第45話 祈りの森の通過儀礼


 暴走鹿、ワールの鞍を作ってもらおうと町の職人を尋ねたが、滅茶苦茶不信な目で見られてしまった。


「あのなぁ、あんた。カゼノシカってのは消滅した祈りの森の固有種でな、見間違いとか別種の鹿なんじゃないのか?」

「あの、本当なんです……見て頂けたらわかると思うのですが……」

「なんだ、もしかして一族の守護獣ってやつか。ふむ……一度見て見ないとわからないな。よし、ちょいと仕事を抜ける話を付けてくるから農場の入り口で待ってな」

 

 マズリーさんは怪訝そうだが、なんとか鞍の交渉はできそうだ。


 入り口で待っている間に農場で働いている人に色々と話しかけられた。

 ただの冒険者……だけど本当に最近では珍しいのか、声を掛けられまくる。

 そうして俺の全身を見て体力無さそうだな! って売り物にならない大きさの野菜を皆俺の手に乗っけていく。

 親切だ……親切だけどちょっと複雑だ。


「待たせたな」

 マズリーさんが少し長めの休憩を取れたらしく、町の一角にある工房まで案内してくれた。


「最近は乗馬用の馬もそんなには手に入らないからな。商売上がったりだ」

「普通の馬もそうなんですか?」

「あぁ、騎乗用の魔獣の方がどうしても飼育しやすいからな。奴らは魔力結晶だけで当分生きて行けるし、そもそも病に強く頑丈だ。まぁ……乗り手を選ぶって難点はあるが、それを含めても寿命も長いしな。各地で慌てて馬も増やしているが需要に追い付いていない状況だ」


 工房の中は広く、古い物だけど鞍や手綱なんかも数多く揃えられていた。

「それで? 本当にカゼノシカはいるのか?」

「あ、はい。ここで呼び出してもいいですか……?」

「お前さん召喚士か? 魔道具があれば召喚して構わん」

 この笛はその類なのだろか……なんて思いつつピィっと吹き鳴らす。


「ビィィーー!」

 しゅるりと笛からワールが飛び出す。

「ビィ?」

 乗るか? 風になるか? なんてこちらに訴えてくるが、今は乗りません。


 マズリーさんが口をぽかんと開けている。

「驚いたな……まだ若いカゼノシカじゃないか……」

 呼べと言ったのは彼なんだけど、随分と驚いた表情を浮かべている。

「ああ、何年ぶりだろう。こんなにも元気で若いカゼノシカを見るのは……こいつは守護獣として先代から受け継いだ個体とかじゃなさそうだな。まさかあんたが契約したのか」

「はい、俺が契約者です。あの、先ほどから守護獣って……」

 従魔と守護獣って何が違うんだ?

 

「知らんのか? 契約者だけじゃなくその一族に従ってくれる従魔は守護獣と呼ばれるんだ。まぁ、よっぽど信頼関係のある契約者じゃないと守護獣になってくれないがな。あんたがカゼノシカと契約してるって言ったって、昔に契約したカゼノシカを先代から受け継いだのかと思っていたんだよ」

 なんで受け継いだって……と言う所で思い出す。

 そうか、呪いの風の影響で魔獣がほとんど滅びてしまって、新しい契約を結べないのか。

「年老いたカゼノシカだったとしても今じゃ貴重だ。魔道具の中なら呪いの風の影響を受けずに残っている個体もどこかにはいると思ったが……まだ若い、五年か六年か。これから伸びやかに駆ける個体じゃないか」

 マズリーさんは何だか感慨深そうにワールの背中を撫でる。

 


「あの、ワールっていうんですが、この子の鞍を作っていただけますか?」

「……ああ、体格を計測してこいつに負担の少ない鞍を作ろう」

 そう言うと工房の端から計測器を取り出し、馬の口から首、胴体など計測していった。


「そこの端にある三番目の鞍を持ってきてくれ」

「あ、はい。これですか?」

 並んでいる古い鞍は売り物ではなく、どうやら大まかな大きさを計るものだったらしい。

 鞍を乗せてはワールを歩かせて具合を確認し、また他の鞍を付けては微調整する。


 ワールは3秒で飽きていたが、どうにか、どうにか頼み込んで大人しくしてもらっていた。

 「あんた、本当に認められたのか?」なんて不審がられているけど。

 

