第52話 戻って来たギルド職員(危険人物)と名物料理ボルボル


 目の前には可愛い仔犬の紫紺と、昨日獲って来たイノリシシよりも巨大なシシが二頭。

「あの、紫紺さん……?」

「きゃふ!」

 褒めて~って可愛いんだけど、そうじゃない!

「あの、このイノリシシ……もしかしてお肉にして欲しいの?」

「きゃふきゃふ!!」

 そっか~昨日のお肉とってもお気に召したんだね~~!! って、んあああっ流されそう!

「ギルドに引き取って貰おう……」

 紫紺さん、実はまだデカイ肉の塊が残っているのだよ。昨日イノリシシの半分肉を分けてもらったからね……。

 またお腹いっぱい食べさせてあげるからね……。

 

 袋にイノリシシ二頭を無理矢理ねじ込む。……袋の口は小さいけど、しゅるりと中に飲み込まれていく。

 ギルドから支給されたマジックバックはもうそれだけでパンパンだ。

 キノコ類の入った袋は自分のマジックバックの中に直接入れてしまおう。


「さ、紫紺、ワール。今日は早いけど町に納品に行こうか」

「きゃふ!」

「ビィィーー!!」


 森のテラリウムから出ると、荷物を整える。

 今日は少し早いけれど、町に行ってしまおう。ボルボルの材料も早くギルマスに届けたいし。


 ワールに乗って森を駆ける。昨日は周りを見る余裕が無かったけれど、こうして黒い森を駆けると少しだけ気持ちが良い。

「ビィィーー!」

 ワールは走る事が楽しいみたいで、風になる様に森を抜ける。

 体感自分で歩くのよりも1時間以上は早い。もう森を抜けて平原に出てしまった。


 町の前でワールから降りると、ボルボルの実を一つ食べさせる。

 ワールは喜んで差し出した俺の手ごと食らいつく勢いで実を食べ始めた。

「あぶなっよしよし。今日もありがとな。また帰りも頼むよ」

 ……返事はない。食事に夢中の様だ。

 紫紺と違ってワールは俺に対してちょっとドライだ。


「あら、タカヒロさんおはようございます! 今日は早いですね」

 早い時間に来てしまったのか、シシリーさんはまだギルド兼酒場の掃除をしていた。

「ギルマス来てます? 丁度良い物が手に入ったので」

「あ、ギルマスは今解体工房にいますよ。丁度町に戻って来たギルド職員が押しかけて来たので、打合せしています」

「ギルド職員……もしかしてベクターさんのお弟子さん、ですか?」

「そうですそうです。昨日王都に泊まったベクターさんから話を受けて、どうやら解体師のキールくんだけでもこちらに戻ってきたみたいで」

 昨日魔物の解体できる職員を呼び戻すと言っていたけど、それがキールさんというのか。

「今ギルマスもキールくんも、きっとタカヒロさんが来てること知ったら喜ぶと思います。是非行ってあげてください」

 

 なんてギルド職員じゃないのに裏口から出て建物に隣接している解体工房に向かう。


 

「あーーっはははは! あははっ あはははは!!!!」

 ……工房から若い男性の高笑いが聞こえる。


 ……シンプルに怖い。入りづらい。

 

「お、おはようございます……」

 こそっと解体工房の扉を開けると超絶技巧的な意味でナタをブンブン振り回す美青年がいた。

 

 シンプルに怖い。

 

「この美しい革、そして身に詰まった濃厚な魔力! あはははっ無駄なく全てを剥ぎ取ってくれよう!!」

 台詞のヤバさとは裏腹にシュバババっと鉈が丁寧に魔物に入れられていく。

 怖いけど、その手付きは美しい。


「おう、タカヒロか。お前さん今日は早いな」

「おはようございます。ギルマス、あの……納品を……」

「ああこの魔石の大きさ! 色艶感触! 素晴らしい!! まさにこれこそ至高の結晶! あはははは!!」

 このギルドって癖が強い人しか生存できないのかな。


「良い所に来た。こいつがリンドウギルドの解体師キールだ。おい、キール。さっき言ってたお得意さんだ。挨拶しろ」

「ヒーハー!! 解体楽しいぃぃぃ!! やっぱりこの魔力抵抗、あああこのスリルが堪らない!!!!」

「聞けっつってんだろ」

 シュババっと鉈を振るうキールさんの手をギルマスが止める。

「僕の鉈を止めるのは誰だ!!」

「お前の雇用主だよ!!」

 金髪に青い瞳、ギザ歯のキールさんは美形だけどちょっとヤバイ人だ。

 

