第29話 覚醒、不死鳥。
手応えはある。確実に直撃し、お腹の鎧部分がたわんだ感触があった。
視界の先には、粉々に砕け散った民家の壁の破片が散らばっている。6つ開けられた壁の穴の先に、赤い鎧が凹み、地面に煙を上げながら倒れ伏していた。
パラパラと余波で壊れた屋根の木材や瓦が降っている。
動く気配は……ない。ほんとうに?
後ろから驚愕の声が飛んでくる。
「ちょ、強すぎますよウェイズさんっ! 私でも捉えきれないなんて……! でも、やりましたね!」
あっ。
魔力を手繰り、念動力を現し、スキル及びギフトの補正を強める。
銀紋刻印による身体強化、継続。
念動力による動作補助、継続。
スキル、ギフトによる各種行動補正及び身体強化、継続。
一瞬バフを全部切ろうと考えたが、アルヴェルの発言が不穏すぎて中断。この流れはあかんやつや。
「ぐふっ、ごほ、ごほっ……は、はは! お、驚いたぞ。まさか、一撃でこの俺をここまで追い詰めるとはな……保険が一つ消えてしまったぞ」
倒れ伏したまま、赤い鎧から声が響く。野太く、息も絶え絶えだ。しかしどこか妙な自信を感じる。
「エッ、あれを喰らって生きてるんですか……!? 私がとどめを刺します! 任せてください!」
「おお、是非頼む」
隣にまで歩いてきていたアルヴェルが、何やら魔法を使うっぽいので大人しくしておく。
「"紙片"、開帳。実行、1ページ8行目__"巨人のうたた寝"」
「ふ、ふはは! 凄まじい威力の蹴り! だがッ! この俺を殺すにはまだ足り__ぶふぉぁァァッ!!!?? ぬ、ぬぁんだこれはぁァ!?」
叫びながら、ゆっくりと起き上がろうとしていた赤鎧を、赤鎧の周辺ごと不可視の力が押し潰す。
「やめ、やめろォォォオ!!!! 疑神Lv6発動! ッ!? なぜだ! 抵抗できんッ! ギフトではないのかァ!?」
ぐにゃり。
空間が歪んだと思えば、メキメキと音を立てて建物が崩れ落ちた。その中心に居る赤鎧の姿は瓦礫と土埃に隠されてもう見えなくなっている。
あれを喰らえば俺でも死にかねないぞ。魔力による予兆はなく、おそらく発動条件は特定の単語を言うだけ。
聴覚を強化し、遅くなった世界を使えば単語を唱えきる前にどうにかできるとは思うが……何となく対策を取っていそうな気がする。
アルヴェルさん思ってたより大分強いぞ。
「流石に今度こそやったでしょう。だいたい象さん6体分の重量ですっ! これで生きてたらもう人間失格です! さて、そろそろ位相の逆算でも……」
ほんの僅かに、息遣いが聞こえる。
「いや、まだみたいだ」
ほんとですか? と聞こえてきそうなほど怪訝な顔をしたアルヴェル。俺も正直信じられん。
パキパキと音が鳴り、土煙の中からカシャンと起き上がる音がする。
舞う砂塵を切り裂き、出てきたのは色々な意味で赤鎧。その鎧は血で汚れ、土埃が付着していてとても見るに堪えない。
「……認めよう。貴様らは"贄"ではなく、対等に戦うべき強者だと。我の名は赤鎧のドゥーグッ! 偉大なりし"光"の信奉者にして、ここで貴様らを殺す者の名だッ!!」
これは俺も名乗っておかないといけない雰囲気。
「俺はウェ」
「行くぞォッ!!!」
人の話聞けよッ!!! 盛大なブーメランを華麗に躱しつつ、俺は啖呵と共に突っ込んできたドゥーグを迎撃する。
思っていたよりも動きが速い。何か加速系のスキルを積んでいるのか? 明らかに全身鎧の機動力ではない。
腰から奴は血を吸った紅い剣を引き抜き、突進の勢いと共に振り払ってきた。
上体を逸らしながら避け、くるりと回転し、俺は返す刃で腕の関節部分を狙う。ぐにょりとした感触。
ゴム? ゴムくらいなら切れる自信があったのだが。
よく見てみると赤黒い血が関節部分に集まり、コーティングしているように固まっている。血液を操作するスキルか?
「フンッ! 効かぬわァ!」
関節部分から剣が離れなくなった。ドゥーグはそのまま振り払った剣を戻し、再度俺を切りつけようとする。
即座に剣から右手を離し、当たる寸前の剣の側面を左手でぶん殴って逸らす。勢い余った剣は空振りにも関わらず風圧が生まれた。
パワーもあるな。
このままやり合っても良いけど、悪いが何のために銀紋刻印までして飛び蹴りしたのかってんだ。
早い話、やつの腹には銀月の魔力が付着している。魔力活性ッ!
「ぬ、なんだこれは……!? 我が熱が吸い取られていく!?」
振りを外し、俺から剣を奪って少し引いたやつは体調の異変に気付いたようだ。俺の氷の魔剣までおあつらえに持ってっちゃってからに。
「馬鹿が」
銀月の魔力で氷漬けにしてやる。
微かにだが銀月の精霊を由来とする氷の魔剣を通し、更に銀月の魔力を流し込む。初めて遠隔で魔力を伸ばしたが、案外何とかなるもんだな。
対応してこないところを見るにやつは魔力視もできないようだ。飛んで火に入る夏の虫ってやつか。
氷の魔剣を受け止めた関節部分がカチコチに固まり、腹とやつの右腕が凍りつく。そこから更に恐ろしい勢いで奴の魔力ごと凍結の範囲が広がっていく。
寒いだろう? 俺も今くそ寒いよお前のせいでさァ!! 銀紋マジで身体震えるくらい寒いんだよ!