 マズリーさんは俺には雑に話すがワールには愛情を込めて話しかけていた。

「あぁ、良い牡鹿だ。この気性にこの体格なら森のずっと奥まで走り抜けられるな」

「ビィィー!!」

「しかも男前と来ているからな、ヨシヨシ。くつわはきつくないか? どうしても跳ねる時には歯を食いしばるからな。ほら力を入れてみろ。よしよし、これで良さそうだな」

 ワールはマズリーさんを自分の世話をしてくれる相手と認めたのか、大人しくしている。


「マズリーさんはカゼノシカにすごく慣れていらっしゃいますね」

「あぁ、一頭契約していたよ。暴れん坊だったがよく走った良いカゼノシカだった」

 あ、マズリーさんも契約していたのか!

 驚いた事を気付かれて、マズリーさんが苦笑する。

 

「おいおい、俺もこのリンドウ育ちだぞ? 祈りの森と共に生きて来たんだ。この町の若い連中はみーんなカゼノシカに挑んでるさ」

「挑むって討伐って事ですか?」

「いや、カゼノシカが年に何度か集団で森を駆ける時期があるんだ。若衆でその道に接した大樹に登って、上からタイミングを見計らって、カゼノシカに飛び乗るんだ。そりゃものすごく抵抗される。8割は振り落とされて、怪我する者もいる。だが、振り落とされずに三日三晩耐え抜けば、奴らは主として認めてくれるんだ」

 昔を思い出しているのか、ワールを撫でる手が本当に優しい。

「俺の相棒は酷く暴れてよう、三日どころか五日間も認めさせるには時間が掛かった」

 思った以上に過酷な通過儀礼で言葉が出ない。

「その、相棒のカゼノシカは……」

「魔道具なんざ一部の召喚士しか持っていないからな。呪いの風が吹いた時にやられちまったよ」

 ……そうか、魔獣だけじゃない。こうやって人と共に生きていた従魔たちも、呪いの風の影響を受けていたのか……。


「老いた鹿だったが、足腰が老いて自分では餌が呑み込めなくなっても、遠乗りをせがむような奴だった。俺が乗ったら走れないのに、それでも俺を乗せて走ろうとしたんだから、本当に良い相棒だったよ」

「マズリーさん……」

 彼はきっとこの工房で他のカゼノシカと契約した町の若者たちに鞍を作ってあげたんだろうな。

 たまに自分のカゼノシカと一緒に平原を走りながら。

 祈りの森と共に生きて来たリンドウの町の住人は、きっと幼い頃から森と共にあったのだろう。

 

「さて、と。これで良さそうだな。この調整用の鞍で我慢してくれねーか。本当ならカゼノシカは滑らかでしなる素材が適しているんだが、今の世の中じゃそうそう手に入らねぇ。この鞍をくれてやるから大切に扱ってくれ」

「あ、ありがとうございます。そうか、素材がもう手に入らないんですね」

 

「ああ。従魔用の鞍はイノリウシの皮が一番適しているが、もうほとんど手に入らないからな。他にも寒さ軽減のモリノヒツジの羊毛と手綱にカラルクの蔦とシルキースパイダーの糸を編み込ませたもの、風の加護にイノリノトリの鶏冠と尾羽なんてのも使っていたが、ま、手に入らないから仕方がない」

 

 …………ん!?

 滅茶苦茶、聞き覚えのある素材ばかりなんですけど……。


「もしかして、それって祈りの森で採れていた素材の……?」

「当然だろ。この森で採れる素材だからこそ、この森の魔獣であるカゼノシカに馴染んだんだから」

「あの、その素材を持ってこれたら、ワール用の……従魔用の鞍を作ってくれませんか?」

 マズリーさんがちょっとんなことできるはずないだろ? みたいな顔をしたんだけど、笑って請け負ってくれた。

「ああ、持って来れたらな。最高の……こいつが風になれるような鞍を作ってやるぜ」

 呪いの風以降・・に契約した事になるワールについても、マズリーさんは何も聞かないでくれた。

 鞍が出来上がるまでは、今日試着させてもらった鞍を貸し出してくれるそうだ。

 こ、これで帰りは振り落とされなくて済む……。


 俺はギルドで【イノリウシ】の皮は受け取ろう! と心に決めた。

 

 あと、お値段を聞いたら魔獣用の鞍の値段、金貨3枚だった。

 全然お金足りない……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る