第39話 騎乗に適した従魔


 小川のテラリウムで思わず【モリノヌシ】と呼ばれる大型のトナカイ(なんか胸元の毛がふさふさして角が立派だった)に遭遇した俺は、何かが背中に激突し前のめりに倒れた。


 いたた、何だ何だ??


 振り返ると、若い鹿が俺の腰に顔を押し当てている所だった。

 え、ちょ、なになに。


 戦闘能力皆無な俺は一瞬でやられちゃうぞ! ワンパンだぞ!!

 なんてへっぴり腰で鹿から離れようとする。

 

 鹿は頭を上げるとふふんっと得意げに鼻を鳴らす。

 二度頭を下げると「ビィーー」とサイレンみたいな鳴き声をして、再び二度頭を下げた。

 そして、得意げにふふんっと鼻を鳴らす。


 ちょっとそのドヤ顔が腹立つな……。

 鹿がタックルしてきた先を見ると、遠くで若い鹿と同じ種類の鹿が群れでこちらを見ていた。

 え、滅茶苦茶大型の生き物と遭遇率高くない??

【カゼノシカ:レア度2:追加情報>祈りの森で見られる鹿型の魔物。モリノヌシの眷属。風の力を宿している為、風魔法を使える。力ある者を主人とする騎乗可能の魔獣。ただし、主として認められるためには相当苦労する:食べられるが筋肉ばかりで固い】


 俺は立ち上がると、鹿の頭を撫でる。

 角は元の世界にいた鹿と同じ生え方をしていて、まだ若い雄なのか手触りは滑らかだ。

 大きさ的には丁度、俺の腰あたりに胴がある。

 細身の鹿だけど、騎乗可能って出たぞ……?

 

「ビィーー」

 いや、鳴かれても。

 恐る恐る遠ざかろうとすると、またタックルされる。

 ぐえ。

 

 困った時の冒険の書頼り。

『どうやら、モリノヌシが貴方様にと用意した眷属のようですね。ノレ、オマエヲカゼニシテヤロウカ。と言っているみたいです』

 風にしちゃだめだよ。まだ人間のスピードでいたい……。

 いや、問題はそこじゃない。

「まって、モリノヌシ。俺に滅茶苦茶甘いのでは……?」

 滅茶苦茶甘やかされている気がする!!

『この場所がここまで魔力に満ちた森になったのも、貴方様が丁寧に作ったからでしょうね。若くて元気なカゼノシカが従魔になりたそうにこちらを見ています。どうしますか?』

 いや、何かのゲームみたいな展開だな!

「拒否権は?」

「ビィーー」

『無いそうです』

 無いのか……。


「はは、お前も大変だな。俺もこの世界にまだ慣れていないんだ。よろしく頼むよ。一緒に旅の道連れになってくれ。えーと、英語で風、ウィンド、トルネード……ワールウィンドでつむじ風、だったっけ。疾走の意味の……ワール、とか、どうだろうか」

「ビィーー」

 悪く無いって感じでふふんと鼻を鳴らして俺を見降ろす。

『名付けによりあなたの眷属として登録されました。契約条件は世界を駆ける事。その瑞々しい若い風は貴方様を乗せて走る程に力を増していくでしょう』


【ワール】

 契約者:世界の管理者タカヒロ

 祈りの森を模した世界のモリノヌシの眷属。

 モリノヌシからタカヒロに贈られた騎乗用の獣魔。

 種族:カゼノシカ

 

