第18話 呪いの風


 思った以上に食後の片づけが早く終わってしまったので、テーブルの上を綺麗に片付けるとチュートリアルの書を取り出す。


「昼間はバタバタして聞けなかったし、『呪いの風』について教えてくれ」

 祈りの森と呼ばれていたこの森を黒く染めてしまった呪いの風。

 いったいそれは何なのか。


『呪いの風について説明するには、この世界に満ちていた力について先に説明しなければなりません』

 淡く書の文字が光ると【魔力について】という項目が浮かび上がってきた。

 

『古来よりこの世界では魔力が満ちていました。生命の息吹と共に魔力はどの種族にも流れ込み、生きる為の手助けをしてきたのです。人族であれば魔力によって魔法やスキルが使えます。草木に宿れば不思議な力を持つでしょう。生物に多く流れ込めば魔物と呼ばれ、精霊族や魔族などは魔力がなければ生きていけません』

 この世界ではそんなにも魔力が浸透しているのか?


『魔力を過剰に排出する場所では魔力溜まりが渦を巻いてダンジョンと呼ばれる地形を形成します。より濃度の高い魔力が渦巻く地ではより強い魔力が産まれ、より魔力を含む貴重な植物や鉱石などが発掘されます。この森を例に例えるならば、魔力の吹き出し口は禁域にあるとされており、そこから遠ざかるごとに魔力の影響がだんだんと薄くなっていきます』

「あ、森の奥に行くにつれて、中層深層ってだんだんと魔物が強くなるのは、奥に行くほどに魔力の吹き出し口に近づくからか!」

『その通りです。精霊や魔族などの魔力を体内で循環させて生きていく種族は魔力溜まりや魔王の領域に、人族や獣人族など魔力をそこまで必要としない種族は魔力が限られた場所にしかない領域で過ごしていました』

「それぞれ生きている領域が違ったんだな」

『ですが人族を糧とする種を有する魔族と、魔族を悪として討伐する人族とは折り合いが悪く、数百年に一度それぞれが輩出した魔王と勇者が対峙することもありました』


 いきなり魔王と勇者が出て来た!

 

『魔王は魔族の中で最も強い魔力を持つ者です。また勇者は人族の中で魔王の領域の中でも耐えられる程魔力の耐性がある者を示します』

「魔王の領域は魔力が濃いんだっけ……勇者だけが魔王を討伐しに行けるのか。まてよ、その話だと一概に魔王が悪で勇者が正義、とも言えない感じなのか?」

 だって、それぞれに相手を討伐する理由がある気がする。

『魔族は個体数はさほど多くはありませんが強靭で長命です。貯め込んだ魔力を世界に還元する為にも人族が間引くシステムはよく機能しておりました。この世界では魔王が勇者を返り討ちにする時もあれば、勇者に魔王が討伐される時もあります。そうして魔力のバランスが保たれた時代が訪れていたのです。……今までは』

 チュートリアルの書の最後の言葉だけが珍しく揺れがあった。

「でも、女神が言っていたけれど、魔王が勇者に討伐されて平和になったんだろ? 今のこの世界は」

 

『はい。魔族が全て消え魔物もほぼ存在しない世界となっています。人族の考えた一つの平和でしょう。勇者はあまりにも強すぎました。強く正義感があり、永年の安寧を願いました』

 それのどこがおかしいのだろうか。

『歴代でも最高の勇者はその身を供物として女神に願いました。彼は永年の安寧の為には、人族を害する者たちがいなくなれば良いと考えました。魔族や魔物など、世界から吹き出す魔力が無くなれば存在できないだろうと。今後も魔族などの存在が生まれない為にもこの世界から魔力を消して欲しいと』

「……え」

 読んでいた目が止まる。え、だってそれは、魔族を消すためにはそうだけど。だって、この世界には……。

 

「魔力がないと生きていけないのは魔族だけじゃない……精霊族だってそうなんじゃないのか?」

『その通りです。結果として、魔力がないと生きていけない生物たちは死滅するか、同胞を喰らってなんとかその魔力を奪う他ありませんでした』

「そんな……」

 以前、チュートリアルの書が『また、他にも獣人族、精霊族、妖精族、魔族など多種族が共存していました』と書いていた。“していました”と過去形なのは……。

 

『生きる事が許されず、怨嗟を吐きながら死にゆく者たちは世界を憎みました。その最期の悲しみが黒い呪いとなり、世界を巡り、魔力の影響を受ける動植物を黒く染めていきました。【呪いの風】とは、あらゆる魔力を奪い黒く染める消えゆく者たちの嘆きです。最初に触れたように、この世界は魔力で満ちています。その影響は計り知れませんでした』

 

【呪いの風】の正体に、俺は冷汗が止まらない。

 まさか、そんな……。

 

「そんな……人族にも、影響はあったんじゃないのか」

『ご明察ですね。賢者、聖女など魔力を多く体内を巡る者たちは呪いの風の影響を強く受けました。普通の冒険者程度であればそこまで影響はありませんが、最上位の魔法使いなども影響は大きく受けたでしょう。ですが、一番大きく影響を受けたのは農作物や家畜などです。魔力を有する個体を品種改良を重ねて食料や家畜としてきた為に、呪いの風によって魔力が薄くなった世界では育てる事が出来なくなりました。現在呪いの影響が薄い地域での酪農や、魔力に影響されない品種が飼育されている地域もありますが、魔力のある品種の方が早く大きく育つ為、元々の産出量には遠く及びません』

 

「なんで……そんな……勇者は……そんな願いを……」

『彼は正しく人族の英雄であろうとした。それだけです。強い願いにそれを叶えるだけの代価。神たる存在はそれを叶えてしまった』

「神たる存在って、おいおいおいまさか」

『はい、貴方をこの世界に導いた女神様の事です』


 元凶はお前かよ……女神……!!

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