第40話 デートの約束、取り付け完了。



「……ということがあったわけでですね……?」

「……あんた、ほんっっっとうに問題しか起こさないわね」

「いや、ほんとうにイーラ様の仰る通りでございます……」


 2人でテーブルを囲み、お気に入りのきのこスープをじんわりと味わいながらイーラへと今日起こった事の顛末を報告する。


 珍しく安っちい酒を片手に肉を食らうイーラは深くため息を吐いて胡乱な視線をこちらに向けた。何となくスープの器を傾け顔を隠す。


「貴族の、それもあろうことかダンジョン守護家の屋敷を半壊させてよくその程度の罰で済んだわね」

「そこはちょっと事情があってだね。ほら、こないだ全裸のピカピカ光る"光"がどうだの抜かしてたやつが居ただろ?」

「あー、居たわね。そこそこ蹴り心地は良かった気がするわ」


 こいつ怖いな。


 さも当然のような顔をしてドS女と見紛うようなセリフを吐くイーラ。蒼い宝石の瞳が何かを思い出すように宙を眺める。


「これはあんま周りに聞こえて欲しくないんだが……"光"を崇める教団はレクサス発生とほぼ同時期に生まれた組織らしくてな」

「レクサス発生と同時期って……600年は前ね。よくもまぁ、そんな長いこと続くもんだわ」

「それは俺も思う。んでレクサスに封印されている"光"を解放するためにアルサンクト家を襲ってきた所を俺がバチコリとのしてやったわけだ!」


 それはもう気合い入れてバチコリとしたせいで要らぬ義務も背負ってしまったくらいだ。


「ばちこりのしてやった結果、屋敷をぶっ壊してちゃ世話ないけどね。ま、修繕の発掘品もきっとダンジョン伯ならあるでしょうしそこまで問題でもなさそうだけど……その、いつまで続くのかが問題ね」


 イーラの口から出てきた兵役もどきというワード。これは俺が色々やらかしてしまった罰に起因する。初めは騎士団連中に、ボコボコに酷い奴隷落ちレベルの罰則を伝えられたがそこはヴェルターニャ様が庇ってくれた。


 灰色の髪のパラベルとかいう女はマジでやばかったな……あれは正に女傑と言うべき貫禄を備えていた。第二段階無しで戦えばちょっと面倒くさそうだ。勝てないとは思わないが……うーん。


「要は"光"の信者を殲滅すれば良いわけだし……んー……」


 唇に指を当て、こちらを見つめて何か考えるイーラ。どうでもいいけど妙に色っぽい。


「決めた。それ、あたしも参加させてもらおうかしら」

「いや、いやいや。これは俺が受けた罰則だからイーラまでやる必要ないって」

「ばかね。あんたはうちのパーティーメンバーなわけ。いつまでそのよくわかんない教団と戦わされるかも不明なのに、何も知らず待ってられないわ」


 言っとくけどあんたのせいだからね。とこちらを睨みながら言うイーラ。ほんとすいません。


 しっかし不安なんだよなぁ……イーラの戦闘力もかなりのものだ。でも実際あの白銀猿みたいな化け物を相手にすると、正直不安感は拭えない。


 死んで欲しくねぇ〜……でも納得のいく理由がなければ、人の話を聞くタイプでもないんだよなーこいつ。


 仕方ないかぁ……最悪俺が守ろう。うん。


 俺は決意を新たにしてきのこスープをかきこんだ。


「はぁ……わかった、手伝ってもらうよ。頼りにしてる。ありがとな」

「っふ、まぁあたしにどんと任せておきなさいって……今のあたしじゃあんたより弱いかもしれないけど、それならそう弁えた上で動けばいいだけだしね」


 快活に笑うイーラ。底抜けにポジティブだ。強者特有の驕りが見えない。


 この明るい様子に心を射抜かれた男性諸君もさぞ多かろう。


 くわばらくわばら。


 俺は調子に乗って太陽に近づいて羽が溶けるイカロスのようにはなりたくない。


「明日はどうするんだ」

「ほっとくとあんた、また問題起こしそうだし付いてきてもらうわ。ほら、太陽祭……さすがに知ってるわよね?」

「あ、あぁ。ちょびっとだけ」


 初日か二日目あたりで聞いた気がする。あ、そういえばばいんばいんのねーちゃんの踊りが見れるって……今の俺なら金はあるよな。


 もしかして、もしかするのか!?


