第40話 探索:森のテラリウム、従魔たちを添えて


 小川のテラリウムでモリノヌシに会ったり、暴走特急な従魔、ワールを得た俺は一旦元の世界に戻ってくることにした。


 ぐにゃりとした意識が戻った瞬間、時計の秒針が進むようにカウンターの前に立っていた。

「ミギャーーーー!!」

 えっえっなにこの鳴き声!


 なんて驚いていると、べたりと足にしがみ付き、爪を立てて俺にしがみ付く紫紺の姿。

「え、どうしたの、なになに、ほんの一瞬だよ?」

 むしろテラリウムの中にいたので、時間は経っていないはず。

 なのに紫紺はボロボロと涙を零し、尻尾をぐるんっと股の間に回して、ミギャミギャって鳴いている。

 慌てて抱き上げれば、爪を立て、腕にしがみ付く。

 その小さな身体はぶるぶると震えて恐ろしいことがあったみたいに振動している。

 いたた、紫紺の爪は結構鋭い。布越しとはいえ、割と食い込む。


 ずっと震える紫紺を抱きかかえながら、片手で冒険の書をマジックバックから漁り、片手で開く。

「この短時間に何かあったのか? もしかして呪いの風の影響とか??」

『どうやら、テラリウムの中に入った瞬間、貴方様の存在の消失を感じたのか、非常に恐怖を感じていますね』

「存在の消滅? でも俺別に消えては……いや、テラリウムに入った刹那の瞬間はこの世界から消えていたのか?」

 たった僅かな、刹那とも言えるような時間でも、明確にこの世界から俺が消えた感覚を味わった為に、紫紺は恐怖を感じたのだろうか。

「きゅーーふ、きゅふ、きゅーーーふ、ミギャーー」

『紫紺にとって、貴方様が存在理由。完全なる気配の消滅という感覚に、耐えられないほどのストレスを感じたようですね』

 愛が、愛が重い!! 紫紺から向けられる愛が重い!!

 これってトイレに行くだけでも叫ばれるぐらいの重い愛なんじゃないか!?

 

「ごめんよ! 紫紺!! 今度からテラリウムに行く時は一緒に行こうね……!!」

「ミギャーー!!」

 頬を寄せ、しばらく震える身体を抱きしめてよしよしと撫でていると、やっと身体の震えが止まった。


「いや、ごめんな、中に連れていけるかわからなかったから置いて行っちゃったけど……テラリウムの中の生き物を外に運び込むことができるなら、その逆もいけるかもしれないな」

『影潜りをしている間は問題ないのではないでしょうか』

 なるほど、マジックバックみたいに所持物扱いになるのかもしれないな。


「紫紺、せっかくだからさ。広い所で遊んでみないか? 魔力のいっぱいあるような森の中、なんてどうかな」

「きゅふ……」

 紫紺を床に降ろしてトントンと床を二度鳴らせば、すぐに意図を理解したのか影の中に潜っていった。

 

「よし、森のテラリウムに行こうか、今度は薬草を中心に集めるぞ~」


 なんてきゅぽんっと森のテラリウムのコルクを抜いて中に入ったのだった。



 ほんのわずかな眩暈の後、森の中に入り込む。

「うわ、滅茶苦茶木が生い茂ってる……」

 前に見た時よりも立派な森となっていた。

 これ毎日素材採集しても次の日には戻ってる勢いだな……。


「紫紺」

「きゃん!」

 呼び出せば紫紺が影から飛び出してきた。


「お、紫紺、身体は変化とか大丈夫か?」

 ちょっと体調が心配になっていたけれど、目を輝かせて森の匂いを嗅いでいる紫紺に目立った影響は無いように感じられた。


「あと、せっかくだから、別のテラリウムの中でもワールが出せるか試してみよう」

 腰のホルダーの中から、【従魔:ワール】と書かれた試験管を取り出す。

 コルク栓を抜けば、するりと中から若鹿が現れた。


「ビィーー!」

 よし、相変わらずふてぶてしく、「俺が風にしてやろうか!?」みたいに言ってるように思える。

 あとは従魔同士が仲良くなれたらいいと思ったけど……。

「きゅふ?」

 紫紺が首を傾げる。なんとなく遊んでいいの? いや、どちらかと言えば、食べていいの? みたいな感じだな。

 

 ワールは視線を下げて紫紺の姿を目にすると、静かに脚を畳んで座り込み、「ィ……」なんて小声で今まで見たことがないような従順な姿を見せた。

「きゅふ?」

 あ、そういえば、紫紺はまおー種。普通に上位の存在に怯えているのか。

「紫紺、この鹿はワール。仲良くしてくれよ」

「きゅふ!」

 ふんふんと匂いを嗅いで、紫紺はワールの匂いを覚えたようだ。

 ワールの方はそっと視線を斜め下にそらして、じっと耐えている。

 ……因縁つけられないように下向いてる舎弟みたいだな。俺には威勢が良いのに。


 紫紺はワールへの関心が薄れたのか、近くの草にじゃれ、テコテコ走りながら、俺の周りをぐるぐるしていた。

「俺は採集しているから、呼んだら来てくれよ」

「きゅふ!」

 ワールの方はまだちょっとビビッているのか、紫紺が少し離れると、やっと立ち上がり森に生えている草を食べ始めた。


 俺から離れない紫紺はともかく、ワールは何か呼ぶ方法があったら良いよなぁ。

 この試験管みたいな形じゃなくて、何かすぐに呼べるように。イメージするとしたら、管狐くだきつねのような? 竹筒に入っていて、その中から呼び出す、みたいな。

 いや、どうせなら首から笛をぶらさげておいて、何か困った時に吹いたら出てくると良いな……。

 なんてワールの入っていた試験管を持っていたら、ぐにゃりと形状が変わる。


 ……細いホイッスルみたいになった。

 女神から初期装備として与えられていた腰の素材調達用試験管だけど、テラリウムの中で願えばわりと融通が効くのな。


 紐付きの笛になったので、俺はそっと首に掛けておくことにした。

 困ったら吹いてワールを呼ぼう。


 さーてと、素材を集めるか。ボルボルの実を含めたくさん採取するぞ!


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る