「ビィーー!」

 喜んでいるのか、蹄を踏み鳴らす。

 その様子を遠くでうかがっていたカゼノシカの群れは、ワールを鳴き声に『ビィーー!!』という鳴き声を返し、森の奥に去って行った。

「ビィ」

 おい俺の背中に乗れよ、風になってやるぜ。みたいにワイルドに誘ってくる従魔に、恐る恐る乗り込む。

 もだもだと、角と背に手を置いて、よいしょと背を跨ぎ、なんとか乗り上げる。

「ワール、ちょっとだけ走らすぞ、行け!」

 鐙はないけど、胴を足でそっとちょんちょんと触れば、「ビィーー!」と鳴いてワールが走り出した。

「うぉ、わ、うあ、わわわっ」

 加速し始める鹿にしがみ付こうとするが、走り始めて1秒と持たずに背からずり落ちる。

 腰から地に落ち悶絶する。

 がはっ。

 あまりの痛さに蠢いていると、遠くから「ビィーー!!」と高らかな鳴き声が聞こえる。

『カンジルカ、アルジ、オレタチハイマ、カゼニナッテイルゼ!! と言っていますね』

 一人で風になっているんだよなぁ……ってか、振り落としたの全然気づいてないんじゃないかな……。

 

「冒険の書、教えて。この腰の痛みを止める方法……」

 この世界での初めての怪我。

 ……従魔に振り落とされる。なんてこった。

『素材があれば回復薬ポーションを調合する事も可能ですが……【生命の枝】を使うことを推奨します』

 ごそごそとマジックバックを探し、【生命の枝】を取り出す。

 そっと腰に当てて、痛いの治れ~助けてくれ~なんて願いながら腰にすりすりしたら、じんわりと温かい光が枝から出て、患部がぽかぽかとなる。すると、痛みがだんだん和らいできた。

 

 モリノヌシ、すぐに役立ったよありがとう。

 最初にこんな使い方は想定していなかったと思うけど……。


 ドドドドッと音がしてワールが遠くから走って来た。

「ビィー!?」

『ナンデオリル、カゼニナラナイノカ!? と聞いていますね』

 下りたんじゃなくて、落とされたんだよ。とふんふんしているワールの鼻面を撫でる。

「頼む、俺を風にならない程度に運んでくれないか……」

「ビィ……ガーーッ」

 しょうがねえなぁ、みたいに悪態付いていそう。

 乗れって何度も角で小突かれるので、今度は乗り上げると同時に、べたりと首に引っ付いた。

 え? その乗り方? なんてワールは最初戸惑っていたが、カッポカッポとゆっくりと歩く。

 自分で歩くよりは、マシ……だけど……。これ、ワール用の騎乗道具が欲しい……。

 

 ワールと少し散策した後、川の近くまで運んでもらう。

 ずり落ちるように地面に立つと、ワールを少し待たせて川の中に入る。岩間に追い込むようにそっと魚の罠を見れば、想像以上に取れていた。

 というか、俺が近寄っても逃げない……。これも創造主補正なのか?


 何か長いウナギのような魚もいたし、食べられる魚が入っていると良いけど。

 きゅっと魚が5匹ほど入った袋の口を縛る。

 このまま……そっとマジックバックの中に入れる。すまん、後で鑑定とか色々するな。

 同じように仕掛けた罠を回収してしまう。


 小川のテラリウムで色々とありすぎてヘトヘトだけど、採取はこのぐらいで十分だろうか。

 というか……。


 このテラリウムからワールってどうやって連れて行くの?

「そもそも、生きたまま連れ出していいの……?」

 俺を撫でろって結構強い力で腰を角でぐりぐりとされる。

 撫でたらこいつ調子にのったのか、痒い所を俺に掻かせにきたぞ。

 

「大きさ的にマジックバックには入らないだろうし……。というか、入れていい物かもわからないけど……」

『【固有魔法:テラリウム】レベル4では、任意の生き物を連れ出す事が出来ます。ワールを連れ出しますか?』

 レベルが上がるとできる事が増えるってのは知っていたけど、そんな事もできるのか。

 

 承認すると、ワールが腰に付けていた試験管の一つに吸い込まれた。

 今までは【素材】という形だったのに、【従魔:ワール】って書かれている。

 ……外でこの蓋を開ければいいのか。


 ポケットモ……いや、それ以上は言うまい。


 さ、紫紺がいる場所に戻るとするか。


 【小川のテラリウム:普通】

 成熟度☆☆

 採取できる素材の確認(27/40)

 採取できるレア素材の確認(3/10)

▶テラリウムから退出

 

 

 このテラリウムでの出来事は一瞬の事。


 なはずなのに、外に出ると紫紺がえらいことになっていた……。

 

 

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