第43話 森を駆けて町まで


 あれだけ荷物がいっぱい入っているのに、鞄が重くならないのはありがたい。


 紫紺が足にじゃれつきながら、隠れ家を出る。

 鍵を掛けて隠匿を掛ければ、紫紺がきゅ? と不思議そうな顔をしていた。

 あ、今は見える対象俺だけに設定してあるもんな。


「さ、ワール。出てきてくれ」

 ピィ! と首からぶら下げた笛を吹く。

 テラリウムの中の生き物を外に出す事が出来るのならば、きっと俺の獣魔となったワールもこの世界に降り立つことができるはず。

 笛からすっとワールが現れた。


「ビィーー?」

 ワールは外に出るときょろきょろと周りを見渡した。

 不思議そうに首を傾げる。

 あぁ、そうか、お前にとっては黒い森は初めての場所か。

 魔力が枯れ果てた黒い森は不思議で仕方が無いのかな。


「きゃふっ」

 紫紺の姿を見ると、ワールは膝を折って座って震えはじめた。

 いや本当に紫紺に圧倒的な苦手意識を持っているな……。

 紫紺を抱き上げると、そっと俺の影の上に落とす。しゅるりと紫紺が影の中に入った。

 ちょっとだけそこで大人しくしてくれ。

 

「ワール、すまないが町まで俺を乗せてくれないか?」

「ビィ……」

 いつ紫紺を取り出すか疑っているなこいつ。

「大丈夫。紫紺は今は影の中だ。あのな、頼むよ。風になるんだろ? 俺を風にしてくれよ」

「ビィーー? ビィーー!!」

 すごい、やる気になるの超早い。

 ワールは立ち上がるといななき、俺の背中に乗れ! なんて元気になっている。

 俺はまたワールの背中によじ登ると、がっちりと首にしがみ付き、町の方向を指しながら頼んだ。

「きっとお前なら町まで1、2時間掛かっていたところもあっという間に着くだろう。頼む!」

「ビィィィーー!!」

 ワールの調子は絶好調だ。よし、褒めれば調子にノッてくれるタイプだ。

 高らかに鳴くとワールは駆けだした。


 俺はその時一瞬だけ忘れていた。

 ――風と共に走りゆくワールの豪速を。


「ぉおおおおおあああああああ!!!!」

 正直、ジェットコースターよりも早いスピードで黒い森の木々の間を走ったり跳んだり乗り越えたりするこいつに、『自重』と『配慮』という二文字が無かったことを、俺はしがみ付きながら思い出していた。


「ビィィーー」

 しばらく走った為か、良い汗を掻いた! なんて爽快そうに止まった暴走鹿の背からよろよろと滑り落ちて俺はべちゃって地にへたり込む。

 風と共になりぬ! なんて風に吹かれて気持ちよくなっている鹿には、きっとここがどこかなんて気にしてないんだろうな……とよろよろと周りを見渡す。

「あの、ワールさん……ここ、どこ?」

「ビィーー」

 おそらく、森の奥に入り込んでいる。

 どうして、俺は、わぁきっと騎乗用従魔がいれば町までの道が楽になるなぁ~なんて甘く夢を見てしまったのだろう。

 どうして、こんな事に……。

 いや、俺もさ、しがみ付くのに必死で回り見れていなかったというのもあるけど……しんどすぎて辛い。

「頼むよ……俺には君しか騎乗できるのいないんだって……」

「ガーーッペッ」

 腹立つ~~!

 まぁ、仕方がない。俺もこいつとは浅い仲だ。

 これから仲を深めて行こう……ということで早速賄賂だ。


 余分に取ったボルボルの実と水袋から清水を小さな器に移す。

「次は、ちゃんとゆっくり走ってくれ。頼む。俺にはまだ風になる覚悟が出来ていなかった」

「ビィーー」

 仕方がないなぁとワールはボルボルの実をかぶり付き、水をぐびぐび飲む。

 その間に周りを見渡せば、黒い木々が鬱蒼と茂り、随分と暗くなっている場所だった。

「ん……あれは……洞窟?」

 少し先を見れば岩壁に暗い洞穴のような部分がぽっかりと開いており、その奥は広く続いているようだった。

 

 洞窟を見つけたのはいいけれど、今は普通に町まで行きたいんだが……。

「ワール、この場所って覚えていられるか? 帰りに寄りたいんだけど」

「ビィィーガーーッ」

「素敵なつむじ風、ワールさんならまた案内してもらえるかな?」

「ビィィーー!!」

 めっちゃノリノリになった。チョロすぎるぞこの鹿。

 帰りに少し寄って素材採取とかしてみよう。

 

 ワールは水分なども補給して気合も十分の様だ。

「頼む。俺に耐えられる速度で町まで行ってくれ」

 

 頼み込んでやっとワールはタッタッタっと軽快に走り出してくれた。

 

 速度が遅くなったためか、まだしがみ付いても周りを見る余裕がほんの少し出て来た。

 いや、これでも十分に自転車並みのスピード出てるんだけど。

 

 ワールはちゃんと指示を出してやれば聞いてくれた。

 道は選んでくれないので岩場などを軽快なステップで跳ぶけれど。


 森の出入り口まで出て来れた時にはほっとしてしまった。

 うん、早めに家を出たけど普通に爆走して迷ったから、俺が歩いて来たとの同じぐらい時間掛かっているよな。


 平原は走りやすいのか、嬉しそうに走っている。

 そうか、こいつ契約が走り回る事ってぐらいに走るの好きだもんな。

 思った以上に人を背に乗せて走るのを楽しんでくれているみたいだった。

 

 俺は決めた。

 町に行ったら絶対入手しよう。

 ……鞍と手綱。

 

 こいつのスピードに俺が耐えられない。

 町から少し離れたところでワールを笛に戻す。

 さ、冒険者ギルドに行って、納品して騎乗用の獣魔の鞍とかが入手できる場所を聞こう。そうしよう。


 ちょっとだけ足をよろけさせながら思ったのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る