第21話 テラリウムの真価
翌朝起きると、窓から日が射し込んだ。
昨日は疲れ切っていたのか、朝までぐっすりと眠ってしまった。
ぽやぽやしたまま1階に降りる。
顔を洗って、水を一杯飲んだらやっと頭がはっきりしてきた。
このまま朝食を作ってもいいけれど、その前に朝の日課だけは済ませておきたい。
昨日カウンターの上に
カタリと印となる木をずらして、日付を次の日にずらす。
確か今日は闇日だよな。明日の氷日が町に行く日だから、今日はテラリウム作成や素材調達に徹しよう。
昨日夜に作った小川のテラリウムの状態の確認も行う。一晩経ったが、小川の水は他に漏れていない。無事土や岩も定着したみたいだ。
棚に置いてあった魔力水の入った霧吹きをテラリウムの中に吹き掛けて、コルク栓で蓋をしめた。
そうして、すでに置いてあった森のテラリウムの隣にコトリと置くと、置き場に【小川のテラリウム】と名前が浮き上がって来た。
これで二つ目。少しずつ増えていくのが嬉しい。
【森のテラリウム】の方も霧吹きをシュシュっとしておこう。
【森のテラリウム】を手に取ってコルク瓶をきゅぽんっと外して霧吹きを掛けようとしたところ、テラリウムの地面に何やら赤い物が幾つか入り込んでいた。
あれ? 前に見た時、こんなビーズほどの大きさの物って入り込んでいたっけ?
首を傾げて森のテラリウムを覗き込んだ時だった。
ぐにゃりと意識が引きずられる。
「え!?」
ぐっと引き込まれるように意識が暗転した。
ふっと意識が浮上する。
ええっと、一瞬気を失ったのか? 感覚としてそんなに長時間ではない気がするけど……。
なんて起き上がろうとしたとき、一番の違和感を感じる。
あれ、
深い森の……木や草の匂い……。
そんなはずはない。隠れ家の中にはそんな匂いはしない。テラリウムを作る時に取り出した草木だってこんなにもはっきりとわかる匂いはしていないはず。
がばりと起き上がる。
「嘘だろ……?」
今の今まで隠れ家の入り口でテラリウムを片手に霧吹きをしていたはずなのに。
起き上がると草木が生い茂り、太陽が優しく降り注ぐ森の中にいた。
「ワープ? 転移? ああくそ、マジックバックと冒険の書、家に置いてきたままだ」
そうだ。まだ起きたばかりで荷物は一つも持ってきていなかった。
こんなところに急に放り出されても困る。
とりあえず辺りを探ろうと立ち上がると、足元に何かが転がっていた。
大きな木から落ちてきたのだろう。赤いリンゴに似た果物が転がっていた。
「え、赤い果物? わ、結構周りに落ちてる」
見渡せばいくつも落ちていた。
……これ食べられるかな。【鑑定】
【赤い果実:レア度1:追加情報>スキル:神秘の胃袋の所有者でなくても食べられる】
食べられるっぽい?
服の裾でごしごしと拭いてかぶりつく。
カシュリ。甘すっぱい果汁がじゅわりと口に広がる。
少しすっぱいけれども美味しい。
「一瞬すっぱいってなるけど、慣れると美味しく感じる」
もう一口、もう二口と食べてしまう。
え、これ美味しい。うわ、こんな時にマジックバックが無いのが躊躇われる!
というか……この森……緑豊かだな。【鑑定領域】を唱えると、鑑定済の素材もちらほらとあるが、木の根に生えた色鮮やかな茸や草の中には見たこともないものもあった。
「俺どこに飛ばされ……いや、まてよ」
少しだけ散策する。じっと周りを見て観察するように。
この木の生え方、小さな岩、そして地に散らばる赤い果実。
「もしかして、森のテラリウムの中……とか??」
いや、もしそんなことが起こるのなら……起きてしまうのならば、今までの前提が覆される。
固有魔法のテラリウムはあまり役に立たない魔法のはずだ。
見て癒される、とか。以前はこんな場所だったのではないか、なんて思いを寄せる様な。
足元の白い花を鑑定する。
【花:レア度2:追加情報>スキル:神秘の胃袋の所有者でなくても食べられる】
その花を根元からそっと引き抜く。
俺の鑑定ではレベルが低すぎて何の花かまではわからない。
けれども、その葉の形や裏側の色、そしてこの花弁。
「これ、ギルドボードに貼ってあった……古ぼけた調達依頼の掛かっていた薬草に似てる」
あの後素材屋のベクターさんに貰った森の詳細情報で見分け方を覚えたからほぼ合っていると思う。
「祈りの森に生えてた植物とかもある」
ふと木の根元に目を向ければ、白い花がぽつぽつと群生していた。
おそらく、近いけれども葉の形が微妙に異なる気を付けなければならない毒草も。
それだけじゃない。さっき見た茸や森のテラリウムを作った時には植えた覚えのない草木も一緒に。
「もしかして、テラリウムの真価は、元にした環境を箱庭の中に再現することができる、とか??」
そうだとしたら、この世界の根本をひっくり返す事が出来るぞ!?
空を見上げても雲が流れ、日差しは温かく降り注ぐ。
そよ風にのって草木の匂いが流れてくる。
見た限りはテラリウムの中だとは思えないような広い森の中にいるようだけれど。
「そういやここってどうやって出るんだ?」
喜ばしい事と途方に暮れる事が一度に訪れて、俺はどんな顔をしたら良いのかわからない。
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