「はー、キールは一度解体し始めると理性がぶっ飛ぶのが欠点だが、そのヤバさの代わりに仕事は丁寧だ。祈りの森で魔物が獲れなくなってから、うちのギルドから本部に出向させた。こいつはちょっと癖はあるが腕は確かだからな。何度か本部ギルドから他の解体師が怯えて仕事にならないって苦情は度々来ていたんだが、こいつは仕事を止めると息が止まるようなジャンキーだからな……ようやく呼び戻せたぜ」

「やぁやぁやぁ、君がタカヒロか。朝師匠から話を聞いて速攻町に帰って来たよ。あははっこんな上物の魔物、解体するのは随分と久しぶりだ! 昨日はイノリシシにイノリノトリも師匠とギルマスは解体したんだろう? いいなぁいいな。ねぇもう一度取ってきてくれないかな。魔物によって解体する手法が変わるんだよ。あぁ早く魔物に会いた……もがっ」

「待てってーの。やめろ。客人が引くだろ」

 もう十分に引いてます……。


 紳士なベクターさんのお弟子さんは結構ヤバイ人だった……。

 

「本当に、腕だけは良いんだがな……正直、今ちょっとだけ呼び戻したの後悔してる」

「嫌です。絶対にここを離れませんよ。この数年毎日毎日普通の解体しかしていないんですから。僕は魔物専門の解体師です。丁寧に解体し、全ての素材を無駄にする事無く次に生かす。それこそが解体師としての生き様です。ここは僕の仕事場です。誰にも邪魔はさせない!!」

「いや、普通にギルドの建物だが」

「もう道具も仕舞ったもん! 運び込まれる魔物は全部僕のだもん!! 僕が解体するもん!!」

 作業台にひしっとしがみつく美形。


 うわー……引く。

 でも全てを頂く。余すことなく。その仕事はとても尊敬できる。

 ただちょっと言動がアレだけど……。


「えーと、キールさん。よろしくお願いします……。俺は従魔のおかげで魔物を獲る事が出来ても、解体などはできないので。……頂いた命を全て無駄なく頂けるのは大変嬉しいです。薬草や鉱石類もですけど、持ち込んだ素材を大切にして頂けるのは、とても嬉しいです。これからよろしくお願いします」

「タカヒロ……君はなんて理解のある人なんだ。任せてくれたまえ。天才解体師のこの僕が責任もって預かろう!!」

「いや、タカヒロ甘やかすな。こいつは調子に乗るから程よく使うぐらいでいい」

「痛だだだギルマス頭が潰れます痛いです」

 ギルマスがキールさんの額を掴んでアイアンクローをしている。

 

「あ、ギルマス。これも納品お願いできますか? 昨日イノリシシを焼いて紫紺に食べさせたんですけど、気に入っちゃって……。でもまだ昨日の分が残っているので、この二匹は丸ごとギルドに納品します。それで後で調理法を教えてください」

 ギルマスにイノリシシ二匹が入ったマジックバックを渡す。


「イノリシシ!! ギルマス、それ次解体したいです!! それ中ボスクラスの大きさじゃないですか? ハァハァハァ」

「おう、後でな。……いや本当にどこで見つけて来たんだよ、この大物……」

「ついでに、【ヤマノゴートの乳】と【イノリダケ】もここに」

「……ボルボルの材料か」

「あと鞍の素材で【シルキースパイダーの糸】も……」

「……お、おう……」

「あと【魔鳥の卵】もひと籠あるので、これは酒場のマスターへの献上品という事で、旨い卵料理を作って下さい」


 ギルマスが頭を抱えて蹲った。

「自重……」

「すみません、俺の冒険の書に載っていなくて……」

「いや、いい。せっかくだ。はーまったく。キール。今解体しているの、あとどのぐらいで終わる」

「もう半刻ほどで」

「イノリシシ、昨日の納品分じゃたりねーから、今日納品して貰ったでかいイノリシシ解体始めてくれ。……久々に作るぞ。祈りの森の町リンドウの名物、ボルボル」

「任せてください!!」

 

