第44話 鞍職人を求めて


「あ、今日も来てくれたんですね!」

 ギルド兼酒場に入ると、シシリーさんが笑顔で迎えてくれた。

 

「あの、なんだかよろよろしてますけど、大丈夫です?」

「ちょっと諸事情で……」

 割と長めにワールに乗っていたので、乗鹿に慣れていない俺は足腰がプルプルしている。


「えーと、納品をお願いしたいんだけど……」

「待ってました!」

 ぱああっとシシリーさんの表情が明るくなる。

「ベクターさん! タカヒロさん来ましたよ~」

 丁度出勤したばかりなのか、白い手袋をはめたベクターさんがカウンター側に来てくれた。

 

「こんにちは、タカヒロさん。今日も納品しに来てくれたのですね、ありがとうございます。丁度昨日ご納品頂いた素材を仕分けしていまして、午後の遅い便で首都に持って行こうと思っていたのです」

「首都、ですか?」

「ええ。鮮度の高い薬草類をせっかくご納品頂いたのですから。この町にはもう錬金術師も残っていないので、ギルド経由で薬品を扱える錬金術師に卸そうかと思いまして」


「あの、いきなり薬草が手に入ったって言って……奇異に思われませんか?」

「そこはこちらの交渉次第ですので。お任せください。魔術羊皮紙スクロールでその辺りの守秘義務に関する取り決めはさせて頂くつもりです。……タカヒロさんが薬草類の価格を以前と同じ形で取引してくれていますからね。錬金術師達にも価格を抑えてご提供することができます。今では薬草類が高騰し、廃業するかどうかと迷う者たちもいましたので、きっと一つの救いになるでしょう」

「それは良かったです」

 きっとベクターさんみたいなベテランギルド鑑定師なら上手い事やってくれるだろう。

 

「これ、今日の納品分です。袋が足りなくて薬草類がひとまとめに入れてあるんですけど、マジックバックまではいかなくても何か容量がいっぱい入りそうな袋とかありませんか?」

 この前の商人の市で安い麻布を幾つか買ったけど、素材の種類が多かったり魚の罠で使ったりしてしまったので、他にも採集したものを入れる袋が欲しくなってしまった。

 

「そうですね、首都まで行けば納品用の袋の予備などはあったはずです。少し交渉して分けて貰ってきますね。魔法も【劣化速度低下】などでも何も無いよりは良いでしょう」

「ありがとうございます!」

 これで袋問題も何とかなるかも。

 

「あ、査定の間に少し探したいものがありまして、騎乗用の鞍……とか取り扱っている場所どこかご存じありませんか?」

「……騎乗用? 確かに、以前は冒険者や牧場主用に鞍を作っている職人は居ましたが……」

「それならマズリーさんですね。今だと農園で働いていらっしゃいますよ!」

 シシリーさんがすぐに答えてくれた。

「え、シシリーさん、町の人がどこにとか、覚えているんです?」

「やだなー忘れたんですか? 役場の受付代理もしているですからね!」

 あ、そうだった。確かに彼女は色んな受付を担当していた。

 彼女も地味に優秀だなぁ。

「もしかして馬をご購入予定ですか? 確かに森との行き来が楽になりますものね。はい、こちら紹介状です。今は鞍などの仕事はあまり実入りがないのでやっていないそうなんですが、もしかしたら古い道具とかまだ残っているかもしれませんので」

「助かるよ、一度訪ねてみる」

「もし一時金が足りないようでしたら、ギルド証明書をご提示ください。ランクによって限度額がありますが、ツケとしてギルドから職人にお支払いすることができますので」

 そんなこともできるのか?

 驚いているとシシリーさんがパチリとウインクをした。

「良い武器や道具は一括でお支払いできない事もあるんです。その場合はギルドが冒険者の代理として負債をお引き受けすることがありますね。だからといって、踏み倒したりしないでくださいね。全冒険者ギルドに指名手配掛かっちゃいますので」

 は、はは。そんな心臓に悪い事しないしない。

 

 ギルドの紹介状を持ってマズリーさんって方を尋ねる事にしよう。


「昼には戻ります。それでは行ってきますね」

「はい、タカヒロさん。承りました」

「良いものが見つかるといいですね~!」

 ベクターさんとシシリーさんが朗らかに見送ってくれた。


 だから、俺はほんの僅か聞こえなかった。

 ギルドの裏側で納品物を取り出したベクターさんが泡を吹いて倒れ、シシリーさんが慌ててギルマスを呼びに行った、なーんてことがあったことは、知る由もなかった。


 

「紹介状によると、この農園? かな」

 町外れにある農園では、ちらほらと酒場で食事を取った時に見かけた人がいた。

 

「お、流れ者の兄ちゃんじゃないか、どうした?」

 俺に気づいてくれた人がいたので、さっそくマズリーさんについて尋ねると、今は農具の修理をしているだろうという事で案内してもらう事が出来た。


「なんだ、修理依頼か?」

「あの、冒険者ギルドから騎乗用の鞍とかを以前扱っていたとお聞きしたんですが……」

 マズリーさんは結構なお年を召した方だったが、なんだか職人気質のある気難しそうな男性だった。

「冒険者ギルドからの紹介状か。工房に古い鞍は幾つか残っているが、馬を見ないと調整ができないな。あんた、どこに馬を預けてある。一度工房で調整するからそこに連れてくるんだな」

「あの、馬……というか騎乗用の動物がいないと、やっぱり難しそうですか?」

「あのなぁ、鞍や手綱は動物には異物だ。一頭一頭微妙に体格も違うから、違和感無いように付けてやらないと騎手も馬も不憫だろう。まさか、馬をこれから買うのに先に来たってのか?」

「いえ、いるんです。いるんですけど……」


 うーん、ここで言っても良い物だろうか。

「あの、カゼノシカって魔獣の鞍でも頼むことできますか?」


 滅茶苦茶不信そうな顔をされてしまった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る