改めて思うが銀月の精霊ってマジで意味わかんねぇわ。なんで魔力そのものの性質だけでここまでできるんだよ。魔法要らねぇじゃん。
「クッ、動けんッ……! それに恐ろしく冷たいこの魔力ッ! 凍える、我が命の灯火が__ッ!」
パキパキパキッと音を立て、奴の赤い鎧は白銀色に染まった。おそらく氷像になったはず。
歩いて近づき、軽く身体をコンコンと叩いてみる。大丈夫そうだな。
完全凍結、完了。
「……怖い魔力ですね。それがウェイズさんの姿を変えた原因ですか。なるほど、納得です」
「ああ。マジでこの状態を保ってると寒くて死にそうになる」
「私としては何故生身の人間が、そのままの規模の精霊の魔力を使えているのか不思議ですが……普通、何らかの方法で薄めるか回避しなければ即死ですからね?」
有り得ないものを見るかのような目でこちらを見るアルヴェル。その視線の質にはイーラがたまに見せる呆れを感じた。
えっ……そうなの? 俺何も考えずに銀月の魔力使ってたんだけど……ワンチャン死んでたのかよ。いやでも、ドラゴン相手だったししょうがなかったってことにしておこう。
あっ、剣返してもらおう。よいしょ。そんじゃ、帰るかぁ。
踵を返し、帰り道に行こうとする。
ピキッ。
小さく、何かがひび割れる音が聞こえた。まさか、嘘だろ? 急いで振り向く。
ピキピキッ。
銀色の鎧の氷像から、強い圧力が放たれる。まさか、こんだけやっても死なねぇのかよ、こいつ。マジでどうなってんだ身体。
ゆっくりと臨戦態勢に戻り、アルヴェルに声を掛ける。
「……冗談きついが、まだ動くぞ、こいつ」
「……っはい。先程の魔法を準備しておきます。ウェイズさんも巻き込みかねませんので、ドゥーグが動き出した瞬間を狙います。いいですね」
頷き了承を伝える。
ピキ……パリンッ!
割れた銀色の氷から再び現れる赤鎧。外気に晒された瞬間、付着した血が蒸発し、やつの体から膨大な蒸気が爆発するように吹き出した。
「不死鳥Lv2、《三度目の正直》、七転び八起きLv3、逆境補正Lv2、死中に活ありLv3、火事場の馬鹿力Lv2、信仰Lv5、臨死高揚Lv2、決意強身Lv3、限界突__」
蒸気の中から、唱えるように声が響く。視線をアルヴェルに向けると頷き、
「"紙片"、開帳。実行、1ページ8行目__"巨人のうたた寝"ッ!」
赤鎧へと不可視の力を放った。
ぐにゃり。
再び空間が捻れるように曲がり、数十トンの圧力が襲いかかる。何もない更地がさらに凹み、クレーターのように変形していく。
__だが、しかし。
「う、そ……? 学園でもこれに耐えられたのは"城塞"くらいしか居なかったのに……!?」
仁王立ち。
微塵も動かず、やつはこちらを睥睨していた。
「限界突破Lv3。全てを発動する」
噴火するように溢れ出るオーラ。圧力が今までの比ではない。間違いなく、今までのこいつとは次元が違う存在へと昇格した。
敵のパワーアップイベントは要らねぇんだけどなァ!? 隠し球持たねぇとどうにかなんねぇのかお前らはよォ!
「厄介な方は、貴様だな。銀髪ッ!」
「……だるすぎるだろ」
刹那の踏み込み。遅くなった世界ですら、やつは数多の補正が効いた俺と同じ速度で動けるまで速くなったようだ。
赤鎧のドゥーグ。その異名は、雨槍と同じく帝国の傭兵との戦いの最中を由来とする。撃たれ、射られ、切られ、いつしかドゥーグの鎧は自らの血で赤く染まった。死神が這い寄る臨死の中、目覚めたのは文字化けしていた謎のギフト、不死鳥だった。
彼の戦闘スタイルは単純。耐えて、耐えて、耐え切ったあと、馬鹿みたいな量のバフを盛り、殴りつける脳筋スタイルだ。
この世界。単純に強いやつが、強い。
死にかけて強くなるとかサ○ヤ人じゃねぇんだぞッ! それかポ○モンのもうかってか?
凝縮された時間の中で、連続して剣を打ち合う。重てぇ剣になりやがって。手が痺れてきそうだが、そこは念動力の同時使用で何とかカバーする。
大振りの剣を、俺も動作を補助し全力で弾き飛ばそうとするが失敗。お互いにぶっ飛び、睨み合いが続く。
「……初めてだ。この状態の俺と、真っ向から打ち合える者が居るとはな」
バレないように銀月の魔力を活性化させるが、あまり効果はないようだ。直接、生で、銀月を顕現させた状態でぶち込まないと冷凍できそうにないか。
なんだよこいつ、くそめんどくせぇじゃん。
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