 俺の中に下賎な欲求が膨らむ。


「……はぁ、太陽の神ミオスが君臨するおめでたい日に行われるお祭りが太陽祭よ」

「おー、なんか凄そうだよな」

「まぁ凄いと言えば凄いわね。あたし的には"冠龍"たちの方が強いと思うけど……そうそう、ミオスに選ばれた物は太陽の聖痕を体に刻まれるらしいわよ。独占欲丸出しでなんか面白いわよね」

「その感想は誰目線なんだ……太陽の聖痕か。なんか聞いたことあるかもしれん」


 スティグマってやつだろ。なんかかっこいいよね。わかるわかる。


 残念だが銀月の精霊と不死鳥とよくわからん蛇もどきを身体に飼ってる俺には縁がなさそうだ。


「太陽祭が始まる前にも1週間くらいの予備祭みたいなものがあるわけ。それが明日から始まるの」

「行くのか?」

「ええ。思わぬところで思わぬ発見があるかもしれないしね」


 意外……でもないのか? 結構イーラは探検家気質というか、そういう未知を楽しめる性格をしている。ようやくイーラとお出かけになるとは、ふふふ。


 少し楽しみだ。


 ん、待てよ?


「ということは……これはお祭りデートということだな?」

「ブフッ!?、ごほっ、ごほっ……あ、んたねぇ、いきなり変な事言うんじゃないわよ!」


 したり顔でそう世迷いごとを宣言してみると、思ってたより良い反応が返ってきた。イーラの中でそれなりに大きな存在に俺は成れているらしい。普通に嬉しい。


 安酒の影響か、それとも他の要因かイーラの顔が赤くなる。


 可愛い。


「楽しみにしてるよ。おめかしよろしく」

「あんた、ほんっと腹立つわね……! その余裕ぶった面の皮、全部引っぺがしてやるわ……!」


 美人が凄むと怖いなぁ。ほっほっほ。


 そうこう話をしながら、俺たちは星華亭の自室に帰った。


 いつアルサンクト家に呼ばれるかもわからないが、招集が来たときは直ぐに対応できるよう日々意識しておこう。












 それにしても、明らかにウェイズのぶっ飛んだ戦闘力を取り込もうとしてる動きね。


 イーラはアルサンクト家の動きを安酒を飲みながら考えていた。


 あんまり大きく吹っ掛けすぎたら屋敷を一撃で半壊させる戦力の反感を買う可能性もあったわけだし、兵役もどきっていう提案もそこそこ悪くない。本来なら屋敷半壊なんて極刑も有り得るレベルだし、相当譲歩して来てるわね。


 問題は"光"の信者がどれほど危険なのかってことにもよるけど……そこはウェイズなら大丈夫か。


 能天気にスープを啜り、うめ〜とアホっぽくつぶやいている男を眺める。


 ふふっ、可愛い。


 今日のやらかしてきたアホなことも本当に愉快で可愛いし、なんにも考えてなさそうなとこも可愛い。


 可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い。


 あー、あたしってこんなに色ボケだったかしら……? 撫でくりまわしたくてたまんないわね。


 その一挙手一投足が、妙にあたしを惹き付ける。龍の悪い癖かしら、? まぁ無理もないか。明らかにウェイズは"英雄"だし。


 イーラの蒼い瞳にどろりとした暗い欲望の火が灯る。龍の偏執が顔を出す。


「ふふっ」

「……ん? どした?」

「何でもないわよ。ばか」


 アルサンクト家も見る目があるじゃない。でも、人間ごときが龍の所有物を奪おうだなんて、身の程知らずにも程がある。


 絶対に渡さない。


 開いた瞳孔が縦に裂け始め、じっとりウェイズを見つめる。


 本当は貴族になんて関わって欲しくなかったけど、あのばかの予測不能の動きを止めるのはほぼ不可能だし、仕方ないと思うしかないわね。


 ジョッキの中で水面に反射する自分を見つめると、そこには龍の瞳が蒼く輝いていた。


 なんだ、ちゃんとあたしも龍じゃない。


 さっさと終わらせて第5レクサス、2人で潜りたいなぁ。少なくとも30年以内には踏破したいところだけど……まぁ、で精霊の魔力を運用してるんだし、時間はたっぷりあるか。少しくらい、寄り道しても悪くない。


 もっともっと、強くなってね。私の英雄。


 より濃くなった英雄の存在感に微笑みながら、あたしは残りの安酒を一気に流し込んだ。



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