のギフト無効化のお陰でカリオスは格上ですら一方的に殺すことができた。


 投げた槍が瞬きする暇すらなく、投げ返された。冷や汗をかきながら手持ちの槍で打ち払う。


 冗談だろ? 完全にこの世の生き物じゃないよネ。素でこれってことでショ?


 おまけに脈々と波打つあの魔力。身体強化系の魔術式か何かなんだろうケド……なんでスキルもなしに魔力を易々と動かせる?


 魔力はすなわち魔の力。本来通常の人間には備わっていない後付けの力。スキルによる補正がなくば、動かすことすら難しい。


 そのはずだった。


「悪いが、お前程度に負ける気はしねーよ。全裸教団ども」

「……ハハ、ちょっとキミ、ホントやばいね。ワクワクしてきたヨ」


 白銀頭の端正な顔が不敵に笑う。これは……俺も少し本気を出さなくちゃな。この贄からは揺るがぬ強者の自信を感じる。


 身体に刻み込んである複製の魔法を同時に多重起動する。手持ちの投槍、8本。そのうち4本を空中に投げ、1024本まで増加させる。


 雨槍のカリオス。その名前は帝国の傭兵との戦場、その闘争の中。単騎で100人を殺し、敵部隊に致命的な損害を与えた大量の槍による攻撃から名付けられた。


 闘技、雨槍。


 無数の槍が、ウェイズへと襲いかかる。


「弾倉、充填。標準セット











 捌く。捌く。捌く。


 まるで雨のように降り注ぎ続ける槍の数々を、時には氷の魔剣で弾き、時には避け、時には受け流す。


 1秒、10秒、20秒。


 弾薬は尽きることなく市街地を穴だらけにしている。


 複製の魔法的なやつか? 迫り来る槍を蹴り飛ばし、次に来る槍とぶつけ、弾かれた次の槍がその次の槍の軌道をずらしていく。


 ためしにやってみたが上手いこといくもんだな。ドミノ倒しをしている気分になる。


 飛来する数多の槍に対応しつつ、前方の槍を降らせているやつを観察する。その後方上部に浮かぶのは流麗な装飾が施された4本の槍。


 その4本の槍が揺らいだと思えば、周りに倍の槍が複製されているようだ。なるほどな? あれを壊せば、槍は尽きるってことか。


「……キミ、ほんとにしぶといね」


 無表情となったそいつに、槍を避けながら足元に突き刺さった槍を投げつける。軽く首を動かし、やつは避けたが頬に傷ができた。


「……血、血が出たよ。あは、はは、ははははは! 久しぶりだなぁ! ふぅ……俺のギフトは念動力って言ってサ。操作に少し注意を向けないといけないんだけど」


 槍の雨を降らせながら、滔々とやつは語り始める。なんだ? 術式開示によって魔法の性能が上がるってわけじゃねぇよな?


「本当は念動力なんてギフト、人間に必要ないものなんだよネ。世界を意のままに動かす力、それが念動力の本質」


 いやーな予感がしてきた。こうやって語り始めるやつは、大抵覚醒する。


「そんなこと、小さい規模なら普通の人でもやってるでショ? 食べたいものを食べたり、行きたい場所に行ったり。念動力なんて、ちょっと遠くまで手が届くだけのほんの些細な力」


 槍の雨がどんどん雨足を強くする。弾数の増加? いや、射撃スピードの上昇か。弾切れはまだか?


「俺の解釈的にはサ。皆も小さな念動力を持ってて、その中で俺だけちょっとだけ強い念動力があるってワケ」

「……だから、なんだって言うんだ? 教えてくれよ」


 嫌な予感が強まる。ちょっとだけ不味い気がするぞ? 俺は時間を掛けすぎたのかもしれない。


「つまり、こういうことサ」

「……っゔぁ……!?」


 やつが指を鳴らすと、俺の頭を何かの波が通り過ぎた。


 視界が揺らぐ。呼吸が狂う。感覚が暴走する。耳鳴りが世界を支配し、凄まじい酩酊感が俺に覆い被さる。


「キミが初めてだよ。俺にを使わせたのはサ。教団の方にも秘密にしてる俺の正真正銘の切り札のひとつなんだヨ?」


 五感のほぼ全てが役立たずになりながらも、俺は全力で迫り来る槍の雨に対応していた。槍には魔力による何らかの細工が仕掛けてある。


 その魔力の動きで何とか槍の動きは追えるが……やばい吐きそう。


 槍が腕をかする。頬に切り傷ができる。足のズボンが破ける。綻びが生まれ始めた。


 脳みそが何か、変な感じがする。動いてるような、脈を打っているような……脳が痒い。何かが目覚めそうな気がする。


「……うっそー。なんで動けて、というか槍に対応できるのぉ? 脳みそ直接シェイクされたような感覚に陥ってるはずなのに」


 でも、とやつは、声に喜色を滲ませながら言葉を続ける。


「鈍いね。ああ、本当に動きにキレがなくなったヨ、キミ。あ、種明かしとかしちゃう? 俺はサ。キミの持つ小さな小さな念動力に働き掛けたワケ」

「……あぁ、きもちわるい」

「そうでしょぉ!!?? 気持ち悪いよねぇ! 世界を変化させるほどの強靭な意思力、その根源! それを弄られるなんて耐えられるわけが」


 あ……? と奴の声が零れ出る。


 数多の槍の奔流、そのたった1本。たった1本だけ、あらぬ方向へ飛んで行った。


「なんだ、今の……?」


 変わらず槍の奔流は流れ続ける。膨大な致死の濁流を捌き、いなし、受け流す。地面に出来上がるのは槍の平原。足元が失われ、避けるのも難しくなっていく。


 気持ち悪さに少しふらつき、腕に明確な切り傷が生まれた。


 また1本、見当違いの方向に槍が飛ぶ。


「……ぁー、吐きそ」

「そんな……まさか、キミ……!? は、はは。そりゃあないだろう? 俺が言ったのは物の例えなんだよ」

 

 1本、2本、4本、8本。


 槍の奔流がズレ始めた。もはや半笑いで、赤茶の信徒は冷や汗を流し始める。


「この世は英雄譚じゃない。強いやつがその強さを押し付けて、勝つ。そういうせか」

「マジでうるせえ。あー、もう掴んだわゴミが」


 槍の奔流の矛先が、人一人分ズレた。俺の横に槍の嵐が積み重なっていく。


 脳の痒み、新たな境地。頭全体がよく冷えた感じがして、自分の中に全てがあるような気がする。これが念動力か。


 五感が元に戻った。


 明確に意志を持って、数多の槍を動かす力の流れに干渉する。完全に、真っ向から出力勝負すれば俺は負けるはず。でもその流れの先をほんの少しだけズラす程度なら、今の俺でもできる。


 しかし今の俺はバカほど調子が悪い。頭は痛いし身体も擦り傷だらけ。だから、速攻で終わらせる。


 やつは高速で動きまわるゴキブリを見るかのような目で俺を見つめる。


「……なーるほど、次代の英雄は君ってわけだ。なるほど、なるほど、なるほどねぇ〜……流石にちょーっとキモイね、キミ。念動力、出力最大」

「てめぇ、何しようがぜってーぶっ飛ばしてやるからな」


 槍の奔流を念動力で逸らし続けながら、俺はやつの元へ足を進める。念動力VS念動力とか、異世界でやるもんじゃねぇだろ普通。


 やつはニヤリと笑って、


「対象指定、ッ! じゃあな天才英雄ヒーロークゥゥゥンッ!!! どうせ逆転されるのにわざわざ戦ってなんかやんないもんね〜ッ! ま、頑張ってここから出てきてよ。出口知らないけど」

「は?」


 じゃ、アデューっ! と叫び、やつは集約された念動力によって空にぶっ飛んでいった。


 追いかけようにも俺の念動力の出力では足りない。逃すしかないのか。くそったれめ。


 辺りに突き刺さった数多の槍が魔力の粒子と化してパラパラと崩れ、消えていく。


 完全に見失ってしまった。


「……はぁ……あー、マジで疲れた」


 いやほんとに疲れた。クタクタになりながら、ボロボロになった道を歩く。


 さて、どうやって出ればいいんだ? 正直さっさと寝たいんだが……。


 あ、そうだ。


「空抜き……ダメ……か? いや、パワーが足りてねぇなこれ。"月潜り"……お、お? キタキタ!」


 世界を包む結界に、エルフの空間魔法×銀月の魔力で干渉し、無理やり風穴を空ける。


 銀色の渦を抜けると、そこには元のやかましい雑踏が見えた。


「……かえろ」


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