 ギルマスは立ち上がるとバキバキと首や手を鳴らした。


「タカヒロ、ギルドの緊急クエストだ。『町を訪れた冒険者に町の名物料理ボルボルを振る舞いたい。料理の手伝いを求む』……報酬は、旨い本物のボルボルを食わせてやるってのでどうだ?」

「……はい!」

 

 俺は笑顔でギルマスの後に続いた。



「ギルマス、もう音を上げそうです」

「早えぞ。まだカラクルの木の実、山ほどあるからな」

 緊急クエストとはいえ、厨房で普通に料理手伝いだ。

 俺はずっとカラクルの木の実を砕いている。

 ギルマスは昨日ギルドに納品したイノリシシの肉を切り分ける。

 量がすごいことになっているな……。


「イノリシシ、昨日焼いたって言っていたが、固くて臭いだろ」

「うっそうです。切る時には柔らかかったので厚切りにしたんですが、固くて噛み切れませんでした」

「イノリシシは美味いが下処理しないと旨さが半減するんだよな。イノリシシは適当に切ったらまず棒で叩く。斬耐性があるんだが、打撃耐性がないんだ。叩くと肉の筋が切れる。この筋がそのまま残っていると焼くと固くなるんだ」

「へー、そうなんですね……」

 ギルマスは十分に叩いた肉を一口大に切り揃えている。

 それを大きなフライパンに乗せて、寒冷草と一緒に焼き始めた。

「寒冷草と一緒に焼くと獣臭い匂いが消えて、食欲をそそる匂いになるんだ」

「あ、本当だ……良い匂いがして来た」

 獣臭い匂いは食べる時になって酷く香ったが、寒冷草と一緒に焼いたイノリシシの肉の香りは少し離れていてもわかるほど。

 これだけでも滅茶苦茶美味しそう……。

「鍋一杯に焼いてた肉を入れていくからな」

 

 肉を入れた鍋に砕いたカラクルの木の実とイノリダケとヤマノゴートの乳を入れて火を付けてかき混ぜる。

 肉がゴロゴロ入っていて美味しそう。

 次はボルボルの実を適度にカットして、皮ごとすり潰す。

「皮ごとで良いんですか?」

「煮込むからな。ほら、すり潰すから切りまくれ。昨日納品してもらったボルボルの実は全部酒場用に買い取ったから、遠慮なく使っていいぞ」

 一つの鍋に5個ぐらいすり潰した果物を入れてまた煮込む。そうするとビーフシチューみたいにどろりとしてきた。

 俺がかき混ぜている間にギルマスはパンの生地を捏ねている。

「それが終わったら蓋をしてしばらく弱火で煮込んで終わりだ。次の鍋を用意するぞ」

「次の鍋、ですか?」

「あと大鍋4つは作るからな」

「え!?」


 その時キールさんが厨房にやって来た。

「ギルマス、一頭分解体できました~」

「そこ置いてくれ。タカヒロ、肉の処理の仕方見てただろう。まずは肉を切って叩け」

「う、了解です……」

 大きな肉を切って叩いて一口サイズに切っていく……。

 

 美味しいボルボルの為とは言え、ちょっと早まったかもしれない……なんて、途方もない作業にめまいがする。



「うむ、いい味だ。これに隠し味にシュノダケがありゃ最高なんだが、珍しいものだからな。これで完成にするか」

 あれから3時間ほど格闘して、大きな鍋5個分のボルボルが出来上がった。

 他にもギルマスは昨日の魚の残りや卵を使って、別の料理も作っていた。

 でも、シュノダケって……。

「シュノダケもあるんですが、使いますか?」

「……完璧だ。最高に美味くなるぞ」

 袋の中の大ぶりなシュノダケを見て、ギルマスがキラッキラの笑みを浮かべる。

 一つ取り出して傘にかぶりついた。いや自分が食べたいだけかよ!

 

「良い酒だ。こりゃ上物だぞ。これを軽くちぎって中に入れて、かき混ぜれば完成だ」

 鍋にシュノダケを千切って入れてかき混ぜる。

 ひとつの鍋に2個ぐらいしかシュノダケを使っていないから、まだ袋の中にはシュノダケが残っているのだけど……ギルマスが離そうとしない。

「ギルマス……」

「うっこんな上物のシュノダケ……わ、わかったよ……」

 名残惜しそうに返してくれる。後で他のギルド職員と一緒に食べよう。



「この鍋を広間に運ぶのを手伝ってくれるか?」

「広間って?」

 鍋を熱が持続する魔道具の上に乗せて台車で運ぶ。

「町の中心だ。……シシリーには先に人を集めて貰っている。久しぶりのボルボルだからな。今日はお前の歓迎会も兼ねて町の住人に振る舞おうと思ったんだ」

「え!? 歓迎会??」

「ああ、随分と世話になっているのに、何ももてなしが出来ていなかったからな」

「ありがとう、ございます」


 歓迎会……滅茶苦茶手伝わさてるけど、それにしたって嬉しい。

 荷台に鍋を乗せるとギルマスが重いそれを引き始めた。

 俺は後ろで鍋が傾かないように支える。

 

 広間には昼時という事もあって、数十名の村人がいた。

 中には車いすみたいなのでやってきた老人も。……きっと最後までこの町に残ろうとした人たちだ。

 ギルマスとシシリーさんと俺の三人で鍋からボルボルを掬って椀に入れる。

 お酒が飲める人たちにはシュノダケを絞った酒をふるまった。

 ……量がたりなかったから、こっそりと無限に飲めるビールからお酒を足したりした。


 料理が皆にいきわたるとギルマスが音頭を取った。

 

「この町は祈りの森と共にある。俺たちは森と共に生き、その終わりを覚悟してきた。だがその中でも新しい風が吹く。冒険者タカヒロは新しくやってきた旅人だ。しばしこの町の近くに羽を休めると言っている。きっと、この町に良き風をもたらしてくれるだろう。新しい風に乾杯! 我らが祈りの森に乾杯!」

「「乾杯!!」」


 他にも酒場や秘蔵の酒を持ってきてくれる人がいて、ボルボルを食べながら陽気に飲んで歌って騒ぐ者たちもいた。

 酒を持って色んな人に話しかけられた。

 俺の名前を知っている人は結構いて、話しかけるタイミングを見計らっていたらしい。なんだか、少し照れくさい。


 紫紺には、少しだけ焼いたイノリシシの肉を分けて貰っている。俺の足元で美味しそうに肉にかぶりついている。


 本物のボルボルといわれるこの煮込み料理は、少しピリリとしたアクセントがあり、濃厚で本当に美味しかった。

 先週食べたボルボルもどきも美味しかったのに、こちらはそれ以上に美味しい。

 癖になってしまう。

 料理の準備は大変だったけれど、町の人たちの浮かれた様子を見て胸がじんわりと温かくなる。


 きっと、このボルボルは町の人たちにとって大切な……町のシンボルのひとつなんだろう。

 

「おや、私抜きで祭りをするなんて寂しいじゃないですか」

 丁度首都から馬車で町まで戻って来たベクターさんも合流する事が出来た。

 

「ベクターさん! その節はどうも……あの、お弟子さんとても濃い方ですね」

「やれやれ、腕は悪く無いのですが、少々情熱で先走ってしまう若者でして……後でご指導させていただきましょう」

 ベクターさんはシシリーさんからボルボルの椀を受け取ると、とても嬉しそうに食べ始めた。


「タカヒロさん、貴方のご用意した薬草類は大変人気でしたよ。なじみの錬金術師も驚いていました。これから忙しくなりますね」

 あはは。魔物の捕獲に薬草の調達にやる事はいっぱいありそうだ。


 俺に出来る事はほんの些細な事かもしれないけれど、少しずつ頑張っていこう。


 いつかきっと、この世界に祈りの風が吹くことを願って。


「きゃふ!」

 紫紺を撫でながら、俺は陽気に喜ぶ町の人たちの姿を見つめていた。


 

【神無き世界の箱庭師:第一部 祈りの森滞在編 完】



『あとがき』

神無き世界の箱庭師 第一部 お読みくださりありがとうございました!

読んでくださる皆様のおかげで楽しく書くことができました。

お陰様で一か月弱毎日書くことができました。

まだ書きたい事がたくさんあるので、更新ペースは下がってしまいますが、

第二部 祈りの森救済編を投稿していきたいと思います。


カクヨムコン9にも参加させていただきています。

どうぞよろしくお願いいたします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神無き世界の箱庭師 弥生 @chikira

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画