第35話 呪いを振りまく災厄の獣と呪いの外から来た来訪者


 家の前で拾った油状液体タールまみれの仔犬が、何を食べられるかと調べようとしたところ、冒険の書が今まで見たことがないようなラメ入り蛍光ド原色で虹色に光る文字を連投していた。

 うわ、まぶし! というか、こんなミラーボールみたいな表記できたのか!!


「え、どうしたんだ?」

『警告、危機が迫っています。速やかにこの隠れ家を捨てて退避してください。警告、直ちに、この場所を捨て退避してください。隠れ家の屋根裏から外に逃げる事が出来ます。警告、直ちに……災いを招き入れている……だと……』

 なんか冒険の書の最後の方が筆ペンで書いたように極太になっている。

 冒険の書がバグる事ってあるんだな……?

 

「災いってこの仔犬の事?」

「わふ?」

 へっへっと黒い舌を小さく出していた黒い仔犬が返事をする。


『現在、この世界に残っている魔物は魔力の影響を受けにくい弱い個体か、他の魔物を喰らって生き長らえている強い個体ばかりです。ですがその個体はそのどちらとも異なり、役目を終えた骸に呪いの風が巻き付き、生あるものを喰らいつくす絶望となり果てています。呪いをまき散らす災厄を止める事は創造主たる女神様ですらできませんでした。危険です。直ちに逃げてください!』

 冒険の書が普段よりも強い文章で避難を推奨する。

 

「へ? 怖! いや、呪いの風って、魔力を吸い尽くして黒く染めるアレだろ? 祈りの森を黒く染めた……。じゃあ、この仔犬の身体が黒く汚れていたのは……」

『呪いの影響を強く受けているからですね。触れたものの魔力を奪い、黒く染めます』

「シャワーで洗い流せたけど」

『……え』

「俺の指の間にちょっと黒ずみが残ってるけど、他は特に……」

『いや、そんな呪いがただの汚れみたいな……呪いは全ての物に影響を与えるはずです!!』

 小さく震える仔犬を見て、首を傾げる。

 確かに、最初に抱きかかえた時の布の汚れは落ちそうにない。

 風呂場まで連れて行く間に汚れた床の黒ずみは……潰していい布を出して拭うと簡単に取れた。

 仔犬を抱いたまま外に向かうと、地表に落ちた黒い汚れはじんわりと嫌な気配を残したまま、じわじわと周りを黒く染めていた。うーん、消す事ができなさそう。

 左側の畑を見ると……。


「あ! 薬草が全部枯れてる!!」

 なんてこった、町から帰った時にはまだ元気だったのに。

 そして、元々ここの土を使った畝(薬草は枯れてしまったので土部分のみ)は呪いの影響の為か黒ずんでいるが、俺が素材から取り出した土は黒い点々は付いているが、土や薬草までは黒く染まる事はない。


 なんで俺や隠れ家は影響がないんだ。

 家の前は呪いの影響でところどころ黒くなっているのに……。

 

 そして両者の違いを考えて、根本的な事に気が付く。

「冒険の書、この呪いって……『生きる事が許されず、怨嗟を吐きながら死にゆく者たちが世界を憎んだ』からこの世界の魔力を吸い黒く染めていくんだよな」

『その通りです』

「その呪いの対象って、この世界全部って事だよな。……だけど、この世界のから来た俺って呪いの対象に含まれてる?」

『…………検証は、まだされておりません』

「あの隠れ家、女神から貰ったものだけど、製作者・・・は俺だ。外の薬草も、魔力が無くて枯れているように見えるけど、他の植物みたいに黒くは染まっていない。あれも、俺が創造したテラリウムから持ってきた薬草だ」

 俺は唾を飲み込んで、そこ可能性を口に出した。


「俺が造った物は呪いの影響を受けにくいとしたら……冒険の書、これってもしかして……呪いの風をどうにかできる糸口にならないか?」


 俺が造り出した物は、俺と同じく呪いの風の影響から外れる。

 だとすれば……この終わりに向かう世界を、少しでも救う手立てを見つける事が出来るかもしれない。

 

「お前も、苦しい苦しいって黒いヘドロを吐いていたもんな」

 仔犬を優しく撫でると、耳をぺたりとさせて撫で待ちしている様子だった。なんだよ可愛すぎか?


「この子も呪う為に生きていくのは苦しそうだったからな。いつか大丈夫にしてやるからな」

「きゅふ」

『……貴方様には、それがに見えますか?』

「滅茶苦茶可愛い黒わんこ」

『……あり得ません。まさか、呪いを振りまく災厄の獣……のはずなのに……』

 冒険の書が滅茶苦茶考え込んでいる。

『その個体は本来この姿では……いえ、憶測はよしましょう。一度、災厄の獣がどう貴方様を思っているのか、尋ねてください』

 いや、こんな仔犬に聞いても答えてくれるか? なんて疑問に思いながら、わんちゃんに話しかける。


「なぁ、お前、もう苦しいのとか無いのか? 呪いたいとか、恨めしいとか」

「わっふ、きゅふきゅふ、きゅー、わふわっふ、きゅふふきゅー、きゅふ、きゅふ」

 必死に応えてくれる。可愛すぎて鼻血でそう。

 

『ナデテ、ナデテ、ホメテ、アイシテ。ハジメテ、ハジメテ。ホロビヲモトメラレルコトモ、ノロイヲフリマクコトモ、ヨウキュウサレナイ。ハジメテ、ハジメテ、ダッコ、ウレシイ、ナデラレルノ、ウレシイ、イッショ、イッショニイタイ、ズットイッショガイイ。……なんて言っていますね』

 やだ!!

 なにこの子!!

 

「うちの子になりなよ!! なんて健気なんだよ!!」

 ぎゅっと抱き締めれば、鼻の頭をすりすりと頬にくっつけて、ペロペロと舐めてくれた。

「きゅふ!」

『しかも……なんて事でしょう。愛される事、大切にされることを知らない個体だった為……この世界を憎む事も恨む事も放棄し、嘆きと怒りを捨て、呪いをまき散らすこともせず……災厄の獣としての生を放棄したとは……』

「え!? それじゃ、もうこの子が呪いをまき散らすことはないのか?」

『この個体の元となった骸も、世界を構成する大いなる力として存在していた頃は愛されることはなかったのでしょう。完全に新たな管理者たる貴方様に好意的ですね』

「え、えー、そうなの。そうなのかぁ」

 よくわからないけれど、愛情たっぷり込めてお風呂に入れてあげたことが良かっただなんて……。

『黒き魔獣が従魔となりたがっています。承認しますか?』

「あ、そうか。この子魔獣なのか。……ここまで慕ってくれるもんな。よし、俺が責任を持って飼い主になる。承認するよ」

『契約条件は魔力の譲渡。貴方様から与えられる魔力により、獣の力が戻れば強い守護獣となるでしょう』


【黒き獣:元災厄の獣】

 契約者:世界の管理者タカヒロ

 大いなる骸に呪いの風が宿り、呪いを振りまく災厄の獣として蘇った個体。

 現在はタカヒロの優しさに触れ、呪いの宿命から解放された。

 種族:まおー


 鑑定すると、黒いわんちゃんの情報が見れたけど……。

 

 この種族って……何?

 

